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第一部
英雄は遅れて登場する
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愚痴って醜態を晒しすっきりしたのか、ガイに『初めて会った時みたいな貴公子に少し戻った』と言われた俺は、今日も店で働いている。
もうこうなったらここに住み続け、適度に注目されながら暮らすのも良いかもしれない。王都でも目立つ容姿なのだから、田舎では他を一切寄せ付けないくらいの圧倒的な美貌だ。身分がなくとも、人を惹きつけるのには十分だ。
周りの者達に愛想を振りまくことは、すでに物心ついた頃からの習慣だから、こうやって服屋で働くのも案外性に合っているのかもしれない。
そういう風にすれば(思い込めば)、今までのようなヒエラルキーのトップの生活はもう望めなくとも、少なくとも底辺は免れる。グレンロシェ王国――いや、ディーツェル大陸に住むほとんどの者と同じ中層階級での生活は保証されるだろう。
昼ご飯の時間は店を閉めている。いつもと同じようにガイと二人で持参した物を食べ、少し休憩をした後、また働き始める。
客の出入りの増減はあるが、毎日特に変化もなく過ぎていく。今までの人生の内容が濃かったせいか酷く単調だが、この国の大多数を占める平民は少しの差はあれど、ほとんどの者がこのような一生を終えるのだ。
血統的には平民の俺が、何かの(間)違いで四大公爵家に生を受けたのだ。特別に体験イベントをさせてもらったと考えれば、俺はすごく運が良かったんじゃないか。どうせなら上から下への転落じゃなく、下から上への大出世のレオンパターンの方が断然良かったけど。
これは――あれだ、今まで積み重ねた徳ってやつか? レオンにあって俺にないもの……
いまさら後悔しても遅いし、むだなのは分かっているが……何で誰も事前に教えてくれなかったんだよ! ああイライラする! レオンに会って思いっ切り昔みたいに発散したい!
あ、やばい。完全に自分の世界に入ってた。幸い店内には客はいない。だがお昼過ぎのこの時間はいつもなら一日で一番人が来る時間帯だ。それなのに一人もいないなんて珍しい――――と思ったら、表が騒がしいことに気が付いた。
扉を開けて外に出てみると、少し先の方に何やら人だかりができていた。
何だ? と思いながらそこにいる全員の視線の先まで人を掻き分け進んで行くと、ある人物が取り囲まれているのが分かった。
遠目からも分かる圧倒的な雰囲気、長身に鍛え上げられた身体、さらさらな漆黒の髪に緑色の瞳、端正な顔立ち……その風貌だけで、見る者達は彼の正体が噂に聞く英雄だと分かったようだ。
そしてこっちも――平民用の服を着ていたとしても――背が高く金髪碧眼の誰もが振り返る眉目秀麗な貴公子だ。
すぐに気が付いたレオンが近付いて来た。
人々が自然と道を空け、俺とレオンは少しの距離を置いて向き合った。最後に会った時と変わらない、優しく俺を見つめる緑色の瞳。
ゆっくりと周りの注目を集めながら優雅に歩く姿は王族のように威風堂々としており、王女様との結婚の噂が嫌でも思い出される。
「ジルベール様、お迎えにあがりました」
「――いまさらかよ」
観衆にとって、英雄であり四大公爵家子息のレオンはすでに雲の上の存在だ。そんな人物が敬語を使い、ぞんざいに扱われている相手――皆が素性を知りたがり、ざわめきを発している。
レオンが跪いたので、人々が息をのみ一瞬にして静寂が訪れた。
「お待たせして申し訳ございません。ジルベール様、私と一緒に帰っていただけますか」
ジルベールの手を取り、甲に忠誠を誓う口付けをする。
「王女と結婚すると聞いたが」
「はい、そのような話をいただきました」
「もう婚約は済んだのか? 全部手に入れられて良かったな!」
「そのことで王宮に通う必要があり、ジルベール様の元を訪れるのに時間がかかってしまい申し訳なく思っております。お叱りはあとでお受けいたしますので、一緒に戻りましょう。皆も心配しております」
「俺は帰らない」
「何かここでやるべきことがございますか」
「そういうわけじゃないが…………」
「ジルベール様。この場では詳しく申し上げられないのですが……結婚のことも含め、私の話を――聞いていただけますか」
嫌だと突っぱねたいところだが、周りからの注目を浴びすぎている。ここで平穏な生活をしようと決めたのに、これでは目立ちすぎて断ったところでもうこの町にはいられないだろう。
「……仕方ない、聞くだけ聞いてやる」
店に戻ると、ニコニコした笑顔に迎え入れられた。あの晩のことなど一切感じさせない、面倒見の良い親戚のお兄ちゃん、みたいな態度だ。
「初めまして。レオンと申します」
「初めまして。俺はガイ、この服屋をやっている。というか驚いたんだけど……」
「何がだ?」
「……おまえから聞いていたレオンがまさか英雄のレオンだったなんて、想像もしなかった」
「驚かせて申し訳ございません」
「いや……そういう意味で言ったんじゃないんで……自分とは住む世界が違いすぎるっていうか。それにジル……貴族のおぼっちゃまだとは分かってたけど、本当に大貴族出身なんだな」
すでに英雄の噂が国中に広まっているため四大公爵家とすぐに理解し感心したように言うガイに、ジルベールは何も言えなかった。ガイは特に気にせず話を続けた。
「ジル、良かったな」
「何がだよ」
「迎えに来てもらえたことだよ」
「別に」
「おまえ、色々と言ってたじゃねえか」
レオンは平穏を装ってはいるが、咄嗟に向けた緑色の目に映る感情を隠そうとはしていない。それに気が付いたガイは「ジル、素直になれよ」と言い、茶を用意しに中へ入った。
気を利かせたガイが扉の札を『閉店中』としたので店内は静かだが、窓には幾重にも人が重なり様子を伺っている。その視線など全く気にせずレオンは茶を飲みながら、ガイと楽しそうに仕事の内容や魔王討伐などの世間話をしている。
人々はたとえ内容まで聞こえなくとも、雰囲気から『容姿端麗で威厳があるが親和的で、正しく英雄と呼ぶに相応しい』とよりレオンの評価を高めていくことだろう。
俺は幼い頃から皆の尊敬を集めることが普通で、自分がどれだけ優れているのか誇示することで快感を得ていたにも関わらず、今は生まれたばかりの雛のように周囲の視線にオドオドしている。
レオンが来なければ来ないと怒り、来たら来たで現実に直面しなければならないことが怖い。レオンの話を聞く勇気もなく、ただ何かの審判を待つように座っている俺はさぞかし滑稽に映っているはずだ。
「ジルベール様。ご気分が優れませんか? 私の話は後でも大丈夫ですので、先にお休みになって……」
「――レオン君。口挟んでごめん、俺も詳しく知らないんだけど、疲れてるっていうよりなんか色々君に対して後悔してるみたいでさ」
後悔の意味を取り違えたレオンの表情が一瞬曇り、それを察したガイが慌てて弁解した。
「違う違う、俺が言いたかったのはそうじゃなくて、ジルがレオン君に悪いことしたと思ってるみたいで」
「ガイ! 勝手に言うなよ」
「ジル、話せって言っただろ。一人で悩んだって仕方ないんだし。ほら、おまえ達がいると店開けらんなくて商売にならないから、さっさと帰りな!」
「…………分かった」
レオンはジルベールからは見えない位置で、深々とガイに頭を下げた。
「ここまでは馬車で来たのか? 俺の能力で家にあるジルの荷物は後で王都まで送ってやれるんだが、人は無理だ」
「馬車に空きがなかったので走って参りました。帰りは明日朝発の分を予約してありますので、今夜は宿に泊まるつもりです」
「なら良かったら俺の家に来いよ。ああ――すまん、気が利かなかった。久しぶりの再会だ、早く二人になりたいよな」
二人が出て行ってもガイは店を開ける気にはならず、札をそのままにして酒をグラスに注いだ。
独り言が口をついてしまう。
「あ~あ、せっかく本気で好きな人ができたと思ったのに。まさかの大貴族様で、しかもそのお相手が英雄じゃ勝ち目なんてないよな」
ガイは自分の平民という身分を卑下はしないが、敵わないことはすぐに受け入れた。だが実際は彼らの身分に対してではなく、レオンのジルを見る瞳の中に隠されている感情の強さを垣間見たからだ。多分ジルはレオンの気持ちに気付いてないだろうが……
あの雰囲気では、ジルが少し心を開いて素直になれば、一気に上手くいくに違いない。
ジルが抱えている傷、弱さを受け入れる役目は自分がしたいと望んでいた。だが――二人の姿を見て、自分はジルにとって本当に気さくな兄のような存在でしかないと瞬時に思い知らされた。
「まあ完全に初めから俺の出る幕はなかったんだから仕方ない。俺の長所は切り替えが早いところだし……抜かりなく家を聞いたから、王都に今度買い付けに行った時にでも会いに行って、美貌を拝むついでに商売に繋げて儲けさせてもらうとするか」
もうこうなったらここに住み続け、適度に注目されながら暮らすのも良いかもしれない。王都でも目立つ容姿なのだから、田舎では他を一切寄せ付けないくらいの圧倒的な美貌だ。身分がなくとも、人を惹きつけるのには十分だ。
周りの者達に愛想を振りまくことは、すでに物心ついた頃からの習慣だから、こうやって服屋で働くのも案外性に合っているのかもしれない。
そういう風にすれば(思い込めば)、今までのようなヒエラルキーのトップの生活はもう望めなくとも、少なくとも底辺は免れる。グレンロシェ王国――いや、ディーツェル大陸に住むほとんどの者と同じ中層階級での生活は保証されるだろう。
昼ご飯の時間は店を閉めている。いつもと同じようにガイと二人で持参した物を食べ、少し休憩をした後、また働き始める。
客の出入りの増減はあるが、毎日特に変化もなく過ぎていく。今までの人生の内容が濃かったせいか酷く単調だが、この国の大多数を占める平民は少しの差はあれど、ほとんどの者がこのような一生を終えるのだ。
血統的には平民の俺が、何かの(間)違いで四大公爵家に生を受けたのだ。特別に体験イベントをさせてもらったと考えれば、俺はすごく運が良かったんじゃないか。どうせなら上から下への転落じゃなく、下から上への大出世のレオンパターンの方が断然良かったけど。
これは――あれだ、今まで積み重ねた徳ってやつか? レオンにあって俺にないもの……
いまさら後悔しても遅いし、むだなのは分かっているが……何で誰も事前に教えてくれなかったんだよ! ああイライラする! レオンに会って思いっ切り昔みたいに発散したい!
あ、やばい。完全に自分の世界に入ってた。幸い店内には客はいない。だがお昼過ぎのこの時間はいつもなら一日で一番人が来る時間帯だ。それなのに一人もいないなんて珍しい――――と思ったら、表が騒がしいことに気が付いた。
扉を開けて外に出てみると、少し先の方に何やら人だかりができていた。
何だ? と思いながらそこにいる全員の視線の先まで人を掻き分け進んで行くと、ある人物が取り囲まれているのが分かった。
遠目からも分かる圧倒的な雰囲気、長身に鍛え上げられた身体、さらさらな漆黒の髪に緑色の瞳、端正な顔立ち……その風貌だけで、見る者達は彼の正体が噂に聞く英雄だと分かったようだ。
そしてこっちも――平民用の服を着ていたとしても――背が高く金髪碧眼の誰もが振り返る眉目秀麗な貴公子だ。
すぐに気が付いたレオンが近付いて来た。
人々が自然と道を空け、俺とレオンは少しの距離を置いて向き合った。最後に会った時と変わらない、優しく俺を見つめる緑色の瞳。
ゆっくりと周りの注目を集めながら優雅に歩く姿は王族のように威風堂々としており、王女様との結婚の噂が嫌でも思い出される。
「ジルベール様、お迎えにあがりました」
「――いまさらかよ」
観衆にとって、英雄であり四大公爵家子息のレオンはすでに雲の上の存在だ。そんな人物が敬語を使い、ぞんざいに扱われている相手――皆が素性を知りたがり、ざわめきを発している。
レオンが跪いたので、人々が息をのみ一瞬にして静寂が訪れた。
「お待たせして申し訳ございません。ジルベール様、私と一緒に帰っていただけますか」
ジルベールの手を取り、甲に忠誠を誓う口付けをする。
「王女と結婚すると聞いたが」
「はい、そのような話をいただきました」
「もう婚約は済んだのか? 全部手に入れられて良かったな!」
「そのことで王宮に通う必要があり、ジルベール様の元を訪れるのに時間がかかってしまい申し訳なく思っております。お叱りはあとでお受けいたしますので、一緒に戻りましょう。皆も心配しております」
「俺は帰らない」
「何かここでやるべきことがございますか」
「そういうわけじゃないが…………」
「ジルベール様。この場では詳しく申し上げられないのですが……結婚のことも含め、私の話を――聞いていただけますか」
嫌だと突っぱねたいところだが、周りからの注目を浴びすぎている。ここで平穏な生活をしようと決めたのに、これでは目立ちすぎて断ったところでもうこの町にはいられないだろう。
「……仕方ない、聞くだけ聞いてやる」
店に戻ると、ニコニコした笑顔に迎え入れられた。あの晩のことなど一切感じさせない、面倒見の良い親戚のお兄ちゃん、みたいな態度だ。
「初めまして。レオンと申します」
「初めまして。俺はガイ、この服屋をやっている。というか驚いたんだけど……」
「何がだ?」
「……おまえから聞いていたレオンがまさか英雄のレオンだったなんて、想像もしなかった」
「驚かせて申し訳ございません」
「いや……そういう意味で言ったんじゃないんで……自分とは住む世界が違いすぎるっていうか。それにジル……貴族のおぼっちゃまだとは分かってたけど、本当に大貴族出身なんだな」
すでに英雄の噂が国中に広まっているため四大公爵家とすぐに理解し感心したように言うガイに、ジルベールは何も言えなかった。ガイは特に気にせず話を続けた。
「ジル、良かったな」
「何がだよ」
「迎えに来てもらえたことだよ」
「別に」
「おまえ、色々と言ってたじゃねえか」
レオンは平穏を装ってはいるが、咄嗟に向けた緑色の目に映る感情を隠そうとはしていない。それに気が付いたガイは「ジル、素直になれよ」と言い、茶を用意しに中へ入った。
気を利かせたガイが扉の札を『閉店中』としたので店内は静かだが、窓には幾重にも人が重なり様子を伺っている。その視線など全く気にせずレオンは茶を飲みながら、ガイと楽しそうに仕事の内容や魔王討伐などの世間話をしている。
人々はたとえ内容まで聞こえなくとも、雰囲気から『容姿端麗で威厳があるが親和的で、正しく英雄と呼ぶに相応しい』とよりレオンの評価を高めていくことだろう。
俺は幼い頃から皆の尊敬を集めることが普通で、自分がどれだけ優れているのか誇示することで快感を得ていたにも関わらず、今は生まれたばかりの雛のように周囲の視線にオドオドしている。
レオンが来なければ来ないと怒り、来たら来たで現実に直面しなければならないことが怖い。レオンの話を聞く勇気もなく、ただ何かの審判を待つように座っている俺はさぞかし滑稽に映っているはずだ。
「ジルベール様。ご気分が優れませんか? 私の話は後でも大丈夫ですので、先にお休みになって……」
「――レオン君。口挟んでごめん、俺も詳しく知らないんだけど、疲れてるっていうよりなんか色々君に対して後悔してるみたいでさ」
後悔の意味を取り違えたレオンの表情が一瞬曇り、それを察したガイが慌てて弁解した。
「違う違う、俺が言いたかったのはそうじゃなくて、ジルがレオン君に悪いことしたと思ってるみたいで」
「ガイ! 勝手に言うなよ」
「ジル、話せって言っただろ。一人で悩んだって仕方ないんだし。ほら、おまえ達がいると店開けらんなくて商売にならないから、さっさと帰りな!」
「…………分かった」
レオンはジルベールからは見えない位置で、深々とガイに頭を下げた。
「ここまでは馬車で来たのか? 俺の能力で家にあるジルの荷物は後で王都まで送ってやれるんだが、人は無理だ」
「馬車に空きがなかったので走って参りました。帰りは明日朝発の分を予約してありますので、今夜は宿に泊まるつもりです」
「なら良かったら俺の家に来いよ。ああ――すまん、気が利かなかった。久しぶりの再会だ、早く二人になりたいよな」
二人が出て行ってもガイは店を開ける気にはならず、札をそのままにして酒をグラスに注いだ。
独り言が口をついてしまう。
「あ~あ、せっかく本気で好きな人ができたと思ったのに。まさかの大貴族様で、しかもそのお相手が英雄じゃ勝ち目なんてないよな」
ガイは自分の平民という身分を卑下はしないが、敵わないことはすぐに受け入れた。だが実際は彼らの身分に対してではなく、レオンのジルを見る瞳の中に隠されている感情の強さを垣間見たからだ。多分ジルはレオンの気持ちに気付いてないだろうが……
あの雰囲気では、ジルが少し心を開いて素直になれば、一気に上手くいくに違いない。
ジルが抱えている傷、弱さを受け入れる役目は自分がしたいと望んでいた。だが――二人の姿を見て、自分はジルにとって本当に気さくな兄のような存在でしかないと瞬時に思い知らされた。
「まあ完全に初めから俺の出る幕はなかったんだから仕方ない。俺の長所は切り替えが早いところだし……抜かりなく家を聞いたから、王都に今度買い付けに行った時にでも会いに行って、美貌を拝むついでに商売に繋げて儲けさせてもらうとするか」
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