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3 よく考えて行動してくださいませ
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離婚協議書をエマオが作成している間に、リミアリアは自室に戻り荷造りを始めた。
彼女の荷物はそう多くない。実家から持ってきたものばかりで、ここに来て買った私物は一つもなかった。
彼女の部屋は、ベッドや書物机に本棚、あとはドレッサーだけで、日常生活に必要なものしか置かれていない。
他に何か家具を置けば、部屋の中を歩く場所がなくなってしまう程に狭い部屋だ。
ベッドの上に茶色のトランクケースを置き、メイドと流れ作業で荷造りをしていると、フラワがやってきた。
部屋の中は定員オーバーで、入る隙間はない。
リミアリアの部屋が思った以上に狭いことに満足しながら、フラワは廊下からリミアリアに話しかけた。
「ごめんなさい、リミアリア。私のせいで追い出されてしまうわね。でも、あなたが悪いのよ」
「お姉様、私は今とても忙しいのでお相手できません」
リミアリアは満面の笑みでそう応えると、扉のすぐ近くで作業をしているメイドに話しかけた。
「悪いけど、気が散るから扉を閉めてくれない?」
「承知いたしました」
メイドは作業の手を止めて、扉の前に立った。そして、困惑した様子のフラワに微笑みかけると、扉を静かに閉めて鍵をかけて作業に戻る。
「は? え、ちょっと! まだ話の途中なんだけど!?」
しばしの沈黙の後、フラワは文句を言いながら扉を叩いたが、リミアリアたちはそれを無視し、談笑しながら荷造りを進めた。
しかし、どれだけ無視されても、フラワは諦めなかった。
「リミアリア、あなたはここを追い出されたら、実家に戻るつもりなんでしょう? それは無理よ。離婚されたら、お父様はリミアリアを勘当するって言っていたから!」
そんなことくらい、リミアリアにも予想ができている。
それに、あんな家に帰りたいとも思わない。
フラワがエマオに接近したとわかった時点で、リミアリアは追い出された後に住む場所の確保を始めていた。
今更、そんなことを言われても痛くも痒くもない。
何の反応も返ってこないことに苛立ったフラワは、彼女にとってはとっておきの情報を話し始める。
「エマオ様が尊敬している、アドルファス殿下のことは知っているでしょう? 彼はね、エマオ様のことを大変気にしていて、彼に色々と話しかけているの。今回の戦争に貢献したとして、侯爵の爵位をもらえるかもしれないのよ!」
アドルファスの名前を聞いて、リミアリアは手を止めた。
アドルファス・バートンはリミアリアたちが住む、プリリッツ王国の第二王子だ。
長身痩躯で整った顔立ちだが、言葉遣いが悪く、戦地にいることを望む変わり者の王子だと一部の貴族に揶揄されている。
戦闘能力がずば抜けて高く、エマオのように脳筋である貴族や、戦で彼に助けられた国民にとっては神のような存在でもあった。
今回、エマオが出征していた戦争を終結させたのも、アドルファスのおかげだと言われていた。
「アドルファス殿下のことは、私もよく知っています。そのことは、お姉様もご存知ですわよね?」
扉越しにリミアリアに尋ねられたフラワは、にやりと笑った。
「たしか、学園に通っていた頃、課外授業で顔を合わせただけでしょう? エマオ様とアドルファス殿下の関係をあなたと同じにしちゃ駄目よ」
「そうですね」
リミアリアはアドルファスのことを思い出し、微笑みながらうなずいた。
課外授業は学園での正規の授業の後に行う活動のことで、クラブとも呼ばれている。
何を学びたいかは本人の自由で、掛け持ちも可能。
十歳から十八歳になるまで続けることができる。
活動回数は、クラブによってそれぞれ違っており、リミアリアと一つ年上のアドルファスが学んでいたのは毒草だった。
薬草について学びたい人間は多いが、毒草のみに絞って学びたいと思う人は少なかった。
アドルファスには双子の兄がおり、優等生である兄にすり寄る貴族ばかりだった。
そのため、毒草クラブにはリミアリアとアドルファス。
そして、アドルファスの未来の側近候補と考えられている男女一人ずつの、計四人しかいなかった。
「リミアリア、あなたのことはアドルファス殿下にも知られるでしょうね。自分が可愛がっている部下を裏切ったあなたを、アドルファス殿下が許すかしら」
フラワは声を上げて笑った。
(お姉様が気の毒になってきたわね)
というのも、リミアリアの協力者は、エマオが尊敬しているアドルファスだからだ。
七年間、同じ部活動を共にしてきたのだから、仲が悪いわけがない。
(アドルファス様は私のことを妹みたいに思ってくれているのよね)
学生時代のことを思い出した後、リミアリアはフラワに告げる。
「お姉様、後悔なさらぬよう、よく考えて行動してくださいませ」
「後悔するのはあなたよ! 言っておくけど、アドルファス様は私のことも気にしているんだからね! 馬鹿なことを言ったら、目をつけられることになるわよ!」
フラワは文句を言い続けたが、リミアリアは無視を決め込むことにした。
彼女の荷物はそう多くない。実家から持ってきたものばかりで、ここに来て買った私物は一つもなかった。
彼女の部屋は、ベッドや書物机に本棚、あとはドレッサーだけで、日常生活に必要なものしか置かれていない。
他に何か家具を置けば、部屋の中を歩く場所がなくなってしまう程に狭い部屋だ。
ベッドの上に茶色のトランクケースを置き、メイドと流れ作業で荷造りをしていると、フラワがやってきた。
部屋の中は定員オーバーで、入る隙間はない。
リミアリアの部屋が思った以上に狭いことに満足しながら、フラワは廊下からリミアリアに話しかけた。
「ごめんなさい、リミアリア。私のせいで追い出されてしまうわね。でも、あなたが悪いのよ」
「お姉様、私は今とても忙しいのでお相手できません」
リミアリアは満面の笑みでそう応えると、扉のすぐ近くで作業をしているメイドに話しかけた。
「悪いけど、気が散るから扉を閉めてくれない?」
「承知いたしました」
メイドは作業の手を止めて、扉の前に立った。そして、困惑した様子のフラワに微笑みかけると、扉を静かに閉めて鍵をかけて作業に戻る。
「は? え、ちょっと! まだ話の途中なんだけど!?」
しばしの沈黙の後、フラワは文句を言いながら扉を叩いたが、リミアリアたちはそれを無視し、談笑しながら荷造りを進めた。
しかし、どれだけ無視されても、フラワは諦めなかった。
「リミアリア、あなたはここを追い出されたら、実家に戻るつもりなんでしょう? それは無理よ。離婚されたら、お父様はリミアリアを勘当するって言っていたから!」
そんなことくらい、リミアリアにも予想ができている。
それに、あんな家に帰りたいとも思わない。
フラワがエマオに接近したとわかった時点で、リミアリアは追い出された後に住む場所の確保を始めていた。
今更、そんなことを言われても痛くも痒くもない。
何の反応も返ってこないことに苛立ったフラワは、彼女にとってはとっておきの情報を話し始める。
「エマオ様が尊敬している、アドルファス殿下のことは知っているでしょう? 彼はね、エマオ様のことを大変気にしていて、彼に色々と話しかけているの。今回の戦争に貢献したとして、侯爵の爵位をもらえるかもしれないのよ!」
アドルファスの名前を聞いて、リミアリアは手を止めた。
アドルファス・バートンはリミアリアたちが住む、プリリッツ王国の第二王子だ。
長身痩躯で整った顔立ちだが、言葉遣いが悪く、戦地にいることを望む変わり者の王子だと一部の貴族に揶揄されている。
戦闘能力がずば抜けて高く、エマオのように脳筋である貴族や、戦で彼に助けられた国民にとっては神のような存在でもあった。
今回、エマオが出征していた戦争を終結させたのも、アドルファスのおかげだと言われていた。
「アドルファス殿下のことは、私もよく知っています。そのことは、お姉様もご存知ですわよね?」
扉越しにリミアリアに尋ねられたフラワは、にやりと笑った。
「たしか、学園に通っていた頃、課外授業で顔を合わせただけでしょう? エマオ様とアドルファス殿下の関係をあなたと同じにしちゃ駄目よ」
「そうですね」
リミアリアはアドルファスのことを思い出し、微笑みながらうなずいた。
課外授業は学園での正規の授業の後に行う活動のことで、クラブとも呼ばれている。
何を学びたいかは本人の自由で、掛け持ちも可能。
十歳から十八歳になるまで続けることができる。
活動回数は、クラブによってそれぞれ違っており、リミアリアと一つ年上のアドルファスが学んでいたのは毒草だった。
薬草について学びたい人間は多いが、毒草のみに絞って学びたいと思う人は少なかった。
アドルファスには双子の兄がおり、優等生である兄にすり寄る貴族ばかりだった。
そのため、毒草クラブにはリミアリアとアドルファス。
そして、アドルファスの未来の側近候補と考えられている男女一人ずつの、計四人しかいなかった。
「リミアリア、あなたのことはアドルファス殿下にも知られるでしょうね。自分が可愛がっている部下を裏切ったあなたを、アドルファス殿下が許すかしら」
フラワは声を上げて笑った。
(お姉様が気の毒になってきたわね)
というのも、リミアリアの協力者は、エマオが尊敬しているアドルファスだからだ。
七年間、同じ部活動を共にしてきたのだから、仲が悪いわけがない。
(アドルファス様は私のことを妹みたいに思ってくれているのよね)
学生時代のことを思い出した後、リミアリアはフラワに告げる。
「お姉様、後悔なさらぬよう、よく考えて行動してくださいませ」
「後悔するのはあなたよ! 言っておくけど、アドルファス様は私のことも気にしているんだからね! 馬鹿なことを言ったら、目をつけられることになるわよ!」
フラワは文句を言い続けたが、リミアリアは無視を決め込むことにした。
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