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10.天才魔術師の片鱗
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――――グランフェルドに来てから一週間。
私はロイエルの畑仕事の手伝いをしていた。
ロイエルは素っ気ない口調とは裏腹に乏しい食料を分けてくれたり、夜の寒さを凌ぐための分厚い毛布を用意してくれたりと、日中の畑仕事で疲れているはずなのに献身的に私の世話をしてくれた。
小屋で一休みしていると、彼が窓の外を見て照れくさそうに口を開いた。
「……改めて見てもすごいな。フィーナが来てからこの畑だけはまるで別の世界だ」
「ふふ、そうね。でもすごいのはあなたよ、ロイエル」
「? 俺は何も……」
「いいえ」
私は力強く首を横に振った。
「あなたが諦めずにあの子たちを守ろうとしていたから。その想いが通じたの。それできっと私の力にも応えてくれたんだわ」
私の言葉にロイエルはバツが悪そうにそっぽを向いて、自分の首筋をガリガリと掻いた。
「……君は素直だな」
「ねえ、ロイエル」
「なんだ?」
「ロイエルはどうしてこの瘴気が立ち込める土地で平気でいられるの?」
私の問いに彼は遠くの空を見つめ少しだけ懐かしむような、それでいて苦々しいような複雑な表情を浮かべた。
「……亡くなった親父がな、瘴気の研究をしてたんだ」
「お父様が?」
「ああ。異端扱いされてた変わり者の魔学者でな。このグランフェルドの瘴気の正体を突き止めて、浄化する方法を見つけるんだって、たった一人でこの土地に籠ってた」
淡々とした声とは裏腹に、瞳の奥には影が落ちているようだった。
「俺は物心ついた頃からその研究に付き合わされてた。瘴気への耐性を上げるための薬草だの魔道具だのを、来る日も来る日も試されてな。おかげで俺はこの土地で息をするのが当たり前になった。まあ、一種の実験台みたいなもんだったのさ」
「そうだったのね……。この土地を豊かな緑で満たすことはあなたのお父様の夢でもあったのね」
ロイエルは立ち上がり小屋の隅に積まれた木箱から、埃をかぶった数冊の古い本を取り出した。
「これを読んでみないか」
「これは……?」
「親父の遺品だ。瘴気とか古代魔法とかについての考察が書かれてる。俺は魔法には疎くてチンプンカンプンだったが……君なら何か分かるかもしれねえ」
渡された書物は革の表紙がひび割れ、ページは黄ばんで脆くなっていたものの、そこに記された古代語で書かれた複雑な図形や数式を見た瞬間、私の胸は高鳴った。
『古代魔法における魔力循環と土地浄化論』
『瘴気の根源と属性魔法による中和の可能性』
「ありがとう、ロイエル! すごいわ、こんな貴重なものが……!」
「君の力を見てたら、もしかしたらって希望が湧いちまったんだよ」
◇◇◇
その日から私の世界は再び書物の中にあった。
かつてのように現実から逃避するための読書ではない。
未来を切り拓くための希望に満ちた探求。
ロイエルが畑仕事に出ている間、むさぼるようにページをめくった。
夜はランプの灯りを頼りに、インクの掠れた古代文字を一つ一つ指でなぞった。
ロイエルはそんな彼女に呆れつつもそばで見守った。
「おい、また何も食ってねえのか。倒れても知らねえぞ」
ぶっきらぼうに言いながらも、彼が作った温かいスープの入った木の器をそっと机に置くのが常になった。
ある晩、ロイエルが小屋に入るとフィーナは山積みの資料に囲まれたまま、机に突っ伏して眠っていた。穏やかな寝息を立てる彼女の頬にはインクの染みが小さくついていた。
「……ったく、無茶しやがって」
ロイエルは小さくため息をつくと彼女を起こさないよう、足音を忍ばせてそばに寄った。散らばった資料をそっと避け、自分の毛布を彼女の肩に優しくかける。
その時だった。
「……ロイエル……無理しないでね……」
夢を見ているのかフィーナが幸せそうに微笑み、小さな寝言を漏らした。
「……ばか。こっちのセリフだ」
小さな声でそう呟き、寝床の馬車の荷台に戻った。
私はロイエルの畑仕事の手伝いをしていた。
ロイエルは素っ気ない口調とは裏腹に乏しい食料を分けてくれたり、夜の寒さを凌ぐための分厚い毛布を用意してくれたりと、日中の畑仕事で疲れているはずなのに献身的に私の世話をしてくれた。
小屋で一休みしていると、彼が窓の外を見て照れくさそうに口を開いた。
「……改めて見てもすごいな。フィーナが来てからこの畑だけはまるで別の世界だ」
「ふふ、そうね。でもすごいのはあなたよ、ロイエル」
「? 俺は何も……」
「いいえ」
私は力強く首を横に振った。
「あなたが諦めずにあの子たちを守ろうとしていたから。その想いが通じたの。それできっと私の力にも応えてくれたんだわ」
私の言葉にロイエルはバツが悪そうにそっぽを向いて、自分の首筋をガリガリと掻いた。
「……君は素直だな」
「ねえ、ロイエル」
「なんだ?」
「ロイエルはどうしてこの瘴気が立ち込める土地で平気でいられるの?」
私の問いに彼は遠くの空を見つめ少しだけ懐かしむような、それでいて苦々しいような複雑な表情を浮かべた。
「……亡くなった親父がな、瘴気の研究をしてたんだ」
「お父様が?」
「ああ。異端扱いされてた変わり者の魔学者でな。このグランフェルドの瘴気の正体を突き止めて、浄化する方法を見つけるんだって、たった一人でこの土地に籠ってた」
淡々とした声とは裏腹に、瞳の奥には影が落ちているようだった。
「俺は物心ついた頃からその研究に付き合わされてた。瘴気への耐性を上げるための薬草だの魔道具だのを、来る日も来る日も試されてな。おかげで俺はこの土地で息をするのが当たり前になった。まあ、一種の実験台みたいなもんだったのさ」
「そうだったのね……。この土地を豊かな緑で満たすことはあなたのお父様の夢でもあったのね」
ロイエルは立ち上がり小屋の隅に積まれた木箱から、埃をかぶった数冊の古い本を取り出した。
「これを読んでみないか」
「これは……?」
「親父の遺品だ。瘴気とか古代魔法とかについての考察が書かれてる。俺は魔法には疎くてチンプンカンプンだったが……君なら何か分かるかもしれねえ」
渡された書物は革の表紙がひび割れ、ページは黄ばんで脆くなっていたものの、そこに記された古代語で書かれた複雑な図形や数式を見た瞬間、私の胸は高鳴った。
『古代魔法における魔力循環と土地浄化論』
『瘴気の根源と属性魔法による中和の可能性』
「ありがとう、ロイエル! すごいわ、こんな貴重なものが……!」
「君の力を見てたら、もしかしたらって希望が湧いちまったんだよ」
◇◇◇
その日から私の世界は再び書物の中にあった。
かつてのように現実から逃避するための読書ではない。
未来を切り拓くための希望に満ちた探求。
ロイエルが畑仕事に出ている間、むさぼるようにページをめくった。
夜はランプの灯りを頼りに、インクの掠れた古代文字を一つ一つ指でなぞった。
ロイエルはそんな彼女に呆れつつもそばで見守った。
「おい、また何も食ってねえのか。倒れても知らねえぞ」
ぶっきらぼうに言いながらも、彼が作った温かいスープの入った木の器をそっと机に置くのが常になった。
ある晩、ロイエルが小屋に入るとフィーナは山積みの資料に囲まれたまま、机に突っ伏して眠っていた。穏やかな寝息を立てる彼女の頬にはインクの染みが小さくついていた。
「……ったく、無茶しやがって」
ロイエルは小さくため息をつくと彼女を起こさないよう、足音を忍ばせてそばに寄った。散らばった資料をそっと避け、自分の毛布を彼女の肩に優しくかける。
その時だった。
「……ロイエル……無理しないでね……」
夢を見ているのかフィーナが幸せそうに微笑み、小さな寝言を漏らした。
「……ばか。こっちのセリフだ」
小さな声でそう呟き、寝床の馬車の荷台に戻った。
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