紅玉宮妃(予定)の後宮奮闘記~後宮下女ですがわたしの皇子様を皇帝にします~

福留しゅん

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第2-1章 紅玉宮妃→????(新版)

「強い人ほど弱さを見せたがりません」

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 まさか皇太子妃ご夫妻が亡くなるなんて。
 それも疫病でも天災でもなく、皇太子妃による無理心中によって、だ。

 金剛宮務めの者達は禁軍こと春華国第一軍総司令である第二皇子の名に置いて即刻呼び出され、事情聴取が行われた。事件現場の調査も並行して行われたそうな。さすがに皇太子ご夫妻の遺体をそのままにするわけにもいかず、正午までには運び出された。

 で、わたしは追い出されるかと思いきや、金剛宮の客間に青玉宮妃と共にいた。近衛兵達から上がってくる報告まで部外者が聞くわけにもいかなかったが、青玉宮妃が鶴の一声で押し通したからだ。

「……紅玉宮妃様は何も聞かないんだな」
「お話でしたらお聞きします」

 報告を終えて配下の者達が出ていき、二人きりになった途端、青玉宮妃は手で顔を覆いつつがっくりと項垂れた。
 そしてしばらくそのままの体勢でいた後、呟くようにわたしへと言葉を投げかけてきた。まるで縋り付くかのように弱々しかった。

「いえ、この場合わたしから話題を振った方がよさそうですね。青玉宮妃様は皇太子妃様の凶行を事前に把握していられたんですか? でなければ未然に防ごうと近衛兵を引き連れてこちらにやって来れませんでしょう」
「それに答える前に私からの質問に答えてくれ」
「わたしに答えられる範囲でしたら」
「紅玉宮妃様は、方士か?」

 方士。その単語は久しぶりに聞いた。
 具体的には後宮の採用面接以来だったかしら?

 方士、それは人を超えし能力を天より授かった者達。
 今その単語に関して問いかけたのだから……、

「予知、もしくは千里眼と呼ばれる系統の能力で事前に察知出来た、と?」

 未然に防ごうと動けたのは方士からの情報によるものか。

「質問を質問で返すな。でなければこれ以上紅玉宮妃様と話すことはない」
「肯定はしませんし、能力が何であるかも教えられません」
「自分から手札は切らない、か。駆け引きとしては賢いし、普段の私なら突っぱねるんだが……今日はこちらが折れよう」

 本来、方士が能力を相手に知られると対策を講じられて命取りになりかねない。そして同志だろうと身内だろうといつ裏切られるか分からないから、秘密にしておくことこそ吉だ。なのに自分から明かすのだから、よほど参っていたんでしょうね。

「私はな……予知夢の能力持ちなんだ」
「予知夢、ですか?」

 青玉宮妃は弱々しく頷くいた。

「意識して見れるものじゃない。だが次の日に起こる何か重大な出来事の光景を眺めている感じか」

 付け加えるなら青玉宮妃はその予知夢でこれまで何度も宮廷内の危機を未然に防いだんだそうだ。要人の暗殺、不慮の事故等を。ただ、次の日とまでは分かってもそれが何時に起こるかは見た光景から判断するしかないらしく、毎度苦慮しているんだとか。

「だから急いでここに来たんだが、まさか皇太子妃様が朝っぱらから心中を図るなんて……。昼や夕食だったら止められたのに」
「もしかしたら青玉宮妃様に邪魔されないよう狙ったのかもしれませんね。睡眠が必要ですから、どうしても夜明け頃の不幸は防ぎづらいですし」
「そんな! 皇太子妃様に私の能力が知られていただなんて……!」
「知っていなくても見当は付けていたかもしれませんよ。聡明な方でしたもの」
「なんて、ことなの……」

 青玉宮妃の嘆きを尻目に、わたしは机の上に積まれた紙束の山を見つめる。二つあって一つは皇太子の手記、もう一つは皇太子妃の手記らしい。皇太子妃が死ぬ間際の様子からは心中だと推測出来るけれど、本当かをこれを読んで判断するらしい。

「全部を一気に読む気力が今の私には無い。巻き込んでしまって済まないが片方は読んでくれないか?」
「気が紛れますし、わたしは構いません」

 何とかやる気を奮い立たせてわたし達はお二人の自殺の動機を探るべく、当人達が綴った日記を読み始めた。わたしが皇太子の、青玉宮妃が皇太子妃のを。
 乱雑に殴り書くわたしからすると皇太子の綴った字はとても綺麗だった。羨ましい。

 魅音が来るまでは皇太子としての執務や私生活について書かれているだけで特に注目すべき点は無かった。皇太子妃についても最良の伴侶、最愛の女性だとされ、ご婚姻から数年の月日が流れていても愛していたんだと伝わってきた。

 それが一変したのは、やはり魅音の到来から。

 一瞬で心奪われたらしいのだが、理性と感情との間でかなり葛藤があったらしかった。皇太子妃が大切なのに魅音を愛してしまった己の罪深さが嘆きとして文章に現れていて、苦しみ悩んでいたことが読み手のわたしに伝わってきた。

 しかし、やがて理性は追い込まれていった。我慢しきれなくなって大胆な真似をした結果、わたしに返り討ちにあって謹慎処分となった件は悔やんでいた。心の底から皇太子妃への申し訳無さから謝罪が綴られていた。

 ただ、喉元過ぎれば熱さを忘れる、という通り、少し日数が経てばまた魅音への愛で溺れてしまったらしい。なんとここ数日は献身的に寄り添おうとする皇太子妃を煩わしいだの邪魔だの散々な言い様だった。

「なんて身勝手なの! 勝手に魅音に惚れたのはアンタのくせに……!」

 そんな憤りは、昨日最後に書かれた文面を読み、恐怖へと変わった。

 それは、依存だった。

 魅音がどんな存在か、自分が魅音をどう思っているか、魅音をどうしたいのか。何もかもが魅音を主体として書かれ、それ以外の事柄には一切触れられていなかった。魅音を賛美し、崇拝し、渇望し。

 皇太子の心はもはや完全に魅音で埋め尽くされていたんだ――!

「これが、恋に溺れた者の末路、ってわけね」

 皇太子がもう取り返しのつかない所まで行ってしまったのは分かった。けれど死を連想させるような文字はどこにも見当たらなかった。となれば皇太子には人生を終わらせる考えは少なくとも前夜までは微塵も無かったと推察出来た。

「青玉宮妃様。皇太子殿下は心中を図るつもりは無かったようですよ」
「紅玉宮妃様。皇太子妃様はどうもおかしい」
「おかしい、ですか?」
「これはその日に起こった出来事をただ淡々と綴ってあるだけだ。何を思ったかが全く触れてすらいない」

 いかに第三者の目に触れる可能性があるとはいえ、基本的に日記は自分が自己満足で記録するもの。昔何を思ったか、考えたかを思い出すにはきちんと記録として残した方がいいのに。皇太子妃にしては中途半端というか。

「もしかしたら手記を二つに分けていたのかもしれません。これ以外には見つからなかったんですか?」
「いや、あの方の部屋からはこれ以外に探し出せていない」
「別の部屋……は第三者に見つかりかねませんし、皇太子妃様がそんな迂闊な真似はしませんか」
「別の部屋……いや、待てよ」

 青玉宮妃は急に立ち上がるとわたしに付いてくるよう促しつつ足早に退室した。
 慌てて後を追うわたしと共に彼女がやってきたのは、先程悲劇が起こった皇太子の私室……の隣、皇太子妃の部屋だった。

「皇太子殿下の部屋がどんな感じだったかは覚えているか?」
「何となくは」
「では皇太子妃様の部屋に招かれたことは?」
「いえ、あいにくですが。まだ新参者だからでしょうか?」
「私は何度かあるが、皇太子殿下の部屋に入ったのは初めてだ。二つを照らし合わせると……妙な点がある」

 皇太子妃の私室は全体的に落ち着いて気品のある様相だった。ただ調査のために部屋の隅から隅まで探し回っているせいか、物が散乱して台無しになっていた。もし皇太子妃が生きていらっしゃったら嘆くか怒ったかもしれない。

 青玉宮妃は寝具に乗り上がると、奥側にあった壁を叩いた。硬そうな音がしただけで何の変哲もない応答があっただけだった。
 何をしているのかと疑問を抱いたけれど、そう言えばとこの部屋と隣の皇太子の部屋の間取りを思い浮かべた。

「隣との壁が分厚すぎませんか?」
「いや、もはや分厚いどころか、間にもう一つ部屋があると考えていいだろう」

 一体何のために、とまで思って、皇太子の御身を守るために隠し部屋の一つや二つぐらい金剛宮にあるのかも、と考えた。それがもし二つの部屋の間にあるんだとしたら、向こうもしくはこちら側に出入り口が隠されているかもしれない。

「家具を動かして壁をくまなく調べるしかないか……?」
「……でしたら、わたしに任せてください」

 わたしは辺りを伺って皇太子妃の部屋にわたし達二人しかいないことを確認。それから青玉宮妃の手を取った。
 何をするんだ、との疑問に満ちた表情を浮かべてきたのをお構いなしに、わたしは正面の壁に向かって思いっきり飛び込んだ。

「何を――!?」
「先程教えて下さったお返しです。内緒ですからね」

 そのままわたし達は壁に激突……しなかった。壁が目の前まで迫ってきたかと思ったら、次にはまた開けた光景が目に映ったからだ。ただし、それは決して直前までいた皇太子妃の部屋のものではなかった。

 そこはとても薄暗い場所だった。
 かろうじて外の光が差し込んでいるから闇に支配こそされていなかったけれど、一体何が部屋に配置されているかは目が慣れないととても判別出来ないだろう。

「こ、こは……?」
「多分ですが、先程青玉宮妃様が仰ってた隠し部屋ですね」
「は? まさか、あの壁に隠し扉があったと言うのか?」
「いえ、違います」

 そう、これこそがわたしが天から授かった異能だった。

「壁抜け。それがわたしの能力です」

 わたしはいたずらっぽく笑ってみせた。
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