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第一部
理解できない
この町で一番大きい宿に行くと、すでに手続きを済ませていたみたいでそのまま部屋に向かった。
英雄のレオンに相応しい貴族用の広くて豪華な作りの室内は、本来であれば自分もこちら側のはずなのに、ガイの部屋に慣れたからか……俺は場違いな平民のように落ち着かない。田舎だから貴賓室といってもそこまでのレベルなのに。
――って平民なんだよな俺、帰巣本能? 相変わらず俺の方が座って英雄様に飲み物を用意させてるけど。
「ジルベール様、どうぞ」
「ああ。レオン――座らないのか?」
「ええ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「何で俺の居場所が分かったんだ?」
「アンドレ様が国王軍の方に頼んで、見つけてくださいました」
あくまで以前と同じ態度を取るレオンに、俺は真意を量りかねている。
揉め事なく跡継ぎに収まるためと父上に何か言われたとか? 王女様と結婚するために、恭順なふりをして俺を懐柔する必要があるとかか……
「ジルベール様。お休みになられますか? 仕事でお疲れでしょう、マッサージいたします」
馬車に空きがなくて走って来たって言ってたよな、疲れてるのはおまえの方だろ? いい加減にしろよ!
「やめろ! 何なんだよおまえ! そんなに俺を見下したいのか!」
飲んでいたカップをテーブルに叩きつけるように置きながら叫んだ。
「ジルベール様。私が何か気に障ることを……申し訳ございません」
「それだよそれ! ほんとおまえ何なんだよ、いつも!」
レオンは必死に何がいけないのか理解しようと頭を回転させているが、どうしても理解できない――という目で俺を見ている。当たり前だ、俺も自分で理解できていない。何がじゃなくて、何もかもが気に入らない。
「至らない点を直しますので……ジルベール様、仰っていただけますか」
「ああ、もう、だ、か、ら! そういうところだよ!」
俺は子どもみたいに不甲斐なく駄々をこねた。いや、子どもみたいと一括りにするのは失礼か。
平民の子は幼い頃から自分の立場を弁え諦められるし、貴族の子なら抑えるよう教育を受ける。どっちでもない俺には無理だ。
「ジルベール様!」
毅然とした声で言われ、俺はびくりと体を震わせた。
「隣に座っても――よろしいでしょうか」
「ああ……」
沈黙が怖いなんて、下の立場の者の感情だ。レオンが俺の顔色を伺いながらも、やっと口を開いた。
「あの夜――ジルベール様が部屋を出ていかれて屋敷内を探していた時に、私もアンドレ様とシャンティさんを見つけました」
「――俺が立ち去った後にか」
「はい」
「それで? どうせあいつらはおまえに言ったんだろ? 何を聞いたんだ?」
「私達の出生についての話を伺いました」
「やっぱりな。全部聞いたか? 俺が平民でおまえが公爵家嫡男、何ならクリスティーナのお祖母様も王族だったって!」
「はい」
「じゃあ何でおまえはそうなんだよ!」
「そう――とは?」
黙っているとレオンが横を向き、二人の視線が交差した。俺の髪と同じ色になっていた金色の瞳は、すでに緑色に戻っている。
「どういう意味か説明していただけますか。私の態度が嫌なのは理解しましたが、どこの部分がいけないのか仰っていただかなければ、直しようがございません」
「だからそういうところだって! さっきから言ってんだろ?」
もうどうでもいい。全部吐き出してやる。
「おまえだって俺が本当は公爵の息子じゃなくて、平民同士の子だって知って……逆におまえは英雄で、父上の子で……母親からも王家の血を受け継いでいる。今まで嫌がらせばっかりしてた俺のこと、どうして怒らないんだよ! 何で前と同じように使用人みたいにしてるんだ。する必要なんてもうどこにもないだろ。普通、仕返ししようとするだろ!」
貴公子だった自分から優雅さと冷静さを全て剥ぎ取り、髪を振り回しながら許す限りの声をあげながら俺は言った。
今度こそ本気の逃走をしよう。こんな簡単に見つかるところじゃなくて、山奥とか外国とか……王都の貧民街もいいかもしれない。普通の貴族は近付かないから意外とこういう地方都市より見つからない可能性が高いし、完全に決別すればもう異能を使ってまで探さないだろう。
「ジルベール様……なぜそう思うのですか?」
「は?」
「なぜ私がジルベールに仕返しをすると、そう考えるのですか?」
「今まで自分を虐めていたやつと立場が逆になったんだ。普通はざまあみろって笑うだろ、むしろ俺がおまえにやったことをそっくり俺にやり返そうとか思うだろ、何でしない?」
レオンが何か言おうとしたが、俺がそのまま続けた。
「ああ――おまえは品行方正で謙虚な英雄だもんな。俺みたいな紛い物じゃないんだからどこまでも優等生ってわけか? それとも――雲の上の存在になって、もう俺みたいな底辺は眼中に無いってか」
突然左頬に痛みが走り、俺は何が起こったのか一瞬理解し損ねた。
「いい加減にしてください」
手のひらで叩かれ冷静さを取り戻したので、レオンの声がいつもの使用人のような無機質なものじゃなく、感情が含まれていることに気が付いた。もう使用人でいる必要がないから自分を出せるってことか。英雄の迫力ある様子に、俺は反応できない。
「ジルベール様、落ち着いてください」
少し赤くなっているであろう左頬を擦られる。
「感情的になり申し訳ございません……」
「かまわない――というか、おまえの立場の方が上なんだから謝る必要ないだろ。俺もおまえに散々嫌がらせして謝ってなかったし」
「私は――ジルベール様に嫌がらせをされていたなど、一度も思ったことはございません」
「は? 気付いてなかったのか? それとも被虐趣味があるとかなのか?」
「――違います」
「ああ! 全部使用人の仕事って思っていたってわけか。シャンティエの教育の賜物か?」
「シャンティエさんは大変優秀な侍従でいらっしゃいます。使用人が職務として遂行すべき主人の要求と、その線引きを越えた圧力に関して、正しい目をお持ちです」
「じゃあ何でだよ」
漆黒の髪が揺れた。下唇を噛み思案顔のレオンは意を決したのか、その答えを口にした。
「今までのジルベール様とのこと……私が嫌々受け入れていたと、なぜそのように思うのですか?」
「――要するに、やっぱりおまえは被虐的なのが好きなのか」
「違います! どうしてそう解釈するんですか! 私が好きなのは、好きなのは――……ジルベール様です」
「は? …………はい? おまえ俺のこと嫌っていただろ」
「…………? 私は一度もそのような態度をとったり言った覚えがありませんが」
いや、レオンは俺を嫌ってた! 好かれているはずがない! というかあんなことしてるから嫌われていると思ってたんだ。
「――ずっとレオンは俺のことが嫌いで、使用人だから仕方なく俺に従っているのかと思っていた……」
レオンはやっぱり、という顔をした。
「先ほども言いましたが、もし私が嫌々だったとしたら、シャンティエさんがとっくにアンドレ様に報告し、対応してくださっています」
「何で分かるんだよ」
「お二人にはジルベール様にお伝えすることを承諾されているので言いますが……彼らは私達の関係――何をしているのかをご存知です」
「は……?! おまえ、告げ口したのかよ!」
彼らに知られているなど、聞き間違えであって欲しい……
レオンが一呼吸置いて、俺を落ち着かせるためか新しい飲み物を取りに行った。戻ってきて、自身も喉を潤してから続けた。
「もちろん私が言ったのではありませんし、私もあの夜まで、二人がご存知とは知りませんでした」
「じゃあ何で露見したんだ?」
「ジルベール様、我が国には様々な異能がございます」
「ああ……」
シャンティエが自分で言っていた能力は装っていただけで、俺達みたいに火が出せるとかではないから実際に確かめたことはなかった。まあ知れば納得する、父上があれほど重用しているのだから。
気が付くとレオンの手が、俺の手を包み込むように自然に握られてる。
「――それで、父上は怒っているだろう、俺に対して。英雄である息子に何やってるんだって」
「アンドレ様が怒っていらっしゃったら、私がジルベール様を迎えに行く許可を得られておりません」
「は? 父上はおかしいのか? 普通怒るだろ」
レオンが一度溜息をついた。以前は全ての会話を俺がリードしていたが、今は立場が逆になり、母親と聞き分けのない子どもみたいになっている気がしてならない。
「アンドレ様達は、私のジルベール様に対する気持ちもご存知でいらっしゃいます。正確に言いますと、私達の関係を初めは思うところもあったようですが、私のジルベール様への想いを汲み、知らないふりをしてくださっていました」
「それは――次期ギファルド公爵様に、悪い噂を立たせたくなかったからじゃないのか?」
「ギファルド家を継ぐのはジルベール様でいらっしゃいますよ」
「え? ああ、そっか――そうだよな! おまえは王女様と結婚して王族、いや――国王になるんだもんな、今の王子は優秀じゃないし。四大公爵家なんて興味ないよな」
レオンは本日すでに何回目か分からない溜息をまたついた。よくこんな俺に呆れないで会話しているよ。長年使用人として培った、さすがの忍耐力だ。
「そのことについてお話があると言いましたよね。ジルベール様、聞いていただけますか?」
英雄のレオンに相応しい貴族用の広くて豪華な作りの室内は、本来であれば自分もこちら側のはずなのに、ガイの部屋に慣れたからか……俺は場違いな平民のように落ち着かない。田舎だから貴賓室といってもそこまでのレベルなのに。
――って平民なんだよな俺、帰巣本能? 相変わらず俺の方が座って英雄様に飲み物を用意させてるけど。
「ジルベール様、どうぞ」
「ああ。レオン――座らないのか?」
「ええ、私は大丈夫です。お気遣いありがとうございます」
「何で俺の居場所が分かったんだ?」
「アンドレ様が国王軍の方に頼んで、見つけてくださいました」
あくまで以前と同じ態度を取るレオンに、俺は真意を量りかねている。
揉め事なく跡継ぎに収まるためと父上に何か言われたとか? 王女様と結婚するために、恭順なふりをして俺を懐柔する必要があるとかか……
「ジルベール様。お休みになられますか? 仕事でお疲れでしょう、マッサージいたします」
馬車に空きがなくて走って来たって言ってたよな、疲れてるのはおまえの方だろ? いい加減にしろよ!
「やめろ! 何なんだよおまえ! そんなに俺を見下したいのか!」
飲んでいたカップをテーブルに叩きつけるように置きながら叫んだ。
「ジルベール様。私が何か気に障ることを……申し訳ございません」
「それだよそれ! ほんとおまえ何なんだよ、いつも!」
レオンは必死に何がいけないのか理解しようと頭を回転させているが、どうしても理解できない――という目で俺を見ている。当たり前だ、俺も自分で理解できていない。何がじゃなくて、何もかもが気に入らない。
「至らない点を直しますので……ジルベール様、仰っていただけますか」
「ああ、もう、だ、か、ら! そういうところだよ!」
俺は子どもみたいに不甲斐なく駄々をこねた。いや、子どもみたいと一括りにするのは失礼か。
平民の子は幼い頃から自分の立場を弁え諦められるし、貴族の子なら抑えるよう教育を受ける。どっちでもない俺には無理だ。
「ジルベール様!」
毅然とした声で言われ、俺はびくりと体を震わせた。
「隣に座っても――よろしいでしょうか」
「ああ……」
沈黙が怖いなんて、下の立場の者の感情だ。レオンが俺の顔色を伺いながらも、やっと口を開いた。
「あの夜――ジルベール様が部屋を出ていかれて屋敷内を探していた時に、私もアンドレ様とシャンティさんを見つけました」
「――俺が立ち去った後にか」
「はい」
「それで? どうせあいつらはおまえに言ったんだろ? 何を聞いたんだ?」
「私達の出生についての話を伺いました」
「やっぱりな。全部聞いたか? 俺が平民でおまえが公爵家嫡男、何ならクリスティーナのお祖母様も王族だったって!」
「はい」
「じゃあ何でおまえはそうなんだよ!」
「そう――とは?」
黙っているとレオンが横を向き、二人の視線が交差した。俺の髪と同じ色になっていた金色の瞳は、すでに緑色に戻っている。
「どういう意味か説明していただけますか。私の態度が嫌なのは理解しましたが、どこの部分がいけないのか仰っていただかなければ、直しようがございません」
「だからそういうところだって! さっきから言ってんだろ?」
もうどうでもいい。全部吐き出してやる。
「おまえだって俺が本当は公爵の息子じゃなくて、平民同士の子だって知って……逆におまえは英雄で、父上の子で……母親からも王家の血を受け継いでいる。今まで嫌がらせばっかりしてた俺のこと、どうして怒らないんだよ! 何で前と同じように使用人みたいにしてるんだ。する必要なんてもうどこにもないだろ。普通、仕返ししようとするだろ!」
貴公子だった自分から優雅さと冷静さを全て剥ぎ取り、髪を振り回しながら許す限りの声をあげながら俺は言った。
今度こそ本気の逃走をしよう。こんな簡単に見つかるところじゃなくて、山奥とか外国とか……王都の貧民街もいいかもしれない。普通の貴族は近付かないから意外とこういう地方都市より見つからない可能性が高いし、完全に決別すればもう異能を使ってまで探さないだろう。
「ジルベール様……なぜそう思うのですか?」
「は?」
「なぜ私がジルベールに仕返しをすると、そう考えるのですか?」
「今まで自分を虐めていたやつと立場が逆になったんだ。普通はざまあみろって笑うだろ、むしろ俺がおまえにやったことをそっくり俺にやり返そうとか思うだろ、何でしない?」
レオンが何か言おうとしたが、俺がそのまま続けた。
「ああ――おまえは品行方正で謙虚な英雄だもんな。俺みたいな紛い物じゃないんだからどこまでも優等生ってわけか? それとも――雲の上の存在になって、もう俺みたいな底辺は眼中に無いってか」
突然左頬に痛みが走り、俺は何が起こったのか一瞬理解し損ねた。
「いい加減にしてください」
手のひらで叩かれ冷静さを取り戻したので、レオンの声がいつもの使用人のような無機質なものじゃなく、感情が含まれていることに気が付いた。もう使用人でいる必要がないから自分を出せるってことか。英雄の迫力ある様子に、俺は反応できない。
「ジルベール様、落ち着いてください」
少し赤くなっているであろう左頬を擦られる。
「感情的になり申し訳ございません……」
「かまわない――というか、おまえの立場の方が上なんだから謝る必要ないだろ。俺もおまえに散々嫌がらせして謝ってなかったし」
「私は――ジルベール様に嫌がらせをされていたなど、一度も思ったことはございません」
「は? 気付いてなかったのか? それとも被虐趣味があるとかなのか?」
「――違います」
「ああ! 全部使用人の仕事って思っていたってわけか。シャンティエの教育の賜物か?」
「シャンティエさんは大変優秀な侍従でいらっしゃいます。使用人が職務として遂行すべき主人の要求と、その線引きを越えた圧力に関して、正しい目をお持ちです」
「じゃあ何でだよ」
漆黒の髪が揺れた。下唇を噛み思案顔のレオンは意を決したのか、その答えを口にした。
「今までのジルベール様とのこと……私が嫌々受け入れていたと、なぜそのように思うのですか?」
「――要するに、やっぱりおまえは被虐的なのが好きなのか」
「違います! どうしてそう解釈するんですか! 私が好きなのは、好きなのは――……ジルベール様です」
「は? …………はい? おまえ俺のこと嫌っていただろ」
「…………? 私は一度もそのような態度をとったり言った覚えがありませんが」
いや、レオンは俺を嫌ってた! 好かれているはずがない! というかあんなことしてるから嫌われていると思ってたんだ。
「――ずっとレオンは俺のことが嫌いで、使用人だから仕方なく俺に従っているのかと思っていた……」
レオンはやっぱり、という顔をした。
「先ほども言いましたが、もし私が嫌々だったとしたら、シャンティエさんがとっくにアンドレ様に報告し、対応してくださっています」
「何で分かるんだよ」
「お二人にはジルベール様にお伝えすることを承諾されているので言いますが……彼らは私達の関係――何をしているのかをご存知です」
「は……?! おまえ、告げ口したのかよ!」
彼らに知られているなど、聞き間違えであって欲しい……
レオンが一呼吸置いて、俺を落ち着かせるためか新しい飲み物を取りに行った。戻ってきて、自身も喉を潤してから続けた。
「もちろん私が言ったのではありませんし、私もあの夜まで、二人がご存知とは知りませんでした」
「じゃあ何で露見したんだ?」
「ジルベール様、我が国には様々な異能がございます」
「ああ……」
シャンティエが自分で言っていた能力は装っていただけで、俺達みたいに火が出せるとかではないから実際に確かめたことはなかった。まあ知れば納得する、父上があれほど重用しているのだから。
気が付くとレオンの手が、俺の手を包み込むように自然に握られてる。
「――それで、父上は怒っているだろう、俺に対して。英雄である息子に何やってるんだって」
「アンドレ様が怒っていらっしゃったら、私がジルベール様を迎えに行く許可を得られておりません」
「は? 父上はおかしいのか? 普通怒るだろ」
レオンが一度溜息をついた。以前は全ての会話を俺がリードしていたが、今は立場が逆になり、母親と聞き分けのない子どもみたいになっている気がしてならない。
「アンドレ様達は、私のジルベール様に対する気持ちもご存知でいらっしゃいます。正確に言いますと、私達の関係を初めは思うところもあったようですが、私のジルベール様への想いを汲み、知らないふりをしてくださっていました」
「それは――次期ギファルド公爵様に、悪い噂を立たせたくなかったからじゃないのか?」
「ギファルド家を継ぐのはジルベール様でいらっしゃいますよ」
「え? ああ、そっか――そうだよな! おまえは王女様と結婚して王族、いや――国王になるんだもんな、今の王子は優秀じゃないし。四大公爵家なんて興味ないよな」
レオンは本日すでに何回目か分からない溜息をまたついた。よくこんな俺に呆れないで会話しているよ。長年使用人として培った、さすがの忍耐力だ。
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