恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第3章 捏造の始まり:パワハラ懲戒で黙らせる

新人ヒアリング

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小会議室のドアを閉めると、外のざわめきが一段落ちた。完全に静かになるわけじゃない。壁越しにコピー機の音や、誰かの足音がぼんやりと聞こえる。——だからこそ、逃げ場のない静けさになる。

新人の女性は、椅子に座ったまま背中を壁に押し付けていた。両手は膝の上で握られていて、爪が白い。机の上に置いたペットボトルの水にも手を伸ばせない。

私は向かいの席に座り、ヒアリングシートを広げた。監査が用意した書式。質問項目が整然と並ぶほど、ここが“手続き”であり、“儀式”であることが分かる。

「——緊張しなくていいです」

言ってから、自分の言葉が空々しく感じて、すぐ続けた。

「緊張するなら、していい。ここは緊張する場所です」

新人が小さく笑おうとして、笑えなかった。

「……すみません。私、ちゃんと……」
「ちゃんと、何を?」

問い返すと、彼女は息を詰まらせた。

私はペンを置いた。いま、書くと、彼女の震えまで記録になる。記録は武器になる。武器は、誰の手に渡るかで意味が変わる。

「名前と部署だけ確認します」

形式的な確認を先にして、彼女の呼吸を整える時間を作る。新人は声を絞り出し、名乗った。小さな声。名乗るだけで精一杯の声。

「——では、申告内容について。Aさん(告発者)から、あなたがパワハラを受けた、という申告が複数ある、と聞いています」

私は“複数ある”と言いながら、彼女の目を見た。彼女の目が、ほんの少しだけ泳いだ。やっぱりだ。彼女は、申告する側ではない。させられる側だ。

「……私」

喉が鳴る。

「怖かった?」

私は、問いを短くした。パワハラの定義より先に、身体の反応を聞く。身体は嘘をつきにくい。

新人は唇を噛み、頷きかけて、途中で止まった。

「怖い、って言っていいのか分からなくて」

その言葉が、胸を刺した。怖いと言うことすら許されない空気。これが“空気の暴力”だ。

「ここでは言っていい。——ただし、あなたが何を見て、何を言われて、どう感じたか。具体的に」

私はペンを握り直す。今度は、彼女を縛るためじゃない。守るために記録する。

新人は目を閉じ、震える声で言った。

「Aさんは……私に、きつく言いました」
「どんなふうに」
「『勝手なことをするな』って」

勝手なこと。業務の指示としても成立する。ここだけ切り取れば、パワハラにも見える。見える、ようにできる。

「その前後は?」

新人の肩が跳ねた。前後。文脈。そこに切り貼りが効かなくなる。彼女は一瞬だけ黙り、目を伏せた。

「……私、あの日、総務の共有フォルダを開いちゃったんです」

共有フォルダ。統合PJ。守秘義務。私は心の中で息を止めた。

「何を見たの」

新人は唇を震わせる。

「“異動の……テンプレ”」

片道三時間、二週間。彼女も見たのだ。見てしまったのだ。

「それで?」
「Aさんが、怒りました。『それはお前が見るものじゃない』って」

新人の声がかすれる。

「でも……怒ってたのに、最後に」
「最後に?」
「『消せ』って。『見たなら、消して忘れろ』って」

——守ろうとした。告発者は新人を守ろうとして、強い言葉で押し返した。それを“パワハラ”にされる。簡単に。

私はゆっくりと頷いた。

「Aさんは、あなたを傷つけるために言ったと思う?」

新人は首を横に振りかけて、止めた。止めた理由が、すぐわかる。答えたら、誰かが怒る。怒る人がいる。

「……分かりません」

嘘だ。分かっている。だけど言えない。

私はペンを置いた。

「あなた、誰かに“こう言え”って言われた?」

新人の喉が、こくりと鳴った。目が、私の後ろの壁を見ている。そこに“誰か”がいるみたいに。

「……守秘義務って……言われました」

やっと出た声。

「何を?」
「……“余計なことを言ったら、終わる”って」

終わる。言葉が、部屋の空気をさらに薄くした。

私は深く息を吸い、彼女の目を見た。

「ここで話したことは、あなたを守るために使います。——あなたを潰すためには使わせない」

新人の目が、ほんの少しだけ潤む。信じたい、という顔。

そのとき、小会議室の外で靴音が止まった。二人分。監査室の気配。ドアの向こうから、丁寧な声がする。

「ヒアリング、進捗いかがでしょうか。——必要なら、同席します」

新人の肩が跳ね、息が止まった。私は椅子から立ち上がり、ドアへ向かいながら、背中越しに言った。

「同席は不要です。——ここは、私がやります」

そして心の中で付け足した。“順番”を、こちらの順番に変える。
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