御曹司との交際0日婚なんて、聞いてません!──10年の恋に疲れた私が、突然プロポーズされました【完結】

日下奈緒

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第6章 千尋の元カレ

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そして、彼の瞳がまっすぐ私を射抜いた。

「千尋、俺……今でも千尋のことが、好きだ。」

胸がドクンと鳴った。

まるで時間が逆戻りしたみたい。

10年付き合っていたあの頃の、甘くて、苦しくて、どうしようもないほど愛しかった感情が、一気に押し寄せてくる。

「……なんで、今さら……?」

そう言いたかったのに、声が出なかった。

彼の真剣な眼差しに、何も返せないまま、私はただ黙っていた。

「この前、偶然に会って──再確認したんだ。」

悠太の声は静かで、だけど強く響いた。

「千尋は、俺が……愛した人だって。」

――くらくらする。
やめて。どうして、そんなことを今さら言うの。

「俺と……やり直してほしい。」

テーブル越しに差し出された手。

指先が、私の手をそっと包み込む。

振り払おうとして、でも――できなかった。

「離婚は、いつでもいい。俺、待ってるから。」

言葉が出ない。

首を横に振るのが、やっとだった。

「……私たち、結婚生活、うまくいってるの。」

それは強がりじゃない。

ちゃんと向き合いたい。

律さんが涼花さんと向き合ってくれたように、私も悠太と。

だけど──。

「嘘の結婚生活を、いつまで続けるんだ。」

ズキッ。
胸が痛む。
まるで、ずっと隠していた弱さを見透かされたように。

「嘘じゃない。」

震える声で、必死に言い返した。

「そう思いたいだけだよ、千尋。」

悠太の言葉が、刃のように突き刺さる。

本当に、私は“そう思いたいだけ”なの……?

「この前、俺がロンドンに行くのを──どうして言ってくれなかったのかって、言ったよな。」

「うん……」

悠太の手が、私の手をぎゅっと包む。

その熱に、過去の記憶がじわじわと蘇ってくる。

「選ばせてほしかったって、言ってた。」

「……うん。」

そう。私はあのとき、選びたかった。

この人を、愛していた。だからこそ、最後まで望みを捨てなかった。

「今度こそ選ばせる。千尋、俺と……一緒の人生を。」

そう言って、悠太の顔がゆっくりと近づいてきた。

唇が触れる、寸前。

その時だった――。

「そこまでだ。」

冷静で、低く、けれど怒りのこもった声が、私たちの間に割って入った。

驚いて顔を上げると、そこには――律さんが立っていた。

スーツのネクタイを緩めたまま、鋭い視線で悠太を睨んでいる。

そして彼の手が、私と悠太の間に差し込まれていた。

その手は、迷いなく私の肩を抱き寄せる。

「……律さん。」

「悪いけど、俺の妻に勝手に触れないでくれる?」

その一言に、場の空気が凍った。

すると悠太が立ち上がる。

「神楽木さんですね。千尋の旦那さん。」

「君は?」

律さんは落ち着いた口調のまま、悠太を見据える。

「秋山悠太と言います。千尋の――別れた恋人です。」

その言葉に、空気がぴりつく。

律さんが一歩前に出た。
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