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第二部
ディアナside⑫
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コテンと首を傾げたアンジェラ。仕草は可愛いのだけれど言っているセリフはえげつない。
にっこりと笑うアンジェラの言葉を理解できないのか、瞬きを繰り返しながらビビアン様はただ彼女を見つめていた。
「素敵なレストランを見つけたのよ。行ってみない?」
的な軽いノリで言われてもすぐに理解できないのも無理はない。
「ふふっ。もう一度言うわね。あなたにとても似合いそうな娼館を見つけたのよ。そこにお世話になってみないかしら」
「しょ、しょう……娼館?」
「そう、娼館」
不敵な笑みを湛えたアンジェラは扇子でビビアン様の顎を持ち上げ彼女を視界にとらえると目を細めた。
「だって、疑似体験ばかりではリアリティがなくてつまらないでしょう? だから、本物の体験をさせてあげるわ」
やっと、言葉の意味を理解したのか俄かに震えだすビビアン様。
「い、いや」
「残念ながら拒否権はないのよ」
「な、何故。娼館って何? わたくしは……わたくしは」
くいと顔を近づけたアンジェラはビビアン様の顔をしげしげと眺めた。
「知ってるかしら? フローラちゃんを襲った盗賊達は彼女を娼館に売るつもりだったのですって。メイドからは誘拐したら好きにしていいと言われていたそうよ。貴族令嬢だから高く売れるだろうとふんでいた。すぐに捕まって未遂に終わったけれどもね」
「い、痛い」
「あら、ごめんなさい」
顎に当てていた扇子がいつの間にか喉に食い込んでいたようで、アンジェラは扇子を外した。
「大事な商品。傷をつけてはいけないわね。大丈夫かしら?」
ちっとも心配しているようには見えないけれど、アンジェラはビビアン様の顎に目をやった。少し赤くなっているようだけれど、数時間もすれば消えるでしょう。
痛みを感じるのか喉をさするビビアン様に冷淡な眼差しを向けるアンジェラを見て苦笑する。
「レイニーとの恋愛は体験させてあげられないけれど」
わざとそこで区切るなんて、もう、これは面白がっているのではないの? レイニーの名前が出るたびに動揺するビビアン様を見て愉しんでいるようにしか見えない。
「誘拐されたフローラちゃんが体験するはずだった娼館での暮らしをあなたが体験するの。とても良い提案だと思わない?」
「イ、イヤ。それだけはイヤ」
ビビアン様は青ざめた顔でプルプルと頭を左右に振って自分の身体を抱きしめた。
「貴重な体験よ。誰でもできることではないわ。フローラちゃんはレイニーと結婚して王子妃になるから、そんな体験は無理だしね」
ビクッと肩を跳ね上げたビビアン様の顔がますます青褪めていく。
猫が捕らえたネズミをいたぶっている図ね。アンジェラの目が座っているわ。
「だから、あなたが代わりに体験してきてくれないかしら。きっと良い社会勉強になるだろうし世間を知るいいきっかけになると思うのよ」
授業の一環の体験学習の体で話すアンジェラ。社会勉強とか世間を知るとかあながち嘘ではないけれど。
「それだけはイヤです。お願いします。それだけは、許してくださいませ」
先ほどまで震えていたビビアン様が床に頭を擦りつけて懇願する。
「あら、そうなの? だったら何がいいのかしら?」
「わたくしも男爵令嬢にしてくださいませ。家族と新しい領地に行かせてください。これからは改心して彼の地でひっそりと暮らしますので、二度とフローラ様の前には姿を現しません。どうか、お聞き届けください」
「反省したの?」
「はい。申し訳ございませんでした。わたくしが悪うございました」
窮地に追い込まれやっと謝罪の言葉を口にしたビビアン様の姿はなんとも滑稽でみっともない。平身低頭する彼女を見ると少しスカッとしたわ。少しね
「公爵令嬢の肩書はいらないの? あなたにとって大事なものでしょう? 男爵は下位貴族。公爵に比べたら雲泥の差よ。それでもいいの?」
「はい。なんでも受け入れます。男爵令嬢でも構いません」
「なんでも受け入れるのね」
「はい」
言質を取ったアンジェラはほくそ笑んだ。
娼館行きを拒むのに夢中でビビアン様は気づいていない。
「でもね。あなたが男爵令嬢として新しい領地に行ったとして、果たして家族はあなたを受け入れてくれるかしらね」
「えっ?」
「だって、そうでしょう? あなたのせいで公爵から男爵へ爵位を落とされて僻地へと追いやられ、お兄様だって次期公爵のはずが次期男爵。息子は未来の王太子の側近候補はずが、王城に呼ばれることもない下位貴族。今までのような贅沢な暮らしだって出来ないわ。領地はわずかだもの。自分達には何の落ち度もないのに環境が一変したのよ。その元凶のあなたを快く迎えてくれるかしらね」
「そ、それは。でも、両親も兄夫婦も優しいですから。わたくしもこれから精一杯家族に償いをします。許してもらうためならばなんでも致します」
「あら、まあ。凄い改心だこと。もっと早く聞きたかったわね」
恐る恐る顔を上げたビビアン様は
「申し訳ございませんでした」
謝ると再び頭を床にこすり付けた。
愉快だこと。アンジェラは涼し気な顔で扇子を広げて扇いでいる。
「わかったわ。あなたも十分反省したようだしね。あなたの願いを聞き入れるわ」
「ありがとうございます。感謝いたします」
なおも床に頭をこすり付けてお礼を述べるビビアン様はとても憐れに見えた。
「いいのよ。言ったでしょう? わたくしは鬼ではないのよ」
「とんでもございません。王太子妃殿下は慈悲深いお方でございます。誠にありがとうございます」
保身のために更に身を低くするビビアン様にはプライドの欠片も残っていなさそう。娼館よりも男爵領の方がいいに決まっているものね。わたしだってそちらを選ぶわ。そのためにはプライドもかなぐり捨てるわよね。形振り構っていられないもの。
いいものを見せてもらったわ。
「あなたは本当に男爵令嬢でいいのね?」
「はい。十分でございます」
「そう。わかったわ。男爵令嬢として生きることを許可するわ」
「有難き幸せにございます」
こすり付ける額の隙間から何かが光っているのが見えた。涙かしら?
「ただし、二十年後ね」
アンジェラの一言で振り出しに戻ってしまった。
にっこりと笑うアンジェラの言葉を理解できないのか、瞬きを繰り返しながらビビアン様はただ彼女を見つめていた。
「素敵なレストランを見つけたのよ。行ってみない?」
的な軽いノリで言われてもすぐに理解できないのも無理はない。
「ふふっ。もう一度言うわね。あなたにとても似合いそうな娼館を見つけたのよ。そこにお世話になってみないかしら」
「しょ、しょう……娼館?」
「そう、娼館」
不敵な笑みを湛えたアンジェラは扇子でビビアン様の顎を持ち上げ彼女を視界にとらえると目を細めた。
「だって、疑似体験ばかりではリアリティがなくてつまらないでしょう? だから、本物の体験をさせてあげるわ」
やっと、言葉の意味を理解したのか俄かに震えだすビビアン様。
「い、いや」
「残念ながら拒否権はないのよ」
「な、何故。娼館って何? わたくしは……わたくしは」
くいと顔を近づけたアンジェラはビビアン様の顔をしげしげと眺めた。
「知ってるかしら? フローラちゃんを襲った盗賊達は彼女を娼館に売るつもりだったのですって。メイドからは誘拐したら好きにしていいと言われていたそうよ。貴族令嬢だから高く売れるだろうとふんでいた。すぐに捕まって未遂に終わったけれどもね」
「い、痛い」
「あら、ごめんなさい」
顎に当てていた扇子がいつの間にか喉に食い込んでいたようで、アンジェラは扇子を外した。
「大事な商品。傷をつけてはいけないわね。大丈夫かしら?」
ちっとも心配しているようには見えないけれど、アンジェラはビビアン様の顎に目をやった。少し赤くなっているようだけれど、数時間もすれば消えるでしょう。
痛みを感じるのか喉をさするビビアン様に冷淡な眼差しを向けるアンジェラを見て苦笑する。
「レイニーとの恋愛は体験させてあげられないけれど」
わざとそこで区切るなんて、もう、これは面白がっているのではないの? レイニーの名前が出るたびに動揺するビビアン様を見て愉しんでいるようにしか見えない。
「誘拐されたフローラちゃんが体験するはずだった娼館での暮らしをあなたが体験するの。とても良い提案だと思わない?」
「イ、イヤ。それだけはイヤ」
ビビアン様は青ざめた顔でプルプルと頭を左右に振って自分の身体を抱きしめた。
「貴重な体験よ。誰でもできることではないわ。フローラちゃんはレイニーと結婚して王子妃になるから、そんな体験は無理だしね」
ビクッと肩を跳ね上げたビビアン様の顔がますます青褪めていく。
猫が捕らえたネズミをいたぶっている図ね。アンジェラの目が座っているわ。
「だから、あなたが代わりに体験してきてくれないかしら。きっと良い社会勉強になるだろうし世間を知るいいきっかけになると思うのよ」
授業の一環の体験学習の体で話すアンジェラ。社会勉強とか世間を知るとかあながち嘘ではないけれど。
「それだけはイヤです。お願いします。それだけは、許してくださいませ」
先ほどまで震えていたビビアン様が床に頭を擦りつけて懇願する。
「あら、そうなの? だったら何がいいのかしら?」
「わたくしも男爵令嬢にしてくださいませ。家族と新しい領地に行かせてください。これからは改心して彼の地でひっそりと暮らしますので、二度とフローラ様の前には姿を現しません。どうか、お聞き届けください」
「反省したの?」
「はい。申し訳ございませんでした。わたくしが悪うございました」
窮地に追い込まれやっと謝罪の言葉を口にしたビビアン様の姿はなんとも滑稽でみっともない。平身低頭する彼女を見ると少しスカッとしたわ。少しね
「公爵令嬢の肩書はいらないの? あなたにとって大事なものでしょう? 男爵は下位貴族。公爵に比べたら雲泥の差よ。それでもいいの?」
「はい。なんでも受け入れます。男爵令嬢でも構いません」
「なんでも受け入れるのね」
「はい」
言質を取ったアンジェラはほくそ笑んだ。
娼館行きを拒むのに夢中でビビアン様は気づいていない。
「でもね。あなたが男爵令嬢として新しい領地に行ったとして、果たして家族はあなたを受け入れてくれるかしらね」
「えっ?」
「だって、そうでしょう? あなたのせいで公爵から男爵へ爵位を落とされて僻地へと追いやられ、お兄様だって次期公爵のはずが次期男爵。息子は未来の王太子の側近候補はずが、王城に呼ばれることもない下位貴族。今までのような贅沢な暮らしだって出来ないわ。領地はわずかだもの。自分達には何の落ち度もないのに環境が一変したのよ。その元凶のあなたを快く迎えてくれるかしらね」
「そ、それは。でも、両親も兄夫婦も優しいですから。わたくしもこれから精一杯家族に償いをします。許してもらうためならばなんでも致します」
「あら、まあ。凄い改心だこと。もっと早く聞きたかったわね」
恐る恐る顔を上げたビビアン様は
「申し訳ございませんでした」
謝ると再び頭を床にこすり付けた。
愉快だこと。アンジェラは涼し気な顔で扇子を広げて扇いでいる。
「わかったわ。あなたも十分反省したようだしね。あなたの願いを聞き入れるわ」
「ありがとうございます。感謝いたします」
なおも床に頭をこすり付けてお礼を述べるビビアン様はとても憐れに見えた。
「いいのよ。言ったでしょう? わたくしは鬼ではないのよ」
「とんでもございません。王太子妃殿下は慈悲深いお方でございます。誠にありがとうございます」
保身のために更に身を低くするビビアン様にはプライドの欠片も残っていなさそう。娼館よりも男爵領の方がいいに決まっているものね。わたしだってそちらを選ぶわ。そのためにはプライドもかなぐり捨てるわよね。形振り構っていられないもの。
いいものを見せてもらったわ。
「あなたは本当に男爵令嬢でいいのね?」
「はい。十分でございます」
「そう。わかったわ。男爵令嬢として生きることを許可するわ」
「有難き幸せにございます」
こすり付ける額の隙間から何かが光っているのが見えた。涙かしら?
「ただし、二十年後ね」
アンジェラの一言で振り出しに戻ってしまった。
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