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19.遅すぎた後悔
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国王は静かに語り始めた。
その顔にはいつもの威厳ではなく、深い疲労と後悔が浮かんでいた。
「この結界は強大な魔力を吸収し、それをエネルギーに変換して国全体を覆う守りの壁を作り出す。大地を襲う災害を退け、疫病の蔓延を防ぎ、さらには動植物の心さえ静める――そう伝えられてきた」
「これほどのものが…!ですが父上、なぜ今これを私に?」
「……この結界がもはや正常に機能していないからだ」
「どういうことですか?故障したとでも?」
「そうかもしれん。……いや、違うな。おそらくは『燃料切れ』だ」
国王は嘲笑とも自戒ともつかぬ微笑を浮かべた。
「アッシュよ、今でこそ魔法の重要性を理解しているが、即位当初の私は魔法というものをひどく嫌悪していた。古臭く、非科学的で、人心を惑わすだけの代物だと信じていた。宮廷に仕えていた多くの魔術師たちを私は一人残らず解雇した。彼らがこの結界の維持管理を担っていたことにも目をくれずにな」
「……では、魔術師なき後、この結界はどうやって?」
「それだ。魔術師たちを追放した後も、我が国は大きな災厄に見舞われることなく、繁栄を続けてきた。むしろ以前より安定していたようにすら見えた。私はそれを自らの治世の賜物だと驕っていたのだ」
国王は一度言葉を切り、薄暗い結界装置を見つめながら、静かに推測を語り始めた。
「なぜ結界は動き続けたのか。答えは一つしか考えられん。結界は維持管理をする者がいなくとも、国内で最も強大な魔力の源を自動的に探知し、そこから直接エネルギーを吸い上げていたのではないかと」
その言葉にアッシュの脳裏に一人の人間の顔が浮かんだ。
しかし、彼はその可能性を即座に否定しようとした。
「まさか……。父上、まさかフィーナのことを仰っているのですか?あんな病弱なだけの『欠陥品』がこの国の守りに関わっていたとでも?」
「『欠陥品』か。……彼女が常に体調不良に苦しんでいたのは、なぜだと思う?生まれつき膨大すぎる魔力をその身に宿しながら、なぜ制御すらできなかった?我々はそれを『出来損ない』の証だと断じた。だが、もし、その理由が――」
国王の声が静まり返った地下空間に重く響く。
「――この『国家護持結界』に生まれた時から、片時も休むことなく魔力を吸い上げられ続けていたせいだとしたら?我々は皆、あの娘一人の犠牲の上に、この国の平穏を享受していただけだとしたら?」
「…………っ!」
アッシュは言葉を失った。
フィーナの青白い顔。
社交場で倒れるか弱き姿。
絶え間ない倦怠感。
.
.
.
それらすべてが怠慢でも未熟でもなく、この国を守るための代償だったというのか。
自分たちが「欠陥品」「出来損ない」と蔑み、嘲笑い、挙句の果てに死地へ追いやった女が実はこの国の『人柱』であり、真の守護者だったというのか。
「もしこの推測が真実ならば…我々は国を守っていた最大の功労者を、感謝すべき恩人を……、自らの手で『国の恥』として追放してしまったことになる」
国王は絶望を滲ませた声で呟いた。
アッシュは震える手で顔を覆った。
自分が犯した過ちの大きさに、今さらながら気づかされた。
「では、ティリス川の氾濫も…干ばつも、疫病も、獣の狂暴化も……すべて、フィーナがいなくなったから……結界が、止まったから……?」
「そう考えるのが最も筋が通る。突如、結界がなくなった反動で災いが一気に押し寄せて来ているのだ」
アッシュは矢継ぎ早に問いただす。
「ならばなぜ、結界は次の魔力源を探さないのですか!?」
「……なぜ結界が新たな『燃料』を探さぬか。恐らくあの結界は一度『源』を定めると、その対象が完全に消滅せぬ限り、決して接続を解除しないのだろう。今この瞬間も、あの装置は国境外にいるフィーナを必死に追尾し、魔力を引き寄せようとしているが、遠すぎて肝心の魔力供給が出来ずにおると推測する」
アッシュの脳裏に無慈悲に告げた婚約破棄の言葉が蘇る。
「その不毛の地で自らの無力さと愚かさを噛み締めながら、静かに朽ち果てるがいい!」
高らかにそう言い放った自分。
だが、本当に愚かだったのは誰だ。
無力なのは誰だ。
魔力を供給してくれる源を追放したことで魔力の枯渇した不毛の大地が今や、この王国そのものになろうとしている。
「あ……ああ……」
アッシュの口から乾いた呻きが漏れた。
国に降りかかる災厄はフィーナの呪いなどではない。
自分たちがフィーナに与えた罰は巡り巡って国そのものに、そして自分自身に返ってきた当然の『報い』。
地下の静寂の中、父と子はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。今にも命が尽きそうな巨大な結界が王国の巨大な墓標のように見えた。
その顔にはいつもの威厳ではなく、深い疲労と後悔が浮かんでいた。
「この結界は強大な魔力を吸収し、それをエネルギーに変換して国全体を覆う守りの壁を作り出す。大地を襲う災害を退け、疫病の蔓延を防ぎ、さらには動植物の心さえ静める――そう伝えられてきた」
「これほどのものが…!ですが父上、なぜ今これを私に?」
「……この結界がもはや正常に機能していないからだ」
「どういうことですか?故障したとでも?」
「そうかもしれん。……いや、違うな。おそらくは『燃料切れ』だ」
国王は嘲笑とも自戒ともつかぬ微笑を浮かべた。
「アッシュよ、今でこそ魔法の重要性を理解しているが、即位当初の私は魔法というものをひどく嫌悪していた。古臭く、非科学的で、人心を惑わすだけの代物だと信じていた。宮廷に仕えていた多くの魔術師たちを私は一人残らず解雇した。彼らがこの結界の維持管理を担っていたことにも目をくれずにな」
「……では、魔術師なき後、この結界はどうやって?」
「それだ。魔術師たちを追放した後も、我が国は大きな災厄に見舞われることなく、繁栄を続けてきた。むしろ以前より安定していたようにすら見えた。私はそれを自らの治世の賜物だと驕っていたのだ」
国王は一度言葉を切り、薄暗い結界装置を見つめながら、静かに推測を語り始めた。
「なぜ結界は動き続けたのか。答えは一つしか考えられん。結界は維持管理をする者がいなくとも、国内で最も強大な魔力の源を自動的に探知し、そこから直接エネルギーを吸い上げていたのではないかと」
その言葉にアッシュの脳裏に一人の人間の顔が浮かんだ。
しかし、彼はその可能性を即座に否定しようとした。
「まさか……。父上、まさかフィーナのことを仰っているのですか?あんな病弱なだけの『欠陥品』がこの国の守りに関わっていたとでも?」
「『欠陥品』か。……彼女が常に体調不良に苦しんでいたのは、なぜだと思う?生まれつき膨大すぎる魔力をその身に宿しながら、なぜ制御すらできなかった?我々はそれを『出来損ない』の証だと断じた。だが、もし、その理由が――」
国王の声が静まり返った地下空間に重く響く。
「――この『国家護持結界』に生まれた時から、片時も休むことなく魔力を吸い上げられ続けていたせいだとしたら?我々は皆、あの娘一人の犠牲の上に、この国の平穏を享受していただけだとしたら?」
「…………っ!」
アッシュは言葉を失った。
フィーナの青白い顔。
社交場で倒れるか弱き姿。
絶え間ない倦怠感。
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それらすべてが怠慢でも未熟でもなく、この国を守るための代償だったというのか。
自分たちが「欠陥品」「出来損ない」と蔑み、嘲笑い、挙句の果てに死地へ追いやった女が実はこの国の『人柱』であり、真の守護者だったというのか。
「もしこの推測が真実ならば…我々は国を守っていた最大の功労者を、感謝すべき恩人を……、自らの手で『国の恥』として追放してしまったことになる」
国王は絶望を滲ませた声で呟いた。
アッシュは震える手で顔を覆った。
自分が犯した過ちの大きさに、今さらながら気づかされた。
「では、ティリス川の氾濫も…干ばつも、疫病も、獣の狂暴化も……すべて、フィーナがいなくなったから……結界が、止まったから……?」
「そう考えるのが最も筋が通る。突如、結界がなくなった反動で災いが一気に押し寄せて来ているのだ」
アッシュは矢継ぎ早に問いただす。
「ならばなぜ、結界は次の魔力源を探さないのですか!?」
「……なぜ結界が新たな『燃料』を探さぬか。恐らくあの結界は一度『源』を定めると、その対象が完全に消滅せぬ限り、決して接続を解除しないのだろう。今この瞬間も、あの装置は国境外にいるフィーナを必死に追尾し、魔力を引き寄せようとしているが、遠すぎて肝心の魔力供給が出来ずにおると推測する」
アッシュの脳裏に無慈悲に告げた婚約破棄の言葉が蘇る。
「その不毛の地で自らの無力さと愚かさを噛み締めながら、静かに朽ち果てるがいい!」
高らかにそう言い放った自分。
だが、本当に愚かだったのは誰だ。
無力なのは誰だ。
魔力を供給してくれる源を追放したことで魔力の枯渇した不毛の大地が今や、この王国そのものになろうとしている。
「あ……ああ……」
アッシュの口から乾いた呻きが漏れた。
国に降りかかる災厄はフィーナの呪いなどではない。
自分たちがフィーナに与えた罰は巡り巡って国そのものに、そして自分自身に返ってきた当然の『報い』。
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