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20.悪魔の囁き
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「フィーナを…! 今すぐフィーナを王都へ連れ戻さなければなりません、父上! あの『見捨てられた地』では、彼女自身が魔力枯渇で…!」
「追放してからすでにひと月以上が経過している。あの不毛の地で今も無事でいる保証などどこにもない。もし彼女の身に何かあれば……もはや手遅れだ」
アッシュは藁にもすがる思いで父王に叫ぶ。
「それでは王国中から優秀な魔術師を集めるのです! 彼らの叡智を結集すればフィーナがいなくとも、この結界を再稼働させられるかもしれません!」
「……もうおらぬ。この国に優秀な魔術師など残ってはな」
「――――ならばイリスにやらせましょう」
妙案を思いついたかのように父王を見据えていた。
「イリスにこの国家護持結界へ魔力を供給させるのです。彼女もまたセレスティア家の血を引く者。それに『聖女』とまで呼ばれた治癒魔法の使い手。フィーナほどの量はないにせよ、相当な魔力をその身に宿しているはずです」
悪魔の囁きだった。
国王は息子の正気を疑い、目を見開いた。
「何を言うのだアッシュ!あの結界はフィーナという規格外の魔力を前提に半ば強制的に稼働していたものだ。イリスの魔力の質や量がこの結界と適合する保証などどこにもない! 下手に繋げば魔力が逆流するか、最悪の場合――結界そのものが暴走し、取り返しのつかないことになるぞ!」
「ええ、そうでしょうね」
アッシュはせせら笑った。
「父上、もはやこの国は取り返しのつかない事態に陥りかけているではありませんか。このまま座して滅びを待つより、試す価値はあるでしょう」
「だがもし暴走すればイリスの身が……!」
「その時は逃げればいいだけです」
アッシュはこともなげに言ってのけた。
その平然とした態度に、国王は我が子ながら薄ら寒いものを感じる。
「……逃げるだと?」
「はい。この地下から脱出する時間は彼女が稼いでくれるでしょう。堅牢な扉を閉ざしてしまえば、被害は最小限に食い止められる。イリス一人を犠牲にして、王家の名誉も保たれる。彼女自身も国のために役立てるなら本望だときっとそう思うはずです」
長い沈黙の後、
「……すべてお前に任せる」
絞り出すような声でそう告げるのが国王にできる唯一のことだった。
アッシュは頷くと地下空間を後にした。
その背中からは何の迷いも感じられなかった。
◇◇◇
当日。
アッシュと国王は何も知らされていないイリスを伴い、再び国家護持結界の前に立っていた。王城とはかけ離れた冷たく湿った巨大な地下空間にイリスは不安げに周囲を見回した。
最近の度重なる災厄に、民衆からの「聖女様は何もしてくれないのか」という声が日増しに強くなり、イリスは目に見えて憔悴していた。
「イリス、お前に頼みがある」
「アッシュ殿下……。わたくしもうどうすればいいのか……。お母様は亡くなり、国は混乱し、民はわたくしを疑いの目で見ています。聖女などと……もてはやされたのは遠い昔のようですわ」
隣に立つアッシュは彼女の肩を優しく抱き寄せ、甘い声で囁いた。
「怖がらなくていい、イリス。ここは我がエリオット王国を古来より守ってきた聖なる祭壇だ」
「聖なる…祭壇…?」
「そうだ。だが今この祭壇は力を失い、国は数多の災いに見舞われている。ティリス川の氾濫も、作物の不作も、獣の凶暴化も…すべてはこの聖なる力が弱まったせいなのだ」
アッシュは結界の真実――フィーナという人柱の上に成り立っていたシステムであることは巧妙に隠し、イリスの自尊心をくすぐる言葉を並べた。
「聖女である君の清らかな光の魔力だけが、この『王国の心臓』に再び生命の灯をともすことができる。苦境の国を救うことができるのだ。イリス」
「聖女よ、頼む」
国王が芝居がかった、重々しい声で頭を下げてみせる。
「そなたこそがこの国の最後の希望なのだ」
「わたくしが……この国を……! わたくしだけの力で……!」
イリスは恍惚とした表情で、巨大な結界装置を見上げた。
もはや彼女の目にこの不気味な装置への恐怖はない。
これは国を救うための祭壇であり、自分こそがその主役に選ばれたのだと信じて疑わなかった。
「はい、陛下! 殿下! このイリスにお任せくださいませ! わたくしの力で必ずやこの国に平穏を取り戻してみせますわ!」
彼女はアッシュに促されるまま、ゆっくりと装置の中央、水晶の核へと歩み寄った。民衆の期待に応えきれず、失墜しかけていた自分の名声。それを一気に覆し、自らがフィーナを超える「本物の聖女」であることを証明する絶好の機会。
祈るように両手をその冷たい表面に触れさせた瞬間――――――。
結界はそれまでの弱々しい光が嘘のように、まばゆい黄金の光を迸らせた。ドーム状の空間全体が光に満たされ、装置を構成する歯車やリングが一斉に勢いよく回転を始める。
「ご覧なさい!!! やはりわたくしこそがこの国を救う真の聖女!!!」
イリスが歓喜の声を上げる。
「おお……! 結界が……息を吹き返したぞ!」
アッシュが希望に満ちた声で叫ぶ。
国王もまた信じられないといった表情で目の前の奇跡を見つめていた。
もしかしたらこの国は本当に救われるかもしれない―――。
二人が安堵の息をついたのも束の間だった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!
――――黄金の光は突如として、血のような禍々しい赤黒い色へと変貌した。
「追放してからすでにひと月以上が経過している。あの不毛の地で今も無事でいる保証などどこにもない。もし彼女の身に何かあれば……もはや手遅れだ」
アッシュは藁にもすがる思いで父王に叫ぶ。
「それでは王国中から優秀な魔術師を集めるのです! 彼らの叡智を結集すればフィーナがいなくとも、この結界を再稼働させられるかもしれません!」
「……もうおらぬ。この国に優秀な魔術師など残ってはな」
「――――ならばイリスにやらせましょう」
妙案を思いついたかのように父王を見据えていた。
「イリスにこの国家護持結界へ魔力を供給させるのです。彼女もまたセレスティア家の血を引く者。それに『聖女』とまで呼ばれた治癒魔法の使い手。フィーナほどの量はないにせよ、相当な魔力をその身に宿しているはずです」
悪魔の囁きだった。
国王は息子の正気を疑い、目を見開いた。
「何を言うのだアッシュ!あの結界はフィーナという規格外の魔力を前提に半ば強制的に稼働していたものだ。イリスの魔力の質や量がこの結界と適合する保証などどこにもない! 下手に繋げば魔力が逆流するか、最悪の場合――結界そのものが暴走し、取り返しのつかないことになるぞ!」
「ええ、そうでしょうね」
アッシュはせせら笑った。
「父上、もはやこの国は取り返しのつかない事態に陥りかけているではありませんか。このまま座して滅びを待つより、試す価値はあるでしょう」
「だがもし暴走すればイリスの身が……!」
「その時は逃げればいいだけです」
アッシュはこともなげに言ってのけた。
その平然とした態度に、国王は我が子ながら薄ら寒いものを感じる。
「……逃げるだと?」
「はい。この地下から脱出する時間は彼女が稼いでくれるでしょう。堅牢な扉を閉ざしてしまえば、被害は最小限に食い止められる。イリス一人を犠牲にして、王家の名誉も保たれる。彼女自身も国のために役立てるなら本望だときっとそう思うはずです」
長い沈黙の後、
「……すべてお前に任せる」
絞り出すような声でそう告げるのが国王にできる唯一のことだった。
アッシュは頷くと地下空間を後にした。
その背中からは何の迷いも感じられなかった。
◇◇◇
当日。
アッシュと国王は何も知らされていないイリスを伴い、再び国家護持結界の前に立っていた。王城とはかけ離れた冷たく湿った巨大な地下空間にイリスは不安げに周囲を見回した。
最近の度重なる災厄に、民衆からの「聖女様は何もしてくれないのか」という声が日増しに強くなり、イリスは目に見えて憔悴していた。
「イリス、お前に頼みがある」
「アッシュ殿下……。わたくしもうどうすればいいのか……。お母様は亡くなり、国は混乱し、民はわたくしを疑いの目で見ています。聖女などと……もてはやされたのは遠い昔のようですわ」
隣に立つアッシュは彼女の肩を優しく抱き寄せ、甘い声で囁いた。
「怖がらなくていい、イリス。ここは我がエリオット王国を古来より守ってきた聖なる祭壇だ」
「聖なる…祭壇…?」
「そうだ。だが今この祭壇は力を失い、国は数多の災いに見舞われている。ティリス川の氾濫も、作物の不作も、獣の凶暴化も…すべてはこの聖なる力が弱まったせいなのだ」
アッシュは結界の真実――フィーナという人柱の上に成り立っていたシステムであることは巧妙に隠し、イリスの自尊心をくすぐる言葉を並べた。
「聖女である君の清らかな光の魔力だけが、この『王国の心臓』に再び生命の灯をともすことができる。苦境の国を救うことができるのだ。イリス」
「聖女よ、頼む」
国王が芝居がかった、重々しい声で頭を下げてみせる。
「そなたこそがこの国の最後の希望なのだ」
「わたくしが……この国を……! わたくしだけの力で……!」
イリスは恍惚とした表情で、巨大な結界装置を見上げた。
もはや彼女の目にこの不気味な装置への恐怖はない。
これは国を救うための祭壇であり、自分こそがその主役に選ばれたのだと信じて疑わなかった。
「はい、陛下! 殿下! このイリスにお任せくださいませ! わたくしの力で必ずやこの国に平穏を取り戻してみせますわ!」
彼女はアッシュに促されるまま、ゆっくりと装置の中央、水晶の核へと歩み寄った。民衆の期待に応えきれず、失墜しかけていた自分の名声。それを一気に覆し、自らがフィーナを超える「本物の聖女」であることを証明する絶好の機会。
祈るように両手をその冷たい表面に触れさせた瞬間――――――。
結界はそれまでの弱々しい光が嘘のように、まばゆい黄金の光を迸らせた。ドーム状の空間全体が光に満たされ、装置を構成する歯車やリングが一斉に勢いよく回転を始める。
「ご覧なさい!!! やはりわたくしこそがこの国を救う真の聖女!!!」
イリスが歓喜の声を上げる。
「おお……! 結界が……息を吹き返したぞ!」
アッシュが希望に満ちた声で叫ぶ。
国王もまた信じられないといった表情で目の前の奇跡を見つめていた。
もしかしたらこの国は本当に救われるかもしれない―――。
二人が安堵の息をついたのも束の間だった。
ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!!!!!!
――――黄金の光は突如として、血のような禍々しい赤黒い色へと変貌した。
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