婚約破棄から始まる恋~捕獲された地味令嬢は王子様に溺愛されています

きさらぎ

文字の大きさ
171 / 195
第二部

ディアナside⑬

しおりを挟む
 赦されたと思い表情が緩んだビビアン様の顔が驚愕に染まる。

「どうしたの? あなたの願いを叶えてあげたのよ。もっと嬉しそうな顔をしなさいな」

「えっ? あの、二十年後とは、どういうこと、なのでしょうか?」

 信じられないような不可解な顔でビビアン様が尋ねる。

「どうしたもこうしたもそのままの意味よ。あなたが男爵令嬢になるのは二十年後。それまでは公爵令嬢の肩書はそのままにしておいてあげるわ」

「どうして……」

 男爵令嬢への降格くらいで罪が赦されるなんてそんなことあるわけない。罪も認めず反省もせず、娼館行きを示唆すると慌てて謝罪するなんて恥ずべき行為よ。

「だから言ったでしょう。あなたに実体験させてあげると。まずは娼館に行って娼婦として働いてごらんなさい。あなたの嘘が引き出した現実を身をもって体験なさいな。そうすれば自分の罪深さが分かるというもの。立派に娼婦として勤めあげたら、二十年後は男爵令嬢になれるわ」

 二十年後は四十近く。令嬢と呼べるのか甚だ疑問だけれど、男爵家の娘には違いないわね。

「あ、あっ……イヤ。お願いです。それだけはどうか勘弁してくださいませ。どうか、どうか、お願い致します」

 またもや床に頭を擦り付けて懇願するビビアン様。往生際の悪いこと。公爵一家は判決を即座に受け入れたというのに。
  
「あなたの願いもしっかりと聞き入れたのに、何が不満なのかしらねぇ。顔を上げてちょうだい」

 動じることなく淡々と告げるアンジェラは駄々をこねるビビアン様を冷たく見つめるだけ。
 言われるままにおずおずと顔を上げたビビアン様は顔色をなくし、頬には涙が流れた跡があった。

「二週間後、娼館から迎えがくるわ。その時に値段の交渉も行われる。こちらは相場の五倍の値を提示しているの。それに見合った金額かどうか、身体も含めて念入りに調べられるわ。あなたは公爵令嬢だし、その美貌と魅力的な身体とおまけに教養もあるから、もっと値が吊り上がるかもしれないわね。楽しみだわ」

 ふふっと笑っていない目で笑うアンジェラ。そこには慈悲の欠片もない。

「イヤー。イヤー。イヤよ」

 やっと現実を理解したのかビビアン様が叫ぶ。頭を抱えてブルブルと震えていた。

「お願いです。お願いです。それだけはどうか、考え直してくださいませ」

 鉄格子を掴み一縷の望みに縋るように必死に訴えるビビアン様を蔑んだ瞳で一瞥したアンジェラは膝を折って彼女に目線を合わせた。

「あなたは何でもすると言ったわ」

「あっ!……そ、んな……」

 自分の言葉を思い出したのか、ビビアン様は力なくペタンとしゃがみ込んだ。どちらにしても娼館行きは覆らない。 

「十分譲歩したのよ。あなたの男爵令嬢になりたいという願いも叶えてあげると言ったでしょう? そんなわがままを言うものではないわ。それともメイドや盗賊と同じ極刑でもいいのよ」

「ヒッ……」

 ビビアン様は小さく悲鳴を上げた。青白い顔が更に青くなる。死にたくはないらしい。彼女の罪を思えば十分それに値するのだけれども、それでは生ぬるいもの。

 アンジェラは扇子を閉じるとビビアン様の顔に添わせた。なぞるように頬を扇子が滑る。

「一生娼婦として働けなんて言わないわ。二十年間、頑張ればいいのよ。そうすれば解放される。命はあるのだから未来も明るいわ。お給金だって支払われるのよ。あなたの身体がお金になるの。素敵なことじゃない? ただ、半分は孤児院などの施設に寄付。ノブレスオブリージュ。公爵令嬢なのだから当たり前の事ね。残りの半分はあなたのものよ。どう? なかなかいい話だと思うわ」

 ボロボロと涙を流しながら首を左右に振るビビアン様。獲物をいたぶるような冷酷な目つきで眺めるアンジェラ。

「もう決定したことなの。命を取られないだけでも有難いと思いなさい。生きてさえいれば、これから先の未来はいくらでも変えられるのよ。娼婦になったからと言って絶望することはないわ。もしかしたら、あなたにとって天職かもしれなくてよ。でもそれは体験してみないとわからないものね。だからよい機会だと思うわ。自分の適性を見つけるためにも行ってらっしゃい」

 子供の無限の可能性を信じて社会に送り出す母親のような口調でにっこりと笑う。内容に目を瞑れば、思わず「はい」と頷きたくなってしまうわね。

「アクセサリー類はイミテーションだけれど、ドレスや化粧品など身の回り品はあなたの持ち物を用意させるわね。あなたは公爵令嬢ですもの。みすぼらしい格好は似合わないわ。例え娼婦であっても品位を損なってはダメよ。あなたは公爵令嬢なのだから」

 旅立つ子供にあれこれ世話を焼き注意を促し気遣うような口振りが何気に笑いを誘う。

 ビビアン様は何度も何度も首を横に振った。
 涙でぐしゃぐしゃになった顔は化粧が剥げて悲惨な状態になっている。
 蝶よ花よと大切に育てられ淑女の鏡だと謳われた誉れ高き公爵令嬢が娼婦に落ちる。こんな屈辱的なことはない。

「一つ言っておくわ。自分の身体を傷つければ娼館行きがなくなるなんて思わないことね。商品価値がないと判断されれば、小間使いか下女に落とされるだけよ。売れっ子娼婦になって館主に大事にされるか、下働きや娼婦達の世話係でこき使われるか。選ぶのはあなたね」

 最後の通達。
 アンジェラはビビアン様を見据えた後ゆっくりと立ち上がった。

「イヤ、それだけはイヤ。イヤよ」

 涙で濡れた瞳で追い縋るビビアン様。力の限り掴んだ鉄格子が揺れてガチャガチャと音を鳴らす。その様子を静かに見つめるわたしたち。今となっては何の感情も浮かんでこない。
 しばらく眺めたのちにくるりと背を向けて出口へと歩いていく。

「ディアナ。助けて。お願いよ。助けて」

 やっと存在に気づいたのか去りゆくわたしに助けを求める声。彼女の悲痛な願いは冷え切った心にちっとも響かない。

「ああ、そういえば……『フローラさえいなければ、わたくしがレイニー殿下と幸せになれたのに』って言ったそうね」

 ふと振り返り思い出したように投げかけられたアンジェラの言葉にしばし時間が止まる。
 空白の時間。
 少しの間固まっていたビビアン様の顔から血の気が引いていく。見開いた目が嘘でないことを物語る。

「それがメイドの犯行の真の動機よ」

「あ、あっ……そんな……う、そ……なんで……あれは……」

 爪を噛みながら、ブツブツと呟くビビアン様。
 そんなに噛んだら、爪が痛んでしまうじゃないの。あとでメイドに念入りにケアさせなければ。商品に瑕疵を作っては価値が落ちてしまう。

 それにしても、心当たりはあるようね。
 忠義心に厚い者ほど頼もしくて厄介なものはない。メイドも主人のためだとしても犯罪に手を染めてはいけなかった。目の前の幸せに満足して手を打っておけばよかったのよ。ビビアン様もメイドも。せっかく婚約もしたのにね。すべてが水の泡。
 それも自業自得だから同情もしないし情状酌量の余地もないわ。

 今度こそ、わたしもアンジェラも一言も口を開くことも振り返ることもなく部屋を後にした。


♢♢♢

 部屋に残されたビビアン様は発狂乱になって泣き喚く。
 
「イヤー。イヤよ。行きたくない。ここから出してー。イヤー」

 断末魔のような叫びと泣き声がいつまでも部屋の中にこだました。


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

『婚約破棄された聖女リリアナの庭には、ちょっと変わった来訪者しか来ません。』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
王都から少し離れた小高い丘の上。 そこには、聖女リリアナの庭と呼ばれる不思議な場所がある。 ──けれど、誰もがたどり着けるわけではない。 恋するルミナ五歳、夢みるルーナ三歳。 ふたりはリリアナの庭で、今日もやさしい魔法を育てています。 この庭に来られるのは、心がちょっぴりさびしい人だけ。 まほうに傷ついた王子さま、眠ることでしか気持ちを伝えられない子、 そして──ほんとうは泣きたかった小さな精霊たち。 お姉ちゃんのルミナは、花を咲かせる明るい音楽のまほうつかい。 ちょっとだけ背伸びして、だいすきな人に恋をしています。 妹のルーナは、ねむねむ魔法で、夢の中を旅するやさしい子。 ときどき、だれかの心のなかで、静かに花を咲かせます。 ふたりのまほうは、まだ小さくて、でもあたたかい。 「だいすきって気持ちは、  きっと一番すてきなまほうなの──!」 風がふくたびに、花がひらき、恋がそっと実る。 これは、リリアナの庭で育つ、 小さなまほうつかいたちの恋と夢の物語です。

前世の記憶を取り戻した元クズ令嬢は毎日が楽しくてたまりません

Karamimi
恋愛
公爵令嬢のソフィーナは、非常に我が儘で傲慢で、どしうようもないクズ令嬢だった。そんなソフィーナだったが、事故の影響で前世の記憶をとり戻す。 前世では体が弱く、やりたい事も何もできずに短い生涯を終えた彼女は、過去の自分の行いを恥、真面目に生きるとともに前世でできなかったと事を目いっぱい楽しもうと、新たな人生を歩み始めた。 外を出て美味しい空気を吸う、綺麗な花々を見る、些細な事でも幸せを感じるソフィーナは、険悪だった兄との関係もあっという間に改善させた。 もちろん、本人にはそんな自覚はない。ただ、今までの行いを詫びただけだ。そう、なぜか彼女には、人を魅了させる力を持っていたのだ。 そんな中、この国の王太子でもあるファラオ殿下の15歳のお誕生日パーティに参加する事になったソフィーナは… どうしようもないクズだった令嬢が、前世の記憶を取り戻し、次々と周りを虜にしながら本当の幸せを掴むまでのお話しです。 カクヨムでも同時連載してます。 よろしくお願いします。

キズモノ転生令嬢は趣味を活かして幸せともふもふを手に入れる

藤 ゆみ子
恋愛
セレーナ・カーソンは前世、心臓が弱く手術と入退院を繰り返していた。 将来は好きな人と結婚して幸せな家庭を築きたい。そんな夢を持っていたが、胸元に大きな手術痕のある自分には無理だと諦めていた。 入院中、暇潰しのために始めた刺繍が唯一の楽しみだったが、その後十八歳で亡くなってしまう。 セレーナが八歳で前世の記憶を思い出したのは、前世と同じように胸元に大きな傷ができたときだった。 家族から虐げられ、キズモノになり、全てを諦めかけていたが、十八歳を過ぎた時家を出ることを決意する。 得意な裁縫を活かし、仕事をみつけるが、そこは秘密を抱えたもふもふたちの住みかだった。

冷徹侯爵の契約妻ですが、ざまぁの準備はできています

鍛高譚
恋愛
政略結婚――それは逃れられぬ宿命。 伯爵令嬢ルシアーナは、冷徹と名高いクロウフォード侯爵ヴィクトルのもとへ“白い結婚”として嫁ぐことになる。 愛のない契約、形式だけの夫婦生活。 それで十分だと、彼女は思っていた。 しかし、侯爵家には裏社会〈黒狼〉との因縁という深い闇が潜んでいた。 襲撃、脅迫、謀略――次々と迫る危機の中で、 ルシアーナは自分がただの“飾り”で終わることを拒む。 「この結婚をわたしの“負け”で終わらせませんわ」 財務の才と冷静な洞察を武器に、彼女は黒狼との攻防に踏み込み、 やがて侯爵をも驚かせる一手を放つ。 契約から始まった関係は、いつしか互いの未来を揺るがすものへ――。 白い結婚の裏で繰り広げられる、 “ざまぁ”と逆転のラブストーリー、いま開幕。

異世界転生公爵令嬢は、オタク知識で世界を救う。

ふわふわ
恋愛
過労死したオタク女子SE・桜井美咲は、アストラル王国の公爵令嬢エリアナとして転生。 前世知識フル装備でEDTA(重金属解毒)、ペニシリン、輸血、輪作・土壌改良、下水道整備、時計や文字の改良まで――「ラノベで読んだ」「ゲームで見た」を現実にして、疫病と貧困にあえぐ世界を丸ごとアップデートしていく。 婚約破棄→ザマァから始まり、医学革命・農業革命・衛生革命で「狂気のお嬢様」呼ばわりから一転“聖女様”に。 国家間の緊張が高まる中、平和のために隣国アリディアの第一王子レオナルド(5歳→6歳)と政略婚約→結婚へ。 無邪気で健気な“甘えん坊王子”に日々萌え悶えつつも、彼の未来の王としての成長を支え合う「清らかで温かい夫婦日常」と「社会を良くする小さな革命」を描く、爽快×癒しの異世界恋愛ザマァ物語。

元お助けキャラ、死んだと思ったら何故か孫娘で悪役令嬢に憑依しました!?

冬野月子
恋愛
乙女ゲームの世界にお助けキャラとして転生したリリアン。 無事ヒロインを王太子とくっつけ、自身も幼馴染と結婚。子供や孫にも恵まれて幸せな生涯を閉じた……はずなのに。 目覚めると、何故か孫娘マリアンヌの中にいた。 マリアンヌは続編ゲームの悪役令嬢で第二王子の婚約者。 婚約者と仲の悪かったマリアンヌは、学園の階段から落ちたという。 その婚約者は中身がリリアンに変わった事に大喜びで……?!

【完結】 笑わない、かわいげがない、胸がないの『ないないない令嬢』、国外追放を言い渡される~私を追い出せば国が大変なことになりますよ?~

夏芽空
恋愛
「笑わない! かわいげがない! 胸がない! 三つのないを持つ、『ないないない令嬢』のオフェリア! 君との婚約を破棄する!」 婚約者の第一王子はオフェリアに婚約破棄を言い渡した上に、さらには国外追放するとまで言ってきた。 「私は構いませんが、この国が困ることになりますよ?」 オフェリアは国で唯一の特別な力を持っている。 傷を癒したり、作物を実らせたり、邪悪な心を持つ魔物から国を守ったりと、力には様々な種類がある。 オフェリアがいなくなれば、その力も消えてしまう。 国は困ることになるだろう。 だから親切心で言ってあげたのだが、第一王子は聞く耳を持たなかった。 警告を無視して、オフェリアを国外追放した。 国を出たオフェリアは、隣国で魔術師団の団長と出会う。 ひょんなことから彼の下で働くことになり、絆を深めていく。 一方、オフェリアを追放した国は、第一王子の愚かな選択のせいで崩壊していくのだった……。

「無加護」で孤児な私は追い出されたのでのんびりスローライフ生活!…のはずが精霊王に甘く溺愛されてます!?

白井
恋愛
誰もが精霊の加護を受ける国で、リリアは何の精霊の加護も持たない『無加護』として生まれる。 「魂の罪人め、呪われた悪魔め!」 精霊に嫌われ、人に石を投げられ泥まみれ孤児院ではこき使われてきた。 それでも生きるしかないリリアは決心する。 誰にも迷惑をかけないように、森でスローライフをしよう! それなのに―…… 「麗しき私の乙女よ」 すっごい美形…。えっ精霊王!? どうして無加護の私が精霊王に溺愛されてるの!? 森で出会った精霊王に愛され、リリアの運命は変わっていく。

処理中です...