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第8章 統合説明会:建前を壊す一撃
本丸へ
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新人の「もう、消えません」の余韻が、総務奥に残ったまま。吉岡がメモ帳を閉じ、言った。
「本丸へ行きましょう」
“本丸”——社内の空気じゃない。決裁と台本の中心。第三者の記録が置かれる場所。
11:03。外部弁護士へ、受領の返信が入った。
【参考人(新人)より訂正申出/音声データ受領。受領時刻11:02。保全手続きに入ります】
“受領時刻”。その四文字で、世界が一段変わる。社内の噂が、外部の記録に負ける世界へ。
新人は、椅子に座っていた。泣いた顔のまま、でも背筋が少しだけ伸びている。私は声を低くして言った。
「あなたはここに残る」
新人が不安そうに目を上げる。
「……置いていかれる?」
「違う」
私は即答した。
「ここがあなたの安全地帯。今日、あなたは“守られる側”でいていい」
吉岡が頷き、連絡網に短く打つ。
参考人保護:総務管理下。接触禁止継続。
情シス担当が、USBでもクラウドでもない“外部弁護士指定”の方法でデータを封印していく。誰が触ったか、いつ触ったか。触れた痕が、そのまま武器になる。
廊下へ出る前、私の胃がまた痛んだ。痛みは消えない。でも、痛みの正体が変わった。
“折れる痛み”じゃない。“踏み外すと危ない痛み”。
私はスマホをポケットから出して、通知を一つだけ確認する。勤務地変更テンプレの個別案内——まだ来ていない。来るなら、今日中。来る前に、本丸へ。
吉岡が言った。
「福本さん、今日やること、二つだけ」
「うん」
「①新人の訂正を“本丸の記録”に乗せる」
「②勤務地強制テンプレの“例外なし設計”を、調査妨害として扱わせる」
私は頷く。喋らない。揺れない。置くのは原本だけ。
本丸は、17Fの特別会議室——昨日と同じ場所ではない。今日は“第三者調査の臨時セッション”として、正式に場が立っている。つまり、ここでの言葉は、社内の空気じゃなく調査記録になる。
廊下の空気が、冷たい。冷たいほど、感情は燃えにくい。私はそれを味方にした。
会議室の前に、外部弁護士が一人立っていた。目が合う。短く頷く。
「準備は?」
私は答える。
「原本は揃っています。参考人の訂正も受領済み」
弁護士が一言だけ返す。
「では、入ります。今日は“台本”を終わらせます」
ドアが開く。中には、いつもの顔が揃っていた。
法務の柔らかい声。監査室長。人事——佐伯。そして社長。第三者調査チームの弁護士たち。
敵も味方も、もう揃っている。違うのは、舞台の支配者が“社内”じゃないことだ。
席に着く前に、外部弁護士が言った。
「本日の追加議題。参考人(新人)による証言訂正と、押印誘導の疑い」
法務の顔色が一瞬だけ変わる。変わった瞬間が、効いた証拠。
外部弁護士が続ける。
「音声データは受領済み。保全手続きも完了。提出経路は窓口固定」
淡々と、逃げ道を潰す言い方。
佐伯が口を開きかけて、閉じた。閉じた口は、言えない理由を晒す。
私はここで喋らない。主役は新人だ。新人の言葉が、第三者の記録に乗る。それだけで、恋愛の噂は芯を失う。
外部弁護士が、次に紙を一枚出した。説明会のスライドの写し。あの注記が、太線で囲われている。
「例外判断は行いません(公平性の観点から)」
そして、法務司会の発言のメモ。
「検討したことになります」
「この設計は、実体のない“配慮の体裁”を作り、拒否者を炙り、隔離を正当化する構造になり得ます」
外部弁護士の声が、冷たい。
情シス担当が、補助の一言を置く。
「申請フォームの結果は“自動返信のみ”でした。承認フローが存在しません」
——例外が存在しない証拠。言葉じゃなく、仕組みで。
会議室の空気が、さらに冷える。冷えるのは、真実が近いからだ。
外部弁護士が、ゆっくり言った。
「告発者の身柄への危険(拉致未遂疑い)と、端末遠隔初期化の痕跡。これらは調査妨害の可能性が高い」
“可能性が高い”。弁護士がその言葉を使うとき、もう引き返せない。
社長が一度だけ頷き、短く言った。
「会社として協力する」
協力する、を首輪にしない言い方。手続きを背負う言い方。
法務の柔らかい声が、ようやく出た。
「……それは、会社とは無関係の——」
外部弁護士が遮る。
「無関係である根拠を文書で」
一刀。会議室が静まる。
私は、やっと一言だけ口を開いた。言葉は短く。切り貼りできない形で。
「私は、手順の話しかしません」
一拍。
「そして今、手順が“人を消す方向”に使われています。——それを止めに来ました」
言い終えた瞬間、胃の石がまだそこにあるのに、足元だけが軽くなった。痛いまま、前に進める。
外部弁護士が、私の一言を拾わず、拾うべきものだけを拾った。“物語”ではなく、原本を。
「では確認します。HR-SEP-015の承認者と改訂者、そして勤務地強制テンプレの作成・配布責任者」
目線が、ゆっくり佐伯へ向く。
佐伯が、初めて瞬きをした。逃げない顔を作ろうとして、作れない顔。
本丸へ来た。ここから先は、噂ではなく名前が出る。
そして——ドアの外で、私のスマホが一度だけ震えた。
【勤務地変更(即日適用)— 回答期限:本日中】
届いた。狙いは、私だ。
私は画面を伏せた。ここで反応したら、台本が勝つ。反応しない代わりに、外部弁護士へ一言だけ渡した。
「今、個別案内が届きました」
弁護士が頷く。
「提出してください。——本丸で扱います」
本丸に、爆弾が届いた。爆弾は私を折るためのもの。
でも今日は、違う。爆弾はここで——証拠に変わる。
「本丸へ行きましょう」
“本丸”——社内の空気じゃない。決裁と台本の中心。第三者の記録が置かれる場所。
11:03。外部弁護士へ、受領の返信が入った。
【参考人(新人)より訂正申出/音声データ受領。受領時刻11:02。保全手続きに入ります】
“受領時刻”。その四文字で、世界が一段変わる。社内の噂が、外部の記録に負ける世界へ。
新人は、椅子に座っていた。泣いた顔のまま、でも背筋が少しだけ伸びている。私は声を低くして言った。
「あなたはここに残る」
新人が不安そうに目を上げる。
「……置いていかれる?」
「違う」
私は即答した。
「ここがあなたの安全地帯。今日、あなたは“守られる側”でいていい」
吉岡が頷き、連絡網に短く打つ。
参考人保護:総務管理下。接触禁止継続。
情シス担当が、USBでもクラウドでもない“外部弁護士指定”の方法でデータを封印していく。誰が触ったか、いつ触ったか。触れた痕が、そのまま武器になる。
廊下へ出る前、私の胃がまた痛んだ。痛みは消えない。でも、痛みの正体が変わった。
“折れる痛み”じゃない。“踏み外すと危ない痛み”。
私はスマホをポケットから出して、通知を一つだけ確認する。勤務地変更テンプレの個別案内——まだ来ていない。来るなら、今日中。来る前に、本丸へ。
吉岡が言った。
「福本さん、今日やること、二つだけ」
「うん」
「①新人の訂正を“本丸の記録”に乗せる」
「②勤務地強制テンプレの“例外なし設計”を、調査妨害として扱わせる」
私は頷く。喋らない。揺れない。置くのは原本だけ。
本丸は、17Fの特別会議室——昨日と同じ場所ではない。今日は“第三者調査の臨時セッション”として、正式に場が立っている。つまり、ここでの言葉は、社内の空気じゃなく調査記録になる。
廊下の空気が、冷たい。冷たいほど、感情は燃えにくい。私はそれを味方にした。
会議室の前に、外部弁護士が一人立っていた。目が合う。短く頷く。
「準備は?」
私は答える。
「原本は揃っています。参考人の訂正も受領済み」
弁護士が一言だけ返す。
「では、入ります。今日は“台本”を終わらせます」
ドアが開く。中には、いつもの顔が揃っていた。
法務の柔らかい声。監査室長。人事——佐伯。そして社長。第三者調査チームの弁護士たち。
敵も味方も、もう揃っている。違うのは、舞台の支配者が“社内”じゃないことだ。
席に着く前に、外部弁護士が言った。
「本日の追加議題。参考人(新人)による証言訂正と、押印誘導の疑い」
法務の顔色が一瞬だけ変わる。変わった瞬間が、効いた証拠。
外部弁護士が続ける。
「音声データは受領済み。保全手続きも完了。提出経路は窓口固定」
淡々と、逃げ道を潰す言い方。
佐伯が口を開きかけて、閉じた。閉じた口は、言えない理由を晒す。
私はここで喋らない。主役は新人だ。新人の言葉が、第三者の記録に乗る。それだけで、恋愛の噂は芯を失う。
外部弁護士が、次に紙を一枚出した。説明会のスライドの写し。あの注記が、太線で囲われている。
「例外判断は行いません(公平性の観点から)」
そして、法務司会の発言のメモ。
「検討したことになります」
「この設計は、実体のない“配慮の体裁”を作り、拒否者を炙り、隔離を正当化する構造になり得ます」
外部弁護士の声が、冷たい。
情シス担当が、補助の一言を置く。
「申請フォームの結果は“自動返信のみ”でした。承認フローが存在しません」
——例外が存在しない証拠。言葉じゃなく、仕組みで。
会議室の空気が、さらに冷える。冷えるのは、真実が近いからだ。
外部弁護士が、ゆっくり言った。
「告発者の身柄への危険(拉致未遂疑い)と、端末遠隔初期化の痕跡。これらは調査妨害の可能性が高い」
“可能性が高い”。弁護士がその言葉を使うとき、もう引き返せない。
社長が一度だけ頷き、短く言った。
「会社として協力する」
協力する、を首輪にしない言い方。手続きを背負う言い方。
法務の柔らかい声が、ようやく出た。
「……それは、会社とは無関係の——」
外部弁護士が遮る。
「無関係である根拠を文書で」
一刀。会議室が静まる。
私は、やっと一言だけ口を開いた。言葉は短く。切り貼りできない形で。
「私は、手順の話しかしません」
一拍。
「そして今、手順が“人を消す方向”に使われています。——それを止めに来ました」
言い終えた瞬間、胃の石がまだそこにあるのに、足元だけが軽くなった。痛いまま、前に進める。
外部弁護士が、私の一言を拾わず、拾うべきものだけを拾った。“物語”ではなく、原本を。
「では確認します。HR-SEP-015の承認者と改訂者、そして勤務地強制テンプレの作成・配布責任者」
目線が、ゆっくり佐伯へ向く。
佐伯が、初めて瞬きをした。逃げない顔を作ろうとして、作れない顔。
本丸へ来た。ここから先は、噂ではなく名前が出る。
そして——ドアの外で、私のスマホが一度だけ震えた。
【勤務地変更(即日適用)— 回答期限:本日中】
届いた。狙いは、私だ。
私は画面を伏せた。ここで反応したら、台本が勝つ。反応しない代わりに、外部弁護士へ一言だけ渡した。
「今、個別案内が届きました」
弁護士が頷く。
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本丸に、爆弾が届いた。爆弾は私を折るためのもの。
でも今日は、違う。爆弾はここで——証拠に変わる。
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