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76 獣人族と海の向こうの大陸 4
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後で分かったことだが、獣人たちの集落は例の岬からさほど遠くない海岸の一角にあった。だから、昨夜スーリア(マーマン)たちが争っていた浜辺も、獣人たちが良く知っている場所だった。
「岬にこんな小屋、あったっけ?」
「いや、なかったぜ……まさか、これも……」
背後で獣人たちが何か言っていたが、俺はあえて自分が作ったことは説明しなかった。
「ちょっと待っててくれ。中の二人に驚かないように言ってくる」
獣人たちを二十メートルほど離れた場所で止めると、一人で小屋の中に入っていった。
(ザガン、俺だ。入るぞ)
『あ、ああ、複数の人の気配がして心配したが、良かった。入ってくれ』
俺が中に入ると、ザガンと目を覚ましたリラが抱き合うようにして身を寄せながら俺を見ていた。
(おお、なんちゅう美男美女カップル! やっぱり、こっちの世界でも、人魚って種族は、美形なんだな)
(実は、この事件の真実を知りたいって、死んだ父親の息子と娘、その仲間の獣人たちが来ている。ここに連れてきてもいいか? お前たちに危害を加えないことはそいつらも約束している)
『ああ、構わない。我もこれをいい機会として、できれば人間たちと友好な関係を築きたいと考えていた』
(そうか、それはきっと人間たちも喜ぶはずだ。じゃあ、呼んでくる)
俺はしっかりと頷いてから、外へ出ていった。
♢♢♢
いやいや、ほんの数分前、誰がこんな状況を想像できただろうか。え、何が起きたのかって? 今、この狭い小屋の中では、和気あいあいとした食事会の真っ最中なのだ。
俺が、市場で仕入れてきた食材を適当に調理して、土魔法で大雑把に作った器に盛り、それを皆がわいわい言いながら美味そうに食べている。もちろん、ザガンとリラもな。
獣人たちは、スーリア族の二人を一目見て、すっかり心を奪われてしまった。男たちは人魚姫リラの美しさに、ベルとメルは当然ザガンのイケメンぶりに……。そうそう、もう一つ面白いことがあったんだ。リトの妹、名前は聞いていなかったんだが、なんと「リラ」というそうだ。そう、人魚姫と同じ名前だった。これには皆も驚いたが、それが良いきっかけだった。緊張していたリラが、それを知ってリトの妹と言葉を交わしたのだ。二人はすぐに笑顔でおしゃべりするようになり、周囲の者たちの心も和らいだ。
もちろん、通訳の俺は、次々に交わされる会話を仲介するのが大変だったがな。
「そろそろ約束の時間だ。外の様子を見てくるよ」
俺の言葉に、皆の顔から笑顔が消え緊張に包まれた。
(我も一緒に行こう)
ザガンがそう俺に伝えて立ち上がった。
「トーマ、俺も行くぜ」
「いや、すまないが君たちはここで待っていてくれ。向こうに余計な警戒はさせたくないんだ。ちゃんと話ができそうならば、呼ぶから」
俺はバルたちを見回しながらそう言った。彼らはすぐに理解して頷いた。
俺とザガンは小屋を出て、岬の突端まで歩いていった。そして、二人でしばらくじっと海を見つめていた。
『トーマ殿、来たようだ』
ザガンの言葉に、日差しに輝く水面に目を凝らすと、沖の方から幾つもの水しぶきが上がり、こちらに近づいてくるのが見えた。
『っ! あれは……ち、義父上(ちちうえ)……』
ザガンの驚きの声と共に、彼の心の動揺が伝わってきた。まあ、それはそうだろう。義兄、つまり義理の父親の実の息子を殺したのだから。
やがて、スーリア族の一団が浜辺に上陸した。その中に、豪華な装飾物を身にまとった金髪のたくましい男がいた。彼は崖の上にいる俺たちをじっと見つめながら、総勢十八人の男たちを引き連れて近づいてきた。
『トーマ殿、我は行かねばならぬ』
(分かった。俺につかまってくれ)
俺はザガンの胴体を片手で抱きかかえると、崖の上から飛び降りた。
「ガウッ、ウゴガガグゴ……」
「ウゴウ……ガグガ、ウガググ」
ザガンと彼の義理の父親であるスーリアの族長は、例のごとく、発音を表記できない言葉で話しを始めた。
ザガンは族長の前に跪き、しばらくの間族長の言葉をうなだれて聞いていた。だが、その数秒後、俺は驚いて慌ててザガンに叫んでいた。
「おいっ、ザガン何をするつもりだ!」
俺の視線の先でスーリアの族長は、側に控えていた男から剣を受け取ると、その剣を引き抜いてザガンの首に刃を当てていた。
『トーマ殿、心配しないでくれ。これは儀式だ』
ザガンは静かにそう言ったが、俺は気が気ではなかった。と同時にイライラした感情が高まっていた。
そう、前世でもそうだった。多くの生き物は同族の狭い世界の中で様々な掟に縛られて生きていた。人間も然りだ。あたかもそれが崇高な理念であるかのように思い込み、それを守ることが無二の選択であると信じて疑わない。そしてそれに反する行動をとった者たちを身内であろうと厳然として処罰する。
確かに、集団の秩序を維持し、苦境を乗り越えるためは、掟は必要なものかもしれない。しかし、それによって自分たちが不幸になるのは本末転倒だ。今、ここで、ザガンが掟によって命を奪われたとするなら、誰が幸せになるというのだろう。
ザガンは『儀式』と言ったが、族長の表情はザガンへの怒りと憎しみに歪んでいた。恐らく彼は心の中で、手にしたその剣でザガン首を刎ねたい感情に揺れ動いているのだろう。
やがて族長は、ザガンの頭頂部の髪を左手でつかむと、ゆっくりと剣を持ち上げていった。
『マスター、お待ちくださいっ!』
俺がとっさに飛び出そうとするのを、ナビが慌てて引き止めた。
『族長はザガンを殺す気はないと思います』
(お前、人の心の中が分かるのか?)
『いいえ、マスター以外は無理です。ですが、外側に現れる身体的変化で推し量ることは可能です……ほら、見ていてください』
ナビにそう言われて浜辺に目を戻すと、今、まさに族長が震える手で剣を振り下ろそうとするところだった。
ビュッという風を切る音とともに、族長が剣を振り下ろし、俺は思わず目をつぶった。微かに何かを切る音が聞こえ、俺は恐る恐る目を開いた。
族長は、左手に切り離したブロンドの髪の束をつかんだまま、低い声で何かザガンにつぶやくと、剣をその場に手放してゆっくりと体の向きを変えた。
(ザガン、大丈夫か?)
ザガンはその場に頭を垂れて、海の中へ消えて行くまで跪いていた。
『ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう、トーマ殿』
ザガンは立ち上がると、どことなく晴れやかな表情でこちらへ歩いて来た。
『我はスーリア族から追放された。二度と故郷へは帰れぬ……だが、これで良かったのだ』
(そうか…はは……俺と同じだな。でも、これで自由になれたんだ。どこへ行こうと、何をしようと、誰に気を使う必要は無いんだ。良かったな)
ザガンは俺の前に立つと、初めてにこやかな笑顔を見せて頷いた。
「おおい、トーマ、大丈夫かぁ」
居ても立ってもいられなくなったバルたちとリラが、崖の上に並んで手を振っていた。
「岬にこんな小屋、あったっけ?」
「いや、なかったぜ……まさか、これも……」
背後で獣人たちが何か言っていたが、俺はあえて自分が作ったことは説明しなかった。
「ちょっと待っててくれ。中の二人に驚かないように言ってくる」
獣人たちを二十メートルほど離れた場所で止めると、一人で小屋の中に入っていった。
(ザガン、俺だ。入るぞ)
『あ、ああ、複数の人の気配がして心配したが、良かった。入ってくれ』
俺が中に入ると、ザガンと目を覚ましたリラが抱き合うようにして身を寄せながら俺を見ていた。
(おお、なんちゅう美男美女カップル! やっぱり、こっちの世界でも、人魚って種族は、美形なんだな)
(実は、この事件の真実を知りたいって、死んだ父親の息子と娘、その仲間の獣人たちが来ている。ここに連れてきてもいいか? お前たちに危害を加えないことはそいつらも約束している)
『ああ、構わない。我もこれをいい機会として、できれば人間たちと友好な関係を築きたいと考えていた』
(そうか、それはきっと人間たちも喜ぶはずだ。じゃあ、呼んでくる)
俺はしっかりと頷いてから、外へ出ていった。
♢♢♢
いやいや、ほんの数分前、誰がこんな状況を想像できただろうか。え、何が起きたのかって? 今、この狭い小屋の中では、和気あいあいとした食事会の真っ最中なのだ。
俺が、市場で仕入れてきた食材を適当に調理して、土魔法で大雑把に作った器に盛り、それを皆がわいわい言いながら美味そうに食べている。もちろん、ザガンとリラもな。
獣人たちは、スーリア族の二人を一目見て、すっかり心を奪われてしまった。男たちは人魚姫リラの美しさに、ベルとメルは当然ザガンのイケメンぶりに……。そうそう、もう一つ面白いことがあったんだ。リトの妹、名前は聞いていなかったんだが、なんと「リラ」というそうだ。そう、人魚姫と同じ名前だった。これには皆も驚いたが、それが良いきっかけだった。緊張していたリラが、それを知ってリトの妹と言葉を交わしたのだ。二人はすぐに笑顔でおしゃべりするようになり、周囲の者たちの心も和らいだ。
もちろん、通訳の俺は、次々に交わされる会話を仲介するのが大変だったがな。
「そろそろ約束の時間だ。外の様子を見てくるよ」
俺の言葉に、皆の顔から笑顔が消え緊張に包まれた。
(我も一緒に行こう)
ザガンがそう俺に伝えて立ち上がった。
「トーマ、俺も行くぜ」
「いや、すまないが君たちはここで待っていてくれ。向こうに余計な警戒はさせたくないんだ。ちゃんと話ができそうならば、呼ぶから」
俺はバルたちを見回しながらそう言った。彼らはすぐに理解して頷いた。
俺とザガンは小屋を出て、岬の突端まで歩いていった。そして、二人でしばらくじっと海を見つめていた。
『トーマ殿、来たようだ』
ザガンの言葉に、日差しに輝く水面に目を凝らすと、沖の方から幾つもの水しぶきが上がり、こちらに近づいてくるのが見えた。
『っ! あれは……ち、義父上(ちちうえ)……』
ザガンの驚きの声と共に、彼の心の動揺が伝わってきた。まあ、それはそうだろう。義兄、つまり義理の父親の実の息子を殺したのだから。
やがて、スーリア族の一団が浜辺に上陸した。その中に、豪華な装飾物を身にまとった金髪のたくましい男がいた。彼は崖の上にいる俺たちをじっと見つめながら、総勢十八人の男たちを引き連れて近づいてきた。
『トーマ殿、我は行かねばならぬ』
(分かった。俺につかまってくれ)
俺はザガンの胴体を片手で抱きかかえると、崖の上から飛び降りた。
「ガウッ、ウゴガガグゴ……」
「ウゴウ……ガグガ、ウガググ」
ザガンと彼の義理の父親であるスーリアの族長は、例のごとく、発音を表記できない言葉で話しを始めた。
ザガンは族長の前に跪き、しばらくの間族長の言葉をうなだれて聞いていた。だが、その数秒後、俺は驚いて慌ててザガンに叫んでいた。
「おいっ、ザガン何をするつもりだ!」
俺の視線の先でスーリアの族長は、側に控えていた男から剣を受け取ると、その剣を引き抜いてザガンの首に刃を当てていた。
『トーマ殿、心配しないでくれ。これは儀式だ』
ザガンは静かにそう言ったが、俺は気が気ではなかった。と同時にイライラした感情が高まっていた。
そう、前世でもそうだった。多くの生き物は同族の狭い世界の中で様々な掟に縛られて生きていた。人間も然りだ。あたかもそれが崇高な理念であるかのように思い込み、それを守ることが無二の選択であると信じて疑わない。そしてそれに反する行動をとった者たちを身内であろうと厳然として処罰する。
確かに、集団の秩序を維持し、苦境を乗り越えるためは、掟は必要なものかもしれない。しかし、それによって自分たちが不幸になるのは本末転倒だ。今、ここで、ザガンが掟によって命を奪われたとするなら、誰が幸せになるというのだろう。
ザガンは『儀式』と言ったが、族長の表情はザガンへの怒りと憎しみに歪んでいた。恐らく彼は心の中で、手にしたその剣でザガン首を刎ねたい感情に揺れ動いているのだろう。
やがて族長は、ザガンの頭頂部の髪を左手でつかむと、ゆっくりと剣を持ち上げていった。
『マスター、お待ちくださいっ!』
俺がとっさに飛び出そうとするのを、ナビが慌てて引き止めた。
『族長はザガンを殺す気はないと思います』
(お前、人の心の中が分かるのか?)
『いいえ、マスター以外は無理です。ですが、外側に現れる身体的変化で推し量ることは可能です……ほら、見ていてください』
ナビにそう言われて浜辺に目を戻すと、今、まさに族長が震える手で剣を振り下ろそうとするところだった。
ビュッという風を切る音とともに、族長が剣を振り下ろし、俺は思わず目をつぶった。微かに何かを切る音が聞こえ、俺は恐る恐る目を開いた。
族長は、左手に切り離したブロンドの髪の束をつかんだまま、低い声で何かザガンにつぶやくと、剣をその場に手放してゆっくりと体の向きを変えた。
(ザガン、大丈夫か?)
ザガンはその場に頭を垂れて、海の中へ消えて行くまで跪いていた。
『ああ、大丈夫だ。心配してくれてありがとう、トーマ殿』
ザガンは立ち上がると、どことなく晴れやかな表情でこちらへ歩いて来た。
『我はスーリア族から追放された。二度と故郷へは帰れぬ……だが、これで良かったのだ』
(そうか…はは……俺と同じだな。でも、これで自由になれたんだ。どこへ行こうと、何をしようと、誰に気を使う必要は無いんだ。良かったな)
ザガンは俺の前に立つと、初めてにこやかな笑顔を見せて頷いた。
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