恋愛禁止条項の火消し屋は、子会社社長を守る側に立つ

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第8章 統合説明会:建前を壊す一撃

新人の証言翻し

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神谷に刺された廊下から戻ったとき、総務奥は妙に静かだった。静かすぎるのは、嵐の前か、誰かが決めた沈黙の後だ。

机の上に、吉岡のメモが置いてある。

「新人、来る。今」

時刻:10:41

ドアが開いて、新人が入ってきた。制服じゃない。コートのまま。顔色はまだ薄い。でも目が、昨日より“今”を見ていた。

「福本さん……」

声が震える。けれど逃げない。

「私、言い直します。今日、言い直さないと——終わる」

私は立たなかった。立つと抱える形になる。ここは“守る”じゃなく“原本化”の場。

「ここでいい」

私は短く言った。

「同席、いる。時刻、取る。言ったことは、あなたの言葉として残す」

吉岡が頷き、メモ帳を開く。情シス担当が、録音じゃなく“議事メモ”の画面を立ち上げる。外部弁護士へ繋ぐための窓口も、開いてある。

新人は鞄から紙を出した。ぐしゃっとしている。でも破れていない。ぐしゃぐしゃな紙ほど、本人が握っていた証拠になる。

「これ……私、昨日まで“証言”って言われて、書かされました」

紙の一番上に、太字。

「参考人メモ(提出用)」

そこに、私の名前があった。そして、最悪の一文。

「福本さんから“守られている”と聞いた」
「社長との関係は特別だと感じた」

——台本だ。恋愛の噂に論点を固定するための台本。

新人は唇を噛んで、息を入れて、言った。

「私、これ……言ってません」
「……」
「言ってないのに、“ここにサインして”って言われた」
「誰に」

吉岡が、静かに問う。

新人は目を閉じて、開いて、言った。

「法務の人です。柔らかい声の人。あと……人事の人が同席してました」

——一致した。でも一致より大事なのは、ここからだ。

新人は続ける。

「私、怖くて……」

声が詰まる。

「“協力しないと、あなたが悪者になる”って」
「……」
「“福本さんに守られてるって書けば、会社は丸く収まる”って」

昨日、改訂履歴のコメントにあった言い回し。
台本が、口から出てくる。

新人の目から涙が落ちた。崩壊の涙じゃない。“言い直す”涙だ。

「ごめんなさい」
「謝らなくていい」

私は短く言った。

「謝る相手は、あなたじゃない」

新人は首を振る。

「でも……私、あのとき、もう一つ……」

鞄から、スマホを出す。手が震えている。

「録音、禁止って言われました」
「うん」
「でも……壊れそうで、押しちゃった」

画面に、小さな音声ファイル。タイトルは自動で付いた日付。

2026-01-23 13:02

吉岡が一歩だけ近づき、でも触れない。

「それ、あなたの端末だね」

新人が頷く。

「はい。私の。私が押した」

私は言った。

「外部弁護士に渡す。ここで再生しない」

ここで再生したら、また“社内の空気”にされる。必要なのは、空気じゃない。受領時刻だ。

情シス担当が、淡々と確認する。

「ファイルのハッシュ、取れます。転送ログも残せます」
「お願いします」

吉岡が即答する。

10:46 ハッシュ採取開始

新人は、息を吸って、最後の言葉を置いた。置く、というのが正しい。感情じゃなく、形で。

「私、今日、第三者の前で言います」
「何を」

私が聞く。

新人は、泣きながら笑った。ほんの一瞬だけ。救いの形の笑い。

「“正当理由なし”は嘘です」
「“同席不可”で押されました」
「“福本さんが特別”って書けって言われました」

一拍。

「……私、もう、消えません」

その一文が、胸の奥をほどいた。消えない。会社から消されない。自分の言葉を、自分で取り戻す。

吉岡がメモに書く音がする。

10:48 参考人:証言訂正の意思表明
提出:外部弁護士/第三者調査(窓口)

私は新人に、短く確認した。

「怖い?」

新人は頷く。

「怖いです」
「でも?」
「でも、昨日の“正当理由なし”を見て……」

涙を拭って、言った。

「黙っても守られないって分かったから」

——カタルシスは大声じゃない。壊される寸前の人が、自分の言葉の主語を取り戻す瞬間に起きる。

私は言った。

「今日、あなたの役目は一つ」
「……」
「あなたの言葉を、第三者の記録に乗せる」
「はい」

新人が頷く。

そして私は、心の中でだけスローガンを更新した。

原本を守る。その原本に、今日——新人の声が加わる。

救いは、奇跡じゃない。“言い直せる手順”が残っていること。それが、いちばん強い救いだった。
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