恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

swingout777

文字の大きさ
25 / 80
第4章 チャット切り貼り:主人公が“共犯”にされる

朝・チャット炎上

しおりを挟む
翌朝、スマホがアラームより先に鳴った。寝起きの指で画面を撫でた瞬間、通知が雪崩みたいに崩れてくる。

“#全社-共有 99+”
“#総務-共有 67”
“#統合PJ-速報 31”
“匿名通報窓口 新規投稿:—”

数えるのが馬鹿らしい速度で、画面が埋まっていく。

炎上は、声じゃなくて“既読”で広がる。誰かが読む。誰かが反応する。誰かが「見た?」と書く。その一行が、火に酸素を足す。

私はベッドから起き上がり、すぐにノートPCを開いた。立ち上がる青白い光が、部屋の壁を一段冷たく見せる。
画面の中で、火はもう燃えていた。

「A(告発者)自宅待機=黒」
「守秘義務違反ってことは情報漏洩だろ」
「社長が匿ってた証拠、出回ってる」
「福本、本社のくせに社長側で草」
「“同じ側です”って言ってたよね?」
「守秘義務違反を止めたがってたの、逆に怪しい」

“草”の一文字が、胃の奥を冷たくする。笑いは、処刑の前座になる。

私は呼吸を整え、スクロールを止めた。読む順番を間違えると、こっちの心が先に折れる。見るべきは内容じゃない。形だ。

発言の癖。句読点。改行位置。時間。そして——どのコメントが、どのコメントに火を渡しているか。

画面の端で、また通知が光った。件名は、短い。

【統合PJ】重要:社内秩序維持のための注意喚起
送信者:佐伯

開く前に、もう分かる。「鎮火」と言いながら、燃料を配るやつだ。

私はメールを開かず、先にチャットの“固定された投稿”を確認した。固定文がある。炎上の時、固定文は“旗”になる。

「本件に関する投稿は守秘義務に抵触する恐れがあります。情報を拡散した場合、厳正に対処します」

守秘義務。また首輪の言葉。そして固定したのは、監査室のアカウント。

私は笑いそうになって、笑えなかった。“拡散するな”と言いながら、固定する。固定は、全員の目に入れる手段だ。つまりこれは「止める」じゃなく「方向を揃える」。

机の上に、昨夜の証拠保全メモを広げる。新人が持ってきた署名紙のコピー。匿名通報の量産時刻。切り貼りされたスクショ。そしてUSBの中の【匿名通報_文案】——未だ開いていないファイルが、そこにある。

胸の奥で、あの警報が鳴った。燃えるな。でも燃えないままじゃ、守れない。

ドアを叩く音で、現実に引き戻された。控えめじゃない、急かすノック。続いて、社長の声がする。低い。短い。

「開けろ」

私は鍵を開けた。社長はコートのまま立っていた。髪が少し乱れている。寝ていない目。怒っている目。その怒りは私に向いていない。——外の空気に向いている。

「見たか」
「見ました」
「監査が、“全社向けに”告発者の自宅待機を流した」
「守秘義務違反、ですね」
「ふざけるな」

社長の声が一段下がる。怒鳴らない怒り。ここは壁が薄いから。

私は机の画面を指した。

「今は、止めるより先に“形を崩す”必要があります」
「形?」
「炎上の中心は二つ。“守秘義務違反=黒”の短絡と、“あなたと私が共犯”の絵です」

私が淡々と言うと、社長は舌打ちを飲み込むように息を吐いた。

「じゃあ、どう崩す」
「全文で出す」

社長の眉が動く。

「全文?」
「切り貼りされてるなら、切り貼りできないものを先に出す。——ただし、私の口じゃない。『手続き』として」

社長が一歩近づく。車内みたいに逃げ道のない距離じゃない。確認の距離。

「お前、やる気か」
「やるしかない」

言った瞬間、胸の奥が熱を持ちかける。私はすぐ、机の上の書類を一枚滑らせた。境界線。仕事の線引き。

社長が書類に視線を落とす。そこには私が今朝作った、タイトルだけの文書がある。

『証拠保全・聴取手続の適正性に関する申立書(暫定)』

社長の口元がわずかに歪む。

「……喧嘩売ってるな」
「売られた喧嘩です」

私は返した。

「先に買われた。だから、正式に返す」

そのとき、私のスマホが震えた。佐伯からのメール——じゃない。社内チャットの新規投稿。固定とは別の“速報”が、全社へ投下されている。

「【速報】福本(本社人事)、監査への協力姿勢に疑義。ヒアリング妨害の恐れあり。本日中に統合PJ担当変更の可能性」

担当変更。つまり、私を外す。手続きを押さえる人間を外す。火元に近づく前に、私の足を折る。

社長も同時に画面を見た。目が、鋭くなる。

「……やっぱり狙いはお前だ」
「ええ」

私は静かに頷いた。怖いのに、妙に落ち着く。狙いが見えたら、対策が立つ。

「社長」

私は言った。

「あなたは“現場”を押さえて。今から、班長たちに“静かに”伝えてください。声を上げるな、じゃない。証拠を残せって」
「お前は」
「私は、監査に“正式文書”を入れます。全文で。条件付きで。切り貼りできない形式で」

社長が一拍だけ黙り、低く言った。

「……折れるな」
「折れません」

嘘じゃない。もう折れたら終わるところまで来ている。

その瞬間、PCの画面がまた光った。今度は“匿名通報窓口”の新規投稿。タイトルが、短い。

「告発者は“外部”と通じている」

外部。一番危険な単語。守秘義務違反の次に、人を即死させるラベル。

本文には、たった一行。

「証拠:USBで持ち出し(写真あり)」

社長が息を止めたのが分かった。告発者のUSB——あれの存在を、向こうが掴んだ。しかも“写真あり”と来たら、次は拡散がセットだ。

私は立ち上がり、鞄を掴んだ。

「社長、告発者を移動させて。今すぐ」
「どこへ」
「“ここじゃない場所”へ」

社長が頷く前に、私のスマホがもう一度震えた。

今度は、佐伯からの着信。画面には、穏やかな名前が表示されているのに、呼び出し音はサイレンにしか聞こえない。

社長が、私の顔を見て言った。

「出るな」

私は目を閉じ、息を一つ吸った。

出なければ燃料。出ても燃料。——なら、燃料の使い方をこちらが決める。

私は通話ボタンに指を置いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

期間限定の関係のはずでは?〜傷心旅行に来たら美形店長に溺愛されてます〜

水無月瑠璃
恋愛
長年付き合った彼氏から最悪な形で裏切られた葉月は一週間の傷心旅行に出かける。そして旅先で出会った喫茶店の店長、花村とひょんなことから親しくなり、うっかり一夜を共にしてしまう。 一夜の過ちだとこれっきりにしたい葉月だが、花村は関係の継続を提案してくる。花村に好感を抱いていた葉月は「今だけだしいっか」と流されて関係を続けることになるが…。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

処理中です...