永遠の伴侶(改定前)

白藤桜空

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蛇の生殺しは人を噛む

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 朧月の淡い光の下。町はずれに一軒の古びた小屋の輪郭が浮かんでいる。
 その一室から五つ頃の子供が母を呼ぶ声が聞こえてくる。
「母上……? どこにいるの?」
 少年は尚も問い続ける。
「ここはどこ? あ、もしかして、またお爺様のいたずら?」
 だがその声に優しく寄り添う者はいない。
「う……」
 自分の声しか聞こえないその状況に、段々と彼の涙腺が決壊し始める。
 そこに突然、松明の明かりが差し込んだ。その眩しさに彼は目を覆いつつ、やってきた人物の姿を確認すべく足元を覗く。と、女物の着物が翻るのが見えた。
「ッ母上!」
 反射的に彼はその足に縋りつく。
「母上! 母上! やっと来た! ここは暗くて怖いの。早く出よう! はは、う、え……?」
 そこまで言いかけて、ふと違和感を抱く少年。
 いつもの青い絹とは違う、紅布の着物。焚き染められているはずの香の匂いは、普段のかぐわしいものと違って素朴なものである。
 少年は恐る恐る抱きしめている相手の顔を見上げ、彼女の顔を見る。その瞬間、慌てて体を離す。
「ご、ごめんなさい!」
 顔を真っ赤にして謝った少年に、女性……少女と言っても差し支えのない風貌の彼女は、しゃがんで目線を合わせる。
「いいのよ。気にしないで」
「……!」
 目線がかち合ったことで彼女の顔がはっきりと見えた少年は、瞠目する。
 松明の明かりで仄かに橙色に色づいた白い頬。艶やかに輝く黒髪と、星のように煌めく栗色の瞳は、じっと少年を見つめている。
 彼女の美貌に少年はますます頬を染める。と、何故だか彼女までもうっとりした表情で頬杖を突く。
「……ふふ。貴方、そっくりね」
「え、何と? あ、誰と、ですか?」
 たどたどしく敬語を使う少年に、彼女はますます笑みを深める。
「貴方、御父上にそっくりだとよく言われない?」
 その言葉にパッと少年の顔が明るくなる。
「父上を知っているの?」
「ええ。よぉく知っているわ」
「そうなんだ! じゃあお姉さんは、父上のお友達?」
「……いいえ。じゃないわ」
「じゃあ、母上のお友達?」
「いいえ。それも違うわ」
「じゃあお姉さんは……誰?」
 にこり、と微笑んで彼女は言う。
「貴方の単語本当のよ」
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