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セレーナとモリス侯爵
しおりを挟む執務室に呼び出され目の前に座った私達を、お父様が冷たい目でゆっくり見渡した。
そして指を組むと一言一言確かめる様に言った。
「エイレン侯爵家から抗議の手紙が届いている。これはどういう事だ?」
キャリーはエイレン侯爵家でも疎んじられているだろうに、予想外の早さで届いた抗議の手紙に狼狽える。
どうしてみんな怒っているの。
「疲れたから明日にしてよ!」
泣きそうになりながら訴えるも「すぐ終わる。」と取り合ってもらえない。
「今日のパーティーでキャロライン嬢に婚約破棄を言い渡したとある。それは本当か?」
「だって!だって!!キャリーに侯爵夫人が務まる訳がないじゃないの!みんな言ってるの!私だけじゃないの!なんであんなのがお兄様の婚約者なんだって!」
「そんな事は聞いていない。はいか、いいえで答えろ。公衆の面前で婚約破棄を言い渡した。それは本当か?」
初めて聞くお父様の地を這うような低い声に思わず黙り込んだ。
ニコラス様に断罪劇を咎められてからずっと震えている手を握りしめる。
どうして私が責められなければいけないの!
そう思うのに口が開かない。
でもお兄様が答えた。
「本当です。」
「婚約を破棄するなど初耳だが。」
「俺とセレーナで決めました。」
「勝手にか?」
「父上に言っても覆らないかと。だから強行手段を取りました。」
「成程。覆すほどの言葉を持っていなかったという訳か。」
お兄様の言葉が続かず黙り込むとお父様はため息をついて眉間を揉んだ。
「何が不満だったんだ。せっかくあのハーフナー伯爵家と縁続きになれるというのに。学園での交流は上手くいっていたのではなかったのか。」
何が不満かですって?!
「不満だらけだわ!キャリーなんかに絶対に侯爵夫人なんて務まらないの!お父様は知らないだけなの!私が言うんだから信じてよ!!」
「お前はさっきからそれを言っているな。根拠は何だ。」
息を荒くして話す私を見もせず、眉間を揉んだままお父様は言う。
「キャリーは一切授業に出ていないのよ!!勉強嫌いの侯爵夫人だなんて!!」
私は声高に主張する。
するとお父様は眉間から手を離し、ようやくこちらに顔を向けた。
その顔は目を丸くし、あんぐりと口を開けている。
お父様がここまで表情を変えるのは珍しい。
ほら!やっぱりお父様は知らなかったのよ!
とうとう思い通りの反応を示してくれた事に、混乱していた頭も少しは落ち着く。
ポロリとずっと堪えていた涙が落ちた。
お父様が味方につけばもう大丈夫…………
「それは本気で言っているのか?」
「そうよ……他にも……」
指で涙を拭いながら答えようとすると、お父様の怒声が響いた。
「馬鹿者!授業に出ないのは出る必要がないからだ!キャロライン嬢はとっくに中等部の単位を全て取ってしまっている才女だぞ!お前達にも伝わっているはずだ、何故知らない!」
え……?
出る必要がない?
才女って……誰が?
「まさか」
お兄様のつぶやきが聞こえる。
「わざわざうちとの交流の為だけに無理を言って王都の学園に通ってもらっていたと言うのに!」
そこでお兄様が奮い立たせるように声を上げた。
「ですが父上!キャロライン嬢は令嬢のアクセサリーを返さなかったり友人に下品な嫌がらせをしたりと品位の欠片もない令嬢なのは事実です。」
そうキッパリお兄様が言うので私も続く。
「そうよ!キャリーは……」
「その話の証拠は?」
「証拠?」
言い募ろうとした私をお父様が遮るので間抜けな声が出た。
「私が証言できるわ!」
「証拠はないのだな?」
「メグだってエイミーだって証言できる!」
「そんなものが何の証拠になる。証拠がない告発などただの誹謗中傷だ。」
怒鳴られた訳ではないのに室内は静まり返った。
お父様がハーと長いため息をつく。
「明日はエイレン侯爵邸に謝罪に行く。公衆の面前で婚約破棄を宣言した事、誠心誠意謝るんだ。」
片手で頭をおさえながらお父様は続ける。
「お前達の処分はエイレン次期侯爵と話した後、言い渡す。お前の取り巻きの令嬢の家にもな。それまでは部屋で謹慎だ。わかったな。」
処分ですって?!
思うものの声は出ない。
立ち上がることも泣くこともできず、暫く石になった様に座っていた。
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