37 / 51
36 ディナータイムの来訪者
しおりを挟む
その日、私は家に帰ると、ちょうど迎えに出てきてくれたお母様に確認してみることにした。
「お母様、お聞きしたいことがあるのですが」
深刻な表情の私を見て、お母様は訝しげな顔をしたけれど、深刻な話をするのだと気付いてくれたのか、立ち話ではなく談話室で話をしてくれることになった。
談話室に移動してソファに並んで座ると、お母様が話しかけてくる。
「聞きたいことって何かしら」
「お母様はタイディ家をご存知ですか?」
「……タイディ。タイディ子爵のことを言っているの?」
「ええ。そうです。昔、お父様やお母様がタイディ家の人と深い関わりがあったとか、そんなことはないですよね?」
お母様は私の問いかけを聞いて、視線を下に向け、なぜだか苦しそうな顔をした。
「お母様、どうかされましたか」
「ごめんなさい。でも、どうしてリリーはそんなことを思ったの?」
「学園で、なぜかタイディ子爵令嬢が私と仲良くしたいと言ってきているんです。リュカの婚約者だからという理由をつけてきていますが、他にも何か理由があるのかと思ったんです」
「そうなのね」
お母様はため息を吐いたあと、私の手を取って言葉を続ける。
「リリー、迷惑をかけてごめんなさい。もしかすると、私はタイディー子爵に恨まれているかもしれないの」
「どういうことでしょうか」
悲しげな目で私を見つめ、お母様が私に話してくれた内容は遠い過去の話だった。
要約すると、タイディー子爵の求愛をお母様が断ったことにあるのかもしれないということだった。
「でも、将来の約束をしていたとか、そういう訳ではなかったのでしょう。それなのに恨まれるなんておかしいじゃないですか」
「ええ。私にとっては、タイディー子爵はただの幼馴染だったわ。だけど、タイディー子爵はそうではなかったみたいなの。人の心を弄んだなんて言われてしまったわ」
「お母様が思わせぶりな態度を取っていたならまだしも、そうではないのでしょう? そんなことを言い出したら、失恋した人は皆、相手を恨むことになるじゃないですか」
「私もそう思うわ。だけど、逆恨みする人も中にはいるのかもしれない。私には手を出せないから、その代わりにあなたを不幸にさせようとしているのかもしれないわね」
「そんな! タイディー子爵には奥様だっていらっしゃるのでしょう?」
「かなり前の話になるけど、離縁されたと聞いたわ」
これが本当の理由なら、私にはどうしようもできなかった。
ただの逆恨みじゃないの。
もしかして、離縁になったことも、お母様のせいだと思っているのかもしれないわ。
娘を使って復讐させようだなんて酷すぎる。
テレサもどうして断らないのよ!
「リリー、本当にごめんなさいね」
「謝らないで下さい、お母様。お母様は何も悪くありません」
「そう言ってもらえると助かるけれど、テンディー子爵令嬢は、あなたに近付こうとしているのでしょう? 何か考えがあるに違いないわ」
お母様は私の手を握って話を続ける。
「何だか、嫌な予感がするわ。学園を通うことをやめてもいいのよ?」
「大丈夫です、お母様。リュカのためにも学園は卒業しないといけませんので」
「でも……」
「お母様は気になさらないで下さい。私ももう子供ではありませんから、自分のことは何とかします!」
「何を言ってるの。あなたはまだ16歳なんだから、私にとってはまだまだ子供だわ」
中身は19歳なんですよ、お母様。
私はそんな言葉を心の中でお母様に返したあと、そのまま少しだけ雑談をしてから、一度、自分の部屋に戻り、リュカに手紙を書くことにした。
そして、次の日の朝一番に使用人にリュカへの手紙を預けて学園へ向かった。
それから数日後、リュカから返事があり、近い内にスニッチが接触してくるだろうという連絡があった。
ただ、どんな形で接触してくるかはわからないという。
リュカから、スニッチを雇うという話は聞いていたので、彼の名前が出てきたことには驚かない。
スニッチのことだから、不自然だったり乱暴な接触の仕方はないと思うけど、予想がつかないだけに少しだけドキドキした。
テレサが私に関わってこようとする理由は、お母様から聞いて何となくわかったけれど、アイザックはどうしてなのかしら。
*****
私の元へスニッチが訪ねてきたのは、その日の夜のことだった。
家族で食事をしていると、ダイニングルームの扉が叩かれた。
「リリー様宛にリュカ殿下からの使いで来たという方が来られているのですが、いかがいたしましょうか」
マララの代わりに私の専属メイドになった少女ロージーは無礼を詫びてから私に話しかけてきた。
「リュカからの使い? 名前は聞いているのよね?」
食事をする手を止めて聞き返すと、ロージーが答える。
「スニッチと言えばわかるとおっしゃっています」
「スニッチ!? 来てくれるのは有り難いけれど、どうしてこんな時間なのよ。非常識な時間だわ」
この国では夕食時に人の家に伺うのは、よほどの時でない限りマナー違反だ。
不自然な形で接触してこないと思ってはいたけど、こんな時間に真正面から来るだなんてことは予想外だった。
私が立ち上がろうとすると、メイドは申し訳無さそうな顔をして言葉を続ける。
「お食事中だと伝えましたところ、ぜひ、ご一緒したいと言われていたのですが」
スニッチなら言いそうね。
私は小さく息を吐く。
スニッチのことは以前にお父様には簡単に話をしていた。
だから、彼が来たことを伝えると、お父様は近くにいたメイドにスニッチの分の食事をすぐに用意するように伝えたのだった。
「お母様、お聞きしたいことがあるのですが」
深刻な表情の私を見て、お母様は訝しげな顔をしたけれど、深刻な話をするのだと気付いてくれたのか、立ち話ではなく談話室で話をしてくれることになった。
談話室に移動してソファに並んで座ると、お母様が話しかけてくる。
「聞きたいことって何かしら」
「お母様はタイディ家をご存知ですか?」
「……タイディ。タイディ子爵のことを言っているの?」
「ええ。そうです。昔、お父様やお母様がタイディ家の人と深い関わりがあったとか、そんなことはないですよね?」
お母様は私の問いかけを聞いて、視線を下に向け、なぜだか苦しそうな顔をした。
「お母様、どうかされましたか」
「ごめんなさい。でも、どうしてリリーはそんなことを思ったの?」
「学園で、なぜかタイディ子爵令嬢が私と仲良くしたいと言ってきているんです。リュカの婚約者だからという理由をつけてきていますが、他にも何か理由があるのかと思ったんです」
「そうなのね」
お母様はため息を吐いたあと、私の手を取って言葉を続ける。
「リリー、迷惑をかけてごめんなさい。もしかすると、私はタイディー子爵に恨まれているかもしれないの」
「どういうことでしょうか」
悲しげな目で私を見つめ、お母様が私に話してくれた内容は遠い過去の話だった。
要約すると、タイディー子爵の求愛をお母様が断ったことにあるのかもしれないということだった。
「でも、将来の約束をしていたとか、そういう訳ではなかったのでしょう。それなのに恨まれるなんておかしいじゃないですか」
「ええ。私にとっては、タイディー子爵はただの幼馴染だったわ。だけど、タイディー子爵はそうではなかったみたいなの。人の心を弄んだなんて言われてしまったわ」
「お母様が思わせぶりな態度を取っていたならまだしも、そうではないのでしょう? そんなことを言い出したら、失恋した人は皆、相手を恨むことになるじゃないですか」
「私もそう思うわ。だけど、逆恨みする人も中にはいるのかもしれない。私には手を出せないから、その代わりにあなたを不幸にさせようとしているのかもしれないわね」
「そんな! タイディー子爵には奥様だっていらっしゃるのでしょう?」
「かなり前の話になるけど、離縁されたと聞いたわ」
これが本当の理由なら、私にはどうしようもできなかった。
ただの逆恨みじゃないの。
もしかして、離縁になったことも、お母様のせいだと思っているのかもしれないわ。
娘を使って復讐させようだなんて酷すぎる。
テレサもどうして断らないのよ!
「リリー、本当にごめんなさいね」
「謝らないで下さい、お母様。お母様は何も悪くありません」
「そう言ってもらえると助かるけれど、テンディー子爵令嬢は、あなたに近付こうとしているのでしょう? 何か考えがあるに違いないわ」
お母様は私の手を握って話を続ける。
「何だか、嫌な予感がするわ。学園を通うことをやめてもいいのよ?」
「大丈夫です、お母様。リュカのためにも学園は卒業しないといけませんので」
「でも……」
「お母様は気になさらないで下さい。私ももう子供ではありませんから、自分のことは何とかします!」
「何を言ってるの。あなたはまだ16歳なんだから、私にとってはまだまだ子供だわ」
中身は19歳なんですよ、お母様。
私はそんな言葉を心の中でお母様に返したあと、そのまま少しだけ雑談をしてから、一度、自分の部屋に戻り、リュカに手紙を書くことにした。
そして、次の日の朝一番に使用人にリュカへの手紙を預けて学園へ向かった。
それから数日後、リュカから返事があり、近い内にスニッチが接触してくるだろうという連絡があった。
ただ、どんな形で接触してくるかはわからないという。
リュカから、スニッチを雇うという話は聞いていたので、彼の名前が出てきたことには驚かない。
スニッチのことだから、不自然だったり乱暴な接触の仕方はないと思うけど、予想がつかないだけに少しだけドキドキした。
テレサが私に関わってこようとする理由は、お母様から聞いて何となくわかったけれど、アイザックはどうしてなのかしら。
*****
私の元へスニッチが訪ねてきたのは、その日の夜のことだった。
家族で食事をしていると、ダイニングルームの扉が叩かれた。
「リリー様宛にリュカ殿下からの使いで来たという方が来られているのですが、いかがいたしましょうか」
マララの代わりに私の専属メイドになった少女ロージーは無礼を詫びてから私に話しかけてきた。
「リュカからの使い? 名前は聞いているのよね?」
食事をする手を止めて聞き返すと、ロージーが答える。
「スニッチと言えばわかるとおっしゃっています」
「スニッチ!? 来てくれるのは有り難いけれど、どうしてこんな時間なのよ。非常識な時間だわ」
この国では夕食時に人の家に伺うのは、よほどの時でない限りマナー違反だ。
不自然な形で接触してこないと思ってはいたけど、こんな時間に真正面から来るだなんてことは予想外だった。
私が立ち上がろうとすると、メイドは申し訳無さそうな顔をして言葉を続ける。
「お食事中だと伝えましたところ、ぜひ、ご一緒したいと言われていたのですが」
スニッチなら言いそうね。
私は小さく息を吐く。
スニッチのことは以前にお父様には簡単に話をしていた。
だから、彼が来たことを伝えると、お父様は近くにいたメイドにスニッチの分の食事をすぐに用意するように伝えたのだった。
30
あなたにおすすめの小説
異母妹にすべてを奪われ追い出されるように嫁いだ相手は変人の王太子殿下でした。
あとさん♪
恋愛
リラジェンマは第一王女。王位継承権一位の王太女であったが、停戦の証として隣国へ連行された。名目は『花嫁として』。
だが実際は、実父に疎まれたうえに異母妹がリラジェンマの許婚(いいなずけ)と恋仲になったからだ。
要するに、リラジェンマは厄介払いに隣国へ行くはめになったのだ。
ところで隣国の王太子って、何者だろう? 初対面のはずなのに『良かった。間に合ったね』とは? 彼は母国の事情を、承知していたのだろうか。明るい笑顔に惹かれ始めるリラジェンマであったが、彼はなにか裏がありそうで信じきれない。
しかも『弟みたいな女の子を生んで欲しい』とはどういうこと⁈¿?
言葉の違い、習慣の違いに戸惑いつつも距離を縮めていくふたり。
一方、王太女を失った母国ではじわじわと異変が起こり始め、ついに異母妹がリラジェンマと立場を交換してくれと押しかける。
※設定はゆるんゆるん
※R15は保険
※現実世界に似たような状況がありますが、拙作の中では忠実な再現はしていません。なんちゃって異世界だとご了承ください。
※拙作『王子殿下がその婚約破棄を裁定しますが、ご自分の恋模様には四苦八苦しているようです』と同じ世界観です。
※このお話は小説家になろうにも投稿してます。
※このお話のスピンオフ『結婚さえすれば問題解決!…って思った過去がわたしにもあって』もよろしくお願いします。
ベリンダ王女がグランデヌエベ滞在中にしでかしたアレコレに振り回された侍女(ルチア)のお話です。
<(_ _)>
【完結】優雅に踊ってくださいまし
きつね
恋愛
とある国のとある夜会で起きた事件。
この国の王子ジルベルトは、大切な夜会で長年の婚約者クリスティーナに婚約の破棄を叫んだ。傍らに愛らしい少女シエナを置いて…。
完璧令嬢として多くの子息と令嬢に慕われてきたクリスティーナ。周囲はクリスティーナが泣き崩れるのでは無いかと心配した。
が、そんな心配はどこ吹く風。クリスティーナは淑女の仮面を脱ぎ捨て、全力の反撃をする事にした。
-ーさぁ、わたくしを楽しませて下さいな。
#よくある婚約破棄のよくある話。ただし御令嬢はめっちゃ喋ります。言いたい放題です。1話目はほぼ説明回。
#鬱展開が無いため、過激さはありません。
#ひたすら主人公(と周囲)が楽しみながら仕返しするお話です。きっつーいのをお求めの方には合わないかも知れません。
婚約破棄に全力感謝
あーもんど
恋愛
主人公の公爵家長女のルーナ・マルティネスはあるパーティーで婚約者の王太子殿下に婚約破棄と国外追放を言い渡されてしまう。でも、ルーナ自身は全く気にしてない様子....いや、むしろ大喜び!
婚約破棄?国外追放?喜んでお受けします。だって、もうこれで国のために“力”を使わなくて済むもの。
実はルーナは世界最強の魔導師で!?
ルーナが居なくなったことにより、国は滅びの一途を辿る!
「滅び行く国を遠目から眺めるのは大変面白いですね」
※色々な人達の目線から話は進んでいきます。
※HOT&恋愛&人気ランキング一位ありがとうございます(2019 9/18)
悪女と呼ばれた王妃
アズやっこ
恋愛
私はこの国の王妃だった。悪女と呼ばれ処刑される。
処刑台へ向かうと先に処刑された私の幼馴染み、私の護衛騎士、私の従者達、胴体と頭が離れた状態で捨て置かれている。
まるで屑物のように足で蹴られぞんざいな扱いをされている。
私一人処刑すれば済む話なのに。
それでも仕方がないわね。私は心がない悪女、今までの行いの結果よね。
目の前には私の夫、この国の国王陛下が座っている。
私はただ、
貴方を愛して、貴方を護りたかっただけだったの。
貴方のこの国を、貴方の地位を、貴方の政務を…、
ただ護りたかっただけ…。
だから私は泣かない。悪女らしく最後は笑ってこの世を去るわ。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ ゆるい設定です。
❈ 処刑エンドなのでバットエンドです。
謹んで、婚約破棄をお受けいたします。
パリパリかぷちーの
恋愛
きつい目つきと素直でない性格から『悪役令嬢』と噂される公爵令嬢マーブル。彼女は、王太子ジュリアンの婚約者であったが、王子の新たな恋人である男爵令嬢クララの策略により、夜会の場で大勢の貴族たちの前で婚約を破棄されてしまう。
虐げられ続けてきたお嬢様、全てを踏み台に幸せになることにしました。
ラディ
恋愛
一つ違いの姉と比べられる為に、愚かであることを強制され矯正されて育った妹。
家族からだけではなく、侍女や使用人からも虐げられ弄ばれ続けてきた。
劣悪こそが彼女と標準となっていたある日。
一人の男が現れる。
彼女の人生は彼の登場により一変する。
この機を逃さぬよう、彼女は。
幸せになることに、決めた。
■完結しました! 現在はルビ振りを調整中です!
■第14回恋愛小説大賞99位でした! 応援ありがとうございました!
■感想や御要望などお気軽にどうぞ!
■エールやいいねも励みになります!
■こちらの他にいくつか話を書いてますのでよろしければ、登録コンテンツから是非に。
※一部サブタイトルが文字化けで表示されているのは演出上の仕様です。お使いの端末、表示されているページは正常です。
私を愛すると言った婚約者は、私の全てを奪えると思い込んでいる
迷い人
恋愛
お爺様は何時も私に言っていた。
「女侯爵としての人生は大変なものだ。 だから愛する人と人生を共にしなさい」
そう語っていた祖父が亡くなって半年が経過した頃……。
祖父が定めた婚約者だと言う男がやってきた。
シラキス公爵家の三男カール。
外交官としての実績も積み、背も高く、細身の男性。
シラキス公爵家を守護する神により、社交性の加護を与えられている。
そんなカールとの婚約は、渡りに船……と言う者は多いだろう。
でも、私に愛を語る彼は私を知らない。
でも、彼を拒絶する私は彼を知っている。
だからその婚約を受け入れるつもりはなかった。
なのに気が付けば、婚約を??
婚約者なのだからと屋敷に入り込み。
婚約者なのだからと、恩人(隣国の姫)を連れ込む。
そして……私を脅した。
私の全てを奪えると思い込んでいるなんて甘いのよ!!
「失礼いたしますわ」と唇を噛む悪役令嬢は、破滅という結末から外れた?
パリパリかぷちーの
恋愛
「失礼いたしますわ」――断罪の広場で令嬢が告げたのは、たった一言の沈黙だった。
侯爵令嬢レオノーラ=ヴァン=エーデルハイトは、“涙の聖女”によって悪役とされ、王太子に婚約を破棄され、すべてを失った。だが彼女は泣かない。反論しない。赦しも求めない。ただ静かに、矛盾なき言葉と香りの力で、歪められた真実と制度の綻びに向き合っていく。
「誰にも属さず、誰も裁かず、それでもわたくしは、生きてまいりますわ」
これは、断罪劇という筋書きを拒んだ“悪役令嬢”が、沈黙と香りで“未来”という舞台を歩んだ、静かなる反抗と再生の物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる