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畑でも麗しい人
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「ステラおば様。」
「トウプチ先生。」
「トウプチ先生。」
もう何度目かの言い直しだ。
今は学園のおば様の教員室だ。
周りに人はいないとは言え、線引きされる。
「はい。どうしたの?」
「トウプチ先生はこんな畑に誰も来ないとおっしゃっていたけれど、放課後は生徒さんが来るのはどうしてかしら?!おかげで畑仕事が捗らないわ……。」
おば様呼びを訂正すると疑問とも文句とも言える言葉をぶつけた。
学園に来て授業に出ず、おば様の研究を手伝っている私。
その事はあまり大っぴらにしてはいけないと言われた。
身内だから特別扱いしていると取られかねないと。
確かに。
そもそも全て単位を取っている者は本来学園になんて来ないのだから。
だからだろう。
事情をよく知らないであろう中等部の先生から何故授業に出ないのかと聞かれた事があったくらいだった。
単位を全て取っている事も、おば様の身内だと言うことも、特に秘密という訳ではない。
アラン様もセレーナ様も知っていることだけれども、積極的に言わないように言われており、公私を分けるために呼び方もトウプチ先生と呼ぶように言われていた。
だと言うのに。
人が来ないと言われている職員棟の裏庭。
放課後になると毎日のように生徒が来るのだ。
教師に用事がある生徒なのはわかるのだけど、畑から来なくても。
おば様の手伝いをしている生徒がいるだなんて思われないように、生徒の姿を見れば隠れるようにしているのだ。
「へえ?」
おば様は驚きとも感心ともつかない声をあげて考え込むように顎に指を当てていたが
「まあ、いいじゃないのよ。適当にあしらえば。」カラリと言う。
「それが出来ないから困っているのだわ……。」
「まあ、そうね!」
引っ込み思案な私を知っているおば様は
「放課後だけなのだからいいじゃないの。」
と楽しそうに笑うと、あまり興味がないのかあっさり話題を変えた。
「あ、そうそう。地理のタンガス先生が呼んでいたわよ。南部の地図の精度について話したいんですって!」
「あれは兄さんの手伝いで知っているだけの知識なのだけれど……」
地理オタクの下の兄はこの国のあらゆる地図という地図を持っている。
「フフ、聞いたわよ。授業を中断する勢いでタンガス先生に質問されたんですって?流石に先生も反省していらしたわ。でも貴方の知識量に興奮してしまったと言っていて笑ってしまったわ!」
ああ失敗。
こんな話で盛り上がるのは淑女のやることではない。
兄の影響もあり地理は興味があったので授業に出てみたものの……。
あの時のクラスメイトのポカンとした顔は辺境の学園でよくみた顔だった。
王都にまで来てわざわざ同じ轍を踏みたくない。
授業には出ない様にしよう。
そう決め毎朝メイクして高等部に行った後は、おば様の職員部屋に行き、存分に実験と記録と計算に耽る。
すると時間があっという間に経ち、おば様と馬車で帰る。
それが日常になった。
そんなある日。
今朝も高等部にアラン様に会いにいった後、おば様の職員部屋でウィッグを外し化粧を落として、着替える。
誰もいない室内や畑で研究対象の朝の観察記録をつけながら植物の世話もしているとあっという間にお昼が過ぎている。
それもいつもの事。
畑に水をやってランチにしようと、バケツに水を汲みに行く。
水を入れ過ぎたかと思いながら、バケツからこぼれぬように気をつけて裏庭に出ると人の気配がした。
ふとそちらに目をやる。
え?
畑の脇のベンチに座っている人がいる。
高等部の制服に身を包んだその人は……
思わず声にならない悲鳴を上げた。
バケツを思わず落とし、気が付けば職員棟に舞い戻っていた。
畑のベンチに座っていたのは見間違えるはずもない。
アラン様だった。
え?
アラン様?
な、なんで……?
私をみて目を丸くしてしていたわ。
それはそうよ!
朝あんなにメイクバッチリの婚約者が、普段着でバケツを持ってこんな所に現れたのだから!
何故?
どうして?
こんな畑にアラン様が?!
ぐるぐると頭を駆け巡る。
思わず熱くなった両頬を押さえて座り込む。
どうして居るの?!
何度も問いかける疑問に答えなど見つかるはずもない。
誰も来ない殺風景な裏庭の畑。
なのにアラン様が長い足を折りベンチに座って居るだけで一枚の絵画のようだった。
目を丸くし、驚いてこちらを見ている姿さえ麗しい。
ああもう人智を超えているわ。
ほうう、と息を吐く。
そして落ち着いてくるとそういえばと思い至る。
アラン様はランチボックスを持ってランチをしていた。
少し前、セレーナ様にアラン様をランチに誘ってみたらどうかと言われた時の話。
婚約者なのだから変ではない、そろそろお兄様も誘いに応じてもいい頃だと言われたものの、毎朝の様子から(無理ではないかしら……)と思いつつもお誘いしたのだ。
「お誘いありがとう。しかし悪いのだが昼は勉強をしながら1人でとっていて、あまり邪魔されたくないんだ。申し訳ない。」
そう丁寧に断られた。
セレーナ様は「つまらない人ね!はいと言うまで誘ってごらんなさい!」なんて言っていたが、気が進まなかった。
何故ならアラン様らしいと思ったからだ。
どこでランチをしているのかなどは聞かなかったが……確かにここなら1人でいられる。
それなら明日からはお昼時に畑に出ないほうがいいかしら?
いいえ、私がいると知ったからもうここには来ないでしょう。
少し悪い事をしてしまったかしら……
1人の静かな時間を奪ってしまったような気がした。
しかし次の日もいつもの様に畑に出て度肝を抜かれる事になる。
いるぅ!!
いつも通り昼に畑に出た私は飛び上がらんばかりに驚き、その勢いのまま職員棟に戻ってきてしまいハッとする。
そこで頭に浮かんだのは婚約者に挨拶もせずに逃げるってどうなの?という問いだった。
でも!
1人のランチの邪魔などしたくない!
そう思った瞬間またドアから飛び出し、アラン様に向き直るとお辞儀をして、また飛び帰った。
はあ、これでいいわ。
これでいいよね……?
これで…………
いいわけ、ない!!!
混乱し過ぎて挙動が不審すぎる!!
出たり引っ込んだり。
やっぱりまた出たと思ったら、お辞儀だけしてまた引っ込んだなんて!
気持ちが悪いくらいの挙動不審よ!
頭を抱えて座り込む。
ああ、アラン様はどう思っただろう。
きっと今頃呆れ返っているに違いない。
どうする?
明日の朝謝ろうか?
でもなんて?
挨拶もせず申し訳ございません?
いいえ、挨拶はしたじゃないの!
そもそも……
悪役令嬢って謝るの……?
ああ!
もういいわ!
結局開き直るように次の日の朝も何食わぬ顔をして高等部に行く。
何か言われたら謝ろうと、そう決めて。
しかしアラン様はいつも通りだった。
昨日の事を咎めることもなく、そして私の話題に興味を示す態度もない。
本当のいつも通りだ。
(良くも悪くも……気にされていないのね。)
ホッとするような、寂しいようなそんな気持ちが湧く。
もちろん咎められたいわけではないけれども……
「もうすぐ鐘がなるぞ。戻らなくて良いのか。」
いつも通り鐘がなる頃になると帰ることを促された。
そうして私もいつも通りステラおば様の職員棟に行きメイクを落としながらふと考える。
そういえば……悪役令嬢とは真逆とも言える畑仕事をしていたのだけれど、アラン様は気にされないのだろうか。
もちろんアラン様も私が中等部をアラン様との交流のためだけに通っていることは知っているが、おば様の研究を手伝っている事は……ご存知なんだろうか。
もちろんアラン様に言っても問題はないけれど、こちらからわざわざ言うことでもない。
はあ
ため息をつく。
そして洗ったばかりの頬をバチンと叩いた。
アラン様がどう思っているのかなんてわかりもしないのに悩んでも仕方がない。
「観察!記録!」
こういう時は研究に没頭するに限るわ!
私はこういう時でも研究に没頭できる。
そしてあっという間にお昼の畑の様子を見に行く時間になっていた。
今日は……アラン様は呆れてもう来ないかもって思う。
おそるおそる扉をあけてそっと覗き込もうとした。
その時だった。
「やあ!こちらに来て一緒にランチでもしないか?」
突然声をかけられ飛び上がらんばかりに驚いてしまい、あっという間に扉の中に舞い戻ってしまった。
え?
ええ?
今のは確かにアラン様よね?!
なんて言ったの?!
一緒にランチ?
ええ?
1人でランチ取りたいって言ってましたよね?!
どうして?
私が見せた都合のいい妄想?
白昼夢?
いいえ、確かに……確かにアラン様が……言ったわ……。
一緒に……ランチを…………
食べようって!!!
今から?
明日から?
もしや揶揄われただけ?
でも婚約者とランチをするのは別に……変な事じゃない……よね?
ぐるぐる考えても答えが出ずただぼんやり座り込むしか出来なかった。
「トウプチ先生。」
「トウプチ先生。」
もう何度目かの言い直しだ。
今は学園のおば様の教員室だ。
周りに人はいないとは言え、線引きされる。
「はい。どうしたの?」
「トウプチ先生はこんな畑に誰も来ないとおっしゃっていたけれど、放課後は生徒さんが来るのはどうしてかしら?!おかげで畑仕事が捗らないわ……。」
おば様呼びを訂正すると疑問とも文句とも言える言葉をぶつけた。
学園に来て授業に出ず、おば様の研究を手伝っている私。
その事はあまり大っぴらにしてはいけないと言われた。
身内だから特別扱いしていると取られかねないと。
確かに。
そもそも全て単位を取っている者は本来学園になんて来ないのだから。
だからだろう。
事情をよく知らないであろう中等部の先生から何故授業に出ないのかと聞かれた事があったくらいだった。
単位を全て取っている事も、おば様の身内だと言うことも、特に秘密という訳ではない。
アラン様もセレーナ様も知っていることだけれども、積極的に言わないように言われており、公私を分けるために呼び方もトウプチ先生と呼ぶように言われていた。
だと言うのに。
人が来ないと言われている職員棟の裏庭。
放課後になると毎日のように生徒が来るのだ。
教師に用事がある生徒なのはわかるのだけど、畑から来なくても。
おば様の手伝いをしている生徒がいるだなんて思われないように、生徒の姿を見れば隠れるようにしているのだ。
「へえ?」
おば様は驚きとも感心ともつかない声をあげて考え込むように顎に指を当てていたが
「まあ、いいじゃないのよ。適当にあしらえば。」カラリと言う。
「それが出来ないから困っているのだわ……。」
「まあ、そうね!」
引っ込み思案な私を知っているおば様は
「放課後だけなのだからいいじゃないの。」
と楽しそうに笑うと、あまり興味がないのかあっさり話題を変えた。
「あ、そうそう。地理のタンガス先生が呼んでいたわよ。南部の地図の精度について話したいんですって!」
「あれは兄さんの手伝いで知っているだけの知識なのだけれど……」
地理オタクの下の兄はこの国のあらゆる地図という地図を持っている。
「フフ、聞いたわよ。授業を中断する勢いでタンガス先生に質問されたんですって?流石に先生も反省していらしたわ。でも貴方の知識量に興奮してしまったと言っていて笑ってしまったわ!」
ああ失敗。
こんな話で盛り上がるのは淑女のやることではない。
兄の影響もあり地理は興味があったので授業に出てみたものの……。
あの時のクラスメイトのポカンとした顔は辺境の学園でよくみた顔だった。
王都にまで来てわざわざ同じ轍を踏みたくない。
授業には出ない様にしよう。
そう決め毎朝メイクして高等部に行った後は、おば様の職員部屋に行き、存分に実験と記録と計算に耽る。
すると時間があっという間に経ち、おば様と馬車で帰る。
それが日常になった。
そんなある日。
今朝も高等部にアラン様に会いにいった後、おば様の職員部屋でウィッグを外し化粧を落として、着替える。
誰もいない室内や畑で研究対象の朝の観察記録をつけながら植物の世話もしているとあっという間にお昼が過ぎている。
それもいつもの事。
畑に水をやってランチにしようと、バケツに水を汲みに行く。
水を入れ過ぎたかと思いながら、バケツからこぼれぬように気をつけて裏庭に出ると人の気配がした。
ふとそちらに目をやる。
え?
畑の脇のベンチに座っている人がいる。
高等部の制服に身を包んだその人は……
思わず声にならない悲鳴を上げた。
バケツを思わず落とし、気が付けば職員棟に舞い戻っていた。
畑のベンチに座っていたのは見間違えるはずもない。
アラン様だった。
え?
アラン様?
な、なんで……?
私をみて目を丸くしてしていたわ。
それはそうよ!
朝あんなにメイクバッチリの婚約者が、普段着でバケツを持ってこんな所に現れたのだから!
何故?
どうして?
こんな畑にアラン様が?!
ぐるぐると頭を駆け巡る。
思わず熱くなった両頬を押さえて座り込む。
どうして居るの?!
何度も問いかける疑問に答えなど見つかるはずもない。
誰も来ない殺風景な裏庭の畑。
なのにアラン様が長い足を折りベンチに座って居るだけで一枚の絵画のようだった。
目を丸くし、驚いてこちらを見ている姿さえ麗しい。
ああもう人智を超えているわ。
ほうう、と息を吐く。
そして落ち着いてくるとそういえばと思い至る。
アラン様はランチボックスを持ってランチをしていた。
少し前、セレーナ様にアラン様をランチに誘ってみたらどうかと言われた時の話。
婚約者なのだから変ではない、そろそろお兄様も誘いに応じてもいい頃だと言われたものの、毎朝の様子から(無理ではないかしら……)と思いつつもお誘いしたのだ。
「お誘いありがとう。しかし悪いのだが昼は勉強をしながら1人でとっていて、あまり邪魔されたくないんだ。申し訳ない。」
そう丁寧に断られた。
セレーナ様は「つまらない人ね!はいと言うまで誘ってごらんなさい!」なんて言っていたが、気が進まなかった。
何故ならアラン様らしいと思ったからだ。
どこでランチをしているのかなどは聞かなかったが……確かにここなら1人でいられる。
それなら明日からはお昼時に畑に出ないほうがいいかしら?
いいえ、私がいると知ったからもうここには来ないでしょう。
少し悪い事をしてしまったかしら……
1人の静かな時間を奪ってしまったような気がした。
しかし次の日もいつもの様に畑に出て度肝を抜かれる事になる。
いるぅ!!
いつも通り昼に畑に出た私は飛び上がらんばかりに驚き、その勢いのまま職員棟に戻ってきてしまいハッとする。
そこで頭に浮かんだのは婚約者に挨拶もせずに逃げるってどうなの?という問いだった。
でも!
1人のランチの邪魔などしたくない!
そう思った瞬間またドアから飛び出し、アラン様に向き直るとお辞儀をして、また飛び帰った。
はあ、これでいいわ。
これでいいよね……?
これで…………
いいわけ、ない!!!
混乱し過ぎて挙動が不審すぎる!!
出たり引っ込んだり。
やっぱりまた出たと思ったら、お辞儀だけしてまた引っ込んだなんて!
気持ちが悪いくらいの挙動不審よ!
頭を抱えて座り込む。
ああ、アラン様はどう思っただろう。
きっと今頃呆れ返っているに違いない。
どうする?
明日の朝謝ろうか?
でもなんて?
挨拶もせず申し訳ございません?
いいえ、挨拶はしたじゃないの!
そもそも……
悪役令嬢って謝るの……?
ああ!
もういいわ!
結局開き直るように次の日の朝も何食わぬ顔をして高等部に行く。
何か言われたら謝ろうと、そう決めて。
しかしアラン様はいつも通りだった。
昨日の事を咎めることもなく、そして私の話題に興味を示す態度もない。
本当のいつも通りだ。
(良くも悪くも……気にされていないのね。)
ホッとするような、寂しいようなそんな気持ちが湧く。
もちろん咎められたいわけではないけれども……
「もうすぐ鐘がなるぞ。戻らなくて良いのか。」
いつも通り鐘がなる頃になると帰ることを促された。
そうして私もいつも通りステラおば様の職員棟に行きメイクを落としながらふと考える。
そういえば……悪役令嬢とは真逆とも言える畑仕事をしていたのだけれど、アラン様は気にされないのだろうか。
もちろんアラン様も私が中等部をアラン様との交流のためだけに通っていることは知っているが、おば様の研究を手伝っている事は……ご存知なんだろうか。
もちろんアラン様に言っても問題はないけれど、こちらからわざわざ言うことでもない。
はあ
ため息をつく。
そして洗ったばかりの頬をバチンと叩いた。
アラン様がどう思っているのかなんてわかりもしないのに悩んでも仕方がない。
「観察!記録!」
こういう時は研究に没頭するに限るわ!
私はこういう時でも研究に没頭できる。
そしてあっという間にお昼の畑の様子を見に行く時間になっていた。
今日は……アラン様は呆れてもう来ないかもって思う。
おそるおそる扉をあけてそっと覗き込もうとした。
その時だった。
「やあ!こちらに来て一緒にランチでもしないか?」
突然声をかけられ飛び上がらんばかりに驚いてしまい、あっという間に扉の中に舞い戻ってしまった。
え?
ええ?
今のは確かにアラン様よね?!
なんて言ったの?!
一緒にランチ?
ええ?
1人でランチ取りたいって言ってましたよね?!
どうして?
私が見せた都合のいい妄想?
白昼夢?
いいえ、確かに……確かにアラン様が……言ったわ……。
一緒に……ランチを…………
食べようって!!!
今から?
明日から?
もしや揶揄われただけ?
でも婚約者とランチをするのは別に……変な事じゃない……よね?
ぐるぐる考えても答えが出ずただぼんやり座り込むしか出来なかった。
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