悪役令嬢はあなたのために

くきの助

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最後のランチタイム

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「え?」

アラン様は驚いたような声を静かにあげた。

手紙を差し出した手が震えだした。
それでも手紙は行き先がわからぬまま。
でもアラン様から手が伸ばされる事はない。

そこでやっと自分が失敗した事に気付いた。



私は書いた手紙をひっそりサンドウィッチのバスケットに忍ばせ、いつも通りアラン様とのランチのひと時を楽しんでいた。

ランチの時間も終わりに近づきソワソワとタイミングをはかる。

落ち着きのない私に気付いたのか、おや?という顔でアラン様がこちらを見る。
その視線に心臓が跳ね上がる。

手紙を手渡す事の期待で胸がはち切れるようだった。

図々しくも受け取ってもらえない事など考えもしていなかったのだ。

でも全部私の思い上がりだった。

結果は行き場のない手紙が空に留まっている。

(やっぱり直接渡されるのは迷惑だった!)

「ももも申し訳ございません!!」

恥ずかしさのあまりアラン様の顔も見ず、謝罪の言葉を捲し立てると手を引っ込めた。
羞恥で顔を上げる事もできない。

どういう理由で受け取ってもらえないのかはわからない。
もしかしたら、メグ様に心があるのに他の女性から直接手紙を貰うのは気が引けるのかもしれない。

とにかくセレーナ様を介してほしいのにはきっと訳があったのだ。

それなのに……!
約束を破って不躾に手紙を渡してきた私をどう思っているのだろう。
少しは気安い仲になったと思っていたのは自分だけだったのだ。

居た堪れずその場から去ろうと踵を返した。


「あぶない!!」


アラン様の声が聞こえる。

えっと思う間も無く私の見える世界が回転した。
私の手紙が空を舞っている。

(転ぶ!!)

鈍臭い自分に絶望しながら来るべく衝撃に目を瞑った。



ボフン!



音がする。

来ると思っていた衝撃は柔らかいものだった。

「よかった……」

アラン様の声が聞こえる。

え?

あれ……?

なんでアラン様の声がこんなに近くに聞こえるの……?

恐る恐る目を開けるも、目の前は暗いままだ。

そして私の体はしっかり支えられていた。
これって………………


「ご……ごめんなさい!」


反射的に謝罪の言葉を口にした。

混乱しながらも転倒しかけた私をアラン様が支えてくれたのだと理解する。

それに目の前がまだ暗いのは…………

ボン!と音を立てるかのように顔が赤くなる。

布越しに体温を感じる。
気付けば私はアラン様の腕の中にすっぽり収まっていたのだ。

あまりの事にどうしていいのかわからない。

なんとか頭を回転させて、(は……離れなければ……!)と漸く最適解を叩き出した。

しかし私を抱きすくめたままのアラン様の腕がそれを許さない。

え?
ええ?

再びどうしていいのかわからなくなり身体が動かない。

スウっとアラン様が息を吸った。
私の顔を預けているアラン様の胸が上下した。
アラン様が息を吐いたのだ。

アラン様の鼓動や息遣いを感じて、私の心臓がいつもの五倍くらいの速さで動いている。

「俺には……」


徐に、意を決したようなアラン様が話し出した。

アラン様の言葉の硬い。


「想い人がいる……」

顔が強張った。

さっきまでの熱は嘘のように引いていった。

「しかし、それは…………」

優しさだろうか。
躊躇うように……言葉を選ぶように……アラン様は話を続ける。

「婚約者では……ない。」


言い辛そうに、しかしはっきりと言い渡される。

「はい…………」

詰まる言葉を絞り出す様に答える。

(やっぱり……)

アラン様はいつもとは違う私の態度に、気付いたのだ。
私のみっともない秋波に。
その想いが綴られているであろう手紙に。

受け取らず、真摯な言葉を口にしたのはアラン様の誠実さだろう。

わかっていたことだ。

わかっていたことを言われただけだ……

でも…………
なんて残酷なんだろう。

喉がカラカラになり、熱いものが込み上げてきた。

バッとアラン様から体を離す。

転がったランチボックスをサッサと片付けると、裏返りそうな声で別れの挨拶を残しながら逃げるように扉の向こうに飛び込んだ。

背中でバタンと扉が閉まる音がする。

ああ、なんてみっともなくも失礼な態度なんだろう。
今頃アラン様も呆れ返っているに違いない。
でも……


よかった。アラン様の前で涙をこぼさなくて…………


ぽたり、と小さく音がした。






私が手紙を持っていないことに気付いたのは帰り際だった。

畑しか思い付かず、慌てて見に行くとベンチの上にキチンと手紙が置いてあった。
アラン様が置いてくれたのだろう。

持って帰ってなどもらえる訳がない。

わかっていたけれど。

震える手で手紙を取るや、勢いのまま破り捨てた。
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