恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

swingout777

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第4章 チャット切り貼り:主人公が“共犯”にされる

朝・チャット炎上

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翌朝、スマホがアラームより先に鳴った。寝起きの指で画面を撫でた瞬間、通知が雪崩みたいに崩れてくる。

“#全社-共有 99+”
“#総務-共有 67”
“#統合PJ-速報 31”
“匿名通報窓口 新規投稿:—”

数えるのが馬鹿らしい速度で、画面が埋まっていく。

炎上は、声じゃなくて“既読”で広がる。誰かが読む。誰かが反応する。誰かが「見た?」と書く。その一行が、火に酸素を足す。

私はベッドから起き上がり、すぐにノートPCを開いた。立ち上がる青白い光が、部屋の壁を一段冷たく見せる。
画面の中で、火はもう燃えていた。

「A(告発者)自宅待機=黒」
「守秘義務違反ってことは情報漏洩だろ」
「社長が匿ってた証拠、出回ってる」
「福本、本社のくせに社長側で草」
「“同じ側です”って言ってたよね?」
「守秘義務違反を止めたがってたの、逆に怪しい」

“草”の一文字が、胃の奥を冷たくする。笑いは、処刑の前座になる。

私は呼吸を整え、スクロールを止めた。読む順番を間違えると、こっちの心が先に折れる。見るべきは内容じゃない。形だ。

発言の癖。句読点。改行位置。時間。そして——どのコメントが、どのコメントに火を渡しているか。

画面の端で、また通知が光った。件名は、短い。

【統合PJ】重要:社内秩序維持のための注意喚起
送信者:佐伯

開く前に、もう分かる。「鎮火」と言いながら、燃料を配るやつだ。

私はメールを開かず、先にチャットの“固定された投稿”を確認した。固定文がある。炎上の時、固定文は“旗”になる。

「本件に関する投稿は守秘義務に抵触する恐れがあります。情報を拡散した場合、厳正に対処します」

守秘義務。また首輪の言葉。そして固定したのは、監査室のアカウント。

私は笑いそうになって、笑えなかった。“拡散するな”と言いながら、固定する。固定は、全員の目に入れる手段だ。つまりこれは「止める」じゃなく「方向を揃える」。

机の上に、昨夜の証拠保全メモを広げる。新人が持ってきた署名紙のコピー。匿名通報の量産時刻。切り貼りされたスクショ。そしてUSBの中の【匿名通報_文案】——未だ開いていないファイルが、そこにある。

胸の奥で、あの警報が鳴った。燃えるな。でも燃えないままじゃ、守れない。

ドアを叩く音で、現実に引き戻された。控えめじゃない、急かすノック。続いて、社長の声がする。低い。短い。

「開けろ」

私は鍵を開けた。社長はコートのまま立っていた。髪が少し乱れている。寝ていない目。怒っている目。その怒りは私に向いていない。——外の空気に向いている。

「見たか」
「見ました」
「監査が、“全社向けに”告発者の自宅待機を流した」
「守秘義務違反、ですね」
「ふざけるな」

社長の声が一段下がる。怒鳴らない怒り。ここは壁が薄いから。

私は机の画面を指した。

「今は、止めるより先に“形を崩す”必要があります」
「形?」
「炎上の中心は二つ。“守秘義務違反=黒”の短絡と、“あなたと私が共犯”の絵です」

私が淡々と言うと、社長は舌打ちを飲み込むように息を吐いた。

「じゃあ、どう崩す」
「全文で出す」

社長の眉が動く。

「全文?」
「切り貼りされてるなら、切り貼りできないものを先に出す。——ただし、私の口じゃない。『手続き』として」

社長が一歩近づく。車内みたいに逃げ道のない距離じゃない。確認の距離。

「お前、やる気か」
「やるしかない」

言った瞬間、胸の奥が熱を持ちかける。私はすぐ、机の上の書類を一枚滑らせた。境界線。仕事の線引き。

社長が書類に視線を落とす。そこには私が今朝作った、タイトルだけの文書がある。

『証拠保全・聴取手続の適正性に関する申立書(暫定)』

社長の口元がわずかに歪む。

「……喧嘩売ってるな」
「売られた喧嘩です」

私は返した。

「先に買われた。だから、正式に返す」

そのとき、私のスマホが震えた。佐伯からのメール——じゃない。社内チャットの新規投稿。固定とは別の“速報”が、全社へ投下されている。

「【速報】福本(本社人事)、監査への協力姿勢に疑義。ヒアリング妨害の恐れあり。本日中に統合PJ担当変更の可能性」

担当変更。つまり、私を外す。手続きを押さえる人間を外す。火元に近づく前に、私の足を折る。

社長も同時に画面を見た。目が、鋭くなる。

「……やっぱり狙いはお前だ」
「ええ」

私は静かに頷いた。怖いのに、妙に落ち着く。狙いが見えたら、対策が立つ。

「社長」

私は言った。

「あなたは“現場”を押さえて。今から、班長たちに“静かに”伝えてください。声を上げるな、じゃない。証拠を残せって」
「お前は」
「私は、監査に“正式文書”を入れます。全文で。条件付きで。切り貼りできない形式で」

社長が一拍だけ黙り、低く言った。

「……折れるな」
「折れません」

嘘じゃない。もう折れたら終わるところまで来ている。

その瞬間、PCの画面がまた光った。今度は“匿名通報窓口”の新規投稿。タイトルが、短い。

「告発者は“外部”と通じている」

外部。一番危険な単語。守秘義務違反の次に、人を即死させるラベル。

本文には、たった一行。

「証拠:USBで持ち出し(写真あり)」

社長が息を止めたのが分かった。告発者のUSB——あれの存在を、向こうが掴んだ。しかも“写真あり”と来たら、次は拡散がセットだ。

私は立ち上がり、鞄を掴んだ。

「社長、告発者を移動させて。今すぐ」
「どこへ」
「“ここじゃない場所”へ」

社長が頷く前に、私のスマホがもう一度震えた。

今度は、佐伯からの着信。画面には、穏やかな名前が表示されているのに、呼び出し音はサイレンにしか聞こえない。

社長が、私の顔を見て言った。

「出るな」

私は目を閉じ、息を一つ吸った。

出なければ燃料。出ても燃料。——なら、燃料の使い方をこちらが決める。

私は通話ボタンに指を置いた。
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