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12.柄にもない※シオンside
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アトランシアの広場を背に、俺は無言で馬を進めていた。部下たちは俺のまとう不機嫌とも苛立ちともつかない空気に触れるのを避け、ただ黙って馬を進めている。
(……馬鹿なことをした)
広場での己の行動を内心で毒づく。俺としたことが率先して毒見まがいの真似をするなど……。ルティア・ヴェルフェンの真っ直ぐな瞳に、そして民衆の猜疑心に満ちた空気に当てられ、無意識に身体が動いてしまった。
……一体、何を血迷ったのか。シオン・クレイヴァーンは常に合理性と利害のみで動く。感情に流され、衝動的に行動することなど、己が最も軽蔑する愚行のはず……。
追放された罪人のお嬢様が廃墟で市長ごっこをしている。最初はそう断じていた。早々に音を上げ、王家に許しを乞うのが関の山だろうと。だからこそ様子見がてら顔を出した。この市長が隣領である我がクレイヴァーン領にどのような厄介事を持ち込むか、事前に把握しておくために。
だが、目の当たりにしたものはどうだ。
資金も資源も持たないあの街が生き延びるための的を射た合理性―――常識外れの発想で次々と難題を突破してみせる。
そして何より彼女の眼差し。そこにあったのはこの絶望的な状況を乗り越えてみせるという、燃えるような覚悟と揺るぎない意志。
彼女は本気だ。本気で民を救おうとしている。あのスープはその信念を形にしたもの――。
そう理解した瞬間、胸の奥が変にざわついた。これまで俺の世界は損得と効率、そして領地の利益という明確な指標だけで構成されていた。感情という不確定要素は常に判断を鈍らせる邪魔なものとして切り捨ててきた。だが、今この胸を占める感情はなんだ? 苛立ちとは違う。かといって感心という言葉だけではしっくりこない。予期せぬ熱を帯びてじりじりと燻るような、経験したことのない感覚。
「……柄にもない」
思わず声が漏れた。そうだ、柄にもない。他人の動向にここまで心をかき乱されること自体が、氷血伯たる俺の流儀に反する。
それでも、思考を打ち消そうとすればするほど、鮮明に蘇ってくるものがある。椀を呷った瞬間に口内を満たした、あの深く、滋味豊かな味わい。森の香りと肉の旨味、野菜の甘みが渾然一体となり、冷え切った身体の芯まで温めるような感覚。ただ腹を満たすための糧ではない。そこには作り手の愛情と、食べる者への配慮が込められていた。
――――うまい。
あの場で思わず呟いた言葉は紛れもない本心。この瞬間も俺の舌はあの味をはっきりと記憶している。
(また……食べたい……だと?)
自分の内から湧き上がった欲求に俺は愕然とする。この俺がたかがスープ一杯にこれほどほれ込むなんて。
夕暮れに染まるアトランシアの市壁が見えた。あの荒れ果てた街が、今はまるで未知の可能性を秘めた聖地のように思える。そして、その中心にいるあの女性市長ルティア・ヴェルフェン。
……どうやら俺は厄介で面白い『事業』を隣に抱え込んでしまったらしい。
(……馬鹿なことをした)
広場での己の行動を内心で毒づく。俺としたことが率先して毒見まがいの真似をするなど……。ルティア・ヴェルフェンの真っ直ぐな瞳に、そして民衆の猜疑心に満ちた空気に当てられ、無意識に身体が動いてしまった。
……一体、何を血迷ったのか。シオン・クレイヴァーンは常に合理性と利害のみで動く。感情に流され、衝動的に行動することなど、己が最も軽蔑する愚行のはず……。
追放された罪人のお嬢様が廃墟で市長ごっこをしている。最初はそう断じていた。早々に音を上げ、王家に許しを乞うのが関の山だろうと。だからこそ様子見がてら顔を出した。この市長が隣領である我がクレイヴァーン領にどのような厄介事を持ち込むか、事前に把握しておくために。
だが、目の当たりにしたものはどうだ。
資金も資源も持たないあの街が生き延びるための的を射た合理性―――常識外れの発想で次々と難題を突破してみせる。
そして何より彼女の眼差し。そこにあったのはこの絶望的な状況を乗り越えてみせるという、燃えるような覚悟と揺るぎない意志。
彼女は本気だ。本気で民を救おうとしている。あのスープはその信念を形にしたもの――。
そう理解した瞬間、胸の奥が変にざわついた。これまで俺の世界は損得と効率、そして領地の利益という明確な指標だけで構成されていた。感情という不確定要素は常に判断を鈍らせる邪魔なものとして切り捨ててきた。だが、今この胸を占める感情はなんだ? 苛立ちとは違う。かといって感心という言葉だけではしっくりこない。予期せぬ熱を帯びてじりじりと燻るような、経験したことのない感覚。
「……柄にもない」
思わず声が漏れた。そうだ、柄にもない。他人の動向にここまで心をかき乱されること自体が、氷血伯たる俺の流儀に反する。
それでも、思考を打ち消そうとすればするほど、鮮明に蘇ってくるものがある。椀を呷った瞬間に口内を満たした、あの深く、滋味豊かな味わい。森の香りと肉の旨味、野菜の甘みが渾然一体となり、冷え切った身体の芯まで温めるような感覚。ただ腹を満たすための糧ではない。そこには作り手の愛情と、食べる者への配慮が込められていた。
――――うまい。
あの場で思わず呟いた言葉は紛れもない本心。この瞬間も俺の舌はあの味をはっきりと記憶している。
(また……食べたい……だと?)
自分の内から湧き上がった欲求に俺は愕然とする。この俺がたかがスープ一杯にこれほどほれ込むなんて。
夕暮れに染まるアトランシアの市壁が見えた。あの荒れ果てた街が、今はまるで未知の可能性を秘めた聖地のように思える。そして、その中心にいるあの女性市長ルティア・ヴェルフェン。
……どうやら俺は厄介で面白い『事業』を隣に抱え込んでしまったらしい。
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