92 / 195
第二部
レイニーside④
しおりを挟む
「一生とは、ちょっと大袈裟すぎないか? 俺だって結婚する気はある」
少し胸を張って断言する。俺だって一生添い遂げられる伴侶は欲しい。
「ほう。そうでしたか。それは安心いたしました」
剣のある妙に冷静な声にちょっと苛立つ。
「でしたら、さっそく行動に移してもらいたいものです」
「はっ? いきなり何を言い出すんだ」
「いきなりではございません。年齢を考えるのであれば婚約者がいらっしゃっても何の不思議ではありませんし、殿下の心の内にはすでにどなたかがいらっしゃるのではありませんか?」
思い浮かんだ顔にドキッと心臓が跳ねる。
「それは……」
「ご令嬢にも適齢期というものがございますし、いつまでもよい友人のままというわけにもいかないと思いますが。お気持ちがなければそれでもよいのでしょうが、独身同士の男女。ましてやご令嬢も高位貴族であれば色々と縁談もございましょう」
セバスって、こんなにしゃべるヤツだったっけ? 必要なことは話すが、それ以外は寡黙な男だと思っていたのだが……
「殿下も同じでございます。ユージーン殿下の婚姻も決まり、あとはレイニー殿下お一人でございます。どうか、心をお決めになって先に進んでいただきたいのです。それこそ、横から大切な方を攫われたのではたまったものではありません」
いつになく饒舌に熱意を込めて話すセバスに圧倒されて、口に運んでいたお菓子をぽろりと落としてしまった。
視界に入る側近達も皆大きく頷いている。
「殿下、聞いていらっしゃるのですか?」
いつまでも返事をしなかったのが悪いのか、焦れたような声とともにバンと勢いよくテーブルに手を突き立ち上がったセバス。
一瞬で室内が静まり返る。セバスに注目している者、こちらの反応を窺っている者。きょろきょろと交互に見る者。様々な視線の中で俺は何の返事をしようもなく沈黙した。
「まあまあ。セバス侍従長、そんなにまくし立てては、殿下も返事がしづらいでしょう」
少々、間延びした声で間に入ってきたのは、護衛騎士リーダーのダン。
これは助け船を出されたのか、庇ってくれるのか、何かを期待してもいいものなのか……判断に迷う。
「それは、そうですな。つい、感情的になってしまって申し訳ない」
「まあ、侍従長の気持ちもわかります。それで私からも気づいたことを一言」
一息置いてダンが俺へと向き直った。
「我々もここしばらくお二人を見守っておりましたが、殿下がヘタレだということがわかりました。まったくもって進展がなさすぎます。ここまでもたもたしているとは思いませんでした。気が長いにもほどがあります」
ヘタレだと? ちょっと、待て。俺は何を聞かされているんだ?
セバスより熱がこもっていないか?
「わたくしたちからもよろしいでしょうか?」
次に手を上げて発言を求めるのは侍女長のエルザ。
今、何が繰り広げられているんだろう。
セバスが頷く。
「わたくしどもも皆さんと同じです。殿下のフローラ様に対する行動は微笑ましく思い見守っていたのですが、それにも限度があると最近では感じておりました。花の命は短いのです。旬を逃して後悔するのはほかならぬ殿下ではありませんか?」
「……」
俺をまっすぐに見つめたエルザは目が合うと言いすぎたと思ったのか、少々申し訳なさそうにお辞儀をした。
しかし、これは直球過ぎるのではないか?
言葉が出てこない。何を言えばいいんだ。
セバスもダンも名前を伏せていたが、エルザは隠さなかった。
「そうですな。ダンやエルザのいう通り。王族・貴族の結婚は様々な理由によって結ばれますゆえ、本人の思い通りにいくとは限りません。だからこそ考えて頂きたいのです。フローラ様は侯爵令嬢であり、国の至宝と呼ばれているお方。殿下の妃としても相応しいご令嬢かと思います。殿下、吉報を楽しみに待っておりますので、どうかよろしくお願いいたします」
セバスが深々と頭を下げると他の者達も立ち上がって胸に手を当て臣下の礼を取った。
真剣なまなざしに期待の入り混じった顔を一斉に向けられて、無言の圧力を感じる。
結婚相手は決めている。ローラしかいない。ただタイミングを計っているだけだ。それがなかなか難しいのだが。
だから、こういうしかないだろう。
「わかった」
俺の返事に安堵の表情を浮かべた面々は再びテーブルに着くとお茶のお代わりを始めた。
しかし、こんなに急にけしかけられると思いもしなかった。
今まで結婚のけの字も出ていなかったのに。結婚に関してはみんなもっと寛容かと思っていた。
これはやっぱりディアナのせいだろうな。散々思わせぶりなことを言っていたから。
花を横から手折る者……か。
もしかして、本当にそんな者がいるのか。
ローラ。
春の日差しのように温かくて居心地のよい関係。
ゆっくりと関係を深めていって、それからでもよいかと思っていた。確かにローラも貴族令嬢。結婚は家同士の結びつきが大切だから本人の気持ちなど関係ない。いつ、誰と婚約が成立してもおかしくない。
俺達は何の約束もしていない。
結婚か……
プロポーズして、もし断られたら……
そんなはずはないと思いたいが、もしそうなったら……
よいお友達のままでいましょう、なんて言われたら……
絶対、立ち直れないだろうな。
はあ……
俺の心の葛藤などお構いなしに部下達の笑い声が部屋の中に響いていた。
少し胸を張って断言する。俺だって一生添い遂げられる伴侶は欲しい。
「ほう。そうでしたか。それは安心いたしました」
剣のある妙に冷静な声にちょっと苛立つ。
「でしたら、さっそく行動に移してもらいたいものです」
「はっ? いきなり何を言い出すんだ」
「いきなりではございません。年齢を考えるのであれば婚約者がいらっしゃっても何の不思議ではありませんし、殿下の心の内にはすでにどなたかがいらっしゃるのではありませんか?」
思い浮かんだ顔にドキッと心臓が跳ねる。
「それは……」
「ご令嬢にも適齢期というものがございますし、いつまでもよい友人のままというわけにもいかないと思いますが。お気持ちがなければそれでもよいのでしょうが、独身同士の男女。ましてやご令嬢も高位貴族であれば色々と縁談もございましょう」
セバスって、こんなにしゃべるヤツだったっけ? 必要なことは話すが、それ以外は寡黙な男だと思っていたのだが……
「殿下も同じでございます。ユージーン殿下の婚姻も決まり、あとはレイニー殿下お一人でございます。どうか、心をお決めになって先に進んでいただきたいのです。それこそ、横から大切な方を攫われたのではたまったものではありません」
いつになく饒舌に熱意を込めて話すセバスに圧倒されて、口に運んでいたお菓子をぽろりと落としてしまった。
視界に入る側近達も皆大きく頷いている。
「殿下、聞いていらっしゃるのですか?」
いつまでも返事をしなかったのが悪いのか、焦れたような声とともにバンと勢いよくテーブルに手を突き立ち上がったセバス。
一瞬で室内が静まり返る。セバスに注目している者、こちらの反応を窺っている者。きょろきょろと交互に見る者。様々な視線の中で俺は何の返事をしようもなく沈黙した。
「まあまあ。セバス侍従長、そんなにまくし立てては、殿下も返事がしづらいでしょう」
少々、間延びした声で間に入ってきたのは、護衛騎士リーダーのダン。
これは助け船を出されたのか、庇ってくれるのか、何かを期待してもいいものなのか……判断に迷う。
「それは、そうですな。つい、感情的になってしまって申し訳ない」
「まあ、侍従長の気持ちもわかります。それで私からも気づいたことを一言」
一息置いてダンが俺へと向き直った。
「我々もここしばらくお二人を見守っておりましたが、殿下がヘタレだということがわかりました。まったくもって進展がなさすぎます。ここまでもたもたしているとは思いませんでした。気が長いにもほどがあります」
ヘタレだと? ちょっと、待て。俺は何を聞かされているんだ?
セバスより熱がこもっていないか?
「わたくしたちからもよろしいでしょうか?」
次に手を上げて発言を求めるのは侍女長のエルザ。
今、何が繰り広げられているんだろう。
セバスが頷く。
「わたくしどもも皆さんと同じです。殿下のフローラ様に対する行動は微笑ましく思い見守っていたのですが、それにも限度があると最近では感じておりました。花の命は短いのです。旬を逃して後悔するのはほかならぬ殿下ではありませんか?」
「……」
俺をまっすぐに見つめたエルザは目が合うと言いすぎたと思ったのか、少々申し訳なさそうにお辞儀をした。
しかし、これは直球過ぎるのではないか?
言葉が出てこない。何を言えばいいんだ。
セバスもダンも名前を伏せていたが、エルザは隠さなかった。
「そうですな。ダンやエルザのいう通り。王族・貴族の結婚は様々な理由によって結ばれますゆえ、本人の思い通りにいくとは限りません。だからこそ考えて頂きたいのです。フローラ様は侯爵令嬢であり、国の至宝と呼ばれているお方。殿下の妃としても相応しいご令嬢かと思います。殿下、吉報を楽しみに待っておりますので、どうかよろしくお願いいたします」
セバスが深々と頭を下げると他の者達も立ち上がって胸に手を当て臣下の礼を取った。
真剣なまなざしに期待の入り混じった顔を一斉に向けられて、無言の圧力を感じる。
結婚相手は決めている。ローラしかいない。ただタイミングを計っているだけだ。それがなかなか難しいのだが。
だから、こういうしかないだろう。
「わかった」
俺の返事に安堵の表情を浮かべた面々は再びテーブルに着くとお茶のお代わりを始めた。
しかし、こんなに急にけしかけられると思いもしなかった。
今まで結婚のけの字も出ていなかったのに。結婚に関してはみんなもっと寛容かと思っていた。
これはやっぱりディアナのせいだろうな。散々思わせぶりなことを言っていたから。
花を横から手折る者……か。
もしかして、本当にそんな者がいるのか。
ローラ。
春の日差しのように温かくて居心地のよい関係。
ゆっくりと関係を深めていって、それからでもよいかと思っていた。確かにローラも貴族令嬢。結婚は家同士の結びつきが大切だから本人の気持ちなど関係ない。いつ、誰と婚約が成立してもおかしくない。
俺達は何の約束もしていない。
結婚か……
プロポーズして、もし断られたら……
そんなはずはないと思いたいが、もしそうなったら……
よいお友達のままでいましょう、なんて言われたら……
絶対、立ち直れないだろうな。
はあ……
俺の心の葛藤などお構いなしに部下達の笑い声が部屋の中に響いていた。
6
あなたにおすすめの小説
『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。
そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。
──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。
恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。
ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。
この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。
まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、
そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。
お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。
ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。
妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。
ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。
ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。
「だいすきって気持ちは、
きっと一番すてきなまほうなの──!」
風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。
これは、リリアナの庭で育つ、
小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。
前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません
Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。
前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。
外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。
もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。
そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは…
どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。
カクヨムでも同時連載してます。
よろしくお願いします。
キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる
藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。
将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。
入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。
セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。
家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。
得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。
冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています
鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。
伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。
愛のない契約、形式だけの夫婦生活。
それで十分だと、彼女は思っていた。
しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。
襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、
ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。
「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」
財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、
やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。
契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。
白い結婚の裏で繰り広げられる、
“ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。
異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。
ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。
前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。
婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。
国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。
無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。
元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?
冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。
無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。
目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。
マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。
婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。
その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!
【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~
夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」
婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。
「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」
オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。
傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。
オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。
国は困ることになるだろう。
だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。
警告を無視して、オフェリアを国外追放した。
国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。
ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。
一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。
「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?
白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。
「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」
精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。
それでも生きるしかないリリアは決心する。
誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう!
それなのに―……
「麗しき私の乙女よ」
すっごい美形…。えっ精霊王!?
どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!?
森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる