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第3章 捏造の始まり:パワハラ懲戒で黙らせる
匿名通報が量産される
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総務フロアに戻ると、空気がさらに薄くなっていた。誰も声を出さないのに、情報だけが増えている。画面の光が、机の上に小さな水たまりみたいに散っている。——匿名通報が、量産されていた。
私のスマホにも、社内ポータルの通知が連続で入る。
【匿名通報窓口】新規投稿:1件
【匿名通報窓口】新規投稿:1件
【匿名通報窓口】新規投稿:1件
まるで自動販売機だ。コインを入れたら同じ缶が落ちてくる。私は画面を開く前に、時刻だけを見た。10:12、10:13、10:13、10:14。“人が書く速度”じゃない。少なくとも、自然には見えない。
最初の通報を開く。
「新人が告発者とつながっている」
「ヒアリング内容が外に漏れている可能性」
「福本(本社人事)が社長側に偏っている」
二件目。
「告発者は以前から問題があった」
「被害者は複数。今さら庇うのは不自然」
「社長がホテルに連れ込んだ」
三件目。
「統合の妨害工作」
「監査に協力しない者は同類」
「守秘義務違反の可能性あり」
言葉の温度が同じだ。文末の癖まで似ている。“匿名”の皮を被った、同じ手が複数あるように見える。いや、複数に見せたい“単数”だ。
背後で、若い社員が小声で言った。
「……これ、誰が書いてるんだろ」
隣の社員が、ほとんど唇だけで返す。
「誰でも、だよ。誰でも書けるって空気が、もう出来てる」
出来ている。空気が出来たら、人は“安全な側”に乗る。安全な側は常に多数派になる。多数派になった瞬間、誰かを潰せる。
私は歩きながら、ひとつひとつの通報をスクショし、時刻と番号をメモに落とした。内容より“出方”が重要だ。量産には、仕組みがいる。仕組みには、入口がいる。
吉岡が近づいてきた。声が出ない顔で、私の端末をちらりと見る。
「……増えましたね」
「窓口は、誰が管理してます?」
吉岡は一瞬だけ黙り、喉を鳴らした。
「監査室、です。昨日から“臨時”で」
「投稿のログは?」
「閲覧権限が……私たちには」
やっぱり。“誰でも書ける”のに、“誰が書いたか”は見えない。匿名は盾になる。盾は、握る手を選ぶ。
そのとき、通報の通知がまた鳴った。私は反射で開いてしまい、文字が目に刺さる。
「新人は被害者。告発者は加害者」
「福本は新人に圧をかけて証言を翻させている」
「社長と福本は関係がある」
一番最後の一行だけ、妙に短い。
“関係がある”
断定でも、具体でもないのに、最も燃える言葉。
胸の奥で、恋愛禁止条項の警報が大きく鳴った。佐伯の声が蘇る。
「君は燃えるな」
でも、燃えないために距離を取れば、守れない。距離を取れば、噂は事実になる。反論できない形で。
私は端末をロックし、吉岡に言った。
「この通報、内容じゃなくて“時刻”と“言い回し”を見てください。量産されてる。自然じゃない」
吉岡の目が、わずかに見開く。
「……じゃあ、誰が」
「“誰でもいい”んです。誰でもいい形にして、狙いの人間を孤立させる。新人と告発者と——私」
言ってしまうと、胃が冷える。自分が標的だと口にした瞬間、標的は現実になる。
私の背後で、足音が止まった。監査室の二人が、総務フロアの中央で立っている。そのうち一人が、柔らかく言った。
「匿名通報が増えています。速やかな対応が必要ですね。福本さん、ヒアリング結果を共有してください」
“共有”。その言葉は便利だ。共有は正義の顔をする。でも、今の共有は、火に酸素を送る行為だ。
私は笑顔を作らずに答えた。
「共有はします。ただし、全文です。切り貼りされない形で」
監査の男の眉が、ほんの少しだけ動いた。その一瞬で確信する。——効いた。
匿名通報の量産は、偶然じゃない。全文が出たら困る人間がいる。
私のスマホにも、社内ポータルの通知が連続で入る。
【匿名通報窓口】新規投稿:1件
【匿名通報窓口】新規投稿:1件
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まるで自動販売機だ。コインを入れたら同じ缶が落ちてくる。私は画面を開く前に、時刻だけを見た。10:12、10:13、10:13、10:14。“人が書く速度”じゃない。少なくとも、自然には見えない。
最初の通報を開く。
「新人が告発者とつながっている」
「ヒアリング内容が外に漏れている可能性」
「福本(本社人事)が社長側に偏っている」
二件目。
「告発者は以前から問題があった」
「被害者は複数。今さら庇うのは不自然」
「社長がホテルに連れ込んだ」
三件目。
「統合の妨害工作」
「監査に協力しない者は同類」
「守秘義務違反の可能性あり」
言葉の温度が同じだ。文末の癖まで似ている。“匿名”の皮を被った、同じ手が複数あるように見える。いや、複数に見せたい“単数”だ。
背後で、若い社員が小声で言った。
「……これ、誰が書いてるんだろ」
隣の社員が、ほとんど唇だけで返す。
「誰でも、だよ。誰でも書けるって空気が、もう出来てる」
出来ている。空気が出来たら、人は“安全な側”に乗る。安全な側は常に多数派になる。多数派になった瞬間、誰かを潰せる。
私は歩きながら、ひとつひとつの通報をスクショし、時刻と番号をメモに落とした。内容より“出方”が重要だ。量産には、仕組みがいる。仕組みには、入口がいる。
吉岡が近づいてきた。声が出ない顔で、私の端末をちらりと見る。
「……増えましたね」
「窓口は、誰が管理してます?」
吉岡は一瞬だけ黙り、喉を鳴らした。
「監査室、です。昨日から“臨時”で」
「投稿のログは?」
「閲覧権限が……私たちには」
やっぱり。“誰でも書ける”のに、“誰が書いたか”は見えない。匿名は盾になる。盾は、握る手を選ぶ。
そのとき、通報の通知がまた鳴った。私は反射で開いてしまい、文字が目に刺さる。
「新人は被害者。告発者は加害者」
「福本は新人に圧をかけて証言を翻させている」
「社長と福本は関係がある」
一番最後の一行だけ、妙に短い。
“関係がある”
断定でも、具体でもないのに、最も燃える言葉。
胸の奥で、恋愛禁止条項の警報が大きく鳴った。佐伯の声が蘇る。
「君は燃えるな」
でも、燃えないために距離を取れば、守れない。距離を取れば、噂は事実になる。反論できない形で。
私は端末をロックし、吉岡に言った。
「この通報、内容じゃなくて“時刻”と“言い回し”を見てください。量産されてる。自然じゃない」
吉岡の目が、わずかに見開く。
「……じゃあ、誰が」
「“誰でもいい”んです。誰でもいい形にして、狙いの人間を孤立させる。新人と告発者と——私」
言ってしまうと、胃が冷える。自分が標的だと口にした瞬間、標的は現実になる。
私の背後で、足音が止まった。監査室の二人が、総務フロアの中央で立っている。そのうち一人が、柔らかく言った。
「匿名通報が増えています。速やかな対応が必要ですね。福本さん、ヒアリング結果を共有してください」
“共有”。その言葉は便利だ。共有は正義の顔をする。でも、今の共有は、火に酸素を送る行為だ。
私は笑顔を作らずに答えた。
「共有はします。ただし、全文です。切り貼りされない形で」
監査の男の眉が、ほんの少しだけ動いた。その一瞬で確信する。——効いた。
匿名通報の量産は、偶然じゃない。全文が出たら困る人間がいる。
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