【完結】幽霊令嬢は追放先で聖地を創り、隣国の皇太子に愛される〜私を捨てた祖国はもう手遅れです〜

遠野エン

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11.触れ合う指

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ある夜のグランフェルドの空はいつものように分厚い雲に覆われた灰色。
瘴気の霧が地表を漂い、星の光はおろか、月の輪郭すらぼんやりと霞んでいる。聞こえるのは時折吹く風の音だけ。

私とロイエルは日中の疲れを癒すように小屋の外に並んで座り、その物寂しい空を見上げていた。

「……こうしてると静かだが、この空は気が滅入るな」
「そうね。でも王都にいた頃はこんな風に空を眺めることなんてなかった」

しばらく言葉もなく灰色の空を見つめていたが、やがてロイエルが自分自身に言い聞かせるように呟いた。

「俺も少しは魔力を感じられたらな……。親父の研究ももっと理解できたかもしれねえのに」

その独り言のような言葉に私はぱっと顔を上げた。

「じゃあ、ちょっとだけ試してみる?」
「は? 試すって……何をだ?」
「魔力を感じることよ」

私はいたずらっぽく微笑んで、彼の顔を覗き込んだ。

「え? いや、俺は魔力なんてこれっぽっちも……」
「大丈夫! 魔力は特別な人だけのものじゃないの。世界に満ちてるんだから。ほら目を閉じてみて」

促されるまま、ロイエルは半信半疑でまぶたを閉じる。

「……こうか?」
「ええ。そのまま、世界に満ちている力を感じてみて。肌を撫でる風の囁きとか、空を流れる雲の気配とか、瞬く星の光とか……その一つ一つに微かな魔力が宿っているのよ」

私の説明にロイエルは眉間にしわを寄せながらも、言われた通りにじっと目を閉じて集中しようとしている。その真面目な横顔がなんだか可笑しくて、くすりと笑みをこぼした。

しばらくしてから、ゆっくりと目を開けてがっくりと肩を落とした。

「だめだ、さっぱりわからん。お手上げだ」
「ふふ。じゃあ、もっと分かりやすい方法を試しましょうか」

そう言うと、私は彼に向かってそっと自分の右手を差し出した。

「私の手を握って。私の身体の中を巡っている魔力の流れなら、きっと感じやすいはずだから」
「て、手を……?」

ロイエルの目が戸惑うように揺れる。
彼が急に動揺しているのが見て取れた。

「べ、別に……そんなことまでしてもらわなくても……」
「いいから、早く。遠慮しないで」

私がぐいっと手を押し付けるとロイエルは観念したように、おそるおそる私の手を握った。ごつごつとしていて、土仕事で硬くなった彼の武骨な指先が私の手に触れる。予想外の温かさに今度は私の心臓が速く脈打った。

「どう? 何か感じる?」

高鳴る鼓動を悟られまいと、私は明るい声を出す。
そしてちょっとした遊び心で、繋いだ指先に意識を集中させた。ふわりと柔らかな光の粒子が集まり、私の人差し指の先に小さな光球が灯る。淡い光は繋がれた二人の手を優しく照らし、一匹の蛍が指先で羽を休めているかのようだった。

ロイエルは何も言わない。
魔法の温かい感覚以上に、もっと別の何かが彼の心を揺さぶっている。
繋いだ手の温もり、幻想的な光景、そして吐息がかかるほどすぐそばにある私の横顔。その全てが彼の胸を焦がすように熱くさせた。

やがて彼は絞り出すような声で呟いた。

「……ああ、感じる。すごく……温かくて綺麗だ」

その言葉は魔法に向けられたもののはずなのに、私の心の奥にじんわりと染み渡るようだった。

「……こんな風に誰かに温かいって言ってもらえたこと、なかった」

ポツリと漏れたのはずっと心の奥底に沈めて蓋をしていた本音だった。

「王都にいた頃はずっと一人だった。誰からも必要とされなくて……家族にすら……見放されて。出来損ないの幽霊令嬢だってそう言われ続けてきたの」

声が震える。
堪えていたはずの涙が頬を伝ってぽたりと繋いだ手に落ちた。

「だから……あなたがそんな風に言ってくれるのが、まだ信じられなくて……夢みたいで……」

するとロイエルは繋いでいた私の手をより強く握りしめた。

「……夢じゃねえよ」
彼はまっすぐに私を見つめて言った。

「君を見放した奴らのことなんてもう忘れろ。……俺がここにいる」

その力強い瞳に私の涙腺は決壊した。
繋いだ指先の小さな光はいつまでも、いつまでも輝いていた。
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