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思い出の秘密基地で
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「証拠がないから嘘だと言うの? わたしが嘘をついているとでも言いたいの!?」
「さぁ、どうかな。……婚約破棄された女の感傷や妄想という可能性も否定できない。君は少々、思い込みが激しいところがある」
「思い込み……? あなたとの婚約、共に過ごした時間、交わした言葉……それも全部、わたしの一方的な思い込みだった……そう言いたいの?」
「過去は過去だ。いつまでもそんなものに囚われているのは愚かだと思うがな」
「……!」
唇を噛みしめた。彼がこんなにも冷淡な人間だったなんて――。この秘密基地で一緒に過ごしたときの……あの頃の優しかったアランはもういないの?
「理由を教えてほしいの、アラン。本当の理由を。家格の違いなんてそんなもの、あなたが本気で口にするなんて思えない。わたしたちの間にいったい何があったの? どうしてあなたはこんなにも変わってしまったの?」
涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で耐える。ここで泣いたら彼の思う壺だ。夕闇が濃くなり始め、沈みゆく太陽の光が二人を赤く染める。
「……理由か。そんなもの君には関係ない」
「関係なくないわ! あなたのせいで、わたしは……わたしは毎日、地獄のような思いをしているのよ! あなたの訳の分からない行動のせいで、どれだけ傷ついて、悩んで、苦しんでいると思っているの!?」
「それは君の自意識過剰だろう。俺には関係ない。伯爵令嬢ともあろう者がいつまでも婚約破棄ごときでみっともない姿を晒すな」
「みっともない……!?」
もう限界だった。彼の一言一句がわたしの心をいたぶり続ける。
「あなたはわたしをそんなふうにしか見ていなかったのね……。そう、わたしは伯爵令嬢リリーナよ。でも、あなたの前ではただのリリーナでいたかった! それすらも許されないというの!?」
「感情的な女は嫌いだと言ったはずだ。君はいつだってそうだな。すぐに感情が昂ぶる。そういうところが……ああ、もういい」
アランは不意に言葉を切り、わたしに背を向けようとした。いつものように、このまま立ち去ってしまうつもりなのだろう。そしてまた、あの言葉を――。
案の定、彼はくるりとこちらを振り返り、唇を耳に寄せて低く囁いた。
「……愛してる」
その瞬間、わたしの中で何かがぷつりと切れた。怒りなのか、絶望なのか、それとも、ほんの僅かな馬鹿げた期待なのか。自分でもわからない感情に突き動かされるように彼の腕を掴んでいた。
「待って!」
「……何をする」低く威嚇するような声。
「行かせない……! もう、あなたの思い通りにはさせない!」
わたしは掴んだ腕にさらに力を込める。
「教えて、アラン。本当のことを教えてくれるまで、ここから一歩も動かさない!」
「……戯れ言だ。本気にするな」
「戯れ言……。『愛してる』が戯れ言ですって?」
「そうだ。女はそういう言葉に弱いだろう? 少しからかってやっただけだ。まさか真に受けるとはな。君も案外、純情なんだな」
アランは背を向け、小屋の出口へと歩き出す。このまま行かせてはいけない。まだ聞きたいことがある。本当のことがまだ何も分かっていない。
「待って!」
無我夢中で彼の腕を掴んだ。彼が驚いたように振り返る。その手は記憶の中にある彼の温もりとは程遠く、今は石のように感じられる。
「……まだ何か?」
明確な苛立ちが滲む。
「本当に……本当に、もうわたしには何の感情もないの? さっきの『愛してる』がたとえ嘘でも――じゃあ、どうしてそんなことを言う必要があったのよ……。本当は……まだ未練があるんじゃないの?」
アランは掴まれた腕を見下ろしたまま、しばらく黙り込んだ。何も映らない表情からは彼の本心を読み取れない。やがて、彼はふうと小さく息を吐いた。
「……未練、か。面白いことを言う」
その声には嘲りが含まれてた。
「君に? この俺が? 何を馬鹿なことを」
「馬鹿なことじゃないわ! じゃあ、どうしてなの!? どうしてそんな矛盾したことを繰り返すの!? わたしをを弄ぶだけ? それとも他に隠してることがあるの? ……誰かに何か言われて無理矢理やらされているの!?」
言葉を止めることができない。
やがて彼は掴まれた腕を乱暴ではなく、そっと振り払った。
「……くだらない詮索はよせ。言ったはずだ、俺にはルネアがいると」
彼の声は静かだったが、そこには決定的な拒絶があった。
「もう俺に関わるな。君の幸せを願っているよ、リリーナ。それは俺の隣ではないということだ」
最後にそう言い残すと、アランは薄暗い森の中へと歩き去ってしまった。木の葉を踏む彼の足音が遠ざかり、やがてそれも聞こえなくなる。
一人残された秘密基地には夕闇と――わたしの絶望だけが満ちていた。
「さぁ、どうかな。……婚約破棄された女の感傷や妄想という可能性も否定できない。君は少々、思い込みが激しいところがある」
「思い込み……? あなたとの婚約、共に過ごした時間、交わした言葉……それも全部、わたしの一方的な思い込みだった……そう言いたいの?」
「過去は過去だ。いつまでもそんなものに囚われているのは愚かだと思うがな」
「……!」
唇を噛みしめた。彼がこんなにも冷淡な人間だったなんて――。この秘密基地で一緒に過ごしたときの……あの頃の優しかったアランはもういないの?
「理由を教えてほしいの、アラン。本当の理由を。家格の違いなんてそんなもの、あなたが本気で口にするなんて思えない。わたしたちの間にいったい何があったの? どうしてあなたはこんなにも変わってしまったの?」
涙がこぼれ落ちそうになるのを必死で耐える。ここで泣いたら彼の思う壺だ。夕闇が濃くなり始め、沈みゆく太陽の光が二人を赤く染める。
「……理由か。そんなもの君には関係ない」
「関係なくないわ! あなたのせいで、わたしは……わたしは毎日、地獄のような思いをしているのよ! あなたの訳の分からない行動のせいで、どれだけ傷ついて、悩んで、苦しんでいると思っているの!?」
「それは君の自意識過剰だろう。俺には関係ない。伯爵令嬢ともあろう者がいつまでも婚約破棄ごときでみっともない姿を晒すな」
「みっともない……!?」
もう限界だった。彼の一言一句がわたしの心をいたぶり続ける。
「あなたはわたしをそんなふうにしか見ていなかったのね……。そう、わたしは伯爵令嬢リリーナよ。でも、あなたの前ではただのリリーナでいたかった! それすらも許されないというの!?」
「感情的な女は嫌いだと言ったはずだ。君はいつだってそうだな。すぐに感情が昂ぶる。そういうところが……ああ、もういい」
アランは不意に言葉を切り、わたしに背を向けようとした。いつものように、このまま立ち去ってしまうつもりなのだろう。そしてまた、あの言葉を――。
案の定、彼はくるりとこちらを振り返り、唇を耳に寄せて低く囁いた。
「……愛してる」
その瞬間、わたしの中で何かがぷつりと切れた。怒りなのか、絶望なのか、それとも、ほんの僅かな馬鹿げた期待なのか。自分でもわからない感情に突き動かされるように彼の腕を掴んでいた。
「待って!」
「……何をする」低く威嚇するような声。
「行かせない……! もう、あなたの思い通りにはさせない!」
わたしは掴んだ腕にさらに力を込める。
「教えて、アラン。本当のことを教えてくれるまで、ここから一歩も動かさない!」
「……戯れ言だ。本気にするな」
「戯れ言……。『愛してる』が戯れ言ですって?」
「そうだ。女はそういう言葉に弱いだろう? 少しからかってやっただけだ。まさか真に受けるとはな。君も案外、純情なんだな」
アランは背を向け、小屋の出口へと歩き出す。このまま行かせてはいけない。まだ聞きたいことがある。本当のことがまだ何も分かっていない。
「待って!」
無我夢中で彼の腕を掴んだ。彼が驚いたように振り返る。その手は記憶の中にある彼の温もりとは程遠く、今は石のように感じられる。
「……まだ何か?」
明確な苛立ちが滲む。
「本当に……本当に、もうわたしには何の感情もないの? さっきの『愛してる』がたとえ嘘でも――じゃあ、どうしてそんなことを言う必要があったのよ……。本当は……まだ未練があるんじゃないの?」
アランは掴まれた腕を見下ろしたまま、しばらく黙り込んだ。何も映らない表情からは彼の本心を読み取れない。やがて、彼はふうと小さく息を吐いた。
「……未練、か。面白いことを言う」
その声には嘲りが含まれてた。
「君に? この俺が? 何を馬鹿なことを」
「馬鹿なことじゃないわ! じゃあ、どうしてなの!? どうしてそんな矛盾したことを繰り返すの!? わたしをを弄ぶだけ? それとも他に隠してることがあるの? ……誰かに何か言われて無理矢理やらされているの!?」
言葉を止めることができない。
やがて彼は掴まれた腕を乱暴ではなく、そっと振り払った。
「……くだらない詮索はよせ。言ったはずだ、俺にはルネアがいると」
彼の声は静かだったが、そこには決定的な拒絶があった。
「もう俺に関わるな。君の幸せを願っているよ、リリーナ。それは俺の隣ではないということだ」
最後にそう言い残すと、アランは薄暗い森の中へと歩き去ってしまった。木の葉を踏む彼の足音が遠ざかり、やがてそれも聞こえなくなる。
一人残された秘密基地には夕闇と――わたしの絶望だけが満ちていた。
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