悪役令嬢はあなたのために

くきの助

文字の大きさ
42 / 54

アランと次期侯爵

しおりを挟む
「そこで立派な立派なモリス侯爵令息にお願いよ。本当にリーネに申し訳ないと思うならちょっと評判を落としてくださらない?あなた達が評判を上げれば上げるほどリーネの立場が悪くなっている様な気がするの。ええそうね、もう王都の学園に通うわけではないわ。でもセレーナ嬢の指示で悪役令嬢の真似事なんてやらされていたのに、『あんな奇天烈な格好をしていたのだからアラン様が愛想尽かすのは当然だ』なんて学園では噂されているのよ、非道いと思わない?それもこれもあなたが立派だからだわ。」

「それは!父も私もリーネには非が無いと言い続けて」
「リーネなんて呼ばないで頂戴!!」

俺の言葉を遮るようにトウプチ先生は立ち上がると、怒鳴りつけられた。
思わず口を噤む。

「リーネは身内で呼んでいる大事な名前よ!あなたみたいな卑怯者に呼ばせるような名前じゃないのよ!!」

はく、と動いた口からは空気だけが漏れた。
グッと拳を握る。

「は……!被害者みたいなお顔がお上手ねえ。加害者だと言うのに!そうやって卒業までにどんどん評判は上がっていくんでしょうね!あなたなら立派な家の御令嬢と婚約するのでしょう、リーネは悪評がついたと言うのに!」

「そんなことは!」

「『アラン様は立派な方だから自分が悪いと周りに言っているが、断罪劇は催しだったのに本気にして田舎に帰ったハーフナー伯爵令嬢は愚か者』ですって!学園には名誉回復が著しいあなたの婚約者のポストに収まりたい御令嬢が沢山いるみたい!さすがは皆の麗しの君ね!頼まなくてもあなたの名誉回復を手伝ってくれているわ!」

思わず瞠目してしまった。

なんて事だ。

落ちぶれている時は皆好き勝手に俺を貶していたはずだ。
しかし俺が次期侯爵の座から下りないようだと思えば、皆方向転換だ。
俺を持ち上げるためにリーネを下げているのだ。

そんな事になっているなど!!!

「彼女の名誉も回復させます!必ず!」

気が付けば立ち上がり宣誓していた。

「どうやって?」

鼻で笑われる。

「リーネの噂がどうなっているのか知りもしなかったあなたが一体どうやって?……あらあら!知らなかったのに責めないでみたいな顔なさっているわね。知らないは免罪符にはならないわよ?」
「わかっています!」
「わかっていないわ!!」

反射的に言った俺の言葉に間髪入れず怒鳴り返される。

「わかってなどいない!!思っているのでしょう?!自分も騙されたんだって!ずっとそんな顔をしているわ!だからこうして薄い反省を盾に、他人事のような態度でのうのうと私たちの前に現れることができるのよ!」

サーと指先から冷たくなる。
トウプチ先生は凍りついたように立ち尽くす俺を射抜くように睨みつけた。

「リーネはあんたなんかには勿体無いってずっと思っていたわ!!リーネはねえ!あなた達兄妹の人生の踏み台じゃあないのよ!そんな扱いをしていい子じゃないの!絶対に違う!!違うわ!!」

トウプチ先生はそこまで言うと詰まったように黙り込み、そして勢いよく踵を返して部屋を出て行ってしまった。

静まり返る部屋。
俺は動くことができない。

「まあ、座れば?」

まるで何もなかったかのような軽い口調で言われる。
言われるがままぎこちなく座るも自分でもどこを見ているのかわからない。

「ま、もともと君との婚約は周りの貴族にも妬まれてたんだ。そんな中婚約破棄だなんて格好のネタだよねえ。ハーフナー領の近隣でもいろんな憶測が飛んでるよ。まあ君のお父さんも私達も火消しはしているんだけれど、学園の中までは、ねえ?」

次期侯爵の話が耳を通り過ぎていく。
と、思い出したように膝を叩いた。

「ああそうそう、君との婚約が無くなってからすぐはリーネにも中央貴族から婚約の申し込みが立て続けに来ていたんだ。」

一気に現実に戻される。
バッと次期侯爵の方を見る。

「本人無自覚だけれど学園では随分人気があったみたいだね?ま、でも今は瑕疵がついたリーネを貰ってやるからハーフナー領の農作物の利権をよこせだとか、品種改良した苗をよこせだとか随分上からの婚約の申し込みが来る様になったみたいで、リーネの父親が憤慨していたよ。」

呆れたような笑い声が冷え切った部屋に響き「モリス侯爵令息」と静かに呼びかけられる。

「最初は正しくリーネが被害者だと思われていたが、今は違う。」

そう言うと彼は足を組んだ。

「君達に大した罰がないのはリーネが望んだからだ。ところが罰が緩いから君達のしたことは大したことがないと皆思っているんだよ。モリス侯爵が制裁を加えたからセレーナ嬢の取り巻きのカーティス子爵家もマーチ男爵家も瀕死寸前だ。侯爵家の婚約を潰したんだ。当然だよね。でも潰れてはいない。……ああ、そうかそうか!そういえば君達は同じ派閥だったか!」

そうだったそうだったと、おどけたように言うが目は笑っていない。
同じ派閥同士で庇っている、そう仄めかしている。

「この調子だと修道院に行っているとはいえ評判のいい彼女たちは、高等部に上がる頃には何事もなかったように戻ってくるだろうねえ。高位貴族にも問題なく嫁げそうだ。結局瑕疵がついたのはリーネだけだった。理不尽な話だと思わないかい?」

「それは」「まっ、学園内のトラブルにそこまで目くじら立てるなって貴族も多いしね。」

じっとこちらを見る。
とうとう堪えきれず顔を背けてしまった。

「だから王都にいないリーネに名誉回復などあるはずもない。」

見ずともわかるくらい次期侯爵の視線が鋭く突き刺さる。

「この件、君に責任が取れるだなんて思えないなあ。」

人当たりのいい喋り口。
しかし俺の胸をザクザクと抉る。

静まり返った部屋に彼の低い笑い声がよく聞こえる。

「ステラの言う通り、よくよく君は茶番が好きなようだ。」

エイレン次期侯爵は組んだ足を戻すとサッと雰囲気を変えた。

「しかし私はまったく楽しめないんだよ。よほど君とは感性が違うらしい…………アレフレッド!」

控えていた執事であろう人物が返事をする。

「お客様がお帰りだ。お送りして差し上げろ。」

俺を鋭く見据えながら執事に命じる。


思わず口を開いた。
何か言わなければと。

しかし

何を?


そこからはどうやって帰ってきたのか、全く覚えていない。



よく顔を出せたな。



エイレン次期侯爵夫妻の態度は一貫してこれだった。


刺すような言葉の数々はすべて図星だった。

それなりの結果を出した俺を評価してもらえるのではないかと期待していた事も、見透かされていた。

そしてあわよくば……リーネの話が聞けるんじゃないかと思っていた事もお見通しだろう。

自覚すれば脳天気にエイレン侯爵家に行った事自体恥ずかしくてたまらない。

現実はそれどころじゃなかったと言うのに。

俺は自分の名誉回復ばかりに必死でリーネの噂がそんなことになっていることすら知らなかった。

情けなさに唇を噛む。


俺は


俺は一体どうしたらいいんだ

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

侯爵家の婚約者

やまだごんた
恋愛
侯爵家の嫡男カインは、自分を見向きもしない母に、なんとか認められようと努力を続ける。 7歳の誕生日を王宮で祝ってもらっていたが、自分以外の子供を可愛がる母の姿をみて、魔力を暴走させる。 その場の全員が死を覚悟したその時、1人の少女ジルダがカインの魔力を吸収して救ってくれた。 カインが魔力を暴走させないよう、王はカインとジルダを婚約させ、定期的な魔力吸収を命じる。 家族から冷たくされていたジルダに、カインは母から愛されない自分の寂しさを重ね、よき婚約者になろうと努力する。 だが、母が死に際に枕元にジルダを呼んだのを知り、ジルダもまた自分を裏切ったのだと絶望する。 17歳になった2人は、翌年の結婚を控えていたが、関係は歪なままだった。 そんな中、カインは仕事中に魔獣に攻撃され、死にかけていたところを救ってくれたイレリアという美しい少女と出会い、心を通わせていく。 全86話+番外編の予定

【完結済】次こそは愛されるかもしれないと、期待した私が愚かでした。

こゆき
恋愛
リーゼッヒ王国、王太子アレン。 彼の婚約者として、清く正しく生きてきたヴィオラ・ライラック。 皆に祝福されたその婚約は、とてもとても幸せなものだった。 だが、学園にとあるご令嬢が転入してきたことにより、彼女の生活は一変してしまう。 何もしていないのに、『ヴィオラがそのご令嬢をいじめている』とみんなが言うのだ。 どれだけ違うと訴えても、誰も信じてはくれなかった。 絶望と悲しみにくれるヴィオラは、そのまま隣国の王太子──ハイル帝国の王太子、レオへと『同盟の証』という名の厄介払いとして嫁がされてしまう。 聡明な王子としてリーゼッヒ王国でも有名だったレオならば、己の無罪を信じてくれるかと期待したヴィオラだったが──…… ※在り来りなご都合主義設定です ※『悪役令嬢は自分磨きに忙しい!』の合間の息抜き小説です ※つまりは行き当たりばったり ※不定期掲載な上に雰囲気小説です。ご了承ください 4/1 HOT女性向け2位に入りました。ありがとうございます!

貴方が私を嫌う理由

柴田はつみ
恋愛
リリー――本名リリアーヌは、夫であるカイル侯爵から公然と冷遇されていた。 その関係はすでに修復不能なほどに歪み、夫婦としての実態は完全に失われている。 カイルは、彼女の類まれな美貌と、完璧すぎる立ち居振る舞いを「傲慢さの表れ」と決めつけ、意図的に距離を取った。リリーが何を語ろうとも、その声が届くことはない。 ――けれど、リリーの心が向いているのは、夫ではなかった。 幼馴染であり、次期公爵であるクリス。 二人は人目を忍び、密やかな逢瀬を重ねてきた。その愛情に、疑いの余地はなかった。少なくとも、リリーはそう信じていた。 長年にわたり、リリーはカイル侯爵家が抱える深刻な財政難を、誰にも気づかれぬよう支え続けていた。 実家の財力を水面下で用い、侯爵家の体裁と存続を守る――それはすべて、未来のクリスを守るためだった。 もし自分が、破綻した結婚を理由に離縁や醜聞を残せば。 クリスが公爵位を継ぐその時、彼の足を引く「過去」になってしまう。 だからリリーは、耐えた。 未亡人という立場に甘んじる未来すら覚悟しながら、沈黙を選んだ。 しかし、その献身は――最も愛する相手に、歪んだ形で届いてしまう。 クリスは、彼女の行動を別の意味で受け取っていた。 リリーが社交の場でカイルと並び、毅然とした態度を崩さぬ姿を見て、彼は思ってしまったのだ。 ――それは、形式的な夫婦関係を「完璧に保つ」ための努力。 ――愛する夫を守るための、健気な妻の姿なのだと。 真実を知らぬまま、クリスの胸に芽生えたのは、理解ではなく――諦めだった。

わたしは婚約者の不倫の隠れ蓑

岡暁舟
恋愛
第一王子スミスと婚約した公爵令嬢のマリア。ところが、スミスが魅力された女は他にいた。同じく公爵令嬢のエリーゼ。マリアはスミスとエリーゼの密会に気が付いて……。 もう終わりにするしかない。そう確信したマリアだった。 本編終了しました。

その結婚は、白紙にしましょう

香月まと
恋愛
リュミエール王国が姫、ミレナシア。 彼女はずっとずっと、王国騎士団の若き団長、カインのことを想っていた。 念願叶って結婚の話が決定した、その夕方のこと。 浮かれる姫を前にして、カインの口から出た言葉は「白い結婚にとさせて頂きたい」 身分とか立場とか何とか話しているが、姫は急速にその声が遠くなっていくのを感じる。 けれど、他でもない憧れの人からの嘆願だ。姫はにっこりと笑った。 「分かりました。その提案を、受け入れ──」 全然受け入れられませんけど!? 形だけの結婚を了承しつつも、心で号泣してる姫。 武骨で不器用な王国騎士団長。 二人を中心に巻き起こった、割と短い期間のお話。

婚約者を借りパクされました

朝山みどり
恋愛
「今晩の夜会はマイケルにクリスティーンのエスコートを頼んだから、レイは一人で行ってね」とお母様がわたしに言った。 わたしは、レイチャル・ブラウン。ブラウン伯爵の次女。わたしの家族は父のウィリアム。母のマーガレット。 兄、ギルバード。姉、クリスティーン。弟、バージルの六人家族。 わたしは家族のなかで一番影が薄い。我慢するのはわたし。わたしが我慢すればうまくいく。だけど家族はわたしが我慢していることも気付かない。そんな存在だ。 家族も婚約者も大事にするのはクリスティーン。わたしの一つ上の姉だ。 そのうえ、わたしは、さえない留学生のお世話を押し付けられてしまった。

裏切られ殺されたわたし。生まれ変わったわたしは今度こそ幸せになりたい。

たろ
恋愛
大好きな貴方はわたしを裏切り、そして殺されました。 次の人生では幸せになりたい。 前世を思い出したわたしには嫌悪しかない。もう貴方の愛はいらないから!! 自分が王妃だったこと。どんなに国王を愛していたか思い出すと胸が苦しくなる。でももう前世のことは忘れる。 そして元彼のことも。 現代と夢の中の前世の話が進行していきます。

とある伯爵の憂鬱

如月圭
恋愛
マリアはスチュワート伯爵家の一人娘で、今年、十八才の王立高等学校三年生である。マリアの婚約者は、近衛騎士団の副団長のジル=コーナー伯爵で金髪碧眼の美丈夫で二十五才の大人だった。そんなジルは、国王の第二王女のアイリーン王女殿下に気に入られて、王女の護衛騎士の任務をしてた。そのせいで、婚約者のマリアにそのしわ寄せが来て……。

処理中です...