捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ

文字の大きさ
5 / 15

4  後悔する日がくるかもしれないと思いますか?

しおりを挟む
 フラワが話し疲れ、リミアリアが荷物を詰め終えた頃、エマオと彼の側近たちが彼女たちの所にやってきた。
 疲れ切った様子で廊下に立っているフラワを見たエマオは、眉尻を下げて彼女に駆け寄る。

「どうしたんだ」
「エマオ様! リミアリアが追い出されることになったのは私のせいだって言うんです!」

 先程までは自分のせいだと言っていたくせに、エマオの前では自分が被害者のふりをする。
 
 息をするように嘘をつくフラワに、リミアリアやメイドたちはため息を吐いた。

「おい、リミアリア! この書類にサインをしろ! そして、お前の顔など見たくないからすぐに出ていけ!」
「承知いたしました」

 ベッドに座っていたリミアリアが立ち上がると、メイドたちは鍵を開けて部屋を出ていく。

「おい、お前らも今日限りで解雇だ! 二度とメイドとして働けると思うなよ!」「「「ありがとうございます。今まで大変お世話になりました」」」 

 多くのメイドたちは、エマオが帰ってきて、リミアリアがいなくなるのなら辞めるつもりでいた。
 すでにリミアリアの指示でメイド長が推薦状を書いているため、働けなくなるという心配もない。

 荷造りを手伝っていた若いメイドたちは、エマオに声を揃えてお礼を言うと、足早にその場を去っていった。

 お礼を言われたことに、戸惑ったエマオだったが、騒ぎを聞きつけた年配のメイド長や執事も集まったため、話を進めることにした。

「リミアリア、お前に金などないだろうから、慰謝料は取らない。俺から捨てたことにしてやる」
「ありがとうございます」

 目を通した離婚協議書にはエマオの非は一切書かれていない。離婚理由は、リミアリアの浮気になっている。
 慰謝料や財産の件については、リミアリアの浮気を問わない代わりに、無一文で出ていくように書かれていた。

「私は浮気をしていませんので、離婚理由はエマオ様の浮気に変更をお願いいたします」
「何だと? そんな理由にしたら、俺が悪者になるだろう!」
「自分自身の行動に責任を取ってくださいませ」

 リミアリアはぴしゃりと言うと、ペンの先にインクをつけて、エマオに手渡す。

「エマオ様、訂正してください。そうすればすぐに離婚できます」
「……くそっ!」

 エマオは奪い取るようにリミアリアから、離婚協議書とペンを受け取った。壁を下敷き代わりにして、離婚理由を書き換える。
 訂正印としてナイフで自分の親指に傷をつけ、血判を押してリミアリアに差し出した。

「これで満足か?」
「ええ。ありがとうございます」

 離婚協議書の内容を再度確認し、リミアリアはエマオに話しかける。

「では、離婚が成立しましたので出ていこうと思います。今までありがとうございました」

 言い終えると、深々と頭を下げた。

「本当に……よろしいのですか」

 イランデス伯爵邸に勤めて二十年になる執事が、眉尻を下げてエマオに問いかけた。

「かまわん。リミアリアとの離婚について異論があるものは皆、出ていけ」

 エマオにとっては脅しのつもりだった。だが、これが失言だったと、後で気づくことになる。

 リミアリアがフットマンに荷物の運び出しを頼むと、フラワがにやりと笑った。

(勝ったと思っているんでしょうけど、残念ながら違いますからね)

 フラワにすっかり騙されているエマオに、リミアリアは最後にチャンスを与えようと思った。

「エマオ様、最後に一つだけお聞きしたいことがあります」
「何だ」
「あなたは私と離婚したことを後悔する日がくるかもしれないと思いますか?」

 エマオは鼻で笑うと、フラワを抱き寄せて答える。

「そんなわけがないだろう。俺にはフラワがいる。お前のような欠陥品に用はない。いいか。自分が俺を捨てたと勘違いされても困るから言っておく。俺がお前を捨てるんだ。捨てたものに用などない。だから、後悔など絶対にしない」
「承知いたしました」

 離婚を望んでいたことを、フラワに知られてはならない。
 知られてしまえば、離婚を止めるに決まっている。面倒なことにはしたくない。
 リミアリアは零れ落ちそうになる笑みをこらえ、悲しげな表情を作って部屋を出た。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

貴方の知る私はもういない

藍田ひびき
恋愛
「ローゼマリー。婚約を解消して欲しい」 ファインベルグ公爵令嬢ローゼマリーは、婚約者のヘンリック王子から婚約解消を言い渡される。 表向きはエルヴィラ・ボーデ子爵令嬢を愛してしまったからという理由だが、彼には別の目的があった。 ローゼマリーが承諾したことで速やかに婚約は解消されたが、事態はヘンリック王子の想定しない方向へと進んでいく――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

私が愛する王子様は、幼馴染を側妃に迎えるそうです

こことっと
恋愛
それは奇跡のような告白でした。 まさか王子様が、社交会から逃げ出した私を探しだし妃に選んでくれたのです。 幸せな結婚生活を迎え3年、私は幸せなのに不安から逃れられずにいました。 「子供が欲しいの」 「ごめんね。 もう少しだけ待って。 今は仕事が凄く楽しいんだ」 それから間もなく……彼は、彼の幼馴染を側妃に迎えると告げたのです。

真実の愛は素晴らしい、そう仰ったのはあなたですよ元旦那様?

わらびもち
恋愛
王女様と結婚したいからと私に離婚を迫る旦那様。 分かりました、お望み通り離婚してさしあげます。 真実の愛を選んだ貴方の未来は明るくありませんけど、精々頑張ってくださいませ。

処理中です...