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第3章 捏造の始まり:パワハラ懲戒で黙らせる
切り貼りの兆候
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監査室の足音が廊下の奥へ引いていくのを、ドア越しに聞いた。引いた、だけだ。引き下がったわけじゃない。爪を立てる場所を変えただけ。
私は鍵を開けずに、告発者の呼吸を数えた。速い。浅い。まだ戻っていない。社長は部屋の隅で腕を組み、視線だけで外を睨んでいる。怒りを出さない代わりに、怒りで支える人の姿勢。
「……今の言い方」
告発者が小さく言った。
「守る側に立つなら、って。——誰かに拾われたら、危ない」
その指摘が痛いほど正しい。言葉は、拾う人の都合で形を変える。しかも今は、拾う人が多い。
「拾わせないように記録する」
私が言った瞬間、スマホが震えた。社内ポータルの通知。匿名通報。そして、見覚えのある言い回し。
「福本が監査に非協力。事情聴取を妨害」
「告発者を庇い、社長と連携して証言を揉み消している」
「“守る側に立つなら”発言=共犯の宣言」
最後の一行で、胃が冷えた。出た。——切り貼りの兆候。私の言葉が、もう“引用”されている。しかも、私の順番じゃない順番で。
「……早い」
社長が低く言った。
「この部屋、盗聴されてる?」
告発者の声が震える。
「盗聴までは分からない」
私は即答した。
「でも“外に出た”のは確実。誰かが、今この瞬間の材料を欲しがってる」
私は通知をスクショし、時刻をメモに落とした。13:42。私が監査室に中止を告げたのは、体感で二分前。二分で匿名通報が生成され、投稿され、フロアに回る。——人間の手だけじゃない。少なくとも、人間の手だけに見せたくない速さだ。
「“共犯の宣言”って」
告発者が呟いた。笑いかけて、笑えない。
「俺、終わった」
「終わらせない」
私は短く言った。短く言うしかない。長い言葉は、また切られる。
社長が私の端末を覗き込む。
「お前の発言、ピンポイントで拾ってる。狙いは二つだな」
「私と、告発者」
「違う」
社長は一拍で切った。
「“お前と俺”だ」
その言い方に、胸の奥が熱くなりかけて、私はすぐ押し込めた。今は熱を持つな。熱は燃料だ。
スマホがもう一度震えた。今度は、社内チャットの“共有”。誰かが画像を投下している。プレビューに映ったのは、短い文章のスクショ。
——「守る側に立つなら。はい、同じ側です」
私が言った言葉だ。2Fの控室で、告発者に向けて言った。でも、そのスクショの上部には、違う宛先が見えた。
【宛先:社長】
あり得ない。私は社長にそんな言葉を送っていない。
そして、画面下には——切り落とされた続きがない。本当はこうだった。
「守る側に立つなら。——はい、同じ側です」
“守る側に立つなら”が条件で、私は条件を置いた。でも今、条件は消されている。残ったのは、共犯の断定だけ。
告発者の呼吸が止まった。社長が、初めて舌打ちを音にした。
「……編集されてる」
私が呟くと、社長が低く言う。
「切り貼りの本丸だ。——“条件”を消して、断定だけ残す」
背中が冷える。噂は火だ。でも、切り貼りは油だ。油を撒かれた火は、消えない。消そうと触った人間から燃える。
私はスクショを保存し、すぐにログの保全フォルダへ放り込んだ。この“偽の証拠”は、逆に証拠になる。問題は——次の一手が、もっと速いこと。
ドアの外で、足音が止まった。今度は監査室の丁寧なノックじゃない。もっと近い。もっと生活の音。総務の誰かが、息を切らしている気配。
「社長……っ、福本さん……っ!」
吉岡の声だ。震えている。
「いま、全社に——“懲戒の速報”が流れました。Aさんは、本日付で自宅待機。理由は……」
言葉が途切れ、飲み込む音。そして、絞り出すように言った。
「——守秘義務違反です」
首輪が、次の段階に締まった。私は目を閉じ、息を一つだけ吸った。切り貼りは、もう始まっている。そして次に切られるのは——私たちの“時間”だ。
私は鍵を開けずに、告発者の呼吸を数えた。速い。浅い。まだ戻っていない。社長は部屋の隅で腕を組み、視線だけで外を睨んでいる。怒りを出さない代わりに、怒りで支える人の姿勢。
「……今の言い方」
告発者が小さく言った。
「守る側に立つなら、って。——誰かに拾われたら、危ない」
その指摘が痛いほど正しい。言葉は、拾う人の都合で形を変える。しかも今は、拾う人が多い。
「拾わせないように記録する」
私が言った瞬間、スマホが震えた。社内ポータルの通知。匿名通報。そして、見覚えのある言い回し。
「福本が監査に非協力。事情聴取を妨害」
「告発者を庇い、社長と連携して証言を揉み消している」
「“守る側に立つなら”発言=共犯の宣言」
最後の一行で、胃が冷えた。出た。——切り貼りの兆候。私の言葉が、もう“引用”されている。しかも、私の順番じゃない順番で。
「……早い」
社長が低く言った。
「この部屋、盗聴されてる?」
告発者の声が震える。
「盗聴までは分からない」
私は即答した。
「でも“外に出た”のは確実。誰かが、今この瞬間の材料を欲しがってる」
私は通知をスクショし、時刻をメモに落とした。13:42。私が監査室に中止を告げたのは、体感で二分前。二分で匿名通報が生成され、投稿され、フロアに回る。——人間の手だけじゃない。少なくとも、人間の手だけに見せたくない速さだ。
「“共犯の宣言”って」
告発者が呟いた。笑いかけて、笑えない。
「俺、終わった」
「終わらせない」
私は短く言った。短く言うしかない。長い言葉は、また切られる。
社長が私の端末を覗き込む。
「お前の発言、ピンポイントで拾ってる。狙いは二つだな」
「私と、告発者」
「違う」
社長は一拍で切った。
「“お前と俺”だ」
その言い方に、胸の奥が熱くなりかけて、私はすぐ押し込めた。今は熱を持つな。熱は燃料だ。
スマホがもう一度震えた。今度は、社内チャットの“共有”。誰かが画像を投下している。プレビューに映ったのは、短い文章のスクショ。
——「守る側に立つなら。はい、同じ側です」
私が言った言葉だ。2Fの控室で、告発者に向けて言った。でも、そのスクショの上部には、違う宛先が見えた。
【宛先:社長】
あり得ない。私は社長にそんな言葉を送っていない。
そして、画面下には——切り落とされた続きがない。本当はこうだった。
「守る側に立つなら。——はい、同じ側です」
“守る側に立つなら”が条件で、私は条件を置いた。でも今、条件は消されている。残ったのは、共犯の断定だけ。
告発者の呼吸が止まった。社長が、初めて舌打ちを音にした。
「……編集されてる」
私が呟くと、社長が低く言う。
「切り貼りの本丸だ。——“条件”を消して、断定だけ残す」
背中が冷える。噂は火だ。でも、切り貼りは油だ。油を撒かれた火は、消えない。消そうと触った人間から燃える。
私はスクショを保存し、すぐにログの保全フォルダへ放り込んだ。この“偽の証拠”は、逆に証拠になる。問題は——次の一手が、もっと速いこと。
ドアの外で、足音が止まった。今度は監査室の丁寧なノックじゃない。もっと近い。もっと生活の音。総務の誰かが、息を切らしている気配。
「社長……っ、福本さん……っ!」
吉岡の声だ。震えている。
「いま、全社に——“懲戒の速報”が流れました。Aさんは、本日付で自宅待機。理由は……」
言葉が途切れ、飲み込む音。そして、絞り出すように言った。
「——守秘義務違反です」
首輪が、次の段階に締まった。私は目を閉じ、息を一つだけ吸った。切り貼りは、もう始まっている。そして次に切られるのは——私たちの“時間”だ。
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