紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

文字の大きさ
14 / 65
第1-2章 後宮下女→徳妃付侍女(新版)

「寝かしつける側は初めてです」

しおりを挟む
「……本当に徹夜で見張りしてたんだね」
「暁明様はわたしを何だと思ってたんですか?」

 夜も更けてまいりました。
 わたしは徳妃様の寝室の隣に位置する部屋で待機中だ。

 只今我が主は皇帝と情事の真っ最中……なのかは知ったこっちゃない。単に寝具を共にして語り合っているだけかもしれないし、逆に激しく求めあっているかもしれない。どちらにしたってわたしの役目は変わりないのだから。

 親や子、恋人や恩人など、相手に夢中になるほど無防備になりやすい。いかに堅固な後宮の敷地内とはいえ間者が紛れ込んでいるとも限らない。不測の事態に早急に対応できるよう、常に傍で警戒を怠らないことが重要なのよ。

 かと言ってさすがに夫婦の営みをしている傍らで控えるなんて空気を読めてないにも程がある。なので護衛の者は主の目に映らない場所で待機しているわけだ。皇帝の御身を守る護衛も例外ではなく、扉を挟んだ向かい側の方を初めとして周囲を警護中だ。

 暇だったので脇目で護衛を観察する。さすがに後宮に男を連れてくるわけにもいかず、男の証を失った宦官の類か男装した屈強な女性なんでしょう。
 彼はわたしを気にもとめずに待機中。声をかけても絶対に返事は返ってこないでしょう。

(あーあ。これで故郷だったら相方と喋って時間潰したんだけどなぁ)

 徹夜は何度か経験がある。けれどどれも移動だったり勉学だったりで何かしら行動していた。こうして何をやらなでいるのはやはりくたびれてしまう。せめて屋外だったら星空を眺められたのに。

 そんな感じに後悔が芽生え始めた時刻だった。暁明様が姿をお見せになったのは。

「それよりどうしたんですか? 眠れないんですか?」
「誰かさんのせいで昼寝しすぎちゃったかもしれないね。どうしてくれるの?」
「知ったこっちゃありませんよ。子供は寝すぎるぐらいが丁度いいんです」

 暁明様は物音を立てないようにわたしへと歩み寄ってきた。

 寝間着姿の暁明様は……なんというか、破壊力抜群だ。主にわたしへの。
 後宮内では皇子らしい身なりだったし市街地では肌が露出しないよう厚手の服を着ていた。今は薄着なものだから胸元も少し見えて、何だ? 誘ってるのかってぐらい目のやり場に困る。

「寝たい時は……そうですね。身体から力を抜くのが一番ですね」
「力を抜くって、どうやって?」
「例えば寝る少し前に軽く鍛錬するんです。すると身体が程よく疲れてだらけますから。あと額に濡れ手拭いを置くと冷たさに意識が向いていつの間にか寝ちゃったり。最終手段としては酒に頼るとか」

 しかしそんな狼狽えは表に出すまいと努めて平然を装う。
 暁明様はそんなわたしの葛藤を知ってか知らずか、わたしの隣に寄り添う。何故か壁ではなくわたしの腕によりかかるようにして。

「色々あるんだね。寝よう寝ようと意識するのが悪いのかな?」
「自己暗示の方法もあるらしいですね。あと一定の規則に基づいて呼吸するといいらしいですよ。わたし個人はうまくいった試しがありませんので教わるなら別の方からで」
「今度暇になったらそうしてみるよ」
「……で、それはいいんですけど、そろそろ離れてくれませんか? 仕事の邪魔です」
「いいじゃん。どうせ何もしてないんでしょう?」
「そんなことないですよ。こうして喋っている間も周囲の警戒は怠ってませんから」

 暁明様は今宵の相方に聞こえないよう小声で話しかけてくるのでこちらも声を潜めて語りかけている。にもかかわらず相方の意識が何割かこちらに向いているようだった。
 皇子と馴れ馴れしく喋る下女がそんなに珍しいのかしら。

「嘘だ。そんなこと出来るの?」
「会話に夢中にならないよう意識を向ける割合を決めるんですよ。わたしは未熟なので受け答えが鈍くなる場合もありますけど、専門の警護ならそんなことはありません」
「へえ、器用なんだね」
「わたしも信じられないんですが、寝ていても異常を察知したらすぐに目を覚まして身構える、なんて達人もいたりしますね」

 これは誇張でも何でもなく、暁明様との語り合いをしている最中でも壁を挟んだ寝室に五感を向けている。今は……どうも真っ最中のようね。お盛んなものだから声がこちらまで漏れ聞こえてしまいそうだ。

「それはいいですから、暁明様は早く自分の部屋に戻ってください。寝なきゃ駄目ですよ。布団にくるまっていたらいつかは眠れますから」
「……眠れなくてイライラするから、嫌だ」
「あー。寝具の中で悶々とする時ほど苛立つことはありませんからね。お察しします」
「で、どうしてくれるの? 責任取ってよ」
「責任と言われましてもねえ。ご覧の通りわたしはこの場で身動き取れませんし」
「寝なきゃ駄目って言ったじゃん」

 ぐうの音も出なかった。昼寝の道連れにしたのはこのわたしだし。かと言ってこの場で寝かしつけるわけにもいかないし、どうすれば……。

「……雪慧」
「……!」

 困っていたら救いの手が差し伸べられた。

 外側から聞こえるか聞こえないか程度に音量を絞って呼びかけてきたのは文月だった。彼女は寝間着に上着を羽織っていて、なのに警棒を手にしている。
 暁明様が深夜に徘徊したのに気づいて起きたのかしら?

「少しの間代わる。貴女は紅玉宮殿下を寝室へ」
「ですが、仕事をおろそかにするわけには……」
「この場は私でも代役が務まるが、殿下を寝かしつけるのは貴女にしか任せられない」
「……分かりました。少しの間よろしくお願いします」

 さあ行きましょう、と促すと暁明様はようやくわたしから離れてくれた。それでもわたしの袖はしっかり握っているあたりちゃっかりしている。
 上目遣いの眼差しはわたしへの期待が込められていた。実に重い。

 後宮内での暁明様の部屋は母親たる徳妃様と同じ建屋の中にある。けれど既に生活の中心は後宮の外、宮廷の方に移っている。なので部屋の中の私物はあまり見られず、少し殺風景に感じた。それでも残された調度品から彼を知ることは出来る。

「まさか一日に二回も暁明様を寝かす破目になるとは思いませんでしたよ」
「もしかして、また僕を抱っこするの?」
「それもいいんですけど、眠りにいざなうんでしたらもっと効き目のある奴を。むしろわたしが一緒に寝ちゃわないかの方が不安ですよ」
「……僕はそれでもいいんだけれどね」

 聞こえません。何か言いましたか? わたしの記憶には何もありませんね。

 とにかくわたしは暁明様に寝具の中に入るよう促した。素直に従った彼の許可を得てからわたしも潜り込んだ。
 さすが皇子が使っている寝具だけあって敷布団も掛け布団も柔らかいし温かい。睡眠にこだわりがあるわたしからすれば羨ましい限りだ。

「眠るには頭が休まるよう何も考えないのが一番ですけど、意識してやるのは中々難しいですよね。だから意識を外に向けるのが手っ取り早いです」
「例えば?」
「風の音や虫の音に耳を傾ける、とかありますが、今から取る手法はきっと暁明様も経験がお有りかと思いますよ」

 わたしは再び暁明様を抱きとめた。一瞬だけ彼の身体がこわばったものの、程なくわたしを受け入れてくれた。
 半日前は昼前だったからもあるけれど、夜って世界はどうも妙な気になるよう誘っているようだった。

 わたしは囁くように歌を歌い始める。母や姉が幼ない頃寝付けないで泣いていたわたしに聞かせてくれた子守唄だ。自然と興奮が冷めて段々うとうとし始めて、いつの間にか夢の世界に旅立っているのだ。

 わたしが知る子守唄が尽きてそろそろ二週目に入ろうとした頃だったかしら。暁明様が可愛い寝息を立て始めたのは。わたしが子守唄を止めても全く反応を示さない辺り、無事に眠れたようだ。

「おやすみなさい。良い夢を」

 わたしは笑みをこぼしながら暁明様の頭を撫で、起こさないように胴に絡まった彼の腕を引き剥がそうと……試みて失敗に終わった。思いの外がっちりわたしを抱きしめているせいで全く身動きが取れない状態に陥っていた。

 万策尽きたわたしは……、

「よし、寝よう」

 諦めて暁明様の後を追うことにした。

 翌朝、文月のご機嫌取りと徳妃様の追求を掻い潜るのに奔走することとなった。
しおりを挟む
感想 142

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

離婚する両親のどちらと暮らすか……娘が選んだのは夫の方だった。

しゃーりん
恋愛
夫の愛人に子供ができた。夫は私と離婚して愛人と再婚したいという。 私たち夫婦には娘が1人。 愛人との再婚に娘は邪魔になるかもしれないと思い、自分と一緒に連れ出すつもりだった。 だけど娘が選んだのは夫の方だった。 失意のまま実家に戻り、再婚した私が数年後に耳にしたのは、娘が冷遇されているのではないかという話。 事実ならば娘を引き取りたいと思い、元夫の家を訪れた。 再び娘が選ぶのは父か母か?というお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...