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第三部 仲良し姉妹
59 墓前
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姉の事故から、8年の月日が流れた。
あたしは23歳になり、社会人として、ちゃんと働いて税金を納めている。
希望していた商品開発のチームに所属できて、末端だけど、いくつかの開発に加わってこられた。今は、チーズの新商品の試作をしているところ。
今日は一人暮らしを始める報告をしに、お墓参りにきた。
大学を卒業して、病院の薬剤部への就職が決まった航から、一緒に住まないかと提案されたけど、あたしは一度、一人暮らしを経験しておこうと思いたった。
ずっと実家を出ることは、あり得ないと思ってきた。
一人は寂しいし、姉の思い出が残る実家を離れたくなかった。
その考えが変わったのは、魂だけになった姉が消えてしまってから。
テントの中で一人泣いていたあたしの元に、航が駆け付けてくれた。
法要中に倒れたあたしと入れ替わった姉が、航に連絡をしていたから。
航は、言ってくれた。
「汐里さんは消えていない。麻帆の中で、生き続けている」と。
あ、そうか。
そうなんだ。お姉ちゃんは、あたしの中にいる。あたしと一つになったんだ。
不安だった気持ちが、すっと楽になった。
ママが「お姉ちゃんはここにいる」と心を差した時、思い出の中の姉より、遺骨でも形ある姉にこだわった。
幽霊なんて不確かな存在になった姉が帰ってきて、形がなくても、信用していいんだとわかった。
それをお姉ちゃんと、航に教えてもらった。
それでもやっぱり、
「お姉ちゃん、寂しいよ」
墓前に語りかける。
悲しみは埋められない。命日は特に。
原因はあたしにあるから、何年経っても、悔やんでいるし、罪は消せない。
よりによって、今日雨が降るなんて。
つらい記憶を呼び起こされながら、線香と花を手向ける。
「お姉ちゃん、あたし、なんとかやってるよ。一人暮らしは心細いけど、良い経験になると思ってる。航とは、一応付き合ってるよ。結婚を前提に付き合おうっていきなり言われて、びっくりしちゃったよ。航が支えてくれるから、そばにいて安心させてくれるから、生きていられる。頼り過ぎかもしれないけど、あたしも航に頼ってもらえて、支えられるように頑張んなきゃって、勇気をもらってる。結婚はもう少し先になるけど、その時はちゃんとお姉ちゃんに報告しに来るからね」
お姉ちゃんから返事はないけど、「楽しみに待ってるよ」って、言ってもらえた気がした。
「俺も手を合わせていいか」
全身に当たっていた雨が遮られた。
振り返らなくても、誰かわかる。
「風邪引くぞ。ちゃんと傘差せよ。体調管理も、社会人の基本だろ」
傘を差しだされ、受け取る。
「大学出たてのぺーぺーに言われたくありませーん」
軽口を叩きながら、二人で手を合わせる。
「汐里さん、麻帆は相変わらずだよ。寂しがりやで、姉ちゃんラブで。俺はずっと二番手」
真面目なトーンで言うから、おかしかった。
笑おうと思っていたのに、続く言葉に息を呑んだ。
「俺はそれでいいと思ってる。麻帆が笑顔でいてくれるなら」
「‥‥‥航」
「汐里さんは、ずっと麻帆の一番でいて。子供ができるまでは」
「気が早いよ」
「いつかできるかもしれないだろう。先に汐里さんの許可をもらっておかないと」
結婚はまだ先だけど、ついこの間、婚約をした。
あたしの左手の薬指には、初任給で買ってくれた婚約指輪がある。
初任給は両親に使うものでしょって叱ったら、両親には初めてのバイト代で旅行をプレゼント済みだった。
「子供が一番になるなら、航は三番目だね」
「げ。そうか、そうなるな」
「待って。違う」
あたしが待ったをかけると、航がきらきらした目であたしを見た。
「もしかして汐里さんと同列二番?」
「子供とお姉ちゃんが、同列だね」
「そうなるのか。仕方ねえな」
笑いながら言った。
「お姉ちゃんのお陰で、あたしは幸せだよ。お姉ちゃんも、あたしの中で幸せになってね」
「約束どおり、俺が幸せにするから」
もう一度、姉に手を合わせてから、あたしたちは立ち上がった。
あたしが持っていた傘を、航が代わって持ってくれる。
「お姉ちゃん、また来るね」
雨に打たれても、うなだれない花のように、あたしたちは顔を上げて歩き出した。
あたしは23歳になり、社会人として、ちゃんと働いて税金を納めている。
希望していた商品開発のチームに所属できて、末端だけど、いくつかの開発に加わってこられた。今は、チーズの新商品の試作をしているところ。
今日は一人暮らしを始める報告をしに、お墓参りにきた。
大学を卒業して、病院の薬剤部への就職が決まった航から、一緒に住まないかと提案されたけど、あたしは一度、一人暮らしを経験しておこうと思いたった。
ずっと実家を出ることは、あり得ないと思ってきた。
一人は寂しいし、姉の思い出が残る実家を離れたくなかった。
その考えが変わったのは、魂だけになった姉が消えてしまってから。
テントの中で一人泣いていたあたしの元に、航が駆け付けてくれた。
法要中に倒れたあたしと入れ替わった姉が、航に連絡をしていたから。
航は、言ってくれた。
「汐里さんは消えていない。麻帆の中で、生き続けている」と。
あ、そうか。
そうなんだ。お姉ちゃんは、あたしの中にいる。あたしと一つになったんだ。
不安だった気持ちが、すっと楽になった。
ママが「お姉ちゃんはここにいる」と心を差した時、思い出の中の姉より、遺骨でも形ある姉にこだわった。
幽霊なんて不確かな存在になった姉が帰ってきて、形がなくても、信用していいんだとわかった。
それをお姉ちゃんと、航に教えてもらった。
それでもやっぱり、
「お姉ちゃん、寂しいよ」
墓前に語りかける。
悲しみは埋められない。命日は特に。
原因はあたしにあるから、何年経っても、悔やんでいるし、罪は消せない。
よりによって、今日雨が降るなんて。
つらい記憶を呼び起こされながら、線香と花を手向ける。
「お姉ちゃん、あたし、なんとかやってるよ。一人暮らしは心細いけど、良い経験になると思ってる。航とは、一応付き合ってるよ。結婚を前提に付き合おうっていきなり言われて、びっくりしちゃったよ。航が支えてくれるから、そばにいて安心させてくれるから、生きていられる。頼り過ぎかもしれないけど、あたしも航に頼ってもらえて、支えられるように頑張んなきゃって、勇気をもらってる。結婚はもう少し先になるけど、その時はちゃんとお姉ちゃんに報告しに来るからね」
お姉ちゃんから返事はないけど、「楽しみに待ってるよ」って、言ってもらえた気がした。
「俺も手を合わせていいか」
全身に当たっていた雨が遮られた。
振り返らなくても、誰かわかる。
「風邪引くぞ。ちゃんと傘差せよ。体調管理も、社会人の基本だろ」
傘を差しだされ、受け取る。
「大学出たてのぺーぺーに言われたくありませーん」
軽口を叩きながら、二人で手を合わせる。
「汐里さん、麻帆は相変わらずだよ。寂しがりやで、姉ちゃんラブで。俺はずっと二番手」
真面目なトーンで言うから、おかしかった。
笑おうと思っていたのに、続く言葉に息を呑んだ。
「俺はそれでいいと思ってる。麻帆が笑顔でいてくれるなら」
「‥‥‥航」
「汐里さんは、ずっと麻帆の一番でいて。子供ができるまでは」
「気が早いよ」
「いつかできるかもしれないだろう。先に汐里さんの許可をもらっておかないと」
結婚はまだ先だけど、ついこの間、婚約をした。
あたしの左手の薬指には、初任給で買ってくれた婚約指輪がある。
初任給は両親に使うものでしょって叱ったら、両親には初めてのバイト代で旅行をプレゼント済みだった。
「子供が一番になるなら、航は三番目だね」
「げ。そうか、そうなるな」
「待って。違う」
あたしが待ったをかけると、航がきらきらした目であたしを見た。
「もしかして汐里さんと同列二番?」
「子供とお姉ちゃんが、同列だね」
「そうなるのか。仕方ねえな」
笑いながら言った。
「お姉ちゃんのお陰で、あたしは幸せだよ。お姉ちゃんも、あたしの中で幸せになってね」
「約束どおり、俺が幸せにするから」
もう一度、姉に手を合わせてから、あたしたちは立ち上がった。
あたしが持っていた傘を、航が代わって持ってくれる。
「お姉ちゃん、また来るね」
雨に打たれても、うなだれない花のように、あたしたちは顔を上げて歩き出した。
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素敵な作品をありがとうございます!
感想ありがとうございます。
いろいろな涙を流してくださって嬉しいです!
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最後までお読みくださいまして、ありがとうございました。
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