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第二部
テンネル侯爵夫人side②
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「お姉様、どうでしたか?」
今日はリリアさんの侯爵夫人教育の日。カリキュラムを終えたリリアさんは早々に帰宅している。少々疲れた顔はしていたけれど来た時よりも帰る時の足取りは軽かったわ。
「まあまあね。この前よりはましになったかしら」
紅茶を飲みながら姉が答える。あれからカリキュラムを大幅に見直して組み直した。そのかいあってか、さぼり癖がつきそうになっていた彼女がやっと前向きになってくれた。それだけが要因ではないけれど。
「そうですか。進歩があるのなら良いことですわ」
「そうね。カメの歩みよりも遅いかもしれないけれど。こちらの忍耐が試されるわね」
姉は薄く微笑むとカップを置いた。
忍耐。そうかもしれないわ。覚えが良いとは言えずやる気もあまりないリリアンさん相手にこちらがどれだけ辛抱強く付き合えるか。ある意味、挑戦でもあるわね。
姉の表情を見れば悲観的でもないようだから、大丈夫なのでしょう。わたくしも頑張るわ。
「そういえば、フローラ嬢は婚約したのよね」
「ええ」
唐突に話題を変えた姉。
「本当にびっくりしたわ。お相手がレイニー王子殿下とは二重にびっくりよ」
「わたくしもだわ」
何の前触れもなく発表された婚約。多くの貴族達が仰天し祝福した。わたくしもフローラさんのことは気になっていたから、結婚相手が見つかったことは喜ばしい。
エドガーのせいで傷をつけてしまうことになり心苦しく思っていたのよ。肩の荷が下りたようでホッとしたわ。お相手は王族、家柄的にも申し分ない。エドガーにはもったいない令嬢だったのよ。
「王妃陛下のガーデンパーティーで出会って見初められたのだとか。ロマンスね」
シフォンケーキを優雅な仕草で口にすると姉は静かに微笑んだ。
「ええ。そこからお互いに愛を育んできたとの話でしたわね」
二人のなれそめは令嬢達の憧れの的となり、見目麗しき絶世の美青年王子と天才少女と名高い貴族令嬢とのロマンスは社交界を賑わせた。
しかし、世間が王族の慶事で祝福ムードも冷めやらぬ中、ある醜聞が明るみ出たのだ。
「それにしても、シュミット公爵家が失脚するとは思ってもいなかったわ」
姉はシフォンケーキを口に入れ、ゆっくり咀嚼すると今社交界を騒がせている話題を切り出した。
シュミット公爵家は代々大臣を務め有能で貴族達の信頼も厚かった。夫人も社交界の中心で交友関係も広い。嫡男も将来を期待され次期大臣の呼び声も高かったし、令嬢も淑女の鏡と謳われて令嬢達の羨望の的だった。確か、令嬢はロジアム侯爵令息との婚約が調ったと聞いていた。
順風満帆で華やかな公爵家が男爵に降格という憂き目にあったのだ。
「まさか、ブルーバーグ侯爵令嬢誘拐未遂事件に関与していたとは」
寝耳に水。そんな事件があったなんてわたくしは知らなかった。たぶんほとんどの貴族が知らなかったと思う。いつ、そんな事件がと行く先々で耳にしたから。
「実はね、街中で貴族の馬車が襲撃されたという噂は耳にしたことがあったの」
「ええ! そうだったのですか? 知りませんでした」
そんな噂があったなんて、誰も教えてはくれなかったわ。醜聞は回るのが早い。あっという間に社交界に広まる。大っぴらに噂はされなくても。
「でもどこの貴族で誰が襲われたのか詳しいことはわからなかったのよ。すぐにその噂も立ち消えになり話す者もいなくなったわ。今思えば緘口令が敷かれたのかもしれないわね」
なるほど。
貴族の馬車の襲撃なんて格好のスキャンダル。心配する体を装って面白おかしく話題にされるのは目に見えている。どこの誰が襲われたのか探る者も出てくるだろうし、場合によっては事実を歪曲されて誹謗中傷に晒されることも考えられる。
当事者が王子殿下の相手となれば秘匿するのも当然なのかもしれない。
「それにしても、公爵家のメイドと令嬢が事件に関わっているとは思いませんでしたわ」
「本当にそうね」
事件の全容と刑罰の告示に貴族達が震撼した。
主犯はメイドと盗賊なのだが、そこに直接ではないがビビアン嬢が少なからず関与していたとのことで、誘拐教唆という罪で罰せられることになったという。当然それは公爵家にもおよび男爵に降爵されて北の地へ左遷。二度と王都の地を踏むことはないだろうと言われている。
「令嬢もバカなことをしたものね。学園でフローラ嬢を苛めていたと聞いたわ。何が気に入らなかったのかしらね。公爵令嬢で美貌も教養もあり淑女の鏡と言われていたのでしょう? わたくしも何度か会ったことがあるけれど、完璧な令嬢だったわ」
「わたくしもお姉様と同じ感想ですわ。今でも信じられないですもの」
社交界にもよく顔を出していたから、わたくしも何度か挨拶をしたことはある。所作も優雅で洗練されていて会話もそつなくこなしているように見えたし、次代の社交界の華になるだろうと噂されているのを聞いたことがある。
わたくしもそれに相応しい令嬢だと思っていたわ。
「フローラ嬢は控え目な性格ではあるものの学園でも人望があり人気もあるようだし、それに嫉妬していたのではとか実はレイニー王子殿下に思いを寄せていたのではないかとか、いろいろな憶測が飛び交っているようよ」
「そうなのですか? 詳しいですね」
「生徒の大半が学園生ですもの。休憩時間に話題が出たりするのよ。センセーショナルな事件ですものね。所詮は他人事。自分に関係がないから面白おかしく推理して楽しんでいるのではないかしら」
「それはそれでどうかと思いますが」
わたくしは思わず顔をしかめた。他人事だからと言って好き勝手に噂をしていいわけではないのに。世の常とはいえ聞いていて気持ちのいいものではないわね。
「そうね。ベスの気持ちもわかるわ。この話はこれくらいにしましょうか」
「はい」
社交界を賑わせているこの事件もそのうち時間と共に忘れ去られていくでしょう。
今日はリリアさんの侯爵夫人教育の日。カリキュラムを終えたリリアさんは早々に帰宅している。少々疲れた顔はしていたけれど来た時よりも帰る時の足取りは軽かったわ。
「まあまあね。この前よりはましになったかしら」
紅茶を飲みながら姉が答える。あれからカリキュラムを大幅に見直して組み直した。そのかいあってか、さぼり癖がつきそうになっていた彼女がやっと前向きになってくれた。それだけが要因ではないけれど。
「そうですか。進歩があるのなら良いことですわ」
「そうね。カメの歩みよりも遅いかもしれないけれど。こちらの忍耐が試されるわね」
姉は薄く微笑むとカップを置いた。
忍耐。そうかもしれないわ。覚えが良いとは言えずやる気もあまりないリリアンさん相手にこちらがどれだけ辛抱強く付き合えるか。ある意味、挑戦でもあるわね。
姉の表情を見れば悲観的でもないようだから、大丈夫なのでしょう。わたくしも頑張るわ。
「そういえば、フローラ嬢は婚約したのよね」
「ええ」
唐突に話題を変えた姉。
「本当にびっくりしたわ。お相手がレイニー王子殿下とは二重にびっくりよ」
「わたくしもだわ」
何の前触れもなく発表された婚約。多くの貴族達が仰天し祝福した。わたくしもフローラさんのことは気になっていたから、結婚相手が見つかったことは喜ばしい。
エドガーのせいで傷をつけてしまうことになり心苦しく思っていたのよ。肩の荷が下りたようでホッとしたわ。お相手は王族、家柄的にも申し分ない。エドガーにはもったいない令嬢だったのよ。
「王妃陛下のガーデンパーティーで出会って見初められたのだとか。ロマンスね」
シフォンケーキを優雅な仕草で口にすると姉は静かに微笑んだ。
「ええ。そこからお互いに愛を育んできたとの話でしたわね」
二人のなれそめは令嬢達の憧れの的となり、見目麗しき絶世の美青年王子と天才少女と名高い貴族令嬢とのロマンスは社交界を賑わせた。
しかし、世間が王族の慶事で祝福ムードも冷めやらぬ中、ある醜聞が明るみ出たのだ。
「それにしても、シュミット公爵家が失脚するとは思ってもいなかったわ」
姉はシフォンケーキを口に入れ、ゆっくり咀嚼すると今社交界を騒がせている話題を切り出した。
シュミット公爵家は代々大臣を務め有能で貴族達の信頼も厚かった。夫人も社交界の中心で交友関係も広い。嫡男も将来を期待され次期大臣の呼び声も高かったし、令嬢も淑女の鏡と謳われて令嬢達の羨望の的だった。確か、令嬢はロジアム侯爵令息との婚約が調ったと聞いていた。
順風満帆で華やかな公爵家が男爵に降格という憂き目にあったのだ。
「まさか、ブルーバーグ侯爵令嬢誘拐未遂事件に関与していたとは」
寝耳に水。そんな事件があったなんてわたくしは知らなかった。たぶんほとんどの貴族が知らなかったと思う。いつ、そんな事件がと行く先々で耳にしたから。
「実はね、街中で貴族の馬車が襲撃されたという噂は耳にしたことがあったの」
「ええ! そうだったのですか? 知りませんでした」
そんな噂があったなんて、誰も教えてはくれなかったわ。醜聞は回るのが早い。あっという間に社交界に広まる。大っぴらに噂はされなくても。
「でもどこの貴族で誰が襲われたのか詳しいことはわからなかったのよ。すぐにその噂も立ち消えになり話す者もいなくなったわ。今思えば緘口令が敷かれたのかもしれないわね」
なるほど。
貴族の馬車の襲撃なんて格好のスキャンダル。心配する体を装って面白おかしく話題にされるのは目に見えている。どこの誰が襲われたのか探る者も出てくるだろうし、場合によっては事実を歪曲されて誹謗中傷に晒されることも考えられる。
当事者が王子殿下の相手となれば秘匿するのも当然なのかもしれない。
「それにしても、公爵家のメイドと令嬢が事件に関わっているとは思いませんでしたわ」
「本当にそうね」
事件の全容と刑罰の告示に貴族達が震撼した。
主犯はメイドと盗賊なのだが、そこに直接ではないがビビアン嬢が少なからず関与していたとのことで、誘拐教唆という罪で罰せられることになったという。当然それは公爵家にもおよび男爵に降爵されて北の地へ左遷。二度と王都の地を踏むことはないだろうと言われている。
「令嬢もバカなことをしたものね。学園でフローラ嬢を苛めていたと聞いたわ。何が気に入らなかったのかしらね。公爵令嬢で美貌も教養もあり淑女の鏡と言われていたのでしょう? わたくしも何度か会ったことがあるけれど、完璧な令嬢だったわ」
「わたくしもお姉様と同じ感想ですわ。今でも信じられないですもの」
社交界にもよく顔を出していたから、わたくしも何度か挨拶をしたことはある。所作も優雅で洗練されていて会話もそつなくこなしているように見えたし、次代の社交界の華になるだろうと噂されているのを聞いたことがある。
わたくしもそれに相応しい令嬢だと思っていたわ。
「フローラ嬢は控え目な性格ではあるものの学園でも人望があり人気もあるようだし、それに嫉妬していたのではとか実はレイニー王子殿下に思いを寄せていたのではないかとか、いろいろな憶測が飛び交っているようよ」
「そうなのですか? 詳しいですね」
「生徒の大半が学園生ですもの。休憩時間に話題が出たりするのよ。センセーショナルな事件ですものね。所詮は他人事。自分に関係がないから面白おかしく推理して楽しんでいるのではないかしら」
「それはそれでどうかと思いますが」
わたくしは思わず顔をしかめた。他人事だからと言って好き勝手に噂をしていいわけではないのに。世の常とはいえ聞いていて気持ちのいいものではないわね。
「そうね。ベスの気持ちもわかるわ。この話はこれくらいにしましょうか」
「はい」
社交界を賑わせているこの事件もそのうち時間と共に忘れ去られていくでしょう。
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