歌舞伎役者に恋をしました。

野咲

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第6章

和解

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 料理は綾之助の部屋に運び込まれた。しんどくなったらいつでも横になれるようにという配慮だ。料理はあっさりした喉通りの良さそうなものが多く、蓮十郎が気を使ってくれているのがよくわかった。
 二人にお酌しようとしたら、蓮十郎に止められた。
「今日は綾ちゃんは食べる以外はなにもしたらあかん。気遣いせんでええから」
「は、はぁ」
 正直、二人が手酌しているのをただ眺めているというのも結構気を遣うのだが、それも蓮十郎の厚意なのだから、甘えさせてもらうことにした。
 心底美味しそうに食べる蓮十郎を見ていると、少し食欲が湧いた。知八は遠慮がちに綾之助の様子をうかがいながらもそもそと食べていた。
 食事が美味しかったこともあり、思ったよりも食べられた。そのことは綾之助にとっても嬉しかった。これで今日ちゃんと寝られれば、明日の舞台では倒れるようなことはないだろう。
「ありがとうございます、蓮十郎さん。おいしかったです」
「ん、もうええんか。まあ、でも結構食べたな」
「はい」
「ほんだら、僕もこれ食べたら帰るけど、その前に」
 そう言って蓮十郎はにっこりと笑って黙りこくっている知八と綾之助を見た。
「おふたりの間に何があったんです?」
 途端に綾之助は胃が重くなった気がした。
「大阪帰ってきたら知八さんがびっくりするくらい暗いし、綾ちゃんも前より痩せてるしどうしようか思たわ。まあ、他人が口出すことではないんでしょうけど、綾ちゃん倒れるくらいこたえてるみたいやから、ほっとくわけにもいかんでしょう」
 知八は箸を置いた。
「兄さん、心配かけてすみません。僕が悪いねん。綾之助にひどいことしてしまって。それで気まずくて綾之助を避けてただけです」
 知八がそんなことを言いだしたので、綾之助は驚いた。
「いや、違うんです。うちが、うちが悪いんです」
 しかし、蓮十郎に具体的な話までできなくて、綾之助は言葉に詰まってしまった。
「……なるほど。うーん。知八さん。思い余ってしもたか」
 そんな説明でも、蓮十郎は何かを察したようである。
「まあ、綾ちゃん。許したりいや。知八さん、めっちゃ反省してるやん」
「いえ、だから悪いのはうちなんです」
「そか。分かった。どうやら心配いらんみたいやね。ほんだら、僕は帰りますわ。知八さんは最後まで食べていきや」
 そう言って、蓮十郎はさっと席を立って出て行ってしまった。

 知八と二人きりになるのは本当に久しぶりだ。綾之助はさっと座布団を外して、知八に平伏した。
「知八さん。本当に、あの時はすみませんでした。ずっと謝らなあかんと思ってたんですけど、どうしても、切り出せなくて」
「いや」
 綾之助のことばを遮るようにして知八が言った。
「いや、綾は悪うない。綾が弱ってるの知ってて、僕はそれにつけ込んだんや。だから、謝らんといて。ほんまに、ごめん、綾」
 グラスを持つ知八の手が震えていた。どんな思いでそんなことを言ってくれるのか、綾之助には分からない。心底綾之助を愛おしんでくれた知八のあの時の声、表情、手の感触。自分はそれを一度受け入れておいてから、拒絶したのだ。知八だって腹が立たなかったはずがない。それなのに、今でもこんなことを言ってくれるなんて。
「綾。僕がこんなん言うのはずうずしいんやけど、またな、前みたいに接してくれたら嬉しい」
「知八さん」
「もう僕も行くから」
 そう言って、知八は食器を片付けはじめた。手伝おうとしたら、目で制される。
「ちゃんとあったかくして寝るんやで」
 子供に言うようなことを言われてくすぐったかった。

 翌日からの知八は綾之助にべったりだった。
「綾、ご飯食べたか」「綾、ちょっと座っとき」「綾、水分も取らなあかんで」
「知八さん、うち、もう大丈夫ですから」
「そうやって油断する時期が一番危ないねん」
 知八は聞く耳持たなかった。知八に心配をかけているのが心苦しかったが、同時にまた知八と普通に話せることようになったことがうれしくて、過ぎる心配を受け入れてしまっている綾之助がいた。
 開演までのちょっとの時間に、知八と出石の城下町を歩いたり、一緒にご贔屓さんの差し入れてくれたお菓子を食べたりしているうちに、少しずつ食欲も戻ってきた。わずらわしいことがたくさんある大阪からしばらく離れての出石での一週間は、心穏やかに、楽しく過ぎていった。大成功のうちに出石興行は終わり、大阪に戻るのを、綾之助はとても寂しく思った。
 急速に仲良くなった二人に周囲は何を思うのか。自分のことでいっぱいだった綾之助は、そこまでを思い図る余裕はなかった。
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