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第二部
ビビアンside③
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今夜は最良の日になりそうですわ。
第二王子であるユージン殿下の婚約祝賀会に公の場に滅多に姿を現さないレイニー殿下も出席されるということで、学園でもその話題で持ち切りでしたわ。
レイニー殿下と言えば王妃陛下の美貌を受け継ぐ見目麗しき王子だと評判で、密かに憧れている令嬢も多いと聞くわ。未だに婚約者が決まっていないから、今夜を期に狙っている令嬢もいるかもしれませんわ。
でも、どれほどの令嬢が狙っていようとも迫ろうとも無駄ですわよ。
なぜって? わたくしがいるからですわ。
身分も美貌も教養も兼ね備えたわたくしに誰がかなうというのでしょう? 誰もいませんわね。
誰かが選ばずとも、わたくしたちは出会った瞬間に恋に落ちるのですわ。
レイニー殿下の瞳にはわたくしが、わたくしの瞳にはレイニー殿下だけを映して他のことは目に入らない。二人だけの世界。
そして、ひざまずいた殿下はわたくしに結婚を申し込むのです。
周りからの祝福の拍手と歓声が二人を包み、わたくしたちは永遠の愛を誓う。
なんてロマンティックで幸せな瞬間なのかしら。瞼の裏にその光景がハッキリと目に浮かびますわ。
オーホホホ。
楽しみだわ。早くその時が来ないかしら。
前途洋々たる未来に思いを馳せて、期待に胸を膨らませて大ホールへと足を踏み入れたのです。
♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢♢
祝賀会は無事に閉会して、帰路に着くためにガタガタと微かに揺れる馬車の中。シートの背に身を委ねて座っていた。半ば放心状態で夜のとばりがおりた外に目を向けていた。
一体、何があったというの。
ファーストダンスを踊ったわ。レイニー殿下のリードは紳士的で優雅でターンさえも羽根が生えたように軽やかでとても素敵で夢の中にいるようだった。確かにあの時はわたくしたち二人の世界だった。
永遠にその時間が続くと思っていたのに、あっけなく幕は下りてしまった。
曲が終わるとダンスエリアから去った殿下は、フローラの元へ。
えっ? ここは名残惜しそうに、もう一度ダンスに誘う場面ではないかしら?
二人が楽しそうに踊る様子を唇を噛みしめて見つめるしかなかった。フローラとダンスが終わると次の令嬢の手を取った殿下。フローラも別の子息と踊っていたわね。
次々に子息達がダンスに誘ってきたけれど、丁寧にお断りしたわ。わたくしはレイニー殿下一筋ですから、見境なく誘いを受けるような尻軽とは違います。
わたくしが身も心も捧げるのは殿下だけ。他の男に指一本だって触らせませんわ。
それに、また殿下に誘われるでしょうから、待っていなくては。
チャンスを逃してはいけない。きっと殿下も他の令嬢とも踊らないと立場上都合が悪いのでしょう。わたくしも心を広く持たなくてはいけないわね。未来の王子妃ですから。
そして、どれくらいの時間が過ぎたのか、待てども待てども、一向にこちらに来る気配はなくて、それでも希望は捨てずに次々と他の令嬢と踊っている姿を見つめて、ジリジリと順番を待った。
令嬢達に断りを入れたのかダンスの輪から外れたと思ったら、きょろきょろと辺りを見回していらっしゃったわ。
ああ、わたくしを探しているのね。ずっと、この時を待っていましたわ。
必死になってたくさんの人の中を歩き回って、わたくしは反対側よ。ここにいるわ。
広すぎて、見つけることは困難なのかもしれないわ。手を振っても気づいて下さらない。わたくしの目からは、はっきりとわかるのに。仕方がないわ。わたくしの方から動きましょう。
殿下を目指して歩いていた時に、ホールにいないと思ったのか外へと出ていってしまった。出会わないと何も始まらない、恋も結婚も。わたくしも必死になって殿下の後を追ったわ。
今夜は直接会える絶好のチャンス。わたくしたちが恋に落ちるのに最高の場所。月明かりの下でプロポーズを受けるのもロマンティックだわ。
気持ちを確かめ合ったわたくしたち。レイニー殿下がお祝いムード一色の大ホールで結婚の宣言をするのよ。重なる慶事に会場が湧きたって大喝采を浴びたわたくしたちは祝福の嵐に包まれる。
なんて素晴らしいの。早くレイニー殿下を見つけなければ。わたくしの姿が見えなくて、焦っていらっしゃるかもしれないわ。
そして、見つけた。
喜び勇んで駆けつけようとしたわたくしの目の前に飛び込んできたのは、レイニー殿下だけではなかった。誰かと話している。女性の声。その姿には見覚えがある。嘘でしょう……フローラ⁈
あっと声が出そうになる口を押えて、信じられない光景にへたりそうになった自分を何とか支えた。それから、木陰に隠れてジッと二人を観察していた。
『ローラ』
『レイ様』
親し気に愛称で呼ぶ二人。
これは何? わたくしは何を見せられているのかしら?
『隙あり』
『あー。レイ様』
『洗って返すからね』
『あの……レイ様はやめてくださいね』
『えっ?』
『ローラに洗えるなら俺にもできると思うんだよね。まかせて』
ハンカチを取り合ってじゃれ合う二人。まるで恋人同士のような熱々ぶり。見るからに昨日今日のような間柄ではない仲睦まじい姿。
信じがたい光景に眩暈がした。目の前で繰り広げられている二人のやり取りがすぐには理解できなかった。
いったい、いつの間に、二人は知り合っていたの。
自分を厳しく律してマナーも語学もその他の教養も一流だと認められるように頑張ってきた。それもひとえに王子妃に相応しくあるように。どれだけ、わたくしが努力したのか、フローラ、あなたは知らないでしょう。血の滲むような努力をして築き上げた成果が、これから花開く時だったのに。
王子と知り合える機会なんてそんなにあるわけではない。レイニー殿下は公の場にもほとんど姿は現さなかったから、噂だけが先行していた幻の王子様だった。王太子殿下もも第二王子殿下も政略結婚。だから、レイニー殿下もそうだと思っていた。いつかは婚約者として声がかかるだろうと心待ちにしていたのに。
どんな手管を使ったか知らないけれど、レイニー殿下の懐に入り込みわたくしから奪おうというの。許せない。
憎らしい。
レイ様と呼ぶフローラが。
隣で当然のように微笑む姿が。
羨ましくて妬ましくてたまらない。
持っていた扇子を握りしめるとミシッと音がした。
二人の声が突然止んだ。
うっかり音を立ててしまったから、周りを警戒しているのかもしれない。動けば居場所がわかる。息をひそめてじっとしていると、二人が動き出すのがわかった。見つかる覚悟をしていたけれど、近づくどころか足音が遠くなっていった。
見つからないように、さらに奥に逃げたのね。
密会。逢瀬。
考えたくもない言葉が頭に浮かんだ。
逃がさないわ。
このまま、引き下がったりしない。
フローラ。
レイニー殿下と仲良くするなんて、許さないわ。
まさか……結婚の約束なんて、していないわよね。愛称で呼ぶ二人の姿がちらついて、どす黒い何かが全身を渦巻いていく。王子妃になるのはわたくしよ。王子妃に相応しいのはビビアン・シュミット公爵令嬢なの。わたくししかいないのよ。
逃がさない。このままでは腹の虫がおさまらない。一部始終を見てやる。
嫉妬心に駆られ好奇心に駆られ、足音を立てないように気をつけながら、あとを追っていった。
第二王子であるユージン殿下の婚約祝賀会に公の場に滅多に姿を現さないレイニー殿下も出席されるということで、学園でもその話題で持ち切りでしたわ。
レイニー殿下と言えば王妃陛下の美貌を受け継ぐ見目麗しき王子だと評判で、密かに憧れている令嬢も多いと聞くわ。未だに婚約者が決まっていないから、今夜を期に狙っている令嬢もいるかもしれませんわ。
でも、どれほどの令嬢が狙っていようとも迫ろうとも無駄ですわよ。
なぜって? わたくしがいるからですわ。
身分も美貌も教養も兼ね備えたわたくしに誰がかなうというのでしょう? 誰もいませんわね。
誰かが選ばずとも、わたくしたちは出会った瞬間に恋に落ちるのですわ。
レイニー殿下の瞳にはわたくしが、わたくしの瞳にはレイニー殿下だけを映して他のことは目に入らない。二人だけの世界。
そして、ひざまずいた殿下はわたくしに結婚を申し込むのです。
周りからの祝福の拍手と歓声が二人を包み、わたくしたちは永遠の愛を誓う。
なんてロマンティックで幸せな瞬間なのかしら。瞼の裏にその光景がハッキリと目に浮かびますわ。
オーホホホ。
楽しみだわ。早くその時が来ないかしら。
前途洋々たる未来に思いを馳せて、期待に胸を膨らませて大ホールへと足を踏み入れたのです。
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祝賀会は無事に閉会して、帰路に着くためにガタガタと微かに揺れる馬車の中。シートの背に身を委ねて座っていた。半ば放心状態で夜のとばりがおりた外に目を向けていた。
一体、何があったというの。
ファーストダンスを踊ったわ。レイニー殿下のリードは紳士的で優雅でターンさえも羽根が生えたように軽やかでとても素敵で夢の中にいるようだった。確かにあの時はわたくしたち二人の世界だった。
永遠にその時間が続くと思っていたのに、あっけなく幕は下りてしまった。
曲が終わるとダンスエリアから去った殿下は、フローラの元へ。
えっ? ここは名残惜しそうに、もう一度ダンスに誘う場面ではないかしら?
二人が楽しそうに踊る様子を唇を噛みしめて見つめるしかなかった。フローラとダンスが終わると次の令嬢の手を取った殿下。フローラも別の子息と踊っていたわね。
次々に子息達がダンスに誘ってきたけれど、丁寧にお断りしたわ。わたくしはレイニー殿下一筋ですから、見境なく誘いを受けるような尻軽とは違います。
わたくしが身も心も捧げるのは殿下だけ。他の男に指一本だって触らせませんわ。
それに、また殿下に誘われるでしょうから、待っていなくては。
チャンスを逃してはいけない。きっと殿下も他の令嬢とも踊らないと立場上都合が悪いのでしょう。わたくしも心を広く持たなくてはいけないわね。未来の王子妃ですから。
そして、どれくらいの時間が過ぎたのか、待てども待てども、一向にこちらに来る気配はなくて、それでも希望は捨てずに次々と他の令嬢と踊っている姿を見つめて、ジリジリと順番を待った。
令嬢達に断りを入れたのかダンスの輪から外れたと思ったら、きょろきょろと辺りを見回していらっしゃったわ。
ああ、わたくしを探しているのね。ずっと、この時を待っていましたわ。
必死になってたくさんの人の中を歩き回って、わたくしは反対側よ。ここにいるわ。
広すぎて、見つけることは困難なのかもしれないわ。手を振っても気づいて下さらない。わたくしの目からは、はっきりとわかるのに。仕方がないわ。わたくしの方から動きましょう。
殿下を目指して歩いていた時に、ホールにいないと思ったのか外へと出ていってしまった。出会わないと何も始まらない、恋も結婚も。わたくしも必死になって殿下の後を追ったわ。
今夜は直接会える絶好のチャンス。わたくしたちが恋に落ちるのに最高の場所。月明かりの下でプロポーズを受けるのもロマンティックだわ。
気持ちを確かめ合ったわたくしたち。レイニー殿下がお祝いムード一色の大ホールで結婚の宣言をするのよ。重なる慶事に会場が湧きたって大喝采を浴びたわたくしたちは祝福の嵐に包まれる。
なんて素晴らしいの。早くレイニー殿下を見つけなければ。わたくしの姿が見えなくて、焦っていらっしゃるかもしれないわ。
そして、見つけた。
喜び勇んで駆けつけようとしたわたくしの目の前に飛び込んできたのは、レイニー殿下だけではなかった。誰かと話している。女性の声。その姿には見覚えがある。嘘でしょう……フローラ⁈
あっと声が出そうになる口を押えて、信じられない光景にへたりそうになった自分を何とか支えた。それから、木陰に隠れてジッと二人を観察していた。
『ローラ』
『レイ様』
親し気に愛称で呼ぶ二人。
これは何? わたくしは何を見せられているのかしら?
『隙あり』
『あー。レイ様』
『洗って返すからね』
『あの……レイ様はやめてくださいね』
『えっ?』
『ローラに洗えるなら俺にもできると思うんだよね。まかせて』
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信じがたい光景に眩暈がした。目の前で繰り広げられている二人のやり取りがすぐには理解できなかった。
いったい、いつの間に、二人は知り合っていたの。
自分を厳しく律してマナーも語学もその他の教養も一流だと認められるように頑張ってきた。それもひとえに王子妃に相応しくあるように。どれだけ、わたくしが努力したのか、フローラ、あなたは知らないでしょう。血の滲むような努力をして築き上げた成果が、これから花開く時だったのに。
王子と知り合える機会なんてそんなにあるわけではない。レイニー殿下は公の場にもほとんど姿は現さなかったから、噂だけが先行していた幻の王子様だった。王太子殿下もも第二王子殿下も政略結婚。だから、レイニー殿下もそうだと思っていた。いつかは婚約者として声がかかるだろうと心待ちにしていたのに。
どんな手管を使ったか知らないけれど、レイニー殿下の懐に入り込みわたくしから奪おうというの。許せない。
憎らしい。
レイ様と呼ぶフローラが。
隣で当然のように微笑む姿が。
羨ましくて妬ましくてたまらない。
持っていた扇子を握りしめるとミシッと音がした。
二人の声が突然止んだ。
うっかり音を立ててしまったから、周りを警戒しているのかもしれない。動けば居場所がわかる。息をひそめてじっとしていると、二人が動き出すのがわかった。見つかる覚悟をしていたけれど、近づくどころか足音が遠くなっていった。
見つからないように、さらに奥に逃げたのね。
密会。逢瀬。
考えたくもない言葉が頭に浮かんだ。
逃がさないわ。
このまま、引き下がったりしない。
フローラ。
レイニー殿下と仲良くするなんて、許さないわ。
まさか……結婚の約束なんて、していないわよね。愛称で呼ぶ二人の姿がちらついて、どす黒い何かが全身を渦巻いていく。王子妃になるのはわたくしよ。王子妃に相応しいのはビビアン・シュミット公爵令嬢なの。わたくししかいないのよ。
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