御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第6章 千尋の元カレ

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「――そんな男、泣くに値しない。」

「えっ……?」

一瞬で、涙が止まった。

律さんの目はまっすぐで、少しだけ怒っているようにも見えた。

「俺だったら……千尋の全部を引き受ける。何も捨てさせない。どれも、おまえの大事なものなんだろ?」

その言葉に、胸がぎゅっと苦しくなる。

「俺なら、全部抱きしめる。千尋の過去も、家族も、想いも――全部、愛したい。」

そう言って、律さんは私の手を取り、そしてそっと唇を重ねた。

やさしく、けれど、確かに想いのこもったキスだった。

「千尋。俺は、千尋の味方だよ。」

その一言が、心にじんわりと染みた。

「律さん……」

「今度、千尋を泣かせるような奴がいたら、俺が言ってやっつけてやる。」

ちょっと真剣な顔で、拳を握るその姿が頼もしすぎて。

まるで童話に出てくるナイトみたいで。

「可笑しい……律さん、面白過ぎ。」

思わず、くすくす笑ってしまった。

あんなに泣いていたのに、今はこんなにも温かくて。

そんな私の笑い声に、律さんも目尻を下げて微笑んだ。

「千尋が笑ってくれるなら、俺、何でもするよ。」

その言葉が、優しく胸に届く。

――ああ、この人を選んでよかった。

涙じゃなくて、今度は笑顔で心が満たされていく。

この人となら、過去の痛みも、すれ違いも、全部、優しさに変えていける気がした。

そして、仕事を終えてオフィスビルを出た瞬間だった。

「千尋。」

その声に、足が止まる。振り返ると、そこには悠太が立っていた。

「なんで、私の職場に……?」

「何でって、よくここに迎えに来てただろ?懐かしいな。」

懐かしい声、懐かしい目。そして、変わらない真剣な表情。

「話があるんだ。」

その目を見て、断ることができなかった。

「一杯だけよ。」

そう言って歩き出すと、彼が選んだのは、近くにある雰囲気のいいレストランだった。

「……こんな高そうなお店、入ったことない。」

「安心して。今日は俺の奢りだから。」

にっこりと笑うその顔が、昔の記憶を掘り起こす。

10年間、何度もこうやって向き合って、笑い合ったこと。

その一つ一つが、胸をくすぐるように蘇ってくる。

でも、私はもう、別の人と未来を歩いている。

そう、律さんと。

なのに――心のどこかで、ざわめきが止まらない。

一杯だけのつもりだったのに、気づけばグラスは何度か空になっていた。

「そろそろ帰らないと。」

お酒のせいか、それとも懐かしさのせいか。時が経つのが早すぎた。

律さんが、家で夕食を作って待っているかもしれない。

そう思って立ち上がろうとした、その時。

「待って、千尋。」

不意に腕を掴まれた。

さっきまで大学の思い出や友人の近況に笑っていた彼が、急に真剣な顔になる。

「今から話すこと、真面目に聞いてほしい。」

私は少し戸惑いながら、ゆっくりとうなずいた。
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