19 / 34
19.遅すぎた後悔
しおりを挟む
国王は静かに語り始めた。
その顔にはいつもの威厳ではなく、深い疲労と後悔が浮かんでいた。
「この結界は強大な魔力を吸収し、それをエネルギーに変換して国全体を覆う守りの壁を作り出す。大地を襲う災害を退け、疫病の蔓延を防ぎ、さらには動植物の心さえ静める――そう伝えられてきた」
「これほどのものが…!ですが父上、なぜ今これを私に?」
「……この結界がもはや正常に機能していないからだ」
「どういうことですか?故障したとでも?」
「そうかもしれん。……いや、違うな。おそらくは『燃料切れ』だ」
国王は嘲笑とも自戒ともつかぬ微笑を浮かべた。
「アッシュよ、今でこそ魔法の重要性を理解しているが、即位当初の私は魔法というものをひどく嫌悪していた。古臭く、非科学的で、人心を惑わすだけの代物だと信じていた。宮廷に仕えていた多くの魔術師たちを私は一人残らず解雇した。彼らがこの結界の維持管理を担っていたことにも目をくれずにな」
「……では、魔術師なき後、この結界はどうやって?」
「それだ。魔術師たちを追放した後も、我が国は大きな災厄に見舞われることなく、繁栄を続けてきた。むしろ以前より安定していたようにすら見えた。私はそれを自らの治世の賜物だと驕っていたのだ」
国王は一度言葉を切り、薄暗い結界装置を見つめながら、静かに推測を語り始めた。
「なぜ結界は動き続けたのか。答えは一つしか考えられん。結界は維持管理をする者がいなくとも、国内で最も強大な魔力の源を自動的に探知し、そこから直接エネルギーを吸い上げていたのではないかと」
その言葉にアッシュの脳裏に一人の人間の顔が浮かんだ。
しかし、彼はその可能性を即座に否定しようとした。
「まさか……。父上、まさかフィーナのことを仰っているのですか?あんな病弱なだけの『欠陥品』がこの国の守りに関わっていたとでも?」
「『欠陥品』か。……彼女が常に体調不良に苦しんでいたのは、なぜだと思う?生まれつき膨大すぎる魔力をその身に宿しながら、なぜ制御すらできなかった?我々はそれを『出来損ない』の証だと断じた。だが、もし、その理由が――」
国王の声が静まり返った地下空間に重く響く。
「――この『国家護持結界』に生まれた時から、片時も休むことなく魔力を吸い上げられ続けていたせいだとしたら?我々は皆、あの娘一人の犠牲の上に、この国の平穏を享受していただけだとしたら?」
「…………っ!」
アッシュは言葉を失った。
フィーナの青白い顔。
社交場で倒れるか弱き姿。
絶え間ない倦怠感。
.
.
.
それらすべてが怠慢でも未熟でもなく、この国を守るための代償だったというのか。
自分たちが「欠陥品」「出来損ない」と蔑み、嘲笑い、挙句の果てに死地へ追いやった女が実はこの国の『人柱』であり、真の守護者だったというのか。
「もしこの推測が真実ならば…我々は国を守っていた最大の功労者を、感謝すべき恩人を……、自らの手で『国の恥』として追放してしまったことになる」
国王は絶望を滲ませた声で呟いた。
アッシュは震える手で顔を覆った。
自分が犯した過ちの大きさに、今さらながら気づかされた。
「では、ティリス川の氾濫も…干ばつも、疫病も、獣の狂暴化も……すべて、フィーナがいなくなったから……結界が、止まったから……?」
「そう考えるのが最も筋が通る。突如、結界がなくなった反動で災いが一気に押し寄せて来ているのだ」
アッシュは矢継ぎ早に問いただす。
「ならばなぜ、結界は次の魔力源を探さないのですか!?」
「……なぜ結界が新たな『燃料』を探さぬか。恐らくあの結界は一度『源』を定めると、その対象が完全に消滅せぬ限り、決して接続を解除しないのだろう。今この瞬間も、あの装置は国境外にいるフィーナを必死に追尾し、魔力を引き寄せようとしているが、遠すぎて肝心の魔力供給が出来ずにおると推測する」
アッシュの脳裏に無慈悲に告げた婚約破棄の言葉が蘇る。
「その不毛の地で自らの無力さと愚かさを噛み締めながら、静かに朽ち果てるがいい!」
高らかにそう言い放った自分。
だが、本当に愚かだったのは誰だ。
無力なのは誰だ。
魔力を供給してくれる源を追放したことで魔力の枯渇した不毛の大地が今や、この王国そのものになろうとしている。
「あ……ああ……」
アッシュの口から乾いた呻きが漏れた。
国に降りかかる災厄はフィーナの呪いなどではない。
自分たちがフィーナに与えた罰は巡り巡って国そのものに、そして自分自身に返ってきた当然の『報い』。
地下の静寂の中、父と子はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。今にも命が尽きそうな巨大な結界が王国の巨大な墓標のように見えた。
その顔にはいつもの威厳ではなく、深い疲労と後悔が浮かんでいた。
「この結界は強大な魔力を吸収し、それをエネルギーに変換して国全体を覆う守りの壁を作り出す。大地を襲う災害を退け、疫病の蔓延を防ぎ、さらには動植物の心さえ静める――そう伝えられてきた」
「これほどのものが…!ですが父上、なぜ今これを私に?」
「……この結界がもはや正常に機能していないからだ」
「どういうことですか?故障したとでも?」
「そうかもしれん。……いや、違うな。おそらくは『燃料切れ』だ」
国王は嘲笑とも自戒ともつかぬ微笑を浮かべた。
「アッシュよ、今でこそ魔法の重要性を理解しているが、即位当初の私は魔法というものをひどく嫌悪していた。古臭く、非科学的で、人心を惑わすだけの代物だと信じていた。宮廷に仕えていた多くの魔術師たちを私は一人残らず解雇した。彼らがこの結界の維持管理を担っていたことにも目をくれずにな」
「……では、魔術師なき後、この結界はどうやって?」
「それだ。魔術師たちを追放した後も、我が国は大きな災厄に見舞われることなく、繁栄を続けてきた。むしろ以前より安定していたようにすら見えた。私はそれを自らの治世の賜物だと驕っていたのだ」
国王は一度言葉を切り、薄暗い結界装置を見つめながら、静かに推測を語り始めた。
「なぜ結界は動き続けたのか。答えは一つしか考えられん。結界は維持管理をする者がいなくとも、国内で最も強大な魔力の源を自動的に探知し、そこから直接エネルギーを吸い上げていたのではないかと」
その言葉にアッシュの脳裏に一人の人間の顔が浮かんだ。
しかし、彼はその可能性を即座に否定しようとした。
「まさか……。父上、まさかフィーナのことを仰っているのですか?あんな病弱なだけの『欠陥品』がこの国の守りに関わっていたとでも?」
「『欠陥品』か。……彼女が常に体調不良に苦しんでいたのは、なぜだと思う?生まれつき膨大すぎる魔力をその身に宿しながら、なぜ制御すらできなかった?我々はそれを『出来損ない』の証だと断じた。だが、もし、その理由が――」
国王の声が静まり返った地下空間に重く響く。
「――この『国家護持結界』に生まれた時から、片時も休むことなく魔力を吸い上げられ続けていたせいだとしたら?我々は皆、あの娘一人の犠牲の上に、この国の平穏を享受していただけだとしたら?」
「…………っ!」
アッシュは言葉を失った。
フィーナの青白い顔。
社交場で倒れるか弱き姿。
絶え間ない倦怠感。
.
.
.
それらすべてが怠慢でも未熟でもなく、この国を守るための代償だったというのか。
自分たちが「欠陥品」「出来損ない」と蔑み、嘲笑い、挙句の果てに死地へ追いやった女が実はこの国の『人柱』であり、真の守護者だったというのか。
「もしこの推測が真実ならば…我々は国を守っていた最大の功労者を、感謝すべき恩人を……、自らの手で『国の恥』として追放してしまったことになる」
国王は絶望を滲ませた声で呟いた。
アッシュは震える手で顔を覆った。
自分が犯した過ちの大きさに、今さらながら気づかされた。
「では、ティリス川の氾濫も…干ばつも、疫病も、獣の狂暴化も……すべて、フィーナがいなくなったから……結界が、止まったから……?」
「そう考えるのが最も筋が通る。突如、結界がなくなった反動で災いが一気に押し寄せて来ているのだ」
アッシュは矢継ぎ早に問いただす。
「ならばなぜ、結界は次の魔力源を探さないのですか!?」
「……なぜ結界が新たな『燃料』を探さぬか。恐らくあの結界は一度『源』を定めると、その対象が完全に消滅せぬ限り、決して接続を解除しないのだろう。今この瞬間も、あの装置は国境外にいるフィーナを必死に追尾し、魔力を引き寄せようとしているが、遠すぎて肝心の魔力供給が出来ずにおると推測する」
アッシュの脳裏に無慈悲に告げた婚約破棄の言葉が蘇る。
「その不毛の地で自らの無力さと愚かさを噛み締めながら、静かに朽ち果てるがいい!」
高らかにそう言い放った自分。
だが、本当に愚かだったのは誰だ。
無力なのは誰だ。
魔力を供給してくれる源を追放したことで魔力の枯渇した不毛の大地が今や、この王国そのものになろうとしている。
「あ……ああ……」
アッシュの口から乾いた呻きが漏れた。
国に降りかかる災厄はフィーナの呪いなどではない。
自分たちがフィーナに与えた罰は巡り巡って国そのものに、そして自分自身に返ってきた当然の『報い』。
地下の静寂の中、父と子はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。今にも命が尽きそうな巨大な結界が王国の巨大な墓標のように見えた。
286
あなたにおすすめの小説
【完結】男装して会いに行ったら婚約破棄されていたので、近衛として地味に復讐したいと思います。
銀杏鹿
恋愛
次期皇后のアイリスは、婚約者である王に会うついでに驚かせようと、男に変装し近衛として近づく。
しかし、王が自分以外の者と結婚しようとしていると知り、怒りに震えた彼女は、男装を解かないまま、復讐しようと考える。
しかし、男装が完璧過ぎたのか、王の意中の相手やら、王弟殿下やら、その従者に目をつけられてしまい……
『生きた骨董品』と婚約破棄されたので、世界最高の魔導ドレスでざまぁします。私を捨てた元婚約者が後悔しても、隣には天才公爵様がいますので!
aozora
恋愛
『時代遅れの飾り人形』――。
そう罵られ、公衆の面前でエリート婚約者に婚約を破棄された子爵令嬢セラフィナ。家からも見放され、全てを失った彼女には、しかし誰にも知られていない秘密の顔があった。
それは、世界の常識すら書き換える、禁断の魔導技術《エーテル織演算》を操る天才技術者としての顔。
淑女の仮面を捨て、一人の職人として再起を誓った彼女の前に現れたのは、革新派を率いる『冷徹公爵』セバスチャン。彼は、誰もが気づかなかった彼女の才能にいち早く価値を見出し、その最大の理解者となる。
古いしがらみが支配する王都で、二人は小さなアトリエから、やがて王国の流行と常識を覆す壮大な革命を巻き起こしていく。
知性と技術だけを武器に、彼女を奈落に突き落とした者たちへ、最も華麗で痛快な復讐を果たすことはできるのか。
これは、絶望の淵から這い上がった天才令嬢が、運命のパートナーと共に自らの手で輝かしい未来を掴む、愛と革命の物語。
地味令嬢の私ですが、王太子に見初められたので、元婚約者様からの復縁はお断りします
有賀冬馬
恋愛
子爵令嬢の私は、いつだって日陰者。
唯一の光だった公爵子息ヴィルヘルム様の婚約者という立場も、あっけなく捨てられた。「君のようなつまらない娘は、公爵家の妻にふさわしくない」と。
もう二度と恋なんてしない。
そう思っていた私の前に現れたのは、傷を負った一人の青年。
彼を献身的に看病したことから、私の運命は大きく動き出す。
彼は、この国の王太子だったのだ。
「君の優しさに心を奪われた。君を私だけのものにしたい」と、彼は私を強く守ると誓ってくれた。
一方、私を捨てた元婚約者は、新しい婚約者に振り回され、全てを失う。
私に助けを求めてきた彼に、私は……
悪女と呼ばれた聖女が、聖女と呼ばれた悪女になるまで
渡里あずま
恋愛
アデライトは婚約者である王太子に無実の罪を着せられ、婚約破棄の後に断頭台へと送られた。
……だが、気づけば彼女は七歳に巻き戻っていた。そしてアデライトの傍らには、彼女以外には見えない神がいた。
「見たくなったんだ。悪を知った君が、どう生きるかを。もっとも、今後はほとんど干渉出来ないけどね」
「……十分です。神よ、感謝します。彼らを滅ぼす機会を与えてくれて」
※※※
冤罪で父と共に殺された少女が、巻き戻った先で復讐を果たす物語(大団円に非ず)
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【26話完結】日照りだから帰ってこい?泣きつかれても、貴方のために流す涙はございません。婚約破棄された私は砂漠の王と結婚します。
西東友一
恋愛
「やっぱり、お前といると辛気臭くなるから婚約破棄な?あと、お前がいると雨ばっかで気が滅入るからこの国から出てってくんない?」
雨乞いの巫女で、涙と共に雨を降らせる能力があると言われている主人公のミシェルは、緑豊かな国エバーガーデニアの王子ジェイドにそう言われて、婚約破棄されてしまう。大人しい彼女はそのままジェイドの言葉を受け入れて一人涙を流していた。
するとその日に滝のような雨がエバーガーデニアに降り続いた。そんな雨の中、ミシェルが泣いていると、一人の男がハンカチを渡してくれた。
ミシェルはその男マハラジャと共に砂漠の国ガラハラを目指すことに決めた。
すると、不思議なことにエバーガーデニアの雨雲に異変が・・・
ミシェルの運命は?エバーガーデニアとガラハラはどうなっていくのか?
元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。
碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。
そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。
彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。
そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。
しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。
戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。
8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!?
執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!
【完結】婚約破棄された令嬢リリアナのお菓子革命
猫燕
恋愛
アルテア王国の貴族令嬢リリアナ・フォン・エルザートは、第二王子カルディスとの婚約を舞踏会で一方的に破棄され、「魔力がない無能」と嘲笑される屈辱を味わう。絶望の中、彼女は幼い頃の思い出を頼りにスイーツ作りに逃避し、「癒しのレモンタルト」を完成させる。不思議なことに、そのタルトは食べた者を癒し、心を軽くする力を持っていた。リリアナは小さな領地で「菓子工房リリー」を開き、「勇気のチョコレートケーキ」や「希望のストロベリームース」を通じて領民を笑顔にしていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる