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26 お母様の理由
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「手をはなしなさい! なんて無礼な!」
「止めないほうがおかしいでしょう。自分の娘に何をやってるんですか、あなたは」
クレイが、お母様の手をつかんだまま、いつもより低い声で続けます。
「リサの何が気に食わないんですか。あなたの子なんでしょう? それとも違うんですか」
「私の子に決まってるでしょう!」
「それなら、どうしてあからさまに差別するんです?」
「そ、それは別に、あなたには関係ないでしょう!?」
「関係あるでしょう。俺はリサの夫です。リサが殴られてるところを見て、ただの親子喧嘩だと傍観して見ていろと?」
クレイはつかんでいたお母様の手をはなし、私の前までやって来ると、苦笑して言います。
「お前のメイドが血相変えて、俺の執務室まで来て泣きながら助けを求めてきたよ。後で礼を言ってやれ。あと、遅くなってごめんな」
「いえ。来てくれてありがとうございます、クレイ」
クレイは私の頭を優しく撫でてくれた後、怒りの形相でこちらを睨みつけたままの、お母様の方に体を向けます。
「で? リサの何が気に食わないんです?」
「あなたにはわからないでしょう!? この国の人間が女王よりも王を求めているという事を!」
「はあ?」
クレイが聞き返すと、お母様が叫びます。
「ブランカを生んだ時には、国民はお祝い一色だったわ! だけど、この子が…、リサが生まれてきた時は違った! また女か…って、そんな風に言ったのよ! この子が男だったら、私は責められずに済んだのに!」
「誰が責めたんだよ」
「…は?」
「リサを生んだ時に、また女かって、あんたを責めたのは誰なんだ」
感情が高ぶっているのか、クレイが敬語をなくして聞くと、お母様が答えます。
「……城から出ないといけない事があって、リサを生んで2ヶ月後くらいに城の外に出たのよ。そうしたら、城門の前に集団がいて、紙を持って立ってたのよ! 男を生めない王妃など必要ないって」
「そんなもん、言いたい奴に言わせときゃいいだろ」
「……え?」
クレイの言葉にお母様は驚いた表情で聞き返しました。
「国王だろうが女王だろうが、万人に好かれる奴なんていない。それに大体、そんな事を言うのは少数派ですよ。言いたい奴には言わせとけばいい。言われた方がどんな気持ちになるかなんて考えない、自分の気持ちを押し通す事しか考えない奴らなんですよ」
「だけど、他の国民が声に出さないだけで、皆そう思ってるという事なんじゃ…」
「そんな訳ないでしょう。大体肯定派はわざわざ声を上げる必要ありますか? 第二王女が生まれた、めでたい、って祝っておけばいいだけなんだから」
「わざわざ、城門に来て、私に見せてきたのよ!?」
「それで、王妃様は傷ついたんでしょう? なぜ、わざわざ、あなたを傷つけるような事を言う必要があるんです? もちろん、男児を生んでほしかったという希望はあるでしょう。だからといって、あなたが必要ないだなんて事を言う方がおかしい」
クレイの言葉を聞いて呆然としている、お母様に私も言う事にします。
「お母様がそんな事を言われていただなんて知りもしませんでしたし、考えもしませんでした。何も知らずに、お母様の態度が酷いと決めつけていた私も悪いと反省しています。ですが、お母様、私達だって完璧ではありません。完璧ではないからこそ、心も傷付けられるんです。もちろん、お母様が悪い事をしたから王妃失格だ、と言われたのなら別です。でも、生まれた子供が女児だから、それがお母様がいらないだなんて、そんな事は絶対にありません」
「じゃあ、どうして、あの人達は私が王妃失格だなんて言っていたのよ!?」
「自分の意見を言いたいだけです。それでお母様の気持ちが傷付くだなんて思っていません。もしくは傷付いて当然だと思っている、心のない人達です。人の気持ちを思いやれる人は、わざわざそんな事はしません。不満があったとしても、わざわざ本人に伝える必要のないものだと判断したら、自分の周りの人に愚痴をぶちまけたりする事はあるでしょうけれど、忘れる様にするんです。もちろん、声を上げなければ何も変わらない時だってあります。ですけど、お母様の場合は声を上げたって、私は生まれてしまっているんですから、どうにもできないじゃないですか」
ゆっくりと近付き、髪の毛が乱れてしまっている、お母様の正面に立ってみました。
物心ついてから、こんな風に向き合った事はありません。
よく見ると、シワが増えましたね。
それに、ヒールの関係もあるのかもしれませんが、お母様の背丈が私よりも低い事に気付きました。
それくらい、並んで立った事がなかったのです。
「お父様には相談なさらなかったのですか?」
「言えるわけがないでしょう。あの時の私は、国民の全てがそう思っていると思い込んでいたし、きっと、あの人も男児じゃなくて残念なのに、それを私に言えないのだと思っていたから。だから、周りの人間には口止めしておいたの」
「お母様はお母様なりに悩んでいらっしゃったのですね…」
お母様が責められる原因を作ったのは私で、私が男児であれば、お母様は責められる事はなかったと思い込んでしまわれたのですね。
「そういう奴は他に気に入らない事があれば、その都度言ってきますよ。だから気にしない事が一番です。もちろん、悪い所は認めなければいけませんが、男児を生めない王妃はいらないだなんて、いちいち、言わなくてもいい事を言ってくる奴なんて気にしなきゃいいんですよ、って、もう、さすがに言ってはこないでしょうけど」
そこまで言って、クレイは笑顔になって言います。
「もし、そんな奴がいたら言って下さいよ。俺がそいつらに文句を言いにいきますから。リサが生まれなかったら、俺は結婚できてなかったって」
クレイの笑顔と言葉に、なぜか、胸がドキドキします。
そんな私とは正反対に、お母様の中でも私に対する罪悪感があったのでしょうか。
お母様はポロポロと涙を流し始め、カーペットに膝から崩れ落ちたかと思うと、私の右手を両手でつかんで言いました。
「ごめんなさい。ごめんなさい、リサ」
胸のドキドキが消えて、一瞬で鼻がツンとしてしまいました。
謝罪だけで、今までの私の辛さが消える訳ではありませんし、お母様がやった事が消える訳ではありません。
けれど、お母様と私の関係性が少しは変わっていく様な予感がしたのでした。
「止めないほうがおかしいでしょう。自分の娘に何をやってるんですか、あなたは」
クレイが、お母様の手をつかんだまま、いつもより低い声で続けます。
「リサの何が気に食わないんですか。あなたの子なんでしょう? それとも違うんですか」
「私の子に決まってるでしょう!」
「それなら、どうしてあからさまに差別するんです?」
「そ、それは別に、あなたには関係ないでしょう!?」
「関係あるでしょう。俺はリサの夫です。リサが殴られてるところを見て、ただの親子喧嘩だと傍観して見ていろと?」
クレイはつかんでいたお母様の手をはなし、私の前までやって来ると、苦笑して言います。
「お前のメイドが血相変えて、俺の執務室まで来て泣きながら助けを求めてきたよ。後で礼を言ってやれ。あと、遅くなってごめんな」
「いえ。来てくれてありがとうございます、クレイ」
クレイは私の頭を優しく撫でてくれた後、怒りの形相でこちらを睨みつけたままの、お母様の方に体を向けます。
「で? リサの何が気に食わないんです?」
「あなたにはわからないでしょう!? この国の人間が女王よりも王を求めているという事を!」
「はあ?」
クレイが聞き返すと、お母様が叫びます。
「ブランカを生んだ時には、国民はお祝い一色だったわ! だけど、この子が…、リサが生まれてきた時は違った! また女か…って、そんな風に言ったのよ! この子が男だったら、私は責められずに済んだのに!」
「誰が責めたんだよ」
「…は?」
「リサを生んだ時に、また女かって、あんたを責めたのは誰なんだ」
感情が高ぶっているのか、クレイが敬語をなくして聞くと、お母様が答えます。
「……城から出ないといけない事があって、リサを生んで2ヶ月後くらいに城の外に出たのよ。そうしたら、城門の前に集団がいて、紙を持って立ってたのよ! 男を生めない王妃など必要ないって」
「そんなもん、言いたい奴に言わせときゃいいだろ」
「……え?」
クレイの言葉にお母様は驚いた表情で聞き返しました。
「国王だろうが女王だろうが、万人に好かれる奴なんていない。それに大体、そんな事を言うのは少数派ですよ。言いたい奴には言わせとけばいい。言われた方がどんな気持ちになるかなんて考えない、自分の気持ちを押し通す事しか考えない奴らなんですよ」
「だけど、他の国民が声に出さないだけで、皆そう思ってるという事なんじゃ…」
「そんな訳ないでしょう。大体肯定派はわざわざ声を上げる必要ありますか? 第二王女が生まれた、めでたい、って祝っておけばいいだけなんだから」
「わざわざ、城門に来て、私に見せてきたのよ!?」
「それで、王妃様は傷ついたんでしょう? なぜ、わざわざ、あなたを傷つけるような事を言う必要があるんです? もちろん、男児を生んでほしかったという希望はあるでしょう。だからといって、あなたが必要ないだなんて事を言う方がおかしい」
クレイの言葉を聞いて呆然としている、お母様に私も言う事にします。
「お母様がそんな事を言われていただなんて知りもしませんでしたし、考えもしませんでした。何も知らずに、お母様の態度が酷いと決めつけていた私も悪いと反省しています。ですが、お母様、私達だって完璧ではありません。完璧ではないからこそ、心も傷付けられるんです。もちろん、お母様が悪い事をしたから王妃失格だ、と言われたのなら別です。でも、生まれた子供が女児だから、それがお母様がいらないだなんて、そんな事は絶対にありません」
「じゃあ、どうして、あの人達は私が王妃失格だなんて言っていたのよ!?」
「自分の意見を言いたいだけです。それでお母様の気持ちが傷付くだなんて思っていません。もしくは傷付いて当然だと思っている、心のない人達です。人の気持ちを思いやれる人は、わざわざそんな事はしません。不満があったとしても、わざわざ本人に伝える必要のないものだと判断したら、自分の周りの人に愚痴をぶちまけたりする事はあるでしょうけれど、忘れる様にするんです。もちろん、声を上げなければ何も変わらない時だってあります。ですけど、お母様の場合は声を上げたって、私は生まれてしまっているんですから、どうにもできないじゃないですか」
ゆっくりと近付き、髪の毛が乱れてしまっている、お母様の正面に立ってみました。
物心ついてから、こんな風に向き合った事はありません。
よく見ると、シワが増えましたね。
それに、ヒールの関係もあるのかもしれませんが、お母様の背丈が私よりも低い事に気付きました。
それくらい、並んで立った事がなかったのです。
「お父様には相談なさらなかったのですか?」
「言えるわけがないでしょう。あの時の私は、国民の全てがそう思っていると思い込んでいたし、きっと、あの人も男児じゃなくて残念なのに、それを私に言えないのだと思っていたから。だから、周りの人間には口止めしておいたの」
「お母様はお母様なりに悩んでいらっしゃったのですね…」
お母様が責められる原因を作ったのは私で、私が男児であれば、お母様は責められる事はなかったと思い込んでしまわれたのですね。
「そういう奴は他に気に入らない事があれば、その都度言ってきますよ。だから気にしない事が一番です。もちろん、悪い所は認めなければいけませんが、男児を生めない王妃はいらないだなんて、いちいち、言わなくてもいい事を言ってくる奴なんて気にしなきゃいいんですよ、って、もう、さすがに言ってはこないでしょうけど」
そこまで言って、クレイは笑顔になって言います。
「もし、そんな奴がいたら言って下さいよ。俺がそいつらに文句を言いにいきますから。リサが生まれなかったら、俺は結婚できてなかったって」
クレイの笑顔と言葉に、なぜか、胸がドキドキします。
そんな私とは正反対に、お母様の中でも私に対する罪悪感があったのでしょうか。
お母様はポロポロと涙を流し始め、カーペットに膝から崩れ落ちたかと思うと、私の右手を両手でつかんで言いました。
「ごめんなさい。ごめんなさい、リサ」
胸のドキドキが消えて、一瞬で鼻がツンとしてしまいました。
謝罪だけで、今までの私の辛さが消える訳ではありませんし、お母様がやった事が消える訳ではありません。
けれど、お母様と私の関係性が少しは変わっていく様な予感がしたのでした。
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