記憶を失くしたはずの元夫が、どうか自分と結婚してくれと求婚してくるのですが。

鷲井戸リミカ

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 魔王が現れた影響からか、政情は不安定になり、物資の流通もなかなか厳しくなっているらしい。はじめのうちは定期的に届いていたレスターからの便りも、ある日を境に途絶えてしまった。レスターが死んでしまったのではないか。長い間夫の安否が知れない中で、メルヴィンもまた体調を崩して寝込むようになる。周囲からは、メルヴィンが見ず知らずの男の子どもを孕んだのではないかと噂されるようになるが、魔力欠乏にあえぐメルヴィンは周囲の悪意に構っている余裕などありはしなかった。

 それからさらに季節が一巡りし、やがてひとつの知らせが王家の使者よりもたらされることになる。なんと魔王討伐に成功した勇者一行が、王国に帰還するというのだ。勇者と魔王の戦いは、相討ちになることも多いのが実情。レスターの命が助かったということは、何よりも喜ばしいことだった。涙を流して抱き合うメルヴィンたちに、けれど使者は信じられない言葉を告げた。なんと勇者であるレスターは、褒賞として王女を娶ることになるというのだ。

 驚くメルヴィンに、使者はレスターが書いたという離縁状を見せつける。さらに続けて、メルヴィンに対して身に覚えのない罪状を並べ立ててきた。どうやらいつの間にかメルヴィンは、希代の大罪人になっていたらしい。レスターの両親たちが必死に止めようとしてくれていたが、彼らが巻き込まれることを恐れてメルヴィンは抵抗せずにそのまま連行された。

 連れていかれたのは、外部との交流など望むべくもない場所だった。政治的に難しい者を隔離し、「病死」するのを待つための牢獄だ。あと何日生きられるだろうか。もともと魔力不足のせいで体力のなかったところに、いるはずもない赤子を狙ったのか与えられた水の中に何か盛られていたらしく、動くこともままならなかった。

 薄汚れた牢の中で横たわったまま嗚咽を漏らすメルヴィンの前に、ある夜きらきらと光る魔法陣が浮かび上がった。中心にあるのは、見事な青い魔石。深い海のような色合いに心惹かれたメルヴィンは、宙に浮かぶ魔石を抱きしめると静かに口づける。すると魔石はたちまちメルヴィンの身体の中に吸い込まれ、彼の薄い身体はほんのりと光を帯びたのだ。

 思わず悲鳴を上げかけたメルヴィンだが、必死でそれを呑み込んだ。一体何が起きたのか、誰にもわからない。ただ問答無用でメルヴィンを牢獄行きにするような国家なのだ。メルヴィンの腹の中にある存在を知られれば、生きたまま腹を割かれる可能性だってあるだろう。そう警戒するくらいには、王家も神殿も信用できない。

 身体の傷もすっかり癒えている。そして不思議なことに先ほどの光が満ちてから、牢屋番たちもまたみな意識を失ってしまっているらしい。この機会を逃せば、メルヴィンはここで死を待つより他にないだろう。

 結局メルヴィンは、何もかも放り出して逃げ出すことにした。誰にも連絡を取ることはできず、自分の無事を知らせることさえ難しい。その事実がただ歯がゆくて、それでもメルヴィンは生き残るために国境を越えた。
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