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蛇の生殺しは人を噛む
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じめじめとした空気を孕んだ梅雨の夕暮れ。王宮の兵舎では訓練の声が聞こえてくる。
執務室では浩源が文机の上にある大量の木簡を捲り続けていた。が、ふと一枚の木簡で手を止める。
「これは……勇豪さんからの便りですか」
そう呟いて見た木簡には、荒々しく、それでいて流麗な文字で勇豪の現状が書かれていた。
――――元気にしているか? 浩源。なんて、書き始めたはいいが、変わらず過ごしているお前の姿が想像に難くなかった。だから新しい木簡に書き直そうかと考えた。けどそれも面倒なのでこのまま書き記す。
「ふふ。相変わらずですね、勇豪さんも」
柔和に微笑んだ浩源は、続く文字を読み進めていく。
――――今こっちでは、田植えが終わって人心地ついたところだ。俺も明花も、大分年を取った。田植えが終わった頃には二人して腰が軋んでて、笑ったもんさ。
「明花さんとも変わらず仲睦まじいようですね」
――――忠山が死んでからもう十五年。時が過ぎるのは早いな。明花と二人での生活の方が圧倒的に長くなった。あのときの明花は毎夜泣いて過ごしてたが、今じゃあいつとの思い出を笑って話せる。
「……そうですか。それは良かった」
――――ところで、最近の王の御様子はどうだ? 御体を壊していないだろうか。あれが起きてからももう七年近く経っただろう。王は御立直りになっただろうか。
「それは、なんとも言えませんね」
――――こっちまで噂が届くのには時間が掛かる。何か俺の手が必要なことがあれば、こうやって木簡で知らせてくれ。
勇豪の文はそこで終わっていた。
浩源は文机に木簡を置くと、まっさらな木簡を手に取って筆を取る。
「勇豪さんのお手を煩わせる程のことは起きていません。そちらでゆっくりと隠退生活を楽しんでいてください……」
小さく呟きながらしたためて、一つ大きなため息を吐く。と、突然執務室に人が飛び込んできた。
「護衛長! 大変です!」
その騒々しい声に、浩源は手に額を当てる。
「君保さん。何度……いえ何年言えば覚えるんですか。執務室に入るときは一声掛けてからと……」
「そんなことより! 大変なんですよ!」
その君保の形相に、浩源の顔も強ばる。
「何があったんですか」
「そ、それが……」
ごくり、と君保は唾を呑む。
「誘拐されていた文礼様が帰って来られました!」
執務室では浩源が文机の上にある大量の木簡を捲り続けていた。が、ふと一枚の木簡で手を止める。
「これは……勇豪さんからの便りですか」
そう呟いて見た木簡には、荒々しく、それでいて流麗な文字で勇豪の現状が書かれていた。
――――元気にしているか? 浩源。なんて、書き始めたはいいが、変わらず過ごしているお前の姿が想像に難くなかった。だから新しい木簡に書き直そうかと考えた。けどそれも面倒なのでこのまま書き記す。
「ふふ。相変わらずですね、勇豪さんも」
柔和に微笑んだ浩源は、続く文字を読み進めていく。
――――今こっちでは、田植えが終わって人心地ついたところだ。俺も明花も、大分年を取った。田植えが終わった頃には二人して腰が軋んでて、笑ったもんさ。
「明花さんとも変わらず仲睦まじいようですね」
――――忠山が死んでからもう十五年。時が過ぎるのは早いな。明花と二人での生活の方が圧倒的に長くなった。あのときの明花は毎夜泣いて過ごしてたが、今じゃあいつとの思い出を笑って話せる。
「……そうですか。それは良かった」
――――ところで、最近の王の御様子はどうだ? 御体を壊していないだろうか。あれが起きてからももう七年近く経っただろう。王は御立直りになっただろうか。
「それは、なんとも言えませんね」
――――こっちまで噂が届くのには時間が掛かる。何か俺の手が必要なことがあれば、こうやって木簡で知らせてくれ。
勇豪の文はそこで終わっていた。
浩源は文机に木簡を置くと、まっさらな木簡を手に取って筆を取る。
「勇豪さんのお手を煩わせる程のことは起きていません。そちらでゆっくりと隠退生活を楽しんでいてください……」
小さく呟きながらしたためて、一つ大きなため息を吐く。と、突然執務室に人が飛び込んできた。
「護衛長! 大変です!」
その騒々しい声に、浩源は手に額を当てる。
「君保さん。何度……いえ何年言えば覚えるんですか。執務室に入るときは一声掛けてからと……」
「そんなことより! 大変なんですよ!」
その君保の形相に、浩源の顔も強ばる。
「何があったんですか」
「そ、それが……」
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