恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

swingout777

文字の大きさ
20 / 80
第3章 捏造の始まり:パワハラ懲戒で黙らせる

脅しの核

しおりを挟む
監査室の声をドア越しに遮って、私は鍵を掛け直した。完全に遮断できるわけじゃない。それでも“同席”させないだけで、新人の呼吸が少し戻るのが分かった。空気は、人の配置で変わる。

「……今の人たちが怖い?」

私が小声で聞くと、新人は頷く代わりに、唇だけを強く噛んだ。頷いたら終わる、と身体が覚えている。

「守秘義務の話、さっき続きがあるよね」

新人の目が揺れる。言えば助かるかもしれない。でも言えば潰される。その迷いに、私は火消し屋じゃない声を混ぜた。

「ここで言ったことは、あなたを守るための“証拠”になる。守秘義務って言葉は、正しく使えば盾。悪用されれば首輪。——今は首輪になってる」

新人の喉が鳴り、やっと声が出た。

「……昨日、監査の人が来て」
「誰が」
「名刺は見せませんでした。『監査』ってだけ」

名刺を出さない監査。便利な仮面だ。

「その人が、紙を置きました」

新人は鞄から折り目だらけのA4を取り出した。手が震えて、紙の端がかすかに音を立てる。上部に太字。

『秘密保持・守秘義務に関する注意喚起』

下に、いかにも正しい文面。最後の一行だけが、異様に冷たい。

——※本件に関し、社内外へ情報を漏洩した場合、就業規則に基づき厳正に対処します。

「これを……読ませて、署名させました」
「署名?」

新人は頷き、指先で自分の名前の欄をなぞった。文字が震えている。紙の上の震えは、嘘をつかない。

「“何を話したか”じゃなくて、“余計なことを話すな”って」

新人の声が擦れる。

「それで……言い方まで」
「言い方?」

私の胸が、嫌な角度で冷えた。テンプレの匂い。

新人は、覚えてしまった文を一つずつ吐き出した。

「『Aさんから精神的苦痛を受けた』『周囲に相談できない状況だった』『日常業務に支障が出た』って……」

息が止まる。USBで見た“想定問答”と、同じ匂い。

「それ、誰が言ったの」
「監査の人が。『このくらいの表現で』って……」

そして、最も小さな声で付け足した。

「『もし違う言い方をしたら、守秘義務違反になる可能性がある』って」

守秘義務違反。便利な言葉だ。真実を黙らせるのに一番早い。規程は盾にも剣にもなる——その剣先が、今はこの子の喉元に当たっている。

私はペンを取り、ヒアリングシートの余白に“そのまま”書いた。新人の言葉を、切り貼りされない形で残す。

「あなたは、Aさんに何を言われた?」

新人は一度目を閉じ、言った。

「……『俺が守るから、余計なこと言うな』って」

守る。告発者もまた、“守秘義務”の首輪に噛みつこうとしていたのだと思う。だから強い言葉になった。それが“パワハラ”に変換される。

ドアの向こうで、監査室の靴音が遠ざかった。探るだけ探って、次の部屋へ行ったのだろう。私は息を吐き、新人を見た。

「あなたは脅された。——それは事実です」

新人の目が潤む。

「でも、私が一つだけ確認する。あなたは“被害者”ですか?」

新人の肩が跳ねた。質問の角度が違うのが分かる。私は続ける。

「本当は、あなたも“見た側”で、怖くて、誰かの言葉をなぞらされた。——そうだよね」

新人は、堰が切れたように小さく泣いた。声を出さない泣き方。声を出すのが怖い泣き方。私は机の上の“注意喚起”の紙をそっと押さえた。これが首輪の実物だ。

「この紙、コピー取らせて」
「……持ってたら、バレます」
「ここに置いていい。私が保全する」

“証拠保全”。昨夜のメールの言葉を、こっちの意味で使う。

新人が頷いた瞬間、私は決めた。この件の核は、パワハラじゃない。守秘義務という言葉で、人の口と心を縛って、筋書き通りの証言だけを作ること。

火はもう回っている。なら、私は首輪の鎖を切る順番を、こちらで作る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

You Could Be Mine ぱーとに【改訂版】

てらだりょう
恋愛
高身長・イケメン・優しくてあたしを溺愛する彼氏はなんだかんだ優しいだんなさまへ進化。 変態度も進化して一筋縄ではいかない新婚生活は甘く・・・はない! 恋人から夫婦になった尊とあたし、そして未来の家族。あたしたちを待つ未来の家族とはいったい?? You Could Be Mine【改訂版】の第2部です。 ↑後半戦になりますので前半戦からご覧いただけるとよりニヤニヤ出来るので是非どうぞ! ※ぱーといちに引き続き昔の作品のため、現在の状況にそぐわない表現などございますが、設定等そのまま使用しているためご理解の上お読みいただけますと幸いです。

出逢いがしらに恋をして 〜一目惚れした超イケメンが今日から上司になりました〜

泉南佳那
恋愛
高橋ひよりは25歳の会社員。 ある朝、遅刻寸前で乗った会社のエレベーターで見知らぬ男性とふたりになる。 モデルと見まごうほど超美形のその人は、その日、本社から移動してきた ひよりの上司だった。 彼、宮沢ジュリアーノは29歳。日伊ハーフの気鋭のプロジェクト・マネージャー。 彼に一目惚れしたひよりだが、彼には本社重役の娘で会社で一番の美人、鈴木亜矢美の花婿候補との噂が……

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

決して飼いならされたりしませんが~年下御曹司の恋人(仮)になります~

北館由麻
恋愛
アラサーOLの笑佳は敬愛する上司のもとで着々とキャリアを積んでいた。 ある日、本社からやって来たイケメン年下御曹司、響也が支社長代理となり、彼の仕事をサポートすることになったが、ひょんなことから笑佳は彼に弱みを握られ、頼みをきくと約束してしまう。 それは彼の恋人(仮)になること――!? クズ男との恋愛に懲りた過去から、もう恋をしないと決めていた笑佳に年下御曹司の恋人(仮)は務まるのか……。 そして契約彼女を夜な夜な甘やかす年下御曹司の思惑とは……!?

こじらせ女子の恋愛事情

あさの紅茶
恋愛
過去の恋愛の失敗を未だに引きずるこじらせアラサー女子の私、仁科真知(26) そんな私のことをずっと好きだったと言う同期の宗田優くん(26) いやいや、宗田くんには私なんかより、若くて可愛い可憐ちゃん(女子力高め)の方がお似合いだよ。 なんて自らまたこじらせる残念な私。 「俺はずっと好きだけど?」 「仁科の返事を待ってるんだよね」 宗田くんのまっすぐな瞳に耐えきれなくて逃げ出してしまった。 これ以上こじらせたくないから、神様どうか私に勇気をください。 ******************* この作品は、他のサイトにも掲載しています。

不埒な一級建築士と一夜を過ごしたら、溺愛が待っていました

入海月子
恋愛
有本瑞希 仕事に燃える設計士 27歳 × 黒瀬諒 飄々として軽い一級建築士 35歳 女たらしと嫌厭していた黒瀬と一緒に働くことになった瑞希。 彼の言動は軽いけど、腕は確かで、真摯な仕事ぶりに惹かれていく。 ある日、同僚のミスが発覚して――。

処理中です...