【完結】廃墟送りの悪役令嬢、大陸一の都市を爆誕させる~冷酷伯爵の溺愛も限界突破しています~

遠野エン

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18.ひだまり亭開店

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街の中央広場に面した一角にその食堂は生まれた。『ひだまり亭』と名付けた。心を温める陽だまりのような場所になってほしいという願いを込めて。
開店初日、店の前には物珍しげに中を窺う人々が集まっていた。湯気の立つ厨房から漂う出汁の香りに誘われ、一人の客がのれんをくぐる。私が「いらっしゃいませ!」と声をかけるとそれが合図であったかのように、次々と人々が店へと吸い込まれていった。

「なんだこの食い物は!モチモチしてて、噛むほどに味わいが……うまい!」
「なんておいしいの!スープも身体に染み渡るよう!」

初めて口にする『うどん』に人々は驚きと感動の声を上げた。ミランダが腕を振るう厨房は戦場のようだったが、その顔は充実感に輝いている。一つのテーブルを囲み、熱々のうどんをすするうちに、自然と人々の間に会話が生まれる。これまで心の内にしまい込まれていた言葉が湯気と共に解き放たれていく。長年の心の壁が一杯のうどんによって、ゆっくりと溶かされていく光景に胸がいっぱいになった。

噂はあっという間に街中に広がり、ひだまり亭は連日満員となった。それだけでは終わらない。アトランシアを通りかかった行商人がうどんの味とその賑わいを伝え、数週間もすると「アトランシアに奇妙で美味い料理がある」という噂が市外にまで届き始めたのだ。この街にうどんを食べるためだけにわざわざ訪れる旅人や商人の姿が見られるようになった。彼らがもたらす外貨と新しい情報は街のさらなる活性化へと繋がる嬉しい誤算だった。

そんなある日の昼下がり。客足が少し落ち着いた店内に、ふらりと一人の男性が入ってきた。周囲の喧騒から切り離されたような静謐な空気をまとい、テーブル席につく。それはお忍びなのか、普段の仰々しい装飾を排した簡素な服を着たシオン・クレイヴァーンだった。

「いらっしゃいま……クレイヴァーン伯爵!?」
「噂のうどんとやらを食べに来た」

彼は短く応じると、興味深そうに店内の様子を観察している。やがて運ばれてきたうどんを口へと運んだ。しばらくの間、ただ黙々と麺をすする音だけが二人の間に響く。彼が器を置き、息をついた時。

「見事なものだな」

ぽつりと漏れた言葉は私に向けられていた。

「ただの食堂ではない。君はこの街の心臓を、人の温もりが循環する仕組みを作り上げた」
「伯爵にご提供いただいた麦がなければ始まりませんでした。改めて感謝いたします」

私が深く頭を下げると、

「俺は厄介者の雑草を渡しただけだ。それをこれほどの価値を持つ『宝』に変えたのは君の手腕だ」

それは彼の口から出たとは思えないほどの率直な称賛だった。そして彼は続ける。

「街は活気を取り戻しつつある。……だが働きすぎるな。君が倒れればこの灯火も消えるぞ」

氷のような表情はそのままに、その声には不器用な労いが滲んでいた。私は彼の気遣いを素直に受け止め、微笑んだ。

「ご忠告、痛み入ります。ですが私のプロジェクトはまだまだこれから。ここで休むわけにはまいりません」

私の言葉に彼は面白そうに片眉を上げた。勘定を済ませ、静かに立ち上がった彼は去り際に一言だけぽつりと呟いた。

「……また来る」

(え……? いま、なんて……?)

「お、お待ちしております!」

裏返ってしまいそうになる声をなんとか出す。慌てて頭を下げると、そのままのれんの向こうへと消えていった。

……どうしてこんなにも胸が騒ぐのだろう。厨房の熱気がこちらまで届いているせいだろうか。私は自分の頬を両手でぱちんと叩き、意識を仕事に戻そうと努めた。でも耳の奥ではあの低く静かな声が「また来る」と何度も繰り返している。胸の高鳴りは一向に収まってくれなかった。
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