恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第4章 チャット切り貼り:主人公が“共犯”にされる

現場の敵意

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会議室のドアを開けた瞬間、空気が“刃”になっていた。机の配置はいつも通り、椅子の数もいつも通り。なのに、座っている人の角度が違う。視線が、最初から一点に揃っている。

——私だ。

班長クラスが数人。総務。現場の古株。若い社員は端に固まって、口を閉じる準備が出来ている。壁際には監査室の二人。笑っていないのに、礼儀の形だけは整っている。そこが一番怖い。

「本社人事の福本です」

名乗った途端、誰かが鼻で笑った。

「“同じ側です”って言ってた人?」

一言で、会議室の温度が落ちる。切り貼りされたあのスクショ。条件が消された断定。もう“私の言葉”じゃない言葉が、ここに先回りしている。

「その発言は、条件部分が切られています」

私は即答した。否定より先に、事実の形に戻す。

「本来は『守る側に立つなら』という条件付きです。誰に対して、どの場面で言ったかも含めて、記録があります」
「記録?」

別の班長が言う。声に敵意が混ざっている。

「記録ってのは、“都合のいいやつ”だけ残すんじゃないの?」

周囲が小さく頷く。敵意は、正義の服を着ている。正義の服を着た敵意は、最も燃える。

私は机の上に、紙を一枚だけ置いた。タイトルだけの文書。

『証拠保全・聴取手続の適正性に関する申立書(暫定)』

「今日は、誰かを裁く会じゃありません」

私は声を落とした。落とさないと、壁越しに燃料が増える。

「“裁かれるように作られている流れ”を止めるための会です」
「止める?」

総務の年配者が言った。

「もう自宅待機になってる。止めようがないだろ」
「止められます」

私が言い切ると、監査室の片方が、柔らかく口を挟んだ。

「福本さん。発言は慎重に。現場を混乱させます」

混乱させる——それは“封じる”の別名だ。私は監査を見ずに、現場の人に向けて答えた。

「混乱ではなく、整列させられているんです」

一拍。会議室が静かになる。誰かが、その言葉の意味を咀嚼する。整列。正しい顔。噂。匿名通報。守秘義務。懲戒。全部が一本の棒で突かれている感覚。

最前列の班長が机を指で叩いた。

「言ってることは分かるよ。でもな、現場は昨日から地獄なんだ」

声が少しだけ震えている。敵意の奥に疲労がある。

「社長は不倫だ、告発者は黒だ、本社は切りに来た、守秘義務違反だって。もう何が本当か分からない。で、あんたは何を守るって?」

質問が、まっすぐだった。私は息を吸い、答えを一つに絞る。

「生活です」

会議室のどこかで、小さく空気が動く。

「片道三時間の異動。二週間。辞めざるを得ない設計。それを“本人都合”にする文章。——それが現場の生活を壊す。私はそこを止めます」
「証拠あんの?」

若い社員が、ほとんど叫ぶように言った。言ったあとで自分の声に驚いて黙る。私は頷いた。

「あります。ただし“私の口”じゃなく、手続きで出します」

そして続ける。

「ここで必要なのは、皆さんの“気持ち”じゃない。——皆さんの事実です」
「事実?」

班長が眉をひそめる。

「何を出せって」
「昨日から今朝にかけて、誰が何を言ったか。どのチャットで、どの時間に、どんな文面が回ったか。守秘義務の紙に署名させたのは誰か。言い方を指定されたなら、その言葉そのまま」

私は一つずつ言った。箇条書きのように。切り貼りできない形にするために。

監査室の男が、また柔らかく言う。

「福本さん、現場を煽るのは——」
「煽ってません」

私は初めて監査を見る。声だけは平らに。

「保全です。あなたたちが言っている“証拠保全”を、正しくやるだけです」

監査の男の眉が、ほんの少しだけ動く。効いた。

会議室の隅で、ずっと黙っていた総務の女性が、紙を一枚差し出した。手が震えている。

「……これ、昨日、監査の人が置いていきました」

見覚えのある書式。

秘密保持・守秘義務に関する注意喚起

新人のと同じ匂い。首輪の紙。

班長たちの目が、その紙に吸い寄せられる。敵意が、初めて“方向”を失う。誰に向けていいか分からなくなる。

私はその紙を受け取り、机の中央に置いた。

「これが、今の炎上の芯です」

声を落とす。

「守秘義務は盾です。でも今は——口を縛る首輪になっている」

沈黙。次の瞬間、班長がぽつりと言った。

「……俺たち、何も言えねえってことか」

それは敵意じゃない。諦めの一歩手前の声。

「言えます」

私は即答した。

「ただし、言い方を選びます。守秘義務を破らずに“適正性”を問う。切り貼りされない形式で。全文で」

そして、最後に一言を足す。

「だから、私に“事実の断片”をください。私が繋ぎます」

会議室の空気が、ほんの少しだけ変わった。敵意が完全に消えたわけじゃない。でも、“誰を燃やすか”の矢印が、揺れた。

そのとき、会議室の扉が開いた。佐伯の側近が入ってくる。丁寧すぎる会釈。そして、静かに言った。

「福本さん。至急、別室へ。——本社人事部長から“直接”です」

“直接”。それは、手続きの外で殴る合図だ。

班長たちの視線が、また私に刺さる。今度は敵意じゃない。——試す目だ。この女は、本当に守る側に立つのか、と。

私は椅子から立ち上がり、机の上の紙束を一枚だけ残して言った。

「ここで集めたものは、私が保全します。切り貼りさせません」

そして扉へ向かいながら、心の中で決める。次の一手で、私が折れたら、現場は全部“整列”する。——だから折れない。今度こそ、条件ごと残す。
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