捨てたものに用なんかないでしょう?

風見ゆうみ

文字の大きさ
6 / 15

5  どうしてこんな所にいるんですか!

しおりを挟む
 空には雲一つなく、新たな生活を送ろうとしているリミアリアを祝福しているかのような快晴だった。

 リミアリアがフットマンと共に邸内から出ると、メイド長と執事を筆頭に使用人たちが追いかけてきた。
 皆、どこか不安げな表情だ。
 長い黒髪をシニヨンにした年配のメイド長が、眉尻を下げてリミアリアに話しかける。

「エマオ様の浮気が原因での離婚です。慰謝料の請求はなさらないのですか」
「ええ。以前から、こうなるだろうと言っていたでしょう? 私は浮気性で暴力をふるう人と別れたいだけ。向こうから別れを切り出してくれたんだもの。お金をとらないのは、そのお礼ということにしておくわ」
「承知いたしました」

 納得したメイド長の横で、彼女の夫である執事がため息を吐く。

「戦地にまで誘惑しに行くくらいなのに、どうしてフラワ様は、素直に旦那様と結婚しなかったのでしょうか」
「その答えは簡単よ。姉は私のものを奪い取ることを趣味にしているの。私とエマオ様を結婚させたのも、私から奪いたかっただけ。気が済んだら姉から別れを切り出すと思うわ」
「……そうでしたか」

 メイド長と執事は呆れて顔を見合わせた。
 話を聞いていた使用人たちは、驚いた表情をしている。
 フラワのやっていることが、信じられないといった様子だ。

「昔からそういう人なのよ。そして、彼女の両親はそれを止めないの」

 リミアリアが苦笑した時、馬車が門の前にやってきた。
 手配していた馬車が来たのだろうと、リミアリアはフットマンと共に近づく。

「荷物はキャビンに」

 御者が指示をしたので、装飾品の一切ない古ボケた木造の馬車の中にフットマンが荷物を積み込んだ。

 ダークブラウンのロングコートに身を包んだ御者は、フードを目深に被った状態で、リミアリアに話しかける。

「どちらまで?」
「そうね。まずは繁華街のほうへ行ってもらえるかしら」
「承知いたしました」

 低いがとても聞き取りやすく、耳に心地良い声だ。
 この声に聞き覚えのあったリミアリアは、まさかと思いながら、御者の正体を確かめようとする。

「御者台から降りて顔を見せてくれませんか」
「申し訳ございませんが、今は無理ですね」
「そうですか。なら、顔が見えやすいように私も御者台に乗ります」
「……何を考えてんだよ」

 御者はため息を吐くと、一瞬だけリミアリアに顔を見せた。
 相手が誰だかわかったリミアリアは、眉間に皺を寄せ、小声で言い返す。

「アドルファス様、それはこっちのセリフです! どうしてこんな所にいるんですか! 何かあったらどうするんですか!」
「カビルとメイが迎えに行けってうるさかったんだ。護衛はちゃんと付けてるから怒るなよ」
「お二人が?」

 御者の正体は、エマオが尊敬している上司であり、リミアリアの協力者であるアドルファスだった。
 ダークワイン色の髪にダークブルーの瞳を持つアドルファスは、目が大きいからかやや童顔気味だが、整った顔立ちをしている。

 そんなアドルファスへの挨拶も忘れ、リミアリアは名前が出た二人のことを思い出す。

 カビルとメイというのは、クラブ活動で一緒だった二人の名前だ。
 カビルは侯爵家の長男で、メイは伯爵家の長女。
 二人はアドルファスと同様に、リミアリアに優しくしてくれていた。

「二人共怒ってたぞ。説教される覚悟をしとけ」

 アドルファスはリミアリアの額を軽く人差し指でつついた。
 リミアリアは両親に虐待されていたことを、三人に伝えていなかった。
 助けを求めれば良かっただけなのに、学生時代のリミアリアは、虐待されている自分が恥だと思い、口に出せなかったのだ。

「悪いとは思っていますが、説教は避けたいですね」
「無理だろうな」
「許してもらえるまで謝ります。それから、色々とありがとうございます」

 お礼を言いながら、リミアリアが御者台に乗ろうとした時だった。

「おい! 邸の前にボロい馬車を停めるな! さっさと行け!」
 
 フラワを引き連れたエマオが怒鳴りながら邸から出てきた。

「つかむぞ」

 リミアリアが返答する前に、アドルファスは彼女の腕をつかみ、御者台に引き上げた。

「やだ、リミアリアったら、平民に養ってもらうつもりなの? しかも、顔を隠しているってことは、よっぽど不細工なのね。可哀想! ああ、でも、顔がすべてじゃないわよね!」
「どうせ、碌な男じゃない。クズ同士でお似合いだ」

 顔を隠す理由が一つしかないと思っている二人を、リミアリアは憐れみの目で見つめた。

(自分たちが暴言を吐いた相手がアドルファス様だと知ったら、二人はどうするのかしら)

 近いうちに訪れる未来を想像して、リミアリアは微笑んだ。
 そして、心配そうに自分を見つめている使用人たちに挨拶をする。

「みんな、今まで本当にありがとう。

 リミアリアが手を振ると、使用人たちから拍手が起こった。

 フラワとエマオは、この拍手をリミアリアがいなくなることに喜んでいるのだと勘違いした。 
 フラワたちが、この拍手の本当の意味を知ることになるのは、次の日の朝のことだった。
    
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

〈完結〉だってあなたは彼女が好きでしょう?

ごろごろみかん。
恋愛
「だってあなたは彼女が好きでしょう?」 その言葉に、私の婚約者は頷いて答えた。 「うん。僕は彼女を愛している。もちろん、きみのことも」

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

手放したくない理由

ねむたん
恋愛
公爵令嬢エリスと王太子アドリアンの婚約は、互いに「務め」として受け入れたものだった。貴族として、国のために結ばれる。 しかし、王太子が何かと幼馴染のレイナを優先し、社交界でも「王太子妃にふさわしいのは彼女では?」と囁かれる中、エリスは淡々と「それならば、私は不要では?」と考える。そして、自ら婚約解消を申し出る。 話し合いの場で、王妃が「辛い思いをさせてしまってごめんなさいね」と声をかけるが、エリスは本当にまったく辛くなかったため、きょとんとする。その様子を見た周囲は困惑し、 「……王太子への愛は芽生えていなかったのですか?」 と問うが、エリスは「愛?」と首を傾げる。 同時に、婚約解消に動揺したアドリアンにも、側近たちが「殿下はレイナ嬢に恋をしていたのでは?」と問いかける。しかし、彼もまた「恋……?」と首を傾げる。 大人たちは、その光景を見て、教育の偏りを大いに後悔することになる。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

二度目の恋

豆狸
恋愛
私の子がいなくなって半年と少し。 王都へ行っていた夫が、久しぶりに伯爵領へと戻ってきました。 満面の笑みを浮かべた彼の後ろには、ヴィエイラ侯爵令息の未亡人が赤毛の子どもを抱いて立っています。彼女は、彼がずっと想ってきた女性です。 ※上記でわかる通り子どもに関するセンシティブな内容があります。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

処理中です...