変人令息は悪女を憎む

くきの助

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悪女と慟哭 ーアベルー

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ブリジットはショックと疲労で気を失っただけだった。
医者は腕の傷はそこまで深くは切れていないとはいえ、縫うことになった。
ブリジットは今も眠っている。

プラチナピンクの髪の女性はセドリックの婚約者アリス嬢だった。

門衛が2人の会話を聞いていた為、女性がセドリックの婚約者アリス嬢だということがわかった。
セドリックの婚約者を地下牢に入れるわけにもいかず離れの部屋に監禁した。

セドリックの宿に連絡を入れると、彼の方も朝起きればアリス嬢がいなかったので探していたそうだ。
子爵家から馬車を出し、またこの屋敷にセドリックは来ることになった。
セドリックが来たら聞きたいことは山ほどあったが、母上に止められセドリックの対応は母上がやった。

「セドリック様にはアリス嬢を安定させてもらわなければ。それが最優先よ。」

私の目の前に座り、お茶を飲んで母上は言った。

母上はカトリの件で今日はスラビーズの領邸に来ることにはなっていたが、ブリジットの報告を受け早めにやって来ていた。

ブリジットの医者と話し、カトリ親子の報告書を読み、セバスに指示を出したりしていたが、ようやく一息ついた所だった。


「落ち着いたらビジイは子爵家のタウンハウスへ連れて帰るわ。」

「え?」

唐突に言われて思わず聞き返してしまった。

「もちろん目が覚めて、お医者様に診ていただいてからになるけれどもね。移動の許可が出たら連れて帰ってタウンハウスで療養させるわ。」

目を丸くした私を母上はじっと見た。
しかし私が何も言わないのをみると、続けた。

「こんなところで療養なんてできないわ、わかるでしょう。今回アリス様との事も大事にならなくて良かったけれど、でもそれは大事にならなかったから言えることよ。もしそんな事になっていたら、ビジイは怪我どころでは済まなかったし、ゴスルジカ公爵家にとってもドリンコート侯爵家にとっても、もちろんうちにとっても大醜聞よ。取り返しなんてつかなかったわ。」

本当に早朝で人目がなくてよかったわ。と言うと想像したのか青ざめた。

確かに誰かが見ていたら、面白おかしく噂は広まっていったに違いない。
もし母上の言う通り大事になっていたら、とんでもない事になっていただろう。


「ビジイもあんな早朝に1人でアリス嬢に会いに行くべきではなかったのよ。でも相談できる人なんて居なかった。そもそもあんな早朝に起きていたなんて、きっと不安で眠れなかったのよ。14歳だもの、当然だわ。でも不安を打ち明ける相手なんてどこにいたの。」

まるで自分自身に言い聞かせる様に捲し立てた。
母上はこめかみに手を当てて目を閉じている。

「この国に来たばかりの13歳の女の子に契約なんて結ばせた。それを知りながら私は様子を見ることにしたの。あなたの初めての気持ちを大事に育ててほしいと思ったからよ。ビジイのケアは信頼しているカトリに任せたから大丈夫と思っていた。でも結果はこうよ。皺寄せは全部ビジイに行っていた。私は後悔してるの。あなたに任せてしまったことを。」

頭が回らず、うまく話が入ってこない。

要するに母上は最初から契約婚の事も、離れに住まわせている事も、全部知っていたのだ。

いや、当たり前だ。
セバスの主人は私ではない。
子爵家だ。

「いいえ、あなただけを責めるつもりはないわ。今回の一連の出来事は、私に責任があると言ってもいい。だから私はビジイを連れ帰って療養させた後は彼女の好きにさせるわ。故郷に帰るのもいい。この国に残るなら学園に通って結婚相手を探すのもいいわ。後継人になってサポートするつもりよ。」

結婚相手?

「結婚相手は私だが。」

「あなたとの婚姻は解消させるわ。」

目を瞠る。
言葉が出てこずパクパクと口だけが情けなく動いている。

「この国には婚姻解消という制度があるのよ。あなたたちはまだ結婚してまだ2ヶ月ほどしか経っていない。別居か白い結婚の証明さえできれば一年以内なら解消できるわ。」

そうだ。知っている。

私はこの制度を知っているのだ。
王宮に勤めるにあたって結婚しなけらばならないと知って、調べた時に知ったのだ。
だからこそ……

「離れが別居と認められるかどうかはわからないけれども、白い結婚なら……」

「……」

「え……」

「……」

「……嘘でしょう?」

「……」

「信じられない、交流はなかったのでしょう?!」

言葉の勢いのまま立ち上がった。
そしてしばらく呆然とすると、なんて事とつぶやきながらまた力なくへなへなと椅子に座り込んだ。

「なんて事なの……なんの交流もなかった男性にいきなり迫られて……純潔を奪われたというの。」

そういうと頭を抱えてしまった。

「いや……彼女は再婚だから、純潔では……」

思わず自己弁護の言葉を吐いてしまう。

「純潔よ。」

キッパリと言い放った。

とその時、ノックの音が鳴り響いた。

「ブリジット様が目を覚まされました!」


母上がバタバタと出て行く。


私は立ち上がれず座ったままだった。

純潔だって……?

もう訳がわからなかった。
誰か説明してくれないか。

昨日からずっとそうだ。
知らないのは自分だけで、誰も教えてはくれないのに知らないことを責められている。
そんな理不尽さを感じていた。

カチリと微かな音がしてハッとした。
見るとメイドが冷めたお茶を淹れ直そうとしていた。

私は慌てて止めると、立ち上がり母上の後を追って部屋を出た。






ブリジットの部屋のドアをそっと開けると話し声が聞こえる。
邪魔にならぬように静かに滑り込んだ。
音が鳴らぬようドアを閉める。

「ゴスルジカ公爵夫人から事情はきいているの。だから全部知っているのよ。」

ブリジットは起き上がり母上と話していた。
その姿にホッとする。


「ご両親もゴスルジカ公爵夫婦も全て知っているわ。その上で、あなたのことを心配しているのよ。」

ブリジットは震えるような目で母上を見ていた。
あのいつもの貴族然とした顔からは想像もできないくらい幼くみえた。

「全部知ってる……?」
「ええそうよ。」

母上がゆっくり慈しむように彼女の頭を撫でた。

「ひとりで全部抱えて、よく頑張ったわね。」

そう言われればブリジットの瞳からたちまち涙がぼろぼろと溢れ出した。
すると絹を裂くような声をあげたかと思うと、母上に縋り付いて泣き叫んだ。

小さい子どもなら、うわぁんと声をあげているのだろう。
だがブリジットは小さい子供ではない。
悲鳴を上げるように泣いていた。

「ごめんなさい!」

悲鳴は謝罪だった。
泣き喚くブリジットを母上は優しく抱きしめていた。

そうして泣き疲れて眠るまで、ブリジットは謝ることを止めなかった。


一体これは……


母上は何を知っている?
私は何を知らない?

ここに来る前ブリジットに何があったと言うんだ。
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