58 / 59
第三部 仲良し姉妹
58 最期の時
しおりを挟む
お姉ちゃんが亡くなって6年目。命日の今日、あたしたち3人と、海野の祖父母5人で七回忌の法要を行った。
夏真っ盛り。暑い時間は避けようとなって、夕方4時からにしてもらった。
クーラーのよく効いた室内で読経と焼香をし、お墓参りのため外に出ると、むわっとする熱気に襲われた。
日傘で西日を遮りながら、読経を聞いていると、少し頭がぼんやりして、あたしの意識はそこで途切れた。
はっと気がついた時、目の前に海があった。
ぎょっとして腰を浮かすと、
「大丈夫。大丈夫だよ、麻帆」
落ち着いた姉の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、これ、どんな状況?」
お墓にいたはずなのに、知らないうちに海に来ているなんて。
それに、喪服からいつもの服に着替えている。
昔使っていたテントの中にいて、人目は気にしなくて良さそうだけど。
事態が呑み込めなくて、少し怖い。
「麻帆ね、倒れそうになったの。たまたま私が出てこられたから、怪我はせずにすんだけど。私が動かせていたってことは、熱中症じゃないと思う」
「途中で頭がぼんやりするなって思ってた。倒れる前触れだったんだね。お姉ちゃんありがとう」
「無事に戻って来られて良かった。また私が麻帆になるのかなって、どきどきしちゃった。会食のお料理は、しっかりいただいたよ。とても美味しかった」
「そっか。あたし、またお姉ちゃんに、自分の法要に出席させちゃったね」
一回忌は現実から逃げたから、あたしは納骨を見ていない。
「自分の納骨を見ることになるなんて。もう」とお姉ちゃんから恨み節の混ざった報告を聞いた。
三回忌はちゃんと出席したのに、七回忌でまたお姉ちゃんが出るはめになった。
「今回は、お姉ちゃんのせいかもしれないよ」
「どういうこと?」
お姉ちゃんの口調は変わらない。それなのに、悪い話をする予感がした。
「お姉ちゃん、たぶんもうちょっとで消えると思うんだ」
「冗談、だよね」
「こんなに長い時間、起きていられるなんて、最近じゃなかったもん。神様が、最後だからしっかり話しておいでって、時間をくれたのかなって」
「嫌だよ。お姉ちゃんがいなくなるなんて、あたし‥‥‥」
胸がきゅうっと痛くなる。呼吸がしづらい。涙で視界が歪む。
「泣かないで、麻帆。お姉ちゃんも、いなくなるのすごく残念だよ。麻帆が働く姿を見たいし、花嫁姿も見たい。麻帆の子供も見たい。年を取っても、最後まで一緒にいたい。でも、できないんだよ。タイムリミットが来たんだよ」
「嫌だよ。嫌だ!」
ぽろぽろと流れる涙が邪魔で、手の甲で乱暴に拭う。
「お姉ちゃん、強い意志があったら、消えないと思う。絶対消えないって、ずっとあたしと一緒にいるって思って。強く思って」
「麻帆‥‥‥どうにもならないこともあるよ」
「なるよ! 弱気になっちゃダメ! どこにもいかないって、強く、強く思ったら‥‥‥どうにかなるよぉ」
涙が溢れて溢れて、止まらない。
たぶん、心のどこかで、もうすぐ姉が消えてしまうんじゃないかって、わかっていた。
その時がきたら、心配をかけないように、しっかりしたあたしでいないと、って思っていた。
それなのに、あたしはやっぱり弱い。
お姉ちゃんがいなくなることが、嫌で、不安で、仕方がない。
「ごめんね。ごめんね、麻帆。でも、麻帆は一人じゃないよ」
「どう、いうこと」
「麻帆には航くんがいるでしょ。航くんが、麻帆を支えてくれるから。少し前に話ができたの。麻帆が航くんに、私たちのこと話したでしょ。そのお陰で、私は汐里として、話ができたの。麻帆の今後をちゃんとお願いしておいた。航くんは、私にお願いされなくても、麻帆を支えてくれる覚悟をしてくれていた。航くんが信頼できる人っていうのは、麻帆がよくわかってるでしょ」
「‥‥‥うん」
「生きてる人同士で手を取って、支え合って、一緒に年を重ねていって。航くんとなら、幸せになれる。時には意見が食い違ってケンカになるかもしれないけど、お互いを理解して、信じて、意地を張らずに素直になって。この先つらいことは絶対ある。だけど、何があっても生きることを諦めないで。その足でしっかり立って、前を向いて進んでいって。麻帆なら大丈夫。お姉ちゃんが保証する」
「お姉ちゃんが言うなら、間違いないね」
その時が来ているなら、安心させてあげないといけない。
姉の言葉をしっかりと刻み込む。
「事故の後、ちゃんとお別れできなくてつらかった。お姉ちゃんが帰ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」
「お姉ちゃんも」
「二度もお別れしないといけないなんて、考えたくなかったけど、見方を変えるとチャンスをもらえたってことだったのかな」
「そうだね。二度目の別れの時が来るまでに、何をしなきゃいけないのか、何ができるのかを考えて実行する、私たちに必要な時間だったんだよ。麻帆はちゃんと成長できた。頑張ったね、麻帆」
「お姉ちゃんがいてくれたからだよ」
あたしたちはたくさん話をした。
あたしが生まれた時のことから、お姉ちゃんの料理を心待ちにしていたこと、お姉ちゃんのお手伝いをしようとしたこと、隣に並んで一緒に作り始めた時のこと。
キャンプにバーベキューにプール、お花見、果物狩り、遊園地、水族館、テーマパーク。
出かけるのが大好きな両親と、遊びに行った。
失いたくない、たくさんの、大切な思い出たち。
笑って、泣いて、また笑って。
姉の返事がゆっくりになっていく。
姉に合わせて、話のペースを落とす。
やがて、寝息のような深い呼吸になり、
そして、
わたしの頭の中に、
望んでいない静寂が、
訪れた。
夏真っ盛り。暑い時間は避けようとなって、夕方4時からにしてもらった。
クーラーのよく効いた室内で読経と焼香をし、お墓参りのため外に出ると、むわっとする熱気に襲われた。
日傘で西日を遮りながら、読経を聞いていると、少し頭がぼんやりして、あたしの意識はそこで途切れた。
はっと気がついた時、目の前に海があった。
ぎょっとして腰を浮かすと、
「大丈夫。大丈夫だよ、麻帆」
落ち着いた姉の声が聞こえた。
「お姉ちゃん、これ、どんな状況?」
お墓にいたはずなのに、知らないうちに海に来ているなんて。
それに、喪服からいつもの服に着替えている。
昔使っていたテントの中にいて、人目は気にしなくて良さそうだけど。
事態が呑み込めなくて、少し怖い。
「麻帆ね、倒れそうになったの。たまたま私が出てこられたから、怪我はせずにすんだけど。私が動かせていたってことは、熱中症じゃないと思う」
「途中で頭がぼんやりするなって思ってた。倒れる前触れだったんだね。お姉ちゃんありがとう」
「無事に戻って来られて良かった。また私が麻帆になるのかなって、どきどきしちゃった。会食のお料理は、しっかりいただいたよ。とても美味しかった」
「そっか。あたし、またお姉ちゃんに、自分の法要に出席させちゃったね」
一回忌は現実から逃げたから、あたしは納骨を見ていない。
「自分の納骨を見ることになるなんて。もう」とお姉ちゃんから恨み節の混ざった報告を聞いた。
三回忌はちゃんと出席したのに、七回忌でまたお姉ちゃんが出るはめになった。
「今回は、お姉ちゃんのせいかもしれないよ」
「どういうこと?」
お姉ちゃんの口調は変わらない。それなのに、悪い話をする予感がした。
「お姉ちゃん、たぶんもうちょっとで消えると思うんだ」
「冗談、だよね」
「こんなに長い時間、起きていられるなんて、最近じゃなかったもん。神様が、最後だからしっかり話しておいでって、時間をくれたのかなって」
「嫌だよ。お姉ちゃんがいなくなるなんて、あたし‥‥‥」
胸がきゅうっと痛くなる。呼吸がしづらい。涙で視界が歪む。
「泣かないで、麻帆。お姉ちゃんも、いなくなるのすごく残念だよ。麻帆が働く姿を見たいし、花嫁姿も見たい。麻帆の子供も見たい。年を取っても、最後まで一緒にいたい。でも、できないんだよ。タイムリミットが来たんだよ」
「嫌だよ。嫌だ!」
ぽろぽろと流れる涙が邪魔で、手の甲で乱暴に拭う。
「お姉ちゃん、強い意志があったら、消えないと思う。絶対消えないって、ずっとあたしと一緒にいるって思って。強く思って」
「麻帆‥‥‥どうにもならないこともあるよ」
「なるよ! 弱気になっちゃダメ! どこにもいかないって、強く、強く思ったら‥‥‥どうにかなるよぉ」
涙が溢れて溢れて、止まらない。
たぶん、心のどこかで、もうすぐ姉が消えてしまうんじゃないかって、わかっていた。
その時がきたら、心配をかけないように、しっかりしたあたしでいないと、って思っていた。
それなのに、あたしはやっぱり弱い。
お姉ちゃんがいなくなることが、嫌で、不安で、仕方がない。
「ごめんね。ごめんね、麻帆。でも、麻帆は一人じゃないよ」
「どう、いうこと」
「麻帆には航くんがいるでしょ。航くんが、麻帆を支えてくれるから。少し前に話ができたの。麻帆が航くんに、私たちのこと話したでしょ。そのお陰で、私は汐里として、話ができたの。麻帆の今後をちゃんとお願いしておいた。航くんは、私にお願いされなくても、麻帆を支えてくれる覚悟をしてくれていた。航くんが信頼できる人っていうのは、麻帆がよくわかってるでしょ」
「‥‥‥うん」
「生きてる人同士で手を取って、支え合って、一緒に年を重ねていって。航くんとなら、幸せになれる。時には意見が食い違ってケンカになるかもしれないけど、お互いを理解して、信じて、意地を張らずに素直になって。この先つらいことは絶対ある。だけど、何があっても生きることを諦めないで。その足でしっかり立って、前を向いて進んでいって。麻帆なら大丈夫。お姉ちゃんが保証する」
「お姉ちゃんが言うなら、間違いないね」
その時が来ているなら、安心させてあげないといけない。
姉の言葉をしっかりと刻み込む。
「事故の後、ちゃんとお別れできなくてつらかった。お姉ちゃんが帰ってきてくれて、すっごく嬉しかったよ」
「お姉ちゃんも」
「二度もお別れしないといけないなんて、考えたくなかったけど、見方を変えるとチャンスをもらえたってことだったのかな」
「そうだね。二度目の別れの時が来るまでに、何をしなきゃいけないのか、何ができるのかを考えて実行する、私たちに必要な時間だったんだよ。麻帆はちゃんと成長できた。頑張ったね、麻帆」
「お姉ちゃんがいてくれたからだよ」
あたしたちはたくさん話をした。
あたしが生まれた時のことから、お姉ちゃんの料理を心待ちにしていたこと、お姉ちゃんのお手伝いをしようとしたこと、隣に並んで一緒に作り始めた時のこと。
キャンプにバーベキューにプール、お花見、果物狩り、遊園地、水族館、テーマパーク。
出かけるのが大好きな両親と、遊びに行った。
失いたくない、たくさんの、大切な思い出たち。
笑って、泣いて、また笑って。
姉の返事がゆっくりになっていく。
姉に合わせて、話のペースを落とす。
やがて、寝息のような深い呼吸になり、
そして、
わたしの頭の中に、
望んでいない静寂が、
訪れた。
0
あなたにおすすめの小説
三年の想いは小瓶の中に
月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。
※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
わたくしがお父様に疎まれている?いいえ、目に入れても痛くない程溺愛されております。
織り子
ファンタジー
王国貴族院の卒業記念パーティーの場で、大公家の令嬢ルクレツィア・アーヴェントは王太子エドワードから突然の婚約破棄を告げられる。
父であるアーヴェント大公に疎まれている――
噂を知った王太子は、彼女を公衆の面前で侮辱する。
五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~
放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」
大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。
生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。
しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。
「すまない。私は父としての責任を果たす」
かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。
だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。
これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます
天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。
王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。
影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。
私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。
理想の『女の子』を演じ尽くしましたが、不倫した子は育てられないのでさようなら
赤羽夕夜
恋愛
親友と不倫した挙句に、黙って不倫相手の子供を生ませて育てさせようとした夫、サイレーンにほとほとあきれ果てたリリエル。
問い詰めるも、開き直り復縁を迫り、同情を誘おうとした夫には千年の恋も冷めてしまった。ショックを通りこして吹っ切れたリリエルはサイレーンと親友のユエルを追い出した。
もう男には懲り懲りだと夫に黙っていたホテル事業に没頭し、好きな物を我慢しない生活を送ろうと決めた。しかし、その矢先に距離を取っていた学生時代の友人たちが急にアピールし始めて……?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる