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18.止むことなき災い
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セレスティア伯爵夫人が長年可愛がっていた愛犬ミルキーに喉を食い破られて絶命するという凄惨な事件は、王都の貴族社会に大きな衝撃をもたらした。ミルキーはすぐに殺処分されたものの、人々の心に残ったのは愛犬の予期せぬ凶変そのものよりも、セレスティア家に続く不幸の連鎖に対する得体の知れない不安だった。
教会で行われた葬儀で喪服に身を包んだイリスは気丈に振る舞いながらも、その顔は悲しみでやつれていた。
「お母様……どうしてこんな……私をひとり残して……」
泣き腫らした目で呟くイリスの肩を婚約者であるアッシュ王太子が優しく抱き寄せた。
「イリス、今はどれほど辛くとも、お前は決して一人ではない。これからは私が支える。母君もきっと天からイリスの幸せを願っているはずだ」
「アッシュ殿下……。わたくし怖いのです。フィーナお姉様を追い出してしまってから、悪いことばかりが続いて……。まるで何かの罰を受けているみたいで……」
か弱く震えるイリスを腕に抱きしめ、アッシュは力強く言った。
「馬鹿なことを言うな。判断は間違っていない。国のため、家のための最善の選択だった。これはあの『出来損ない』が最後に残していった呪いの残り香にすぎん。すぐに消え去る」
その言葉はイリスを慰めるためであり、同時に次々と起こる厄災から目を背けたい自分自身に言い聞かせるためのものでもあった。
ティリス川の氾濫の後、王国を襲ったのはこの一件だけではなかった。
日照りが続き、作物が枯れ始める地域が出始めたかと思えば、ある地方では原因不明の伝染病が広がり始めていた。そして、狂暴化した野生動物が人里を襲う事件はもはや王都近郊だけにとどまらず、王国全土から報告されるようになっていた。
「聖女」イリスは各地を巡り、その治癒魔法で人々を癒そうとした。
しかし、その力は個人の傷や病を治すことには十分な効果を発揮するものの、国家規模で広がる干ばつや疫病、狂気に陥った獣たちの群れの前ではなすすべもなかった。
『聖女の奇跡』への期待は次第に「なぜ救ってくれないのか」という苛立ちと落胆へと変わりつつあった。
そんなある夜、アッシュは父である国王に密かに呼び出された。
「アッシュ、ついてまいれ。お前に見せておかねばならぬものがある」
「父上、一体どこへ?」
「問答無用だ。黙ってついてこい」
国王が侍従を下がらせ、自ら松明を手に進んだ先は王城の地下深くに続く螺旋階段。湿った冷たい空気がまとわりつく。アッシュがこれまでその存在すら知らなかった道だった。
どれほど降りただろうか――やがて巨大な鉄の扉が彼らの行手を塞ぐ。
国王が壁の仕掛けを操作すると、重い音を立ててその扉が開かれた。
「こ、これは……」
アッシュは思わず息をのんだ。
扉の向こうに広がっていたのはドーム状の巨大な地下空間。
その中央に巨大な水晶の塊のようなものを核として、無数の歯車と複雑な文様が刻まれた金属のリングが幾重にも重なり合う、巨大な魔術装置が鎮座していた。装置は弱々しく動いているが、かつては膨大なエネルギーで駆動していたであろう威容を放っていた。
「『国家護持結界』。我がエリオット王国を古来より数多の厄災から守ってきた王家の秘宝だ」
教会で行われた葬儀で喪服に身を包んだイリスは気丈に振る舞いながらも、その顔は悲しみでやつれていた。
「お母様……どうしてこんな……私をひとり残して……」
泣き腫らした目で呟くイリスの肩を婚約者であるアッシュ王太子が優しく抱き寄せた。
「イリス、今はどれほど辛くとも、お前は決して一人ではない。これからは私が支える。母君もきっと天からイリスの幸せを願っているはずだ」
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か弱く震えるイリスを腕に抱きしめ、アッシュは力強く言った。
「馬鹿なことを言うな。判断は間違っていない。国のため、家のための最善の選択だった。これはあの『出来損ない』が最後に残していった呪いの残り香にすぎん。すぐに消え去る」
その言葉はイリスを慰めるためであり、同時に次々と起こる厄災から目を背けたい自分自身に言い聞かせるためのものでもあった。
ティリス川の氾濫の後、王国を襲ったのはこの一件だけではなかった。
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「聖女」イリスは各地を巡り、その治癒魔法で人々を癒そうとした。
しかし、その力は個人の傷や病を治すことには十分な効果を発揮するものの、国家規模で広がる干ばつや疫病、狂気に陥った獣たちの群れの前ではなすすべもなかった。
『聖女の奇跡』への期待は次第に「なぜ救ってくれないのか」という苛立ちと落胆へと変わりつつあった。
そんなある夜、アッシュは父である国王に密かに呼び出された。
「アッシュ、ついてまいれ。お前に見せておかねばならぬものがある」
「父上、一体どこへ?」
「問答無用だ。黙ってついてこい」
国王が侍従を下がらせ、自ら松明を手に進んだ先は王城の地下深くに続く螺旋階段。湿った冷たい空気がまとわりつく。アッシュがこれまでその存在すら知らなかった道だった。
どれほど降りただろうか――やがて巨大な鉄の扉が彼らの行手を塞ぐ。
国王が壁の仕掛けを操作すると、重い音を立ててその扉が開かれた。
「こ、これは……」
アッシュは思わず息をのんだ。
扉の向こうに広がっていたのはドーム状の巨大な地下空間。
その中央に巨大な水晶の塊のようなものを核として、無数の歯車と複雑な文様が刻まれた金属のリングが幾重にも重なり合う、巨大な魔術装置が鎮座していた。装置は弱々しく動いているが、かつては膨大なエネルギーで駆動していたであろう威容を放っていた。
「『国家護持結界』。我がエリオット王国を古来より数多の厄災から守ってきた王家の秘宝だ」
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