恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

swingout777

文字の大きさ
24 / 80
第3章 捏造の始まり:パワハラ懲戒で黙らせる

切り貼りの兆候

しおりを挟む
監査室の足音が廊下の奥へ引いていくのを、ドア越しに聞いた。引いた、だけだ。引き下がったわけじゃない。爪を立てる場所を変えただけ。

私は鍵を開けずに、告発者の呼吸を数えた。速い。浅い。まだ戻っていない。社長は部屋の隅で腕を組み、視線だけで外を睨んでいる。怒りを出さない代わりに、怒りで支える人の姿勢。

「……今の言い方」

告発者が小さく言った。

「守る側に立つなら、って。——誰かに拾われたら、危ない」

その指摘が痛いほど正しい。言葉は、拾う人の都合で形を変える。しかも今は、拾う人が多い。

「拾わせないように記録する」

私が言った瞬間、スマホが震えた。社内ポータルの通知。匿名通報。そして、見覚えのある言い回し。

「福本が監査に非協力。事情聴取を妨害」
「告発者を庇い、社長と連携して証言を揉み消している」
「“守る側に立つなら”発言=共犯の宣言」

最後の一行で、胃が冷えた。出た。——切り貼りの兆候。私の言葉が、もう“引用”されている。しかも、私の順番じゃない順番で。

「……早い」

社長が低く言った。

「この部屋、盗聴されてる?」

告発者の声が震える。

「盗聴までは分からない」

私は即答した。

「でも“外に出た”のは確実。誰かが、今この瞬間の材料を欲しがってる」

私は通知をスクショし、時刻をメモに落とした。13:42。私が監査室に中止を告げたのは、体感で二分前。二分で匿名通報が生成され、投稿され、フロアに回る。——人間の手だけじゃない。少なくとも、人間の手だけに見せたくない速さだ。

「“共犯の宣言”って」

告発者が呟いた。笑いかけて、笑えない。

「俺、終わった」
「終わらせない」

私は短く言った。短く言うしかない。長い言葉は、また切られる。

社長が私の端末を覗き込む。

「お前の発言、ピンポイントで拾ってる。狙いは二つだな」
「私と、告発者」
「違う」

社長は一拍で切った。

「“お前と俺”だ」

その言い方に、胸の奥が熱くなりかけて、私はすぐ押し込めた。今は熱を持つな。熱は燃料だ。

スマホがもう一度震えた。今度は、社内チャットの“共有”。誰かが画像を投下している。プレビューに映ったのは、短い文章のスクショ。

——「守る側に立つなら。はい、同じ側です」

私が言った言葉だ。2Fの控室で、告発者に向けて言った。でも、そのスクショの上部には、違う宛先が見えた。

【宛先:社長】

あり得ない。私は社長にそんな言葉を送っていない。

そして、画面下には——切り落とされた続きがない。本当はこうだった。

「守る側に立つなら。——はい、同じ側です」

“守る側に立つなら”が条件で、私は条件を置いた。でも今、条件は消されている。残ったのは、共犯の断定だけ。

告発者の呼吸が止まった。社長が、初めて舌打ちを音にした。

「……編集されてる」

私が呟くと、社長が低く言う。

「切り貼りの本丸だ。——“条件”を消して、断定だけ残す」

背中が冷える。噂は火だ。でも、切り貼りは油だ。油を撒かれた火は、消えない。消そうと触った人間から燃える。

私はスクショを保存し、すぐにログの保全フォルダへ放り込んだ。この“偽の証拠”は、逆に証拠になる。問題は——次の一手が、もっと速いこと。

ドアの外で、足音が止まった。今度は監査室の丁寧なノックじゃない。もっと近い。もっと生活の音。総務の誰かが、息を切らしている気配。

「社長……っ、福本さん……っ!」

吉岡の声だ。震えている。

「いま、全社に——“懲戒の速報”が流れました。Aさんは、本日付で自宅待機。理由は……」

言葉が途切れ、飲み込む音。そして、絞り出すように言った。

「——守秘義務違反です」

首輪が、次の段階に締まった。私は目を閉じ、息を一つだけ吸った。切り貼りは、もう始まっている。そして次に切られるのは——私たちの“時間”だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

なぜ私?スパダリCEOに捕獲され推しの秘書になりました

あいすらん
恋愛
落ち込んでいた私が見つけた最高の趣味。 それは完璧スパダリCEOの「声」を集めること。 動画サイトで最高のイケボを見つけた私、倉田ひかりは、声を録音するためだけに烏丸商事の会社説明会へ。 失業中の元ピアノ講師には、お金のかからない最高のレクリエーションだったのに。 「君、採用」 え、なんで!? そんなつもりじゃなかったと逃げ出したのに、運命は再び私と彼を引き合わせる。 気づけば私は、推しの秘書に。 時短の鬼CEO×寄り道大好き迷子女。 正反対な2人が繰り広げる、イケボに溺れるドタバタラブコメ!

期間限定の関係のはずでは?〜傷心旅行に来たら美形店長に溺愛されてます〜

水無月瑠璃
恋愛
長年付き合った彼氏から最悪な形で裏切られた葉月は一週間の傷心旅行に出かける。そして旅先で出会った喫茶店の店長、花村とひょんなことから親しくなり、うっかり一夜を共にしてしまう。 一夜の過ちだとこれっきりにしたい葉月だが、花村は関係の継続を提案してくる。花村に好感を抱いていた葉月は「今だけだしいっか」と流されて関係を続けることになるが…。

恋は襟を正してから-鬼上司の不器用な愛-

プリオネ
恋愛
 せっかくホワイト企業に転職したのに、配属先は「漆黒」と噂される第一営業所だった芦尾梨子。待ち受けていたのは、大勢の前で怒鳴りつけてくるような鬼上司、獄谷衿。だが梨子には、前職で培ったパワハラ耐性と、ある"処世術"があった。2つの武器を手に、梨子は彼の厳しい指導にもたくましく食らいついていった。  ある日、梨子は獄谷に叱責された直後に彼自身のミスに気付く。助け舟を出すも、まさかのダブルミスで恥の上塗りをさせてしまう。責任を感じる梨子だったが、獄谷は意外な反応を見せた。そしてそれを境に、彼の態度が柔らかくなり始める。その不器用すぎるアプローチに、梨子も次第に惹かれていくのであった──。  恋心を隠してるけど全部滲み出ちゃってる系鬼上司と、全部気付いてるけど部下として接する新入社員が織りなす、じれじれオフィスラブ。

俺様上司と複雑な関係〜初恋相手で憧れの先輩〜

せいとも
恋愛
高校時代バスケ部のキャプテンとして活躍する蒼空先輩は、マネージャーだった凛花の初恋相手。 当時の蒼空先輩はモテモテにもかかわらず、クールで女子を寄せ付けないオーラを出していた。 凛花は、先輩に一番近い女子だったが恋に発展することなく先輩は卒業してしまう。 IT企業に就職して恋とは縁がないが充実した毎日を送る凛花の元に、なんと蒼空先輩がヘッドハンティングされて上司としてやってきた。 高校の先輩で、上司で、後から入社の後輩⁇ 複雑な関係だが、蒼空は凛花に『はじめまして』と挨拶してきた。 知り合いだと知られたくない? 凛花は傷ついたが割り切って上司として蒼空と接する。 蒼空が凛花と同じ会社で働きだして2年経ったある日、突然ふたりの関係が動き出したのだ。 初恋相手の先輩で上司の複雑な関係のふたりはどうなる? 表紙はイラストAC様よりお借りしております。

元恋人と、今日から同僚です

紗和木 りん
恋愛
女性向けライフスタイル誌・編集部で働く結城真帆(29)。 仕事一筋で生きてきた彼女の前に、ある日突然、五年前に別れた元恋人が現れた。 「今日から、この部署に配属になった」 そう告げたのは、穏やかで理性的な朝倉。 かつて、将来や価値観のすれ違いから別れた相手だ。 仕事として割り切ろうと距離を取る真帆だったが、過去の別れが誤解と説明不足によるものだったことが少しずつ見えてくる。 恋愛から逃げてきた女と、想いを言葉にできなかった男。 仕事も感情も投げ出さず、逃げずに選び直した先にあるのは「やり直し」ではなく……。 元恋人と同僚になった二人。 仕事から始まる新しい恋の物語。

【完結】溺愛予告~御曹司の告白躱します~

蓮美ちま
恋愛
モテる彼氏はいらない。 嫉妬に身を焦がす恋愛はこりごり。 だから、仲の良い同期のままでいたい。 そう思っているのに。 今までと違う甘い視線で見つめられて、 “女”扱いしてるって私に気付かせようとしてる気がする。 全部ぜんぶ、勘違いだったらいいのに。 「勘違いじゃないから」 告白したい御曹司と 告白されたくない小ボケ女子 ラブバトル開始

その卵焼き俺にも食わせろ!―ワンナイトラブから逃げたはずなのに、契約で縛られてました!?―

鷹槻れん
恋愛
新沼 晴永(にいぬま はるなが/36)は俺様上司として恐れられる鬼課長。 そんな彼に毎日のように振り回されるのが、犬猿の仲(だと彼女が勝手に思っている)部下の小笹 瑠璃香(こざさ るりか/28)だ。 飲み会の夜、酔ってふにゃふにゃになった瑠璃香を晴永がまんまと持ち帰り――翌朝待っていたのはワンナイトの証拠と契約結婚の書類!? 晴永には逃げようとする瑠璃香を逃がすつもりはないらしい!? 笑いと誤解と契約の、ドタバタラブコメディ! ○表紙絵は市瀬雪さんに依頼しました♥(作品シェア以外での無断転載など固くお断りします)

恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~

泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の 元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳  ×  敏腕だけど冷徹と噂されている 俺様部長 木沢彰吾34歳  ある朝、花梨が出社すると  異動の辞令が張り出されていた。  異動先は木沢部長率いる 〝ブランディング戦略部〟    なんでこんな時期に……  あまりの〝異例〟の辞令に  戸惑いを隠せない花梨。  しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!  花梨の前途多難な日々が、今始まる…… *** 元気いっぱい、はりきりガール花梨と ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。

処理中です...