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17.支えになりたい
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「えっ……?」
「公務で王宮を訪れた時だ。大勢の貴族たちが談笑する中で、君は一人壁際で静かに佇んでいた」
彼の言葉に記憶の扉が開かれる。
それはいつかの辛い公務。
気分が悪くなるのを必死で堪え、早く時間が過ぎるのを祈っていたあの日のこと。
「周りの連中が聞こえよがしに『幽霊令嬢』だの『病弱な飾り物』だのって君を嘲笑っていた。腹の底から怒りが込み上げて殴りかかりそうになったよ。だが君は違った。誰に何を言われても決して卑屈になることなく、一輪の花のようにそこにいた。その姿が……ずっと忘れられなかったんだ」
――――思いがけない告白。
孤独の闇の中にいた私をこんなにも真摯に見ていてくれた人がいた。
私は一人なんかじゃなかった――――。
「だが俺は属国の皇太子。君は王太子の婚約者だ。迂闊に声をかければ、かえって君を面倒な立場に追いやってしまうかもしれない。結局、何もできずに見ていることしかできなかった。……すまない」
「ううん、あなたのその気持ちだけであの時の辛かった私が今、救われたから」
ロイエルは照れをごまかすようにガリガリと首筋を掻く。
そして改まって真剣に語り始める。
「フィーナ。俺は君をただの客人としてここに招いたわけじゃない。俺の、いや、このグリゼルダ皇国のパートナーとしてここにいてほしいんだ」
「パートナー……?」
「そうだ。君はグランフェルドを蘇らせた。それはこの国にとって何物にも代えがたい奇跡だ。もう誰も君を『出来損ない』なんて呼ばせない。君は世界を変える力を持った『聖女』以上の存在なんだ」
彼の力強い訴えが心の奥深くに染み渡っていく。
「この国の発展に力を貸してほしい。俺たちには君の力が必要だ」
彼の目を見つめ返した。そこにはもう微塵の迷いもなかった。
すべてを失い、空っぽになったはずの私にこんなにも素晴らしい居場所と使命を与えてくれる人がいる。
私ははっきりと頷いた。
「喜んで。私でよければ……あなたと一緒ならきっと何でもできる。あなたの隣でこのグリゼルダ皇国のために、私の力のすべてを捧げます」
その答えを聞いてロイエルの顔が満面の笑みで輝いた。
それはグランフェルドで見た、飾り気のない私の好きな彼の笑顔だった。
◇◇◇
その夜、ロイエルに連れられてグリゼルダ皇国の女帝陛下に謁見することになった。
玉座に座る女性は凛とした威厳を放ちながらも、その瞳の奥にはロイエルと通じる深い優しさを宿している。彼女が女帝、アウレリア・グリゼルダ陛下。
「顔を上げなさい、フィーナ・セレスティア」
ロイエルが隣で励ますように小さく頷いてくれるのを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。
「息子から全て聞きました。我が夫が夢見、志半ばで果たせなかったグランフェルドの再生……。その奇跡を成し遂げてくれたこと、グリゼルダ皇国を代表し心より感謝します」
「もったいないお言葉です、陛下。私一人の力ではございません。ロイエル殿下とそして先帝陛下の遺された研究があったからこそです」
「エリオットでのあなたの境遇も聞いています。あのような非道な仕打ちを受けながら、あなたのその瞳の輝きは少しも曇っていない。それどころか苦難を乗り越えた者だけが持つ、強く清らかな光を持っている」
女帝はふっと表情を和らげ、母の顔になった。
「フィーナ、どうか私の愚息の支えになってはくれませんか。あの子は情に厚いがゆえに、一人で多くを背負い込みすぎる。あなたのような人が隣にいてくれるのなら、これほど心強いことはない」
それは国の未来を共に担う対等なパートナーとして私を認めてくれた言葉だった。
「はい、陛下。喜んでお受けいたします。この身に宿る力のすべてをロイエル殿下と、そしてグリゼルダ皇国の未来のために」
迷いなく告げた私の言葉に女帝は深く頷いた。
この日、皇太子の最も信頼する協力者として新たな一歩を踏み出した。
――――大丈夫、もう私は一人ではないのだから。
「公務で王宮を訪れた時だ。大勢の貴族たちが談笑する中で、君は一人壁際で静かに佇んでいた」
彼の言葉に記憶の扉が開かれる。
それはいつかの辛い公務。
気分が悪くなるのを必死で堪え、早く時間が過ぎるのを祈っていたあの日のこと。
「周りの連中が聞こえよがしに『幽霊令嬢』だの『病弱な飾り物』だのって君を嘲笑っていた。腹の底から怒りが込み上げて殴りかかりそうになったよ。だが君は違った。誰に何を言われても決して卑屈になることなく、一輪の花のようにそこにいた。その姿が……ずっと忘れられなかったんだ」
――――思いがけない告白。
孤独の闇の中にいた私をこんなにも真摯に見ていてくれた人がいた。
私は一人なんかじゃなかった――――。
「だが俺は属国の皇太子。君は王太子の婚約者だ。迂闊に声をかければ、かえって君を面倒な立場に追いやってしまうかもしれない。結局、何もできずに見ていることしかできなかった。……すまない」
「ううん、あなたのその気持ちだけであの時の辛かった私が今、救われたから」
ロイエルは照れをごまかすようにガリガリと首筋を掻く。
そして改まって真剣に語り始める。
「フィーナ。俺は君をただの客人としてここに招いたわけじゃない。俺の、いや、このグリゼルダ皇国のパートナーとしてここにいてほしいんだ」
「パートナー……?」
「そうだ。君はグランフェルドを蘇らせた。それはこの国にとって何物にも代えがたい奇跡だ。もう誰も君を『出来損ない』なんて呼ばせない。君は世界を変える力を持った『聖女』以上の存在なんだ」
彼の力強い訴えが心の奥深くに染み渡っていく。
「この国の発展に力を貸してほしい。俺たちには君の力が必要だ」
彼の目を見つめ返した。そこにはもう微塵の迷いもなかった。
すべてを失い、空っぽになったはずの私にこんなにも素晴らしい居場所と使命を与えてくれる人がいる。
私ははっきりと頷いた。
「喜んで。私でよければ……あなたと一緒ならきっと何でもできる。あなたの隣でこのグリゼルダ皇国のために、私の力のすべてを捧げます」
その答えを聞いてロイエルの顔が満面の笑みで輝いた。
それはグランフェルドで見た、飾り気のない私の好きな彼の笑顔だった。
◇◇◇
その夜、ロイエルに連れられてグリゼルダ皇国の女帝陛下に謁見することになった。
玉座に座る女性は凛とした威厳を放ちながらも、その瞳の奥にはロイエルと通じる深い優しさを宿している。彼女が女帝、アウレリア・グリゼルダ陛下。
「顔を上げなさい、フィーナ・セレスティア」
ロイエルが隣で励ますように小さく頷いてくれるのを感じながら、ゆっくりと顔を上げた。
「息子から全て聞きました。我が夫が夢見、志半ばで果たせなかったグランフェルドの再生……。その奇跡を成し遂げてくれたこと、グリゼルダ皇国を代表し心より感謝します」
「もったいないお言葉です、陛下。私一人の力ではございません。ロイエル殿下とそして先帝陛下の遺された研究があったからこそです」
「エリオットでのあなたの境遇も聞いています。あのような非道な仕打ちを受けながら、あなたのその瞳の輝きは少しも曇っていない。それどころか苦難を乗り越えた者だけが持つ、強く清らかな光を持っている」
女帝はふっと表情を和らげ、母の顔になった。
「フィーナ、どうか私の愚息の支えになってはくれませんか。あの子は情に厚いがゆえに、一人で多くを背負い込みすぎる。あなたのような人が隣にいてくれるのなら、これほど心強いことはない」
それは国の未来を共に担う対等なパートナーとして私を認めてくれた言葉だった。
「はい、陛下。喜んでお受けいたします。この身に宿る力のすべてをロイエル殿下と、そしてグリゼルダ皇国の未来のために」
迷いなく告げた私の言葉に女帝は深く頷いた。
この日、皇太子の最も信頼する協力者として新たな一歩を踏み出した。
――――大丈夫、もう私は一人ではないのだから。
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