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第二部
波乱の予兆Ⅰ
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「ここのケーキは絶品ですのよ。どうぞお好きなものをお選びになって」
麗しい微笑みで私達を見つめるのはビビアン様。
ここは王都の中心にある高級な店が立ち並ぶいわゆる貴族街と呼ばれるところ。放課後、帰りの馬車を待っている場所に現れたビビアン様に声をかけられて、あれよあれよという間にお茶をすることになり訪れたカフェ店。
さすが公爵令嬢の行きつけのカフェ。
建物も風格があり豪奢な佇まいで内装も華美になりすぎず上品な店内です。初めて訪れるお店に興味津々の私は思わず店内を見回してしまいました。
あと少しで新しい店舗を開店するので、参考になるのではないかと観察してしまいます。
「さあて、何を頼みましょうか」
弾んだ声でメニュー表を広げるディアナ。
ビビアン様は常連となっているのでしょう。顔を見るなり迷うことなく奥のVIP席に案内されました。
「遠慮なくなんでも好きなものを頼んでよろしいわよ。ここはわたくしが持ちますから」
「いえ、そんなわけには、い」
「ありがとうございます。さすが公爵家のご令嬢、わたし達にまでお気遣い頂いて光栄ですわ」
すかさずお礼を述べるディアナに遮られて次の言葉を失ってしまった私。
学生の身ですから、金銭的な負担をかけるのはよくないと思ったのですけれど。
「ここは、一見ではなかなか入ることのできない美味しくて評判の最高級店ですものね。わたしも入るのは初めてだわ。ビビアン様、ありがとうございます」
喜々とした笑みを浮かべてもう一度お礼を述べるディアナにビビアン様が満足そうに微笑みます。
「いいえ。実はここしか利用したことがないから他に思いつかなかったのよ。でも、喜んでくれたのなら、わたくしも嬉しいわ」
「まあ。もちろんですわ。ここはよほどの伝手がないと入れませんものね。実はわたし夢だったんです。一度はこのお店に入ってみたいって。ビビアン様に夢を叶えて頂いて感謝してもしきれませんわ」
「それは……ちょっと大袈裟だわ。わたくしは行きつけのお店に案内しただけよ」
ほほっと笑いながら、控え目を装いつつマウントを取ってご満悦な様子のビビアン様に素直に感嘆し美辞麗句を並べてほめそやすディアナ。
なんだか、いつぞやの公爵家のお茶会を思い出してしまったわ。
普段はクールな彼女がここまで相手を上げるなんて見ることはないから、また珍しいものを見させてもらった気分。
ビビアン様の相手をするのが楽しくて楽しくてたまらないって感じがするのは、今回も気のせいではないのかも。
これも令嬢同士の駆け引きの一つなのかしら。
「それにしても、さすが王都一のカフェですわね。ケーキの種類も飲み物もたくさん。どれも食べてみたくて選ぶのが大変ですわ」
メニュー表のページをめくりながらディアナがはしゃいでいます。いつにもなくテンションも高いわ。隣に座った私は彼女に倣うようにメニュー表を手に取りました。
確かに種類が豊富だわ。これだけのレパートリーを常に準備しているなんてすごい。職人さん達も優秀なのね。サンドイッチやキッシュなど軽食もあるのね。
「フローラ、決まったかしら? どれにする?」
不意にディアナの声。
「あ、あの……まだ」
メニューを一つ一つ見すぎて、選ぶのを忘れていたわ。
「いっぱいあるものねえ。わたしは諦めたわ。ここはビビアン様に選んでいただいた方がよさそう」
「ええ、そうね」
このままでは食べることより、カフェ経営の方に意識がいってしまうわ。ここはディアナの言う通りビビアン様に任せた方が安心ね。
「そうよね。初めてだと迷いますわよね。わかりましたわ。わたくしが選んで差し上げます」
ドンと任せないとばかりにビビアン様が胸を張ります。
店員を呼び寄せると注文を始めました。手慣れた様子に行きつけというのは伊達ではないのでしょう。店員の恭しい態度からも彼女の身分を十分弁えているよう。よく教育されているようだわ。
「楽しみね」
「そうね」
ビビアン様の様子を眺めていると隣に座っているディアナが耳打ちをしてきます。思わず経営者モードの自分を打ち消すように、軽く相槌を打ってディアナに微笑みました。
今日はお茶を楽しみに来たのだから、仕事の事は忘れないと。
注文が終わり店員がいなくなるとたわいないおしゃべりが始まりました。
学園でのできごとや最近の流行など話題は次から次へと変わっていきます。ビビアン様の話術も大したもので感心するばかり。私はといえば話について行くだけで精一杯で頷くだけ。というか、ついていけてないわ。
話のテンポが早すぎて会話に入っていけない。自分の知らない話題はチンプンカンプンでなおさら入って行けず、だからと言って強引に会話に入ることもできず。結局は、聞き役に徹したのでした。
二人の会話を遠巻きに眺めながら話を聞いているうちに、お待ちかねのケーキが運ばれてきました。
それぞれの皿には種類の違う小ぶりの三種類のケーキ。
「チーズケーキね。嬉しいわ。わたしの好みを覚えてくださっているなんて」
目の前に差し出されたケーキにディアナが感激したように喜びの声を上げます。
スフレ、ベイクド、ダイス型のチーズが散りばめられたショートケーキ。チーズづくし。
ディアナは大のチーズ好きだから、先日のお土産にもチーズのお菓子を作ったのよ。
「もちろんよ。ホントにディアナはチーズが大好きですものね。ちゃんと覚えているわ。それにここのチーズは最高級品を使っていますからね。味わい深くてとても美味しいですわよ」
ディアナのチーズ好きはビビアン様もご存じなのね。
私のケーキは苺のショートケーキ。大振りの栗をトッピングしたモンブラン。数種類の果実を盛り込んだフルーツタルト。瑞々しさに溢れるケーキ。
もしかしたら、このお店の売りなのかしら?
「フローラ様の好みは伺いませんでしたけれど、わたくしの一押しのケーキですわ。大丈夫でしたかしら?」
「はい。どれも美味しそうなものばかりで、選んでいただきありがとうございます」
「よかったわ」
私の返事に安堵するように、はにかんだ微笑みがとても可愛らしく思えました。
ビビアン様の皿の上にはグリーン色のケーキが並んでいます。
「最近、ピスタチオがとても好きになりましたの。なので、今日はピスタチオのケーキを選んでみましたのよ」
ピスタチオ。
レイ様の顔が浮かびました。
そう、レイ様はナッツ類が好きなのですが、その中でもピスタチオが大好きだと言っていたのです。
こんなところでレイ様を思いだすなんて……
「どうかされました? もしかして、こちらの方がよかったとか?」
ビビアン様のケーキに釘付けになっていたのを勘違いされたのでしょう。物欲しそうに見えたのかもしれません。
「いえ。そういうわけではないのです。ちょっと、珍しいケーキだなと思って。すみません」
私は慌てて言い訳になったかわからない言い訳をして謝りました。
「よろしいのよ。グリーンの色合いは珍しいですものね。こちらは新商品で売り出したばかりだそうですわ」
「そうなのですね」
レイ様がお好きだと聞いたから、また厨房を使わせて頂けた時に、作ってあげたいと思って材料を取り寄せていろいろなお菓子を試作していました。
先日ディアナが遊びに来た時に、研究を切り上げてお土産にと思って作った中にピスタチオのお菓子もありました。いつか食べてもらえる機会があるといいのだけれど、レイ様の喜ぶ顔が見たいわ。
ビビアン様の語りを聞きながら、そんな風にレイ様を思い出していました。
麗しい微笑みで私達を見つめるのはビビアン様。
ここは王都の中心にある高級な店が立ち並ぶいわゆる貴族街と呼ばれるところ。放課後、帰りの馬車を待っている場所に現れたビビアン様に声をかけられて、あれよあれよという間にお茶をすることになり訪れたカフェ店。
さすが公爵令嬢の行きつけのカフェ。
建物も風格があり豪奢な佇まいで内装も華美になりすぎず上品な店内です。初めて訪れるお店に興味津々の私は思わず店内を見回してしまいました。
あと少しで新しい店舗を開店するので、参考になるのではないかと観察してしまいます。
「さあて、何を頼みましょうか」
弾んだ声でメニュー表を広げるディアナ。
ビビアン様は常連となっているのでしょう。顔を見るなり迷うことなく奥のVIP席に案内されました。
「遠慮なくなんでも好きなものを頼んでよろしいわよ。ここはわたくしが持ちますから」
「いえ、そんなわけには、い」
「ありがとうございます。さすが公爵家のご令嬢、わたし達にまでお気遣い頂いて光栄ですわ」
すかさずお礼を述べるディアナに遮られて次の言葉を失ってしまった私。
学生の身ですから、金銭的な負担をかけるのはよくないと思ったのですけれど。
「ここは、一見ではなかなか入ることのできない美味しくて評判の最高級店ですものね。わたしも入るのは初めてだわ。ビビアン様、ありがとうございます」
喜々とした笑みを浮かべてもう一度お礼を述べるディアナにビビアン様が満足そうに微笑みます。
「いいえ。実はここしか利用したことがないから他に思いつかなかったのよ。でも、喜んでくれたのなら、わたくしも嬉しいわ」
「まあ。もちろんですわ。ここはよほどの伝手がないと入れませんものね。実はわたし夢だったんです。一度はこのお店に入ってみたいって。ビビアン様に夢を叶えて頂いて感謝してもしきれませんわ」
「それは……ちょっと大袈裟だわ。わたくしは行きつけのお店に案内しただけよ」
ほほっと笑いながら、控え目を装いつつマウントを取ってご満悦な様子のビビアン様に素直に感嘆し美辞麗句を並べてほめそやすディアナ。
なんだか、いつぞやの公爵家のお茶会を思い出してしまったわ。
普段はクールな彼女がここまで相手を上げるなんて見ることはないから、また珍しいものを見させてもらった気分。
ビビアン様の相手をするのが楽しくて楽しくてたまらないって感じがするのは、今回も気のせいではないのかも。
これも令嬢同士の駆け引きの一つなのかしら。
「それにしても、さすが王都一のカフェですわね。ケーキの種類も飲み物もたくさん。どれも食べてみたくて選ぶのが大変ですわ」
メニュー表のページをめくりながらディアナがはしゃいでいます。いつにもなくテンションも高いわ。隣に座った私は彼女に倣うようにメニュー表を手に取りました。
確かに種類が豊富だわ。これだけのレパートリーを常に準備しているなんてすごい。職人さん達も優秀なのね。サンドイッチやキッシュなど軽食もあるのね。
「フローラ、決まったかしら? どれにする?」
不意にディアナの声。
「あ、あの……まだ」
メニューを一つ一つ見すぎて、選ぶのを忘れていたわ。
「いっぱいあるものねえ。わたしは諦めたわ。ここはビビアン様に選んでいただいた方がよさそう」
「ええ、そうね」
このままでは食べることより、カフェ経営の方に意識がいってしまうわ。ここはディアナの言う通りビビアン様に任せた方が安心ね。
「そうよね。初めてだと迷いますわよね。わかりましたわ。わたくしが選んで差し上げます」
ドンと任せないとばかりにビビアン様が胸を張ります。
店員を呼び寄せると注文を始めました。手慣れた様子に行きつけというのは伊達ではないのでしょう。店員の恭しい態度からも彼女の身分を十分弁えているよう。よく教育されているようだわ。
「楽しみね」
「そうね」
ビビアン様の様子を眺めていると隣に座っているディアナが耳打ちをしてきます。思わず経営者モードの自分を打ち消すように、軽く相槌を打ってディアナに微笑みました。
今日はお茶を楽しみに来たのだから、仕事の事は忘れないと。
注文が終わり店員がいなくなるとたわいないおしゃべりが始まりました。
学園でのできごとや最近の流行など話題は次から次へと変わっていきます。ビビアン様の話術も大したもので感心するばかり。私はといえば話について行くだけで精一杯で頷くだけ。というか、ついていけてないわ。
話のテンポが早すぎて会話に入っていけない。自分の知らない話題はチンプンカンプンでなおさら入って行けず、だからと言って強引に会話に入ることもできず。結局は、聞き役に徹したのでした。
二人の会話を遠巻きに眺めながら話を聞いているうちに、お待ちかねのケーキが運ばれてきました。
それぞれの皿には種類の違う小ぶりの三種類のケーキ。
「チーズケーキね。嬉しいわ。わたしの好みを覚えてくださっているなんて」
目の前に差し出されたケーキにディアナが感激したように喜びの声を上げます。
スフレ、ベイクド、ダイス型のチーズが散りばめられたショートケーキ。チーズづくし。
ディアナは大のチーズ好きだから、先日のお土産にもチーズのお菓子を作ったのよ。
「もちろんよ。ホントにディアナはチーズが大好きですものね。ちゃんと覚えているわ。それにここのチーズは最高級品を使っていますからね。味わい深くてとても美味しいですわよ」
ディアナのチーズ好きはビビアン様もご存じなのね。
私のケーキは苺のショートケーキ。大振りの栗をトッピングしたモンブラン。数種類の果実を盛り込んだフルーツタルト。瑞々しさに溢れるケーキ。
もしかしたら、このお店の売りなのかしら?
「フローラ様の好みは伺いませんでしたけれど、わたくしの一押しのケーキですわ。大丈夫でしたかしら?」
「はい。どれも美味しそうなものばかりで、選んでいただきありがとうございます」
「よかったわ」
私の返事に安堵するように、はにかんだ微笑みがとても可愛らしく思えました。
ビビアン様の皿の上にはグリーン色のケーキが並んでいます。
「最近、ピスタチオがとても好きになりましたの。なので、今日はピスタチオのケーキを選んでみましたのよ」
ピスタチオ。
レイ様の顔が浮かびました。
そう、レイ様はナッツ類が好きなのですが、その中でもピスタチオが大好きだと言っていたのです。
こんなところでレイ様を思いだすなんて……
「どうかされました? もしかして、こちらの方がよかったとか?」
ビビアン様のケーキに釘付けになっていたのを勘違いされたのでしょう。物欲しそうに見えたのかもしれません。
「いえ。そういうわけではないのです。ちょっと、珍しいケーキだなと思って。すみません」
私は慌てて言い訳になったかわからない言い訳をして謝りました。
「よろしいのよ。グリーンの色合いは珍しいですものね。こちらは新商品で売り出したばかりだそうですわ」
「そうなのですね」
レイ様がお好きだと聞いたから、また厨房を使わせて頂けた時に、作ってあげたいと思って材料を取り寄せていろいろなお菓子を試作していました。
先日ディアナが遊びに来た時に、研究を切り上げてお土産にと思って作った中にピスタチオのお菓子もありました。いつか食べてもらえる機会があるといいのだけれど、レイ様の喜ぶ顔が見たいわ。
ビビアン様の語りを聞きながら、そんな風にレイ様を思い出していました。
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