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5 どうしてこんな所にいるんですか!
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空には雲一つなく、新たな生活を送ろうとしているリミアリアを祝福しているかのような快晴だった。
リミアリアがフットマンと共に邸内から出ると、メイド長と執事を筆頭に使用人たちが追いかけてきた。
皆、どこか不安げな表情だ。
長い黒髪をシニヨンにした年配のメイド長が、眉尻を下げてリミアリアに話しかける。
「エマオ様の浮気が原因での離婚です。慰謝料の請求はなさらないのですか」
「ええ。以前から、こうなるだろうと言っていたでしょう? 私は浮気性で暴力をふるう人と別れたいだけ。向こうから別れを切り出してくれたんだもの。お金をとらないのは、そのお礼ということにしておくわ」
「承知いたしました」
納得したメイド長の横で、彼女の夫である執事がため息を吐く。
「戦地にまで誘惑しに行くくらいなのに、どうしてフラワ様は、素直に旦那様と結婚しなかったのでしょうか」
「その答えは簡単よ。姉は私のものを奪い取ることを趣味にしているの。私とエマオ様を結婚させたのも、私から奪いたかっただけ。気が済んだら姉から別れを切り出すと思うわ」
「……そうでしたか」
メイド長と執事は呆れて顔を見合わせた。
話を聞いていた使用人たちは、驚いた表情をしている。
フラワのやっていることが、信じられないといった様子だ。
「昔からそういう人なのよ。そして、彼女の両親はそれを止めないの」
リミアリアが苦笑した時、馬車が門の前にやってきた。
手配していた馬車が来たのだろうと、リミアリアはフットマンと共に近づく。
「荷物はキャビンに」
御者が指示をしたので、装飾品の一切ない古ボケた木造の馬車の中にフットマンが荷物を積み込んだ。
ダークブラウンのロングコートに身を包んだ御者は、フードを目深に被った状態で、リミアリアに話しかける。
「どちらまで?」
「そうね。まずは繁華街のほうへ行ってもらえるかしら」
「承知いたしました」
低いがとても聞き取りやすく、耳に心地良い声だ。
この声に聞き覚えのあったリミアリアは、まさかと思いながら、御者の正体を確かめようとする。
「御者台から降りて顔を見せてくれませんか」
「申し訳ございませんが、今は無理ですね」
「そうですか。なら、顔が見えやすいように私も御者台に乗ります」
「……何を考えてんだよ」
御者はため息を吐くと、一瞬だけリミアリアに顔を見せた。
相手が誰だかわかったリミアリアは、眉間に皺を寄せ、小声で言い返す。
「アドルファス様、それはこっちのセリフです! どうしてこんな所にいるんですか! 何かあったらどうするんですか!」
「カビルとメイが迎えに行けってうるさかったんだ。護衛はちゃんと付けてるから怒るなよ」
「お二人が?」
御者の正体は、エマオが尊敬している上司であり、リミアリアの協力者であるアドルファスだった。
ダークワイン色の髪にダークブルーの瞳を持つアドルファスは、目が大きいからかやや童顔気味だが、整った顔立ちをしている。
そんなアドルファスへの挨拶も忘れ、リミアリアは名前が出た二人のことを思い出す。
カビルとメイというのは、クラブ活動で一緒だった二人の名前だ。
カビルは侯爵家の長男で、メイは伯爵家の長女。
二人はアドルファスと同様に、リミアリアに優しくしてくれていた。
「二人共怒ってたぞ。説教される覚悟をしとけ」
アドルファスはリミアリアの額を軽く人差し指でつついた。
リミアリアは両親に虐待されていたことを、三人に伝えていなかった。
助けを求めれば良かっただけなのに、学生時代のリミアリアは、虐待されている自分が恥だと思い、口に出せなかったのだ。
「悪いとは思っていますが、説教は避けたいですね」
「無理だろうな」
「許してもらえるまで謝ります。それから、色々とありがとうございます」
お礼を言いながら、リミアリアが御者台に乗ろうとした時だった。
「おい! 邸の前にボロい馬車を停めるな! さっさと行け!」
フラワを引き連れたエマオが怒鳴りながら邸から出てきた。
「つかむぞ」
リミアリアが返答する前に、アドルファスは彼女の腕をつかみ、御者台に引き上げた。
「やだ、リミアリアったら、平民に養ってもらうつもりなの? しかも、顔を隠しているってことは、よっぽど不細工なのね。可哀想! ああ、でも、顔がすべてじゃないわよね!」
「どうせ、碌な男じゃない。クズ同士でお似合いだ」
顔を隠す理由が一つしかないと思っている二人を、リミアリアは憐れみの目で見つめた。
(自分たちが暴言を吐いた相手がアドルファス様だと知ったら、二人はどうするのかしら)
近いうちに訪れる未来を想像して、リミアリアは微笑んだ。
そして、心配そうに自分を見つめている使用人たちに挨拶をする。
「みんな、今まで本当にありがとう。またね」
リミアリアが手を振ると、使用人たちから拍手が起こった。
フラワとエマオは、この拍手をリミアリアがいなくなることに喜んでいるのだと勘違いした。
フラワたちが、この拍手の本当の意味を知ることになるのは、次の日の朝のことだった。
リミアリアがフットマンと共に邸内から出ると、メイド長と執事を筆頭に使用人たちが追いかけてきた。
皆、どこか不安げな表情だ。
長い黒髪をシニヨンにした年配のメイド長が、眉尻を下げてリミアリアに話しかける。
「エマオ様の浮気が原因での離婚です。慰謝料の請求はなさらないのですか」
「ええ。以前から、こうなるだろうと言っていたでしょう? 私は浮気性で暴力をふるう人と別れたいだけ。向こうから別れを切り出してくれたんだもの。お金をとらないのは、そのお礼ということにしておくわ」
「承知いたしました」
納得したメイド長の横で、彼女の夫である執事がため息を吐く。
「戦地にまで誘惑しに行くくらいなのに、どうしてフラワ様は、素直に旦那様と結婚しなかったのでしょうか」
「その答えは簡単よ。姉は私のものを奪い取ることを趣味にしているの。私とエマオ様を結婚させたのも、私から奪いたかっただけ。気が済んだら姉から別れを切り出すと思うわ」
「……そうでしたか」
メイド長と執事は呆れて顔を見合わせた。
話を聞いていた使用人たちは、驚いた表情をしている。
フラワのやっていることが、信じられないといった様子だ。
「昔からそういう人なのよ。そして、彼女の両親はそれを止めないの」
リミアリアが苦笑した時、馬車が門の前にやってきた。
手配していた馬車が来たのだろうと、リミアリアはフットマンと共に近づく。
「荷物はキャビンに」
御者が指示をしたので、装飾品の一切ない古ボケた木造の馬車の中にフットマンが荷物を積み込んだ。
ダークブラウンのロングコートに身を包んだ御者は、フードを目深に被った状態で、リミアリアに話しかける。
「どちらまで?」
「そうね。まずは繁華街のほうへ行ってもらえるかしら」
「承知いたしました」
低いがとても聞き取りやすく、耳に心地良い声だ。
この声に聞き覚えのあったリミアリアは、まさかと思いながら、御者の正体を確かめようとする。
「御者台から降りて顔を見せてくれませんか」
「申し訳ございませんが、今は無理ですね」
「そうですか。なら、顔が見えやすいように私も御者台に乗ります」
「……何を考えてんだよ」
御者はため息を吐くと、一瞬だけリミアリアに顔を見せた。
相手が誰だかわかったリミアリアは、眉間に皺を寄せ、小声で言い返す。
「アドルファス様、それはこっちのセリフです! どうしてこんな所にいるんですか! 何かあったらどうするんですか!」
「カビルとメイが迎えに行けってうるさかったんだ。護衛はちゃんと付けてるから怒るなよ」
「お二人が?」
御者の正体は、エマオが尊敬している上司であり、リミアリアの協力者であるアドルファスだった。
ダークワイン色の髪にダークブルーの瞳を持つアドルファスは、目が大きいからかやや童顔気味だが、整った顔立ちをしている。
そんなアドルファスへの挨拶も忘れ、リミアリアは名前が出た二人のことを思い出す。
カビルとメイというのは、クラブ活動で一緒だった二人の名前だ。
カビルは侯爵家の長男で、メイは伯爵家の長女。
二人はアドルファスと同様に、リミアリアに優しくしてくれていた。
「二人共怒ってたぞ。説教される覚悟をしとけ」
アドルファスはリミアリアの額を軽く人差し指でつついた。
リミアリアは両親に虐待されていたことを、三人に伝えていなかった。
助けを求めれば良かっただけなのに、学生時代のリミアリアは、虐待されている自分が恥だと思い、口に出せなかったのだ。
「悪いとは思っていますが、説教は避けたいですね」
「無理だろうな」
「許してもらえるまで謝ります。それから、色々とありがとうございます」
お礼を言いながら、リミアリアが御者台に乗ろうとした時だった。
「おい! 邸の前にボロい馬車を停めるな! さっさと行け!」
フラワを引き連れたエマオが怒鳴りながら邸から出てきた。
「つかむぞ」
リミアリアが返答する前に、アドルファスは彼女の腕をつかみ、御者台に引き上げた。
「やだ、リミアリアったら、平民に養ってもらうつもりなの? しかも、顔を隠しているってことは、よっぽど不細工なのね。可哀想! ああ、でも、顔がすべてじゃないわよね!」
「どうせ、碌な男じゃない。クズ同士でお似合いだ」
顔を隠す理由が一つしかないと思っている二人を、リミアリアは憐れみの目で見つめた。
(自分たちが暴言を吐いた相手がアドルファス様だと知ったら、二人はどうするのかしら)
近いうちに訪れる未来を想像して、リミアリアは微笑んだ。
そして、心配そうに自分を見つめている使用人たちに挨拶をする。
「みんな、今まで本当にありがとう。またね」
リミアリアが手を振ると、使用人たちから拍手が起こった。
フラワとエマオは、この拍手をリミアリアがいなくなることに喜んでいるのだと勘違いした。
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