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隣国の小さな町で暮らし始めたメルヴィンは、なんとか近所の人の力を借りて生活していた。幸運だったのは連れ去られた後に、持ち物を取り上げられたり暴行を受けたりしていなかったことだろう。おかげで身に着けていた宝飾品を小分けに売ることで、なんとか足代を用意することができたのだから。
光を帯びるメルヴィンの腹の中には、やはり赤子がいるわけではないらしい。つわりもなく、腹が膨らむこともないが、存在を忘れることは許さないとでもいいたいのか時々淡く光るのである。ついでとばかりに、髪と瞳の色も青く染まってしまっていた。
さらに不思議なことに、メルヴィンは例の青い魔石を身体の中に取り込んでから、レスターの魔王討伐の旅をなぞることができるようになっている。毎夜、まるで演劇でも見ているかのように、旅の風景が流れていくのだ。
旅の最初の段階からずっとハニートラップを仕掛けてくる女性陣の姿には呆れるばかりだ。しかし、レスターはさらりと彼女たちをかわしているように見えた。一体どうして聖女と結婚するという結論に至ったのかがわからない。どこかのタイミングで、彼女たちの誘いに乗る瞬間を見ることになるのだろうか。少しばかり胸を痛めつつ、メルヴィンは穏やかに日々を営んでいた。
とはいえ夫のいない孕み腹の立場はとても弱い。それは隣国でも同じこと。だからこそメルヴィンは自分が孕み腹である事実をひた隠しにしていたが、面倒な人物に嗅ぎつけられていた。メルヴィンが移住先に選んだ町の町長の息子である。自衛のために、独り身ではなく訳あって夫と離れて暮らしていると説明しているのだが果たして理解しているのかどうにも怪しいところがある。警邏に訴え出ようにも、騒ぎが大きくなるのが恐ろしい。どこから母国の王家に話が伝わるかわからないのだ。
「いやっ、離してください。誰か!」
「おい、そこで何をしている!」
手をこまねいていたある日、町長の息子に絡まれたメルヴィンは裏路地に引っ張り込まれそうになった。悲鳴を上げたメルヴィンを助けてくれたのは、なんと聖女と結婚しているはずのレスターだ。眼帯で右目を覆い、無骨な冒険者風の格好をしたレスターは、あっさりと男を昏倒させると労わるようにメルヴィンに声をかけてくれた。
「怪我はないだろうか」
「……あ、ありがとうございます」
「ああ、つかまれていた手首が赤くなっている。警邏を呼んできた方がよさそうだな」
「いいえ、あの、それは大丈夫です!」
どんな顔をしてレスターを見ればよいかわからない。必死に首を横に振りながら、メルヴィンは小さな声で礼を言う。うつむいて小さく震えるメルヴィンの様子に訳ありだと理解したのか、レスターが事情の説明を求めてきた。
そしてかつて結婚をしていたが離縁済みであり今は一人暮らしをしていること、夫の再婚相手から目の敵にされており身を隠していることを打ち明けることになってしまった。それは知っているひとが聞けば、一瞬でメルヴィンのことだと理解できる内容だ。何が悲しくて、自分を捨てた相手に懇切丁寧に自分の事情を話さねばならないのだろう。
だが不思議なことに、レスターは目の前にいる自分が、彼の元配偶者だという事実に気が付いていないらしかった。いくらメルヴィンの髪と瞳の色が変わったからといって、長年隣にいた人間の顔を完璧に忘れることなどできるのだろうか。それともメルヴィンのことを知らない振りをしているのであれば、元夫には演劇の才能があったに違いない。密かに首を傾げるメルヴィンに、レスターが自分を護衛代わりに雇わないかと提案してきた。
光を帯びるメルヴィンの腹の中には、やはり赤子がいるわけではないらしい。つわりもなく、腹が膨らむこともないが、存在を忘れることは許さないとでもいいたいのか時々淡く光るのである。ついでとばかりに、髪と瞳の色も青く染まってしまっていた。
さらに不思議なことに、メルヴィンは例の青い魔石を身体の中に取り込んでから、レスターの魔王討伐の旅をなぞることができるようになっている。毎夜、まるで演劇でも見ているかのように、旅の風景が流れていくのだ。
旅の最初の段階からずっとハニートラップを仕掛けてくる女性陣の姿には呆れるばかりだ。しかし、レスターはさらりと彼女たちをかわしているように見えた。一体どうして聖女と結婚するという結論に至ったのかがわからない。どこかのタイミングで、彼女たちの誘いに乗る瞬間を見ることになるのだろうか。少しばかり胸を痛めつつ、メルヴィンは穏やかに日々を営んでいた。
とはいえ夫のいない孕み腹の立場はとても弱い。それは隣国でも同じこと。だからこそメルヴィンは自分が孕み腹である事実をひた隠しにしていたが、面倒な人物に嗅ぎつけられていた。メルヴィンが移住先に選んだ町の町長の息子である。自衛のために、独り身ではなく訳あって夫と離れて暮らしていると説明しているのだが果たして理解しているのかどうにも怪しいところがある。警邏に訴え出ようにも、騒ぎが大きくなるのが恐ろしい。どこから母国の王家に話が伝わるかわからないのだ。
「いやっ、離してください。誰か!」
「おい、そこで何をしている!」
手をこまねいていたある日、町長の息子に絡まれたメルヴィンは裏路地に引っ張り込まれそうになった。悲鳴を上げたメルヴィンを助けてくれたのは、なんと聖女と結婚しているはずのレスターだ。眼帯で右目を覆い、無骨な冒険者風の格好をしたレスターは、あっさりと男を昏倒させると労わるようにメルヴィンに声をかけてくれた。
「怪我はないだろうか」
「……あ、ありがとうございます」
「ああ、つかまれていた手首が赤くなっている。警邏を呼んできた方がよさそうだな」
「いいえ、あの、それは大丈夫です!」
どんな顔をしてレスターを見ればよいかわからない。必死に首を横に振りながら、メルヴィンは小さな声で礼を言う。うつむいて小さく震えるメルヴィンの様子に訳ありだと理解したのか、レスターが事情の説明を求めてきた。
そしてかつて結婚をしていたが離縁済みであり今は一人暮らしをしていること、夫の再婚相手から目の敵にされており身を隠していることを打ち明けることになってしまった。それは知っているひとが聞けば、一瞬でメルヴィンのことだと理解できる内容だ。何が悲しくて、自分を捨てた相手に懇切丁寧に自分の事情を話さねばならないのだろう。
だが不思議なことに、レスターは目の前にいる自分が、彼の元配偶者だという事実に気が付いていないらしかった。いくらメルヴィンの髪と瞳の色が変わったからといって、長年隣にいた人間の顔を完璧に忘れることなどできるのだろうか。それともメルヴィンのことを知らない振りをしているのであれば、元夫には演劇の才能があったに違いない。密かに首を傾げるメルヴィンに、レスターが自分を護衛代わりに雇わないかと提案してきた。
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